カカオ50%(藤堂+サリエリ)

藤堂とサリエリが夜パフェを食べに行く話。
時系列がない。サリ先は先生モード。※藤堂君まだ引けていない

 掲示板に掲げられた貼り紙の前で、藤堂は腕を組んで唸っていた。
『本日のデザート チョコレートパフェ 20食限定完全予約制 場所:BAR蜘蛛の巣 時間:午後十時』
 お知らせには色鉛筆で描いたようなパフェの絵が添えられていた。コーンフレークやチョコブラウニーといった土台の層に、ホイップクリムとチョコアイスを乗せ、チョコレートソースとベリーソースがかけられている、という手書きの説明付きで。
 藤堂は首をひねった。どれも知らないものばかりだ。甘味 デザートというからには甘いものだろう、とは見当がついた。
 目を惹かれたのは可愛らしい絵でもデザートの具体的なイメージでもなく、最近知ったばかりの「チョコアイス」の文字が、冷たく口の中で溶けてしまう当世の菓子を想起させたからだ。
「むぅ……
 興味はそそられるが、場所はなぜか酒場で、深夜帯だ。藤堂は酒も夜更かしも咎めようとは思わないが、夜な夜な酒飲みたちがサーヴァントも酔う酒を呑みながらカードゲームをしているのだとか、治安の悪さが耳に入る。なにより、甘味につられて普段訪れない場所に行くというのは、藤堂の矜持に恥じた。
 うんうん唸っていると、頭上に影が落ちた。背後を取らせたのは顔見知りだったからだが、カルデアでは小柄なことを刺激されたようで藤堂は眉を寄せた。
「チョコラートパルフェとは素晴らしい。必ずや予定に入れねばなりませんね」
……上から覗くのはやめてくれませんかね」
「おっと、すまない」
 カルデアに召喚されて以来、アヴェンジャーのよしみでときたまに話すようになったサリエリは、今日は灰色の男の側面をそぎ落とした音楽教師の顔をしていた。あいかわらず日毎にまるきり入れ変わるギャップには驚かされる。藤堂も他人のことを云えたものではないが。
 藤堂が脇に退くと、サリエリは長身をかがめてじいっとデザートの貼り紙を見つめ、ことさらに花が飛びそうににっこりとした。
「藤堂君もパルフェに興味が?」
 にこやかに話しかけられては突き放すなんてできやしない。藤堂はむすっと表情を固定したまま素直に答えた。
「まあ、そうといいますか。チョコアイスが……パフェは食べたことがないので……
 だんだんと尻すぼみになる。なにを口走ってるんだろう僕は。
 いくらカルデアで初めて知った味が気になったとしても、甘味を欲しがるなんて子供っぽいことこのうえない。ただでさえ身長と童顔のせいで子供扱いされがちな藤堂は、人前では年少に見られかねない言動を控えているというのに、サリエリには気が抜けがちだ。穴を掘って入ってしまいたい。
「パルフェを食べたことがない?」
「ええ、まあ」
「そんな! 藤堂君、それは大変なことですよ。あのとろけるような幸福を知らぬとは世界の損失です! 人生のすべてとまでは云わないが、確実に損をしている!」
……はぁ」
 妙なスイッチが入ったな。がっしりと肩を掴まれてがくがくと揺さぶられながら藤堂はサリエリの熱烈な語りを聞き流そうとした――が。
「うむ。よし、私がごちそうしますから、ぜひ来てください。蜘蛛の巣の店主に二人分頼んでおきます。それがいい」
「は?」
 サリエリはそれはそれはもう幸せで満ち足りたような、慈悲深い後光を放っていた。キラキラした眼の中にパフェが浮かぶようだ。藤堂は頬をひきつらせて頷いていた。



 一方的に取り付けられた約束だったが破るのも気が引けて、藤堂は深夜営業のBAR蜘蛛の巣に来ていた。陽気な曲が廊下にもかすかに漏れ出している。開けっ放しの扉から覗くと、飴色の照明がかかった店内は壁紙も家具も絵画も西洋風にまとめられており、カウンターの奥には高級そうな酒瓶が飾られている。心身ともに大人のサーヴァントたちがテーブル席につき、その間を踊り子が練り歩くようにドリンクを給仕して回っていた。
 サリエリはカウンター席に座っていて、藤堂からは背中しか見えない。
 入るか、入らないか。
 悩んでいると、給仕の踊り子が藤堂に気がついたようだった。
「あら、はじめましてかしら? どうぞ、お好きな席にお座りになって」
 サーヴァントの彼女はするりと藤堂の懐に入り込み、しどけなく腕を絡めてくる。アサシン並の動きだった。布地から溢れそうな胸がどうやっても当たっていることに気を取られ、藤堂はよろけそうに足を踏み入れる。誰かがヒュウと口笛を吹いたが藤堂はしかめっ面を崩さないままで、彼女の腕をやんわりと振りほどいた。
 藤堂はカウンター席に歩いていき、こほん、と咳払いをするとサリエリはやわらかな表情で振り返った。今夜もまた「先生」のようだ。
「サリエリ先生」
「お待ちしておりました、藤堂君」
「先生の待ち合わせって彼だったのね。来てくれてありがとう、嬉しいわ。お飲み物はいかがかしら?」
 カウンター席のスツールは爪先が浮いてしまったが、隅の全体が見渡せる位置であることは良かった。酒場であるからには酒がいいかと考えていた藤堂が口を開くより先に、サリエリは踊り子に告げた。
「砂糖なしの熱いお茶が良いでしょう、マタ・ハリ。日本の方ですから」
「やっぱり! 刀を提げてらっしゃるものね? ええ、すぐお持ちしますわ」
……酒以外も出しているのですか?」
 訝しく藤堂が訊ねると、サリエリは自身の前に置かれていたコーヒーカップを指した。
「基本的になんでも。今日はドルチェの日なので、あまり酒を浴びる方はいません。私はチョコラータです」
 甘味を食べる前から甘味というのは理解しがたかったが、サリエリは幸せそうにひらりとスプーンで掬っていたので、藤堂は口をつぐんだ。たしかに周囲には酔っぱらって笑い出したり踊ったり脱いだりするような不調法者はいない。それぞれがグラスを片手に穏やかに談笑するか、軽い食事を取るか、一人でじっくりと考え込んでいるような者ばかりだった。
 まもなく熱い緑茶がマタ・ハリによって運ばれてきた。砂糖なしとの注文通り、少々濃かったが藤堂が慣れ親しんだ味がした。
「ご予約のパフェはただいま作っておりますわ。ちょっとお待ちになってね」
「楽しみです」
 カーテンを引いた奥のキッチンからはときおり、悲鳴や物を落とす音やあわてふためく足音が聞こえてくる。藤堂はやや不安を覚えたが、マタ・ハリは他の客に呼ばれて行ってしまったし、サリエリはちっとも気にしている風はない。まんじりともせず待つほかないようだった。
 今夜のサリエリは饒舌で、店内の曲は英国の有名なジャズであることから始まり、マスターが口ずさんでいた曲や子供たちに向けた簡単なアレンジの話などをつらつらと喋った。残念ながら西洋音楽の素養がない藤堂には云っていることの半分も頭に残りそうになかったが。サリエリは藤堂にもわかるように実際に口ずさんで見せたりもした。
 しばらくして、カーテンが開けられた。バーの店主である老モリアーティは髭が曲がっていたが、やり切った顔をしていた。
「フフ……おまちどおー。今回はマスター風に、チョコレートパフェ、一丁……
 たどたどしい足取りの店員がカウンターにパフェがふたつ乗った盆を置いた。そのまま去ろうとするのでサリエリは呼び止めてスプーンを要求する。彼はへにゃへにゃの笑みを浮かべて戻ってきた。
「グラッツィエ。ダンテ」
「どうもー。バイトのダンテですー……。ほんとはバイトする予定じゃなかったんだけど、若い方のモリアーティは怪我で急遽お休み……
「それは大変だ。お見舞い申し上げます」
「フフ……。実は、うちの番犬がはしゃぎすぎて頭ごと噛まれたのが原因……フフ……
 番犬のしつけが失敗したことを反省しているのかいないのか怪しい店員は、また危なげな足取りでキッチンに戻っていった。
 サリエリは待ちきれないようにスプーンを手に取る。
「それではいただきましょう。アイスクリームが溶けないうちに」
「はい。いただきます」
 少々不格好な、けれども絵と遜色ないほど盛られたパフェを藤堂は見下ろした。
 ガラスの器の中にはぎっしりとケーキやコーンフレークが詰まっている。丸く盛られたチョコレートアイスクリームにバニラアイスクリーム。へこたれたような形のソフトクリーム。器からはみ出しているエクレア。チョコレートとベリーの二種類のソース。とどめに虹色のカラースプレー。
 そうっとアイスクリームから、ひとさじを掬う。冷たい食感はすぐに溶けて消えていく。ああ贅沢なことだなあ、と藤堂は頬がゆるみそうになって、瞬時に気を引き締めた。見られなかっただろうかと隣を窺う。
 サリエリはもうこの世の至上とばかりのゆるゆるの顔でパフェを頬張っていた。一口食べるごとに花が飛んでいる。なんなら音符も飛んでいた。
 藤堂はどっと気力が吹き飛ぶのを感じた。
 藤堂は一心不乱にスプーンを動かした。どうせ席はカウンターの棚を向いていて、顔を見られる心配もない。エクレアを指でつまんだらチョコレートが爪先についてしまったので、行儀悪く指を舐めとる。深夜の悪事を楽しんでいる自覚はあった。
 チョコレート尽くしのパフェ。そこにベリーソースの甘酸っぱさや、アイスクリームの冷たさ、ざくざくとチョコが入った濃厚ブラウニー、わずかに塩みを感じるコーンフレークの食感、どれも藤堂にとっては新感覚だ。殿様だって食べられない、贅沢の極みをひとつの皿に盛りつけたような深夜のデザートだった。
 溶けたアイスが底のコーンフレークと絡んでしんなりなっている最後の数口もぬぐい、藤堂は息をつく。これ以上ない満足感に満たされていた。
 顔を見合わせて、サリエリの笑みに思わず藤堂もつられた。
……美味しかったですね」
「ええ、とても。お誘いいただきありがとうございます」
「私は食後にカフェモカもいただこうと思いますが。藤堂君はいかがですか」
「じゃあ、僕も同じものを」
 くすりと藤堂は笑みをこぼし、マタ・ハリを呼び止めた。
 アヴェンジャーたちの少々悪徳な夜は更けていく。藤堂はちろりとチョコレートの味が残る唇を舐めた。