ヨジ🔞
2025-09-27 15:49:50
3685文字
Public logh
 

【ロイミタ】愛別

争覇戦で、もしハイネセン帰着前にミッターマイヤーが追いついていたら……というifの話。

「このとおりだ、ミッターマイヤー」
 ハイネセンに帰着する直前で、宇宙艦隊司令長官ウォルフガング・ミッターマイヤーは、叛乱軍の旗艦トリスタンを捕捉した。敵将ロイエンタールは左胸を負傷して、もう長くはない命だった。
 彼は落ちつきはらってミッターマイヤーを迎えた。瀕死の重傷であるにもかかわらず、堂々と指揮座に腰かける姿は、いささかも威厳をそこなっていないばかりか、死神をはべらせているがゆえに、冥界の王のごとき風格を有していた。顔面蒼白な友の前に立ったミッターマイヤーは、自分のほうが弱っているのではないかと思われた。
「二人で話したいことがある」
 結果はもはや変わりようがない。であれば、死に至るまでのほんのわずかな時間を私人として過ごしても、ゆるされるだろう――叛逆者という立場でありながら、ロイエンタールの望みがすんなりと叶えられたのは、すでに確定した敗北と死のためだった。
 死に瀕した叛逆者は、その最期に意趣返し的な抵抗をくわだてることがあるが、この場合テロリズムへの心配は無用だった。ロイエンタールが一貫してしめしつづけてきた矜恃、そして何より、敵将二人のあいだに横たわる十年来の友誼は、このような状況になっても、周囲へあたえる信用として十分だった。
 ミッターマイヤーもロイエンタール同様、友と二人になりたかった。めでたく希望が一致した彼らは、艦橋にもっとも近い客室に移ることにした。ミッターマイヤーは肩を貸そうかとたずねたが、ロイエンタールは自分で歩くの一点張りで、その宣言どおり、彼は部下たちの前で気丈に歩いてみせた。
 その客室は、今や銀河帝国軍の元帥となった彼ら(このときロイエンタールの元帥号は剥奪されていて、公式には無位無官だった)が語らうには、いささか格が不足していたが、そのようなことはどうでもよかった。扉を閉めるなり、ミッターマイヤーはロイエンタールの顔を引きよせて口づけた。歩行による体力の消耗でふらついた男をソファに誘導して、二人で座りながら、それでもやめなかった。うすく口をあけて受けいれる意志をしめしたロイエンタールに、ミッターマイヤーはつねならぬ積極さで、目の前の男に教えられたキスをした。唇で唇をはみ、さしいれた舌を強引にからませ、吐息をむさぼる。熱い唾液がロイエンタールの喉をすべりおち、彼は友から命を分け与えられたかのようだと思った。一方ミッターマイヤーは、夢中でロイエンタールを味わっていたが、わかるのは友の死だけだった。
 長い口づけのあと、ようやく唇を離したミッターマイヤーが、愛しい男に抱きついた。
「ロイエンタール……!」
 全身全霊の抱擁は、しかし儚いガラス細工をあつかうように繊細だった。けれどもミッターマイヤーは、友からただよう濃厚な血の芳香につつまれた。胸の傷口が破れ、出血したらしい。
 嗅覚で傷にふれ、戦慄したミッターマイヤーにたいして、ロイエンタールは冷静に自分の応急処置を済ませ、お前のせいではないと友を気遣いさえした。
「逢いたかった、ミッターマイヤー……
 一方的に別れをつげた分際で言うのもおかしいが、と添えたロイエンタールに、ミッターマイヤーは何と声をかけるべきかわからなかった。彼もまた、ロイエンタールに逢いたかったし、友もそう思っていることを疑っていなかった。一心に相手の存在をもとめていたせいで、こうして逢えた今、情けないことに言葉が見つからない。話すべき物事や、あるいは伝えたい思いが、出会ってから今までと同じだけの年月をついやしてなお語りつくせぬほどあるはずなのに、ミッターマイヤーの豊かな表現力は肝心なときに役立たないのだった。
 ロイエンタールは死ぬだろうと、覚悟していた。だが、いざ残された時間に急きたてられ、この貴重な機会を使い果たせば、二度とこうして話すこともできないのだと実感すると、ミッターマイヤーは無情な現実をなじりたくてたまらなかった。ロイエンタールが天上ヴァルハラへと去った後も、自分は生きて地上にとどまりつづける、その途方もない時間が、今にも襲いかからんと待ちかまえている。この恐るべき暗黒の虚無を、ロイエンタールはきっと、一生知らぬままなのだ。
「この、大ばか野郎……!」
「ああ」
「こんな、状態になって……おれを置いて、独りで……
「ああ」
 このような事態をまねいた造物主への追咎と悲憤が、友への恨みつらみと化してしまうことが、そして友がこれらの言葉をただ受けとめてくれることが、ミッターマイヤーはいっそうやりきれなかった。
……逝かないでくれ……
 心の底から絞りだした本音にたいし、困ったように笑うロイエンタールを目のあたりにして、ミッターマイヤーはとうとう堪えきれなくなった。
……泣いているのか」
 涙を流す友を、ロイエンタールは青と黒の金銀妖瞳ヘテロクロミアでまぶしそうに見つめた。わが身に注がれる涙を欲した彼は、ミッターマイヤーの体をそっと引きよせ、まなじりにキスをして、こぼれるしずくを吸いとった。
「死んでもいい」
 冗談も少々まじっていたが、ロイエンタールのまったき本心だった。ふざけるなよと叫びかけて、怒気を発露させることもできないミッターマイヤーは、口をひらきかけて、閉じ、うるみながらも澄んだグレーの瞳で、友をにらみつけた。目もとの皮膚は紅を刷いたようにうっすらと色づき、涙に濡れて束になった蜂蜜色のまつげは、本物の蜜をひときわ濃く煮つめたようにきらめき、彼を構成するすべてがうつくしかった。その絶美が、眉間にふかく刻まれた懊悩、つよく噛みしめた唇から流れる一条の血とあいまって、凄まじい形相をなしていた。
 ロイエンタールは深い感嘆の息をもらした。魅了された魂がさまよい出たような、あるいは鷲づかみにされた心臓を引きずりだされたような、そんなため息だった。あらためてもう一度、今この瞬間死んでもいいと、ロイエンタールは本気で思ったが、口には出さなかった。代わりに彼は、しなければならない話を切りだした。
「ミッターマイヤー、おれは、ハイネセンに戻らねばならない。最後の仕事がのこっている」
……仕事? なんだ、それは」
 意外な発言に、ミッターマイヤーの緊張がゆるんだ。そんな友のようすに、ロイエンタールは胸をなでおろし、唇の血をぬぐってやった。
「訊かないでくれ。言えば、卿はおれを止めなければならなくなる」
 ロイエンタールに明かせるのはそこまでだったが、ミッターマイヤーは事情を察したようだった。
「ここを去れ、ミッターマイヤー。おれに追いつかなかったことにするのだ。じき死ぬおれを捕らえたとて、今さら他に、ろくな使い途もないだろう。本来、このような頼みごとができる身分でもないが、悪いようにはしないと約束する」
 ロイエンタールの真剣な訴えに、ミッターマイヤーは聞きいった。ミッターマイヤーはロイエンタールを同じ帝国元帥として見据え、たずねた。
「念のため確認するが、『皇帝カイザーを頼む』と、そういうことでいいんだな」
「ああ」
 力強い肯定の返事に、ミッターマイヤーは天をあおいで深呼吸すると、ふたたびロイエンタールを抱きしめた。これが最後だとさとったロイエンタールも、友を抱きしめかえした。何を言っても足りないことに変わりはないが、たがいに成すべきことを確認すると、彼らは事足りてしまった。
 名残惜しいとさけぶ心をねじふせて、二人はゆっくりと体を離した。
人狼ベイオウルフはまにあわなかった。……ハイネセンには、卿が到着した二時間後に行く」
「十分だ。部下によく言い聞かせておけよ。バイエルラインの青二才なんかは、とくにうるさいだろうからな」
「大丈夫だからそう悪く言ってやるな。さきの戦いで卿にやられて、落ちこんでいたぞ」
「ふん、そいつはいいことを聞いた」
 二人のあいだに、なつかしい平生の歓談がよみがえってきた。まるで天からの贈物のごとく、親友とのかけがえのない時間が戻ってきたことに気がついて、またもや涙をこぼしそうになったミッターマイヤーは、俯いてやりすごした。実はこのときロイエンタールも、ふいに熱くなった涙腺をごまかすため、強くまばたきをしていた。
 立ちあがった帝国の双璧は、最後に握手をして別れた。
……またな、ロイエンタール」
「遅れてこいよ、疾風ウォルフウォルフ・デア・シュトルム


 自らの旗艦人狼ベイオウルフに戻ったミッターマイヤーは、艦橋の光学スクリーンをながめ、先をゆく旗艦トリスタンを見送った。
 いずれ、自分たちは天上ヴァルハラで、ふたたび相まみえるだろう。そうなれば、あつまった皇帝ラインハルトやローエングラム王朝の仲間たちとともに、今度は天上ヴァルハラ征服に乗りだすのだろうか。全銀河を翔けめぐったのと同等、あるいはそれ以上に心沸きたつ、それは果てなき夢だった。
 自分と同じ夢を、叛逆した友もまた見ていると、ミッターマイヤーは信じた。