いまち
2025-09-27 15:27:13
6126文字
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3年、寮長、副寮長

続くかもしれない

 この異世界にきてから迎える三回目の秋。私たち副寮長は学園長室の前で寮長会議が終わるのを待っていた。中ではどんなお話をしてるのかは分からないけど、こっちは至って平和なものだった。新入生の子たちの様子とか、マジフト大会のこととか、のんびりしながらなんてことない話をしていた。
 けども、お話をしていればいつかは話題は尽きるもので、なんとなく話が終るとみんなそれぞれぼうっとしたり、スマホを見たりしている。
 そんな中で私はといえば、スマホはないから窓から外を眺めていた。なにも考えないでぼうっとしていると、ふいに、あまり考えたくないことが頭をよぎる。去年から続く悩みの種だ。思い出したくないから頭から追い出そうとするものの、一度思い出したそれ――悲しそうな顔で肩を竦める子たちの顔――はなかなかどうして頭にこびりついて離れなかった。
「もうやだ……
 そして、頭から追い出そうとするうち、うっかり口に出てしまった。誰かに聞かれてないよね? そう思って周りを見ると、スマホを見ていたエースくんとイグニハイドの副寮長ことつべくん(※愛称)がきょとんとしながらこっちを見ていた。
「セベクの大声が?」
「たしかに、耳悪くなりそう」
 目が合った途端、間髪入れずにこれだ。たしかにセベクくんの大声は耳が痛くなる……どころか身体じゅう痺れるほどすごいものだけど、今の愚痴はそうじゃない。
「違うもん」
「じゃーなによ?」
……。お付き合い、の、お申込み」
「いつものじゃん」
「あぁ……
 言ってみれば二人は「またか」みたいな顔をした。そう思われても仕方ないかも。私だってうんざりしてるんだから、去年から同じグチを聞かされてる二人だってうんざりしてるんだろうなって想像つく。
「だから誰かと付き合えばいいじゃん。って、言ってんじゃん」
「そういう人、いないもん」
「じゃあ、フリとかは? 話合わせてくれそうなヤツとかいないわけ?」
 それはまぁ、アリかもしれない。お付き合いしてる人がいるから、って言っちゃえば諦めてもらえそうではある。ウソを吐くのは気分はよくないけど、今みたいに「お試しでも」とか言って食い下がられることはうんと減りそう。
 でもなぁ、それってヘタをすれば巻き込んだ子を危ない目に遭わせるかもなんだよね。実際、シルバーさんもセベクくんも私とは寮長と副寮長ってだけでしかないのに、私を賭けて勝負だ。なんてケンカや決闘をふっかけられるのはしょちゅうなんだもん。二人とも気にするでもなく返り討ちにしちゃってたから、ふっかけてきた本人以外は危ないことはなかったんだけど。
 そのへんのゴタゴタが起きるかも考えてみると、誰でもいいとはならない。お願いするとしたら、そういったトラブルを穏便に、うまくかわせる子だ。たとえば――
「エースくん。付き合って」
「ヤだ」
「ほらー」
「どう考えても面倒しかないっしょ」
「そうだよ?」
 だから、寮長や副寮長くらいの子であれば、それだけで一歩引かれるかもだから安心ではあるんだよね。特に、エースくんなんて人を煙に巻くのが上手いから本当にうまくかわせると思う。そう思ってエースくんを見上げるも、当のエースくんはものすごーくイヤそうに顔をしかめた。
「ぜってーヤだ」
「だよねぇ」
 けども、エースくんはやっかい事をイヤがる。すごくイヤがる。自分は一年生の頃からしょっちゅう問題を起こしてるから事件事故には慣れてるはずなのにこれ。まぁ、私も同じことを頼まれたらヤだな、って思うかもだから、責めようとは思わないけど。そもそも本気じゃないもんね。
「つーか、コイツじゃダメなワケ?」
「はへ!?」
 エースくんはむっとしながらつべくんを指さした。当の本人は振られると思ってなかったようで、驚いたような困ったような顔をして目を泳がせてる。つべくんは……どうだろ? 身体がおっきいからパッと見はケンカとかできそうな感じはなくもない。けど、見た目に反して本人はとても繊細で大人しい子だ。とてもじゃないけど、こんなことに巻き込んでいい子じゃない。
「ダメ。お友達を危ないメに遭わせるわけにはいかないもん」
「ありがとう」
 かぶりを振ると、つべくんはほっとしたような顔をして、エースくんは不満そうに唇を尖らせた。
「オレはオトモダチじゃねーっての?」
「エースくんならヘンなこと言われてもうまくかわせるでしょ」
「だろうね」
 つべくんが苦笑いしながら頷いた。寮もクラスも違う子からもこう言われるって、エースくんの小器用さはどれだけ有名なんだろ? ちょっぴり面白いな、って思っていると、エースくんはめんどくさそうな顔で頭を掻いた。
「あんなぁ……じゃあデュースは?」
「寮のお仕事で手一杯なのに余計なことさせられないでしょ」
「ジャックは?」
「『生涯一人としか添い遂げない』って言ってるんだよ? そんな子の大事なひと枠を踏んづけるわけにはいかないでしょ」
「エペル」
「ヘタしたら倍絡まれる」
「オルト」
「イデアさんに怒られる」
 ダメな理由をぽんぽんぶつけるうち、エースくんはうんざりした顔でため息をついた。
「じゃあもうセベクしかいねーじゃん」
……むー」
 それじゃあ今以上にセベクくんが絡まれるようになるだけだ。それに、セベクくんがそんな提案を飲むワケがない。巻き込むなー、とか、自分でどうにかしろー、とか言って怒られるのは目に見えてる。
 でも、咄嗟にセベクくんにこんなことは頼みたくないなって思ってしまった。特に理由があるわけじゃない、本当になんとなくなんだけど。でも同時にちょっとだけ、ほんのちょっとだけお願いしてみようかなって気にもなってしまった。どうしてあべこべに考えちゃったんだろ。自分の気持ちなのにわけがわからない。
「うー……
「ま、がんばれよー」
「ね、やっぱエースくん」
「ヤだ」
「うー」
 お話に飽きてか、エースくんの興味はスマホに戻ってしまった。結局のところ、いつもの愚痴だから進展も解決もしない。分ってはいたし、時間潰しのたわいないお話のつもりだったからいいといえばいい。けど、モヤモヤが深まったような気がしてなんだかソワソワした気持ちになってしまった。
「その、グチくらいなら聞くから」
「ありがと……
 つべくんも困ったように笑いながら、ポケットから本を出して読み始めてしまった。残された私は窓の外相手にうーうー唸ることしかできなかった。
 どうしたらいいのか分からない。でもどうにかしないとなぁな気持ちだけを空回りさせながら、気持ち良く晴れた空を仰ぐ。
……
 頭にこびりつく悩みに続いて、エースくんの提案がいやに引っ掛かってしまった。セベクくんに恋人のフリをして、なんて頼んでもいいのかな?
 どう考えてもよくなさそうだけど、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ聞いてみたいなとも思ってしまった。

+++++

「何を考えているんだ貴様はッ!!!!」
「だよねぇ」
 寮長会議も終わって寮に帰る道すがら、エースくんが考えてくれた「恋人いるんです作戦」をセベクくんに話してみた。そして案の定ものすごい剣幕で怒鳴られてしまった。
 正直、そんな気は大いにしていた。けど、もしかしたら……って気持ちもちょっぴりあって、思いきって話を振ってみたらこう。分かっていたとはいえ、こうも怒鳴られるとなんだかしょんぼりしちゃう。
「くだらないことに僕を巻き込むな!」
「うー……
「そもそも、それくらいきちんと自分で対応しろ!」
「はーい……
 そして、想像した通りのお説教ももらってしまった。
 むすっとしたセベクくんいわく、相手は私を思ってお付き合いを申し込んでいるのだから、断るにしてもウソなんかつかないで、誠意をもってきちんとお返事をしろ。らしい。ごもっともすぎて返す言葉もない。
 ……けど、ちょっと意外だった。セベクくんのことだから「恋愛にうつつを抜かすなんてどうのこうの」って怒りそうなものなのに、きちんと考えてくれるんだなって。とはいえ、そう思ったことを正直に言ったところでお説教のおかわりをもらいそうなのは見えてるから、そっと頭の中にしまっておいた。
「それで、実際はどうなんだ?」
「っていうと?」
「交際したいと思う相手はいないのか?」
「え?」
 話が続くとは思わず、ましてやセベクくんから恋のお話を振られるとも思わなくて、聞き間違えなのかと思ってしまった。驚いてセベクくんを見上げると、ごくごく普通……というよりはどうでもよさそうな顔をしている。そんな態度にがっかりしてしまった。
(あれ?)
 なんでがっかりって思っちゃったんだろ? しおれた気持ちに疑問を持って、ちょっとだけ考えてしまった。がっかりしたってことは、私が望んでない反応だったからってことだ。じゃあ、セベクくんがどういう反応をしてくれたら私は満足できたんだろ?
 バカにされるのはヤだし、優しくされるのはなんか違う。怒られるのは……ちょっと近いかもだけどなんか違う。私に目もくれないで前を見て歩くセベクくんを見上げていて、ぽっと気付いた。

 もしかして、ヤキモチを妬いてほしかったんじゃないかな、って。

 なんとなくだけど、イヤがってほしいというか、ソワソワしてほしいというか――端的に言っちゃえば私が思う人のことを気にしてほしい。って、思っちゃったんじゃないかって思えた。でもそうしたら、私、セベクくんのことが気になってるってことになるんじゃない?
 それってどうなんだろ? たしかにセベクくんはしっかりしてるし、お勉強も魔法も、成績には繋がらない武術のお稽古もせっせと励む頑張り屋さんだ。課題とかで詰まってる寮の子のこともちゃんと寄り添って面倒を見てる……まぁ、言い方とかとっても厳しいから分かり辛いけど。雑なようでとっても繊細だから、細かいところにもよく気付く。お食事をする時はたくさんのお料理を美味しそうに食べてるところなんか見ていてついにこにこしちゃう。そう考えるとセベクくんのことは決して嫌いじゃないんだとは思う。
……むぅ」
「なんでそこで考え込むんだ」
 けど、恋人や旦那さんにしたい好きかと聞かれればまるで分からない。なんせ憧れはあるものの、そういうふうに人を好きになったことってないんだもん。わからないけど、セベクくんに対する気持ちは、なんとなく違う気がする。愛とか恋とかって、もっとワクワクドキドキするものってイメージがある。セベクくんといてそういうトキメキみたいなものは、たぶん、感じない。
 でもそれならなんでこんなモヤモヤするんだろ? それがなんとも据わりが悪くて落ち着かない。
「ううう~」
「なぜ唸る」
 けど私の気持ちがどうであれ、さっきのセベクくんの態度を思えば、私に対する気持ちなんてこれっぽっちもないのが見えてしまった。それがなんともやるせない。例えるならこう。険しい山に採取しに行って、やっと見つけた調合材料だけど痛んでて使い物にならなかった、みたいな残念な気持ちだ。……いや、代わりとかがない分こっちの方が辛いかもしれない。
 心がちくちくするのを感じて、でも、その正体が掴めないから目を逸らすつもりで頭の中でヘンな例えをして茶化してみた。
 けど、すっきりしそうにないからセベクくんをもっかい見上げた。人が散々もやもやしてるっていうのに涼しい顔をしているものだから、ちょぴっとだけ腹が立ってしまえば、つついてやろうって思ってしまうもの。
……。フられたからいないもん」
…………それは、すまない」
「謝られると余計みじめなんだけど?」
 少しでも居心地悪そうになっちゃえ。って思って言ってみたものの、これもまた意外なことに、セベクくんからは同情でもするような、可哀相な子を見るような顔を向けられてしまった。いじわるするつもりだっただけに負けた気分になってしまう。それでまた気もへこむというもの、もうため息しか出てこない。
「はぁ……
「落ち込むのは勝手だが、寮生たちに腑抜けた顔を見せるんじゃない」
「分かってるよぅ……はーぁ」
……本当に分かっているのか、貴様は」
 ぷちっとぼやくセベクくんと寮に戻って、セベクくんは自分のお部屋に、私はおやつ作りのためにキッチンへ向かった。こうなったらこのもやもやをパン生地にぶつけてやろう。そう決めて、どんなおやつを作ろうか考えた。

+++++

 腹立たしい!
 腹立たしい!
 腹立たしい!!

 腹の奥に滾るような憤りを感じながら自室に戻る。理由は考えるまでもない、さっきのやりとりだ。
『ね、セベクくん。私の恋人のフリをしてくれないかなぁ?』
 まるで販売用のパンの相談でもするような、なんでもない口ぶりで言ってくれた。聞けば、交際の申込を断る口実として僕を利用したいのだそう。
 アレが他生徒から交際を申し込まれているのも、それを断るのに難儀しているのも知っている。だからといって僕に虫除けのための偽の恋人になれと? 冗談じゃない!
 そんなふざけた提案を僕が受け入れるとでも思ったのだろうか。少しでも思った上で依頼してきたのだとすれば不服でならない。さらには、失恋したから相手がいないだと? 失恋相手の代わりに僕に充てがおうなど、一体どういうつもりだ。僕をなんだと思っているんだ。考えるほどに腹の奥が熱くなる。
「一時の紛い物にされてたまるか!」
 腹立ちまぎれにぼやいてみるも、それで治まる腹の虫はいない。こんな時にシルバーがいれば数時間鍛錬でもすればこの虫も治まっただろうが、学外研修に出ているためにそれは叶わない。
 ならばと思い、杖と、寮長への決闘届のうち学園長から承認を得たものを適当に一束引っ掴んだ。どうせこいつ等もアレを侍らせたいと不埒な願望でもって決闘を申し込んできた不届き者だ、遠慮はいるまい。浮かれた者だろうが数も嵩めば少しは手ごたえもあるだろう。なければ困る。
 部屋を出て、キッチンの前をを通りがかると香ばしい香りが漂ってきた。あんなにぐずぐずしていても日課の小遣い稼ぎはきちんと行うらしい。ゴーストたちと会話をしていると思しき呑気な声も聞こえてくる。
……人の気も知らないで能天気な」
 楽しげにパンを焼くアレの姿が目に浮かび、蟠りのような心地の悪さを感じた。誰に向けたわけでもなければ、何を思ったわけでもなく口をついて出た己の一言がいやに引っ掛かった。
 僕の気、とはなんだろう。僕はあれに雑な扱いをされて憤りを覚えただけのはずだ。それなのに、この奥歯に物が挟まったような据わりの悪さはなんなのだろう。
……
 それにしても、アレをはねつけたのはどこのどいつだろうか。既に恋人があるから断ったのか、アレが好みでないから断ったのか。後者であれば、よほど見る目のない男なんだろう。そんな者に焦がれたアレも大概趣味が悪いのかもしれない。