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いまち
2025-09-27 14:47:22
11284文字
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雛鳥の失態
バウル(いずれは)おじーちゃんが雷どっかんに慣れてなかったらまじの失態だった。ノア様が怒りっぽくてよかった(?)
それから、リリアさんたちの後をついて回る日々が続いた。
山を上ったり谷を越えたり、森の中を調べたり、道中現れた魔獣を退治したり
……
ただ後ろをついていくだけではあるんだけど、なかなかどうして険しい道が多い。お偉いさんが使う道ならもっと歩きやすい道や魔獣が少ないところを選んだ方がいい気がする。けど、わざわざこんなところを選んで歩くってことは、なにかしらの意味があるのかも。私にはまるで想像つかないけど。
道は険しいし魔獣も出はするけど、よその国と争っている間のわりに道中は平和なものだった。あちこちで聞く銀のフクロウの話からいつ何が起きるのかって心配だったけど、戦いやら襲われたりってことは今のところ起きてない。なんなら、それっぽい人間を見かけることすらなかった。
そんなものだから、リリアさんたちが辺りを調べたりしてる間の私はといえば、ただただ食材集めとお料理をするだけになっていた。
そっちも慣れてきたもので最近は食べられそうな動物を狩って、そのお肉や毛皮を近くの家や村でお野菜なんかと物々交換してもらったりしてる。そうして食材を集められるおかげで、ここに来たばかりのときよりずっとお料理もしやすくなった。作ったお料理も喜んでもらえてるみたいでとっても嬉しい。
そうして過ごしているうちに意味もなくはやっていた気も落ち着いた。落ち着いてくると辺りもよく見えてくるもので、今いる場所の見当もついてきた。
たぶんだけど、ここは黒鱗城から南東に下ったどこかみたい。私の感覚では茨の谷の外だけど、周りの雰囲気からするにここはまだまだ茨の谷の中らしい。昔は大陸のほとんどが茨の谷の領土だったとは聞いていたけど、実際立ってみるとしっくりこない感じ。
たしか、茨の谷の領土って争いの後に狭まるんだっけ。教わった通りならマレウスさんのお母さんが亡くなったのをきっかけに争いが終わって領土も奪われるんだったかな。
今が正確に何年なのかは分からないし、できれば考えたくないけどリリアさんの歳から数えると、それもあと十年足らずの出来事、のはず。いつ元いた時代に戻れるかは分からないけど、帰れなかったら争いの終わりまで見ることになるのかな?
今まで生きてきてそんな大層な出来事に遇ったことなんてないから、もしかしたらと思うと薄ら寒さみたいなものを感じる。
「
……
ちょっと怖いかも」
「ん?」
「あ、と、なんでもないです!」
うっかり口に出しちゃった独り言が聞こえてか、梟のお面のひとに首を傾げられてしまった。これはよろしくない、ヘタなことを言って「怖いなら出てけー」なんて追い出されたらたまらないものね。かぶりを振ってなんでもないような顔をしながらリリアさんたちの後に続いた。
できることなら、このまま平穏にお手伝いをしているうちに元いた時代に帰りたいな。って、そう思った。
+++++
銀のフクロウと戦うことはなければ、それらしい人たちも見かけることもないまま一週間近くが経った。私はといえば相変わらずリリアさんたちの後をついて回っている。
話に聞いていたミスティウム紛争って激しい争いのはずなのに、ここまで敵と出くわさないものなのかな? いや、お偉いさんの歩く道を探してるから敵とかとかち合わない道をとってるからなのかも?
それにしたって争いの痕跡みたいなものもまるで見かけてない。この頃って、私が思ってるより平和だったりするのかな? 静かすぎて逆に落ち着かない気持ちになるものの、私は自分の仕事をこなしていた。
今日は野ばら城からの連絡が頻繁に来るとかで少し早めに夜営支度をすることになった。隊や軍のことなんてまるで知らない私でも、最近の連絡は妙に多いなとは思ってた。普段であれば決まった時間にお手紙がひと往復するだけなのに、ここ何日かは頻繁にお手紙が行き来しているものだから、リリアさんがものすごーく煩わしそうにしている。
なにかあったのかなーとは気になるところだけど、いちお食事係には関係のないこと。下手に口を挟んでもリリアさんが余計にイライラするだけだろうから、大人しくお食事を作ることにした。
そうしていつものように水場の近くでお料理をしていると、いつの間にいたのかバウルさんがじいっとこちらを睨み付けていた。おおかたヘンなものを混ぜないか、とか。よそと連絡をとったりしてないか、とか警戒してるのかも。そんなバウルさんの態度にもさすがに慣れてきた。
「あの、私を見張るならこっちに来てもらって結構です」
「
……
」
ジロジロ見られるのは好きじゃないけど、コソコソされるよりは近くで見られる方がまだちょっとはマシかも。声をかけるとバウルさんは険しい顔のまま私の斜め後ろにじいっと立った。やっぱり見張っていたらしい。
とはいえ、お互いに黙ったままというのもちょぴっと気まずい。せっかくだからとバウルさんに銀のフクロウについて聞いてみた。話こそ聞くけどそもそもどういう人たちで、なにがどうして争いが始まったのかって知らないものね。
「あのぅ、バウルさん。ちょっと気になってるんですけど、聞いていいですか?」
「言ってみろ」
聞くと、バウルさんはそれはそれはイヤそうな顔をしてくれた。まぁ、バウルさんは未来でも人間嫌いで有名だもんね。争いの真っ最中ともなればそりゃあ名前も聞きたくないって思っちゃうのかも。
「彼奴らのことなぞ聞くまでもなかろうが」
「いえその、名前は聞きますけど全然知らないんです。それっぽい人とか見たことないですし。ほんとにいるのかな。って、気になっちゃって」
「
……
」
バウルさんはあまり話したがらない顔はしたもののきちんと教えてくれた。曰く、銀のフクロウたちはこの大陸の東端にある来光岬に拠点を構えていて、雷鳴山脈より東側に我が物顔で住み着いているらしい。お目当ては鉱山から採れる魔法石やミスティウムの鉱石なんかで、手当たり次第に堀り尽くしては山を荒らして、川を汚して森も刈りつくしているとか。そんなものだから、向こう側に住んでる小さな妖精さんたちもすっかり参っていて少しずつ数が減ってるそうだ。
「そんなにひどいんですか?」
「あぁ。鉱山近くに住むドワーフたちも棲家を追われているそうだ」
「そんな
……
」
「
……
。向こう側に行ったことは?」
「えっと、ないです」
「なら、知らんだろうな」
バウルさんが言うにはかつての自然豊かな土地だったそこは今や見る影もない、らしい。私が知ってる東側って賑やかな港町だけど、この頃はあそこまで茨の谷の領土だったんだ。さすがにそれは知らなかった。
こっそり驚く私にバウルさんは続けた。さっき聞いたとおり拠点は東端にあるだけあって、銀のフクロウの人たちは雷鳴山脈より西であるこっち側ではあまり見かけないらしい。それでも、わざわざここまで鉱石なんかのドロボウに来るのはあまり珍しくもないのだそうだ。
雷鳴山脈って魔獣が多い上足場のよくないきつい勾配の山が連なってたんじゃなかったっけ? わざわざそんな危ないところを超えてまで来るなんてにわかには信じられないかも。
茨の谷で採れる鉱石類は魔法石をはじめ、ものすごーく高価で取引されてる物がわんさか採れていたというのは知ってる。けど、いくらお金になるとはいえ危ない山を越えて、命がけの争いをして、よその土地を荒らしてまで手に入れたいものなのかな?
私にはピンとこない。同じ人間だけど私と銀のフクロウとじゃ考え方が違うのかも。そもそも生きてる時代も、なんなら世界すら違うのだから当然かもだけど。
もやもやしていると大きくため息を吐くような息遣いと重たいものを叩きつけるような音がした。何事かと思って振り向くと、バウルさんはうんざりした様子で座り込んで、魔石器の手入れを始めた。眉間にすごーくシワを寄せてるあたり、本当にしたくないお話だったのかも。
「つまらない話をさせるな」
「う
……
でもその、ありがとうございます。よく分かりました」
「礼なぞいらん。口を動かす暇があるならとっとと食事支度を済ませろ」
「
……
はい」
銀のフクロウと今の茨の国の事情は分かった。事態は私が思っていたより深刻だった。
そりゃあ、それだけ国を荒らされたら人間嫌いになるのかも。むしろ、そこまでされてるのに人間と仲良くしようってリリアさんはなんなんだろって気がしてきた。この時代から私の知ってるリリアさんになるまで何があったんだろ。ちょっとだけ知りたいなって思ってしまった。
+++++
銀のフクロウの人たちのやり方にもやもやしながら二日が過ぎた。相変わらず争いもドロボウともかち合うことはなかった。ひっきりなしに連絡が来てリリアさんが少しばかりイライラしている以外はほどよく忙しくて、ほどよく平和な感じがしていた。ここにきてから治療したケガもイノシシに跳ねられたひとのものだけ。そんなものだから少しずつ気も抜けてきた。
……
けど、ついにその時が来てしまった。
「止まれ」
ごくごく小さな妖精語でリリアさんが呟くと、辺りの空気が凍った気がした。みんないっせいに足を止めて、真後ろにいたひとに腕を掴まれて口を塞がれてしまった。
「っ!?」
ものすごくびっくりしたけど、それとなく物々しい空気からしてじっとするところなのかも。首の後ろにひりつくものを感じる。聞き取れないほど早口の妖精語が頭の上で飛び交った。時間にしたら掴まれてからほんの数秒後、私を押さえていた手と気配が突然なくなってしまった。
「音を立てるな。いいな」
リリアさんは私に早口で言い捨てると返事も待たずにじっと森の先、進行方向から外れた方を睨んでいた。もしかしなくてもなにかあったらしい。空気が張り詰めているものだから息苦しい感じがしてしまう。
少しするとどこからともなくフクロウのお面をしたひとが現れた。小声の妖精語でリリアさんにお話をしている。漏れ聞こえた話によるとこの先に銀のフクロウがいて、手に入れたらしい鉱石を袋に詰めていたのだそうだ。戦闘員らしい人が3人、作業員らしい人が2人、魔法士とお手伝いらしい人がそれぞれ1人ずついるらしい。
この人数が多いのか少ないのか分からないけど、リリアさんの表情を見る感じだとさほど深刻じゃなさそうな印象だった。それでも、向うに戦う準備があるようなら、このままかち合えば争いは避けられなさそう。
……
個人的には穏便に済ませてほしいけど、いちお食事係にはそんな意見なんてできるわけがない。黙って大人しく、邪魔をしないようにするしかない。
どうするのかなってヒヤヒヤしながら横で聞いてると、リリアさんたちはその人たちに仕掛けるらしい。バウルさんたちへ手短に作戦のようなものを伝えて、最後に私に目を向けた。
「テメェはここで大人しくしてろ、いいな」
「
……
」
短く言い捨てるような口調で目は冷たく私を睨めつけていた。そんなリリアさんの態度は「余計なことをするんじゃない」って暗に言ってるみたい。実際戦いの場に私がいてもお邪魔にしかならないかも。私ひとりで魔獣退治をするくらいならどうにでもなる。けど、リリアさんたちは戦闘訓練を受けてるひとたちだ。余計なことをしてペースを乱そうものなら足を引っ張ってしまうのは想像がつく。
だから、リリさアんに頷いて藪の中に隠れておくことにした。
じっとしていると、みんな魔法で移動したのかな? 足音とかは聞こえないまま辺りからひとの気配はなくなった。
ここから銀のフクロウの人たちのいるところまでどれくらい離れてるんだろ。じっと耳をすませていると、遠くから武器がぶつかり合う音や騒ぐ声やらが聞こえてきた。何事もなく済めばいいのに、ってちょっとだけ思ってたけど残念ながら叶わなかったらしい。
リリアさんは大人しくしてろって言ってたけど、もし相手に見つかって襲われたりしたらどうしよう。戦って追い払ってもいいのかな? あまり強くない麻痺毒とか撒いて動きを止めればいいかな? それとも、武器を源素に還して戦えなくするとか? 落ち着かない頭で考えたところでいい案なんて浮かぶわけもないのについつい考えてしまった。
ひとりでいるといやに不安に駆られてしまう。震える膝を抱えているとソワソワする気持ちだけが頭の中で空回りする。何ができるわけでもないのに気は急いて意味もなく焦りを覚えていた。
みんなは無事なのかな、リリアさんたちはもちろんだけど、できれば銀のフクロウの人たちにもひどいケガはしてほしくないな。そんでもって、どうしたらいいか困るからこっちには来ないでほしいな。そんなことを考えてじっと身を縮こまらせた。
「
……
け
……
のがっ!!」
そうしているうちに聞き覚えのない声が聞こえてきた。ついで、聞き慣れない靴音も。近衛隊のひとたちとは違う、足音の感じからするに履いているのは普通の木靴かな? 雰囲気からして戦ったりするひとのものとは違う。
もしかして、作業員とかお手伝いのひとたちが逃げてきたのかも。よくよく耳をすますと足音はひとりふたりくらいでバラバラしていて、でたらめに走り回っているみたいだった。方向からしてこっちに向かってきているみたいではあるんだけど。
このままその人たちとかち合ったらどうしよう。にわかに焦るも、いい案なんて思いつかない。だからせめて見つからないよう身を縮こまらせて息を潜めるしかできなかった。どうか、こっちに来ませんように。って、頭の中で祈りながら。
「逃がすかァッ!!!!」
「
――
!?」
聞き覚えのある大声が響いた途端、藪を突き破った人影が二人、私のすぐ横に倒れ込んだ。大きな袋を抱えた粗末ななりの男の人と、丈夫そうなお洋服を着た女の人だった。見るからに戦闘員じゃないけど、この人たちが銀のフクロウなんだよね? 耳、丸いし。
ふたりはぐったりしているものの息はあるみたい。たぶん、さっきの大声の主
――
バウルさんの魔法で気絶させられたのかも。大人しくしてろとは言われてたけど、気絶してるうちにこの人たちは縛っておいた方がいいんじゃないかって気持ちがちょっぴりある。でも縄とかは持ってないんだよね、どうしよ?
「む」
「あ
……
」
迷っているうちにバウルさんが顔を出してきた。私を見てちょっとだけ顔をしかめたけど、すぐに倒れてる人たちの側に寄って手早く見覚えのあるロープで二人を木に縛り着けた。
そうしたことにちょっとだけほっとした。ここで殺さないならこの人たちはあとで帰したりするのかも。そうであってほしい。いくら争いの時だからって人も妖精も犠牲は少ないに越したことはないものね。
「わっ」
血なまぐさいことにならなくてほっとしていると、バウルさんは二人が持っていた袋を私に押し付けてきた。赤ちゃんくらいの大きさの麻袋で口はしっかり縛られている。大きさの割にずっしり重くてゴツゴツしていて魔力を感じるあたり、中に入ってるのは魔法石や魔法金属の鉱石とかそんな感じがする。
……
つまり、この先の鉱山や鍛冶場から盗んできたもの、なのかも。
そんなことを考えながら袋とバウルさんとを見ていると、バウルさんはちらっと私を見るとすぐ来た方向に目を向けた。
「後で回収する。貴様が持て」
「あ、はい」
こんな重たいものを持ってたら戦いにくそうだものね。頷くとバウルさんは何も言わずに来た方へ戻って行った。お面の隙間から見えた口許は何か言いたそうな感じだったけど、言いたいことはなんとなく想像がつく。おおかた縛った人間を逃がすな、とか。袋を持って逃げたら承知しないぞ、とかそんなところだと思う。もちろん、そんなことをする気はない。
こうなると、私もちょっと移動した方がいいかも。目を覚ました二人に見つからないよう死角になりそうな位置に移動、それから色変え魔法で藪っぽい色に変えたエプロンを被ってカモフラージュしつつ縛られた人たちを見張った。
もしここに魔獣が現れて二人が
……
なんてことになるのは避けたかった。争いの最中とはいえ人を死なせたくないし、できることならケガもさせたくないもの。とはいえ、そんなことになったら二人から姿を隠しながら退治しないとだから、それもまた骨が折れそう。
もしもの事態に備えながら袋を抱えてじっとしていると、また足音が近付いてきた。これもまた近衛隊のひとたちとは違っていた。
戦い慣れてる人の走り方でなければ靴も武装している人のものとは違う。なら、さっきの人たちみたいに逃げてきた人かな? どんな人かは分からないけど、見つからないようにした方がいいよね。そう思ってまた息を潜めた。ややあって葉っぱが擦れ合う音が聞こえた。音からして相手も私みたいに隠れようとしてるのかもしれない。
襲われる心配はないかな、って思えば安心できそうではあるけど、のほほんともしていられない。足音の主がこっちにきたら少しまずい。なんせ、こっちには捕まえている人が二人もいる。今はまだ気を失ってるけど、目を覚まそうものなら声なり物音なりを上げて助けを求めるのは想像にかたくない。私だったらそうするもの。
そんなことをされたら当然、今どこかで隠れてる人は助けに出ててくると思う。そうなったら面倒だ。偵察に出ていたひとの報告から考えれば今ここには(たぶん)男の人がふたりと女の人がひとり。その人たちに見つかったら? さすがに私も見つかるだろうし、大人しくできるとは思えない。
「
……
始まりと終わり、すべてを解し我が力となれ
――
欺く翼(リリス・トリスメギストス)」
だから、取り急ぎユニーク魔法で眠くなるお香を作って、風の魔法で煙を送って気絶してる二人に使っておく。こうやって物理的に動けなくしちゃえば、見つかることがあっても一対一で対応すればいいからまだどうにかできる。
大人しくするように言われたけど、これくらいなら隊のひとたちの邪魔にならないはずだ。風向きが変わって突風でも吹かない限りお香の煙がリリアさんたちがいるとこに届くことはないはず。
十分煙を吸わせたところで辺りの様子を伺う。できればどこかに隠れてる人にも使いたいところだけど、見た感じどこにいるかは分からない。あまり動いたらバレるかもだから、そっちは諦めて隠れておくことにした。不安で胸がぎゅっとなるのを感じながら、物音を立てないようじっとした。
「っ!」
早く無事に終わりますように。胸のうちでひっそり祈っていると、またも人の足音がこちらに向かってきた。金属が擦れる音にお世辞にも軽いとは言えない足音
――
気付くより先に喉の奥が詰まった気がした。さっきまでこっちに来た足音とは明らかに違う。近衛隊のひとたちのと似た雰囲気だけど、あんなにじゃらじゃらしてなければ重たくもない。きっと、銀のフクロウの戦闘員の人だ。
蛇行しながら走ってるのかな? 一歩ごとに距離感が違って聞こえる。
よっぽど曲がってこない限り私のいるところには来ないとは思うものの、もし曲がりに曲がってこっちまで来るかもと考えたら少し移動した方がいいかもしれない。いやでも、下手に動いたら隠れてる人に見つかるかもしれない。それは避けたいところ。
「ヒッ!?」
どうしようかちょっとの間迷っていると、野太い悲鳴が藪の中から聞こえてきた。こっちは足音より近いから隠れてる人かな? でもなんで? 不思議に思っていると、遠くない所から勢いよく水が弾ける音がした。水の魔法だ。ということは、近衛隊の誰かかな? 打たれた水の固まりは木に当たって弾けたり、地面に当たって土を跳ねたりしてるよう。足音と一緒にこっちに近付いてきてる。ここで戦闘になるのかもと思うといやに緊張してきた。
「バケモノめ!!」
そう遠くない位置から聞こえた。知らない人の声だからきっと銀のフクロウの人だ。いかにも怒ってる声色で叫んでいる。金属が擦れた音がした。剣を抜いたんたって気付いてぞっとした。やだ、やだ。剣なんて振り回したらただじゃ済まない。
――
怖い。
麻袋を抱きしめて、葉っぱの隙間から声のする方を覗いた。途端、鋭い剣撃の音。風を切る音。藪の間から覗くとバウルさんと重たそうな鉄の鎧を着た人が激しく打ち合っていた。打って、受けて、受け流して、バウルさんと比べると相手の方がいくらか早そう。押し負けてはいないものの、これじゃあいつ隙をとられるか分からない。思いきってここから出てみる? バウルさんは私がここにいるって分かってるはずだから、相手を驚かして隙を作るとかできるかもしれない。
けど、大人しくしてろって言われてるんだからじっとしてなきゃいけないのかな? でもでも、このまま黙って見ていられない。
息が荒くなるのを感じる。心臓がばくばくしてる。このまま飛び出してもロクなことにならないのは想像がつく。余計なことをしないためにも落ち着かなきゃ。
「ひっ、ふぅ
……
」
どうにか落ち着かないとと呼吸を整えながら覗いていると、武器のぶつかり合う音の間に少しだけ葉っぱが擦れる音がした。私のそばからじゃない。縛られた二人はまだ眠っている。
……
なら?
考えてみれば水の魔法が飛んできたときの悲鳴は男の人のものだった。この状況でそんな悲鳴を上げられるのは、今バウルさんと戦ってる人より先にここに来ていて、私が眠らせていない人だけ。
……
イヤな予感がした。
それと同時に目の前に鉄靴の踵が叩きつけられた。思わず悲鳴を上げそうになったのをどうにか堪えて、狭い視界の中、銀のフクロウの人の足の間からバウルさんの様子を見た。
バウルさんの魔石器は柄の長い斧だから距離をとれてるのかな? 普通の長剣なら届かない間合いに見える。お互い出方を伺ってるようで空気がひりついているのを感じる。
「死ねえぇぇ!!」
張り詰めた空気を破るように、野太い声と草木を割く音がした。バウルさんの真後ろからツルハシを振りかぶった人が飛び出した。合わせるように銀のフクロウの人が飛び掛かって
――
「バウルさん!!!」
鬱蒼とした森の中で雷が轟いた。
+++++
危ないと思ってつい鎧の足元に喚雷針
――
雷の爆弾を打ち込んでしまった。針に喚ばれた雷は見事に鉄の鎧目掛けて落ちたものだから感電しちゃったのかな? 見事に倒れてしまった。ツルハシで襲おうとした人も驚いてか腕を上げたまま固まってしまった。
そんあ突然のことでもバウルさんは早かった。鎧の人に雷が落ちた途端、ツルハシを持った人を抱き込んでそのまま当て身で気絶させた。普通はなんの前触れもなく雷なんて落ちたらびっくりすると思うんだけど、動揺した感じもないあたり訓練を積んだ兵士さんなんだなって改めて思えた。
そして今。少し焦げくさいにおいがする中、バウルさんは眠らせた二人とは別の木に気絶したもう二人を縛りつけていた。
「
……
じき事も治まる。貴様はそのまま大人しくしていろ」
「はい
……
」
余計なことをするなって怒られるかとヒヤヒヤしたけど、バウルさんは私のしたことに対して何を言うでもなかった。魔石器を持ち直して元来た方へ走っていく後ろ姿を見送って、私はまた藪の中に身を潜めた。
バウルさんの口ぶりではここでの争いはもうすぐ終わるらしい。向こうではどうなってるのか分からないけど、さっきよりは争ってる物音や声なんかは小さくなっているみたい。
……
まぁ、ここで動けなくなってる人が四人もいるんだから、その分物音がしなくなるのは当たり前かも。
このやたら緊張する時間ももうすぐ終わると思うと、ちょっとばかり気が抜けるのを感じる。足を崩して、見張りついでに縛られてる人たちを眺めた。お香はよく効いているようで眠らせた人たちは静かな寝息を立てていた。
安らかに眠る顔を見て、ここでの戦いが終わったらこの人たちはどうなるんだろ。そんな疑問がちらついた。争いについての決まり事とかそういうのは分からないけど、あまりひどいことしないでほしいなって思ってしまった。
ただ静かに暮らしたい妖精族のひとたちにとってこの人たちははた迷惑な存在でしかないっていうのは、食材の交換に寄った家や村のひとたちの様子を見ればよく分かる。茨の国に住むひとたちもそんな人間が減れば減るだけ安心できるんだろうなって想像できる。でも
――
「おい、ガキ」
「リリアさん」
うだうだ考えているうちに戦闘は終わったらしい。コウモリのお面をしたリリアさんと、銀のフクロウと思しき人たちを荷車に載せた隊のひとたちが戻ってきた。見た感じだと誰も大きなケガはしてなさそう。銀のフクロウの人たちもものすごい出血なんかはしてないっぽい? 全員もれなく縛られてるから無力化しただけかな。見た感じなんともなさそうだけど、リリアさんは無事かな?
「あの、もう終わったんですか?」
「逃げ出した人間はここに。これも積んでおけ」
預かった袋を抱えながら、少しばかり元気のない声色のバウルさんとすれ違ってリリアさんに駆け寄った。なんせ、リリアさんは右大将さま。ちょっとのケガだってさせるわけにはいかない。あと、預かった石とかも渡さないとだもんね。
なにから声をかければいいかな? 考えてリリアさんの前に出る。争いの直後だけあって、見るからに気が立っているのを感じる。ヘタなことを言って無駄に怒らせないようにしないとだ。
「あの
――
いっ!?」
声をかけた途端、ものすごい衝撃と何かが破裂するような音が耳に響いた。
「右大将殿!?」
ずいぶん高いところからバウルさんの声がする。頭がぐらぐらして左のほっぺが熱い。目の前がチカチカして周りの様子がよく分からない。草の匂いと感触を右半身に感じる。
――
リリアさんにぶたれて倒れたんだ。
あまりの衝撃だったものだから今の状況はまるで分からないけど、たぶん、そういうことなんだ。ぶたれた衝撃からか涙まで出てきた。めまいはするけど倒れたままでいるわけにもいかないから、どうにか身体を起こしてリリアさんを見上げる。
お面をしていてどんな顔をしてるか分からないけど、腕を組んで苛立たしげに身体を揺すっていた。
「あの」
「大人しくしてろ。っつっただろ」
「
……
はい」
正直、私も気にはなっていた。バウルさんを助けるとはいえ、あんなことをしたらとてもじゃないけど「大人しくしてました」なんて言えない。それに、眠らせたのだってよくなかったかも。よかれと思ってだけど、やっぱり余計なことと思われたらしい。そう思われるのも当然だ。戦いに集中しなきゃいけない時に雷なんて落としたんだもん。今回はたまたまバウルさんが動じなかったから悪い結果にならなかっただけで、一歩間違えればとんでもない事故が起きたかもしれない。
だから、リリアさんが怒るのは当然だ。
理解できてもぶたれた衝撃のせいか頭がぼうっとしているものだから、いまひとつ現実味が感じられない。いや、でも、ぼうっとしているわけにはいかない。ただでさえ失敗してるのに、これ以上リリアさんにうんざりされるわけにはいかなかった。立ち上がって、私たちを遠巻きに見ながら銀のフクロウを荷車に載せるひとたちに目を向けた。
「ケガをした方の治療をします」
「
……
」
リリアさんはなにも言わなかった。腕を組んだまま伝令書らしい紙切れに目を落としている。呆れられて返事をする気がないのか、それとも勝手にしろってことなのかな。なんであれ、私は私の仕事をしなきゃいけない。ユニーク魔法で作ったお薬を持ってバウルさんたちの方へ向かった。
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