いまち
2025-09-27 14:44:53
7439文字
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蝙蝠の疑念と雛鳥の正体

ドラコニアの匂いをぷんぷんさせてたらそら怪しまれるて

 お料理道具を隊員さんに返していると、バウルさんと地図をにらめっこしているリリアさんが目についた。
 昨日言ってた道を選んでるのかな? 別の隊らしい名前とどうこうなんて話も漏れ聞こえてくるあたり、他の隊とのすり合わせでもしてるのかも。
 今朝のこととか聞きたいとこだけど、邪魔をするのはよくないはず。いやでも、どうしてそうなったのかは分からないけど、結果としてリリアさんのテントを借りたわけだからお礼くらいは言いたい。
 様子を見て、手が空いたタイミングに声をかければいいかな? どうしたものかと考えてたらリリアさんが顔を上げて、見たことないようなしかめっ面を私に向けてきた。
「おいガキ。何ジロジロ見てやがる」
「えっ。あ、えと」
 いきなりおっかない顔と声を向けられて胃をぎゅっと握り潰された気した。バウルさんも険しい顔でこっちを見ている。すごく怖い気はするけど、せっかくだから聞いちゃおうかな。「つまらないことを聞くなー」って怒られそうな気がしなくもないけど。
「えぇと、お料理はお口に合いましたか?」
 間違えた。聞きたかったのはこれじゃない。なぜか出てきた言葉に我ながら背筋がぎゅっと凍えた気がした。いや、こっちも気にはなってるけど今聞くことじゃない。それこそつまらないことをって怒られそう。
 聞き直した方がいいかと思うものの、これ以上いらないことは言ったらいけないって気もしてしまう。何を言えるでもなく口をきけないでいると、リリアさんは私に興味がなくなったかのように地図に目を戻して、なんでもないような顔で地図に印をつけながらぽつっと口を開いた。
……悪くなかった」
「えっ」
 てっきり怒られるものだと思ったから、ちゃんと答えてくれたのが意外に思ってしまった。それに、マズいと思われてなくてほっとした。いろんな気持ちがごちゃまぜになって何も考えられなくなっていると、リリアさんは地図から顔を上げた。さっきまでの怒ったような感じはまるでなくて、平然とした様子だ。
「そこらから採ってきたモンなんだろ、アレ」
「あ、はい。食べられるものがたくさんあってよかったです」
 言いながら、食材なんてろくすっぽ採れないところではどうしようと気付いてしまった。
 茨の谷は自然豊かな土地だけど、場所によっては草も木もロクに生えてなければ、お魚が泳ぐ川もないところが少ないながらにある。それに、お天気によっては食材の採取だってままならない日もあるかもしれない。そういう時はどうすればいいんだろ? お話してくれる今のうちに聞いておいた方がよさそう。
「バウル、お前は下がってろ」
「はっ」
 いざという時のため、保存食とか用意した方がいいかもしれない。今日すぐは時間がないから厳しそうだけど、余裕がある時にでも魔法で干し魚とか作っておこうかな。できれば油もとっておきたいけど入れ物がないと保管できない。どこから手を付けるべきかな。
 あぁのこうのと考えていると、リリアさんがばつの悪そうな顔でため息をついた。つられてリリアさんを見ると、傍らにいたはずのバウルさんの姿がない。いけない、ぼうっとしすぎちゃったかも。これにもまた怒られるんじゃないかってひやっとしていると、リリアさんは眉間にきゅっと皺を寄せた。どことなく、怒ってるのとはちょっと違う気がする。
――悪かった」
……。えと、なにがですか?」
「メシのことだ。朝番の奴にテメェに食材を渡せっつったんだが、どうも行き違いがあったみてぇだな」
「えーっと……
「いらねぇ手間をかけさせた。それについては謝罪する」
 そう言ってリリアさんは表情の抜け落ちた顔でまっすぐ私を見た。急に重たい雰囲気を匂わせるものだからなにかと思えばそんなことだった。
 そうか、食材って全然ないわけじゃなかったんだ。行き違いについなんだかなーって思っちゃったけど、食材集めや工夫をするのはイヤじゃなかったし、これで大事な食料を一食分はとっておけたから悪いことじゃないはず。
「あ! いえ、お魚とかもいただいたのでへーきです。採取もそんなに手間じゃなかったので」
「そうかよ」
 持ち合わせの食材があるなら躍起になって集めなくてもいいかもしれない。とはいえ、万が一ってことは大いにあるし、そもそも私ひとりが増えているのだから、食材は極力集める方がいいはず。先のことは分からないし備えはしておいた方がいいものね。聞けるようなら後でどれくらいの食料があるのか確認しておこうかな。
「あ――
 考えていると、ふいに今朝のことを思い出した。そういえば、あのことも聞いておかないとだった。
「あの。ひとつ伺ってもいいですか?」
「んだよ」
 さっきの無表情から一転してリリアさんは見慣れたしかめ顔を見せてきた。リリアさんに今朝の――お外で寝ていたはずの私がリリアさんのテントにいた――ことについて聞いてみた。リリアさんの態度からするに、私があそこで寝てたのは分かってたみたいだったものね。
「そんなことかよ。つまんねぇこと聞くんじゃねぇ」
 言葉の通りつまらなさそうな顔で答えてくれたリリアさんによると、私をテントに運んだのはバウルさんらしい。なんでも、ゆうべいきなりお外で寝始めた私に驚いて、そのままにしていいのかリリアさんに判断を仰いだ結果、リリアさんのテントに置いておくことになっのだそうだ。なんでも、寝てるふりをした私が妙なことなんかをしないか見張らないといけないとか。
 私としては怪しまれないよう、あえて見張りのひとの目に届くところにいればいいよね、って考えだった。気を使ったつもりだったけど意味はなかったみたい。よく考えてみれば、夜の番をするなら見回りに出ることもあるはず。その隙に悪さをするんじゃ、って考えちゃうのも無理はないかも。
 それで、リリアさんは私がヘンなマネをしないか見張りつつお仕事を済ませて、私が怪しい動きをしたらすぐ分かるよう魔法で仕掛けをしてから眠って今朝に至る、らしい。
 仕掛けと聞いて今朝の事故(?)を思い出した。もしかしなくても、あのドタバタはその仕掛けが効いたんじゃないかな、って。あの時は髪が引っ掛かったような感じがした。鎧に引っ掛かったのかと思ってたけど、いくら隣で寝てたからって、抱きつきでもしない限り絡まるとは考えづらい。考えてみれば、その仕掛けとやらの想像もついちゃうというもの。
……もしかして、私の髪になにかしました?」
「ふぅん、気付いてやがったか」
「や、さすがに分かりますよ。その、転んじゃいましたし」
「あぁ、ずい分重かったな」
……えぅ」
 今朝は混乱してたからちゃんと把握してないけど、たぶん、リリアさんは自分と私の髪を結ぶなりして繋げたんだと思う。そうすれば私が動いたらすぐ分かるもんね。
 リリアさんのことだから他にも仕掛けはしてたのかなって気がしたけど、これ以上は聞かなくてもいいかな。探ってるとか思われたくないものね。私にはリリアさんの側にいたいなって下心以外、後ろ暗いことなんてないけど。
 見当違いなところで得意になっていると、リリアさんはじぃっと私の……手元を睨んでいた。
「出せ」
「へ? なにをですか?」
「右手になんか隠してんだろ。見せろ」
「え? 隠してるものなんて……わっ!?」
 答えるより先にリリアさんは私の右手を掴むとむりやり手袋を剥いだ。掴まれたところがちょっと痛い。手袋の下にある物なんてマレウスさんからもらった身分証の腕輪しかない。
 リリアさんは私の腕をきつく握りながら腕輪を睨んでる。でも、腕輪自体はただの金に魔法をかけただけの物だから、そんな怖い顔をするような物ではないはず。
 リリアさんが何に警戒してるのか分からないけど、調べたいなら出し惜しむ理由はあまりない。マレウスさんからはなくさないよう肌身離さず着けるように。って言われてたけど、こんな状況だし見せるために外しても問題ないよね。今の状況を思えば見せない方がもっとマズいことになりそうだもん。
「あの、外すので手、離してもらっていいですか?」
……
 握られっぱなしはさすがに痛いし外せるものも外せない。頼むとリリアさんは怖い顔のまま手を離した。よっぽど強い力だったのか、握られたところはうっすら痕になっている。けど、これくらいならすぐ消えそう。ほっとしつつ、腕輪を外してリリアさんに渡した。
……どうぞ」
 この腕輪のなにが気に食わないんだろ。妖精族のひとたちは鉄を嫌がるけど、金や銀の貴金属はそうでもなかったはず。
 リリアさんは私から引ったくるように腕輪を取り上げると、四方八方から覗くように見て、匂いまで嗅いでいる。ヘンな匂いはしないと思うけど、ずっと身に着けていた物だからちょっと恥ずかしい。
 少しの間そうしていると、調べ終わったらしく、リリアさんはぎりっと睨みながら私の目の前に腕輪を突き付けてきた。
「おいガキ」
「あ、はい」
「ずい分と御大層な魔法が掛かってんな。なんなんだ、こりゃ」
 リリアさんはあからさまに怪訝な顔をしている。さすがというか、見た目通りの金の腕輪ではないことに気付いたみたい。まぁ、材料だけでも私とセベクくんの魔力でできてるし、そこにマレウスさんとリリアさんの魔法で中身を書き込んだのだから、大層といえばそうかも。
「私を拾ってくれた方がくれたんです。身分証として持ってなさい、って」
「身分証ねぇ」
 腕輪は私が学生の時に作った金でマレウスさんが加工してくれた大事なものだ。魔力を込めると私に関する文書――私が茨の谷の住人で、マレウスさんが後見人。そのことをリリアさんが保証するって内容と作った日付――が浮き出る魔法道具ではある。いつもなら魔法石が纏ってる魔力だけでも中身が浮いてくるほどゆるいのに、今はリリアさんがなにをしても文字のひとつも出てこないようだった。
「えっと、魔力を込めれば中が読めるはずなんです」
「ウンともスンとも言いやしねぇな」
「そんなはずはないんですけど……
 言ってみたものの、リリアさんは納得していない様子だった。疑うような顔をするリリアさんのため、念のためと私も魔力を込めてみたものの、何も浮んでこなかった。
 なんでだろとは思うけど、この時代ではまだマレウスさんは生まれてないからそのせいなのかな? とはいえ、もし中を見られたとしても、リリアさんから余計ヘンな目で見られそうではある。なんせ、400年後の日付で証人として自分のサインがしてあるとなれば、不思議どころか不気味に思われてもおかしくないものね。
……ん、と」
 だったらどう説明すればいいんだろ。使えたところで怪しい者扱いされそうではあるけど、身分証だと言った手前、なんの反応も見せられないのは困ってしまう。どうしたものかと焦りを覚えていると、ふいにリリアさんは腕輪を投げてよした。
「ガラクタか。もう一つ答えろ」
「あ、はい」
 ウンともスンとも言わないものだからリリアさんは意味がないと思ったみたい。投げ返された腕輪を右手に着け直して、手袋をはいているとリリアさんはいよいよおっかない顔で私を睨んできた。
「いっ!?」
 鎧に縫い付けられた魔法石が煌めいて、喉に焼け付くような痛みが走る。また尋問の魔法をかけられたらしい。こんなことまでするとなると何を聞かれるんだろ。緊張で足が震えるのを堪えながらリリアさんの言葉を待った。
「テメェに祝福をやったのは誰だ?」
「えっ」
 祝福、ってなんのことだろ。一瞬マレウスさんのユニーク魔法を思い出したけど、この時代ではまだ産まれてないから違うはず。ほかの意味で聞き覚えはなんとなくあるんだけどなんだったっけ。
「あ……
 考えて思い出した。たしか、マレウスさんに腕輪をもらった時、私に「夜の祝福を」って言って魔法をかけてもらったんだっけ。もしかして、あの魔法がリリアさんの言ってる「祝福」なのかな。
 ……となると、なんて答えればいいのか困った。正直にマレウスさんの名前を伝えてもまだ存在しないひとなわけだから、リリアさんが納得するとは思えないし、調べられようものならウソだと思われてもおかしくない。かといって、しらばっくれたりウソをついてもおまじないでバレるから意味はない。
 となると、リリアさんからヘンな疑いをかけられないためにも慎重に答えないといけないかも。どう答えたものか考えていると、リリアさんがしびれを切らした様子で私を睨み付けた。
「言えねぇ、ってか?」
「あ、いえ! そういうわけじゃ……
「なら答えろ。誰だ」
「えっと、その、今はいないひとなんです」
「答える気はねぇってか?」
「違います!」
 どうにか答えてみたものの、返答としてはよくなかったようでリリアさんの顔が険しい。じりじりとこちらに詰め寄ってくる。おっかない顔なものだからいやに怖くて、私は私でつい後ずさってしまった。
「おいガキ」
「はい……
「もう一度聞く。てめぇに、祝福をやったのは、どこのどいつだ」
……言え、ません。さっき言ったとおり、いないひとなので」
 考えてみたところでこう答えるしかなかった。こんな答えでリリアさんが納得するとは思えないけど、事実としていないひとなのだからほかに答えようがない。幸い、おまじないも発動してないからこの答えで間違っていないはず。
 けど、どんどん険しくなっていくリリアさんの顔を見れば、納得してもらえてないのは明らかだった。まだ油断できる状況ではなさそう。
「わっ」
 後ずさるうち、固いものにぶつかってしまった。ざらっとした感触からして樹の幹っぽい。こうなるといよいよ追い詰められた気分になる。
「あ、と――いっ!?」
 頭の上が大きく揺れた。揺れるままこの木のものであろう葉っぱやくずが落ちてきた。見上げるとリリアさんが思いっきり私の頭の上に拳骨を叩きつけている。このまま私にも手を挙げるんじゃないかと思えてしまって背中がヒヤヒヤする。
 そんなリリアさんは私を睨みつけながら口を開いた。こんな状況なものだから、妖精族のひとによくある牙がやたらめったら恐ろしいものに思えてしまう。だって、あんなので思いっきり噛まれたらタダじゃ済みそうにないもの。そんなことをするとは思えないけど、リリアさんの顔を見ればそうされてもおかしくないかもって感じてしまう。
「誰だって聞いてんだ。名前も答えらんねぇわきゃねぇだろうが」
 リリアさんの唸るような声が怖い。怯みそうな気持ちに足元を擽られながら、それでも顔をそらすまいとリリアさんを見上げた。声の通り、にこりともしていない。
 隠し事をするつもりはない。けど、答えようがないものは答えられないのだからそうとしか言えない。
……そうとしか答えられません。その、おまじないの効果が出ないんですから、ウソとかついてないって分かります、よね?」
 ものすっごく怖いけど、事実そうなのはリリアさんだって分かるはず。そう思ってリリアさんの顔を見ると、それはもう悔しそうに歯を食いしばっているようだった。怒りはしても理不尽な暴力まで振るう気はないらしい。
 けども、ここまでおっかない顔をするってことは、リリアさんはそれだけ私を怪しんでるわけだ。そこには私がなんなのか分からないって不安があるんだと思う。私としてはとっても忙しいであろうリリアさんの心配事は減らしたいって気持ちは重々ある。
 だから、その心配事を払拭できればこんなに睨まれる必要はなくなるかも。そう思って、ちょっと怖いけどもう一度リリアさんを見上げた。
「あの、リリアさん」
「あ?」
「えとですね、私いわゆる精霊つかいって人種? なんです」
「ンだよそれ」
「えと、妖精さんと仲良くなりやすい体質? って言えばいいのかな? それなんです」
「で?」
「だからですね、えと、私に対してヘンな感じがしても、おかしいことじゃないんです」
「お前はヘンな奴だろうが」
……そー、ですか」
 私の体質は妖精族に作用するものだから、妙に思っちゃうかもしれないけど心配する必要はないですよ! ……って伝えるつもりだったけどうまく伝わらなかったようだ。
 リリアさんは妙なものを見る目を向けてくると、気が抜けたような顔をして拳を下ろしてくれた。表情からするに納得はしてもらえてないけど、少しは聞いてもらえてるのかな?
「えっと……その、私、茨のた――国や妖精族のひとたちに危害を加えるつもりはないんです」
「で?」
「う。だからその、警戒とかしなくていいって言いたくてですね、はい……
「言いてぇことはそれだけか?」
「あ、えと、はい」
……
 それきり何も言わないまま、リリアさんは小さく舌打ちをすると元いたところに戻って、バウルさんを呼びつけた。これ以上私とお話をする気はないらしい。
 悪いことをする気はない、って少しでも伝わってくれてたらいいな。おまじないがあるから嘘とかはついてないって伝わってるはずだから、あとはリリアさんがどう受け止めるかだ。
 それにしても、聞かれたことに答えられなかったのはマズかったかも。でも、事実としてこの時代にマレウスさんはいない。いないひとの話をしたところでリリアさんがどう思うのかと考えたら、言うわけにはいかない。
 隠し事をするみたいで気分はよくないけど、いらない心配をさせたり、調べられたりするよりはずっとマシなはず。そう自分に言い聞かせてリリアさんを見た。私に興味をなくしたからか、こちらを見向きもしないで地図を片手にバウルさんと打ち合わせをしているようだった。
 なら、私は私の仕事をした方がいいかも。何かあった時すぐお薬や爆弾を作れるように源素を集めて、お料理や道具を作るための材料を集めておこう。リリアさんたちの様子を見ながらしないとっていうのは骨だけど、うっかり見落として置いてかれたんじゃたまらないものね。

 カバン代わりに使える物入を作りたいなーって森でツルを集めているうちに出発の時間になったらしい。集めたツルをエプロンで包みながら移動をしはじめた隊のひとたちの後を追いかけた。