べるどくん
2025-09-27 14:02:46
3727文字
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優しくしますよ

アン兵アンのアンと兵のことが好きだった真木(真木→兵)の短文(アン真木アン)書いて出し・推敲なし

 兵部がヒノミヤの部屋に入り浸るようになり、カタストロフィ号に姿を見せなくなってから一ヶ月経つ。
 ビーモスを退け、世の中の混乱がある程度は落ち着いて、パンドラの活動も(これまで通り)真木に一任して一息ついたのだと、兵部は日に焼けたソファに寝転びながら話していた。モナーク王国にある日当たりのいい部屋は、兵部にとってちょうど緩衝地のように居心地がよかったらしい。カタストロフィ号のように慕ってくる家族からも、自分を追いかけてくるバベルからもほどよく離れた秘密の隠れ家。……秘密とはいえ、それは公然の秘密であったが。
「で、どうなんだ。その……少佐との生活は」
「なんすかその不器用な父親みたいな聞き方は……
 こういう風に、兵部の不在をヒノミヤに尋ねては手土産を持ってやってくる真木という男もいる訳だし。
 兵部がどこ吹く風でいるのは以前からそうであったので、今更、真木たちも言い立てることはしなかった。それよりもむしろ、今の状況を喜んでいるようにも、ヒノミヤには見えた。ヒノミヤは真木が持ってきた深煎りのコーヒー豆を中粗挽きにしながら、変わらないスーツを着込む隙のない男の姿を見遣った。いかにも出来る男のような佇まいをしておきながら、真木は兵部の話となるといつも肩をこわばらせる。人の機微に疎いヒノミヤとしても、真木が兵部に特別な感情を抱いていたのは明白だった。苦笑を頬の内側で噛み殺す。
「あいつは相変わらずっすよ。今日みたいに港に釣りしに行ったり、近所の子供に超能力を教えに行ったり……好きに過ごしてるみたいで。うちのボスが仕事を依頼することもあるけど、やだとかだるいとか言って金も貰わず片付けちまうとか」
……いつも通りだな。暇な老人のいい余暇だ」
「しばらく、ボケることはないと思いますがね」
 しらばっくれるように明るげにするヒノミヤだったが、真木もそれを見逃さなかった。提供されたコーヒーに口をつけながら、「で、」と再度。
「俺はお前と少佐、二人の生活について知りたいんだが」
「ン、ゴホッ、ぅ、は、はい……はい」
 どうやらやはり、兵部単体については興味がないらしい。ヒノミヤは冷や汗を浮かべながら、作り笑いをした。
 ヒノミヤと兵部には深い付き合いがあった。それは書いて字の如くでもあり、ふとしたときから寝床を共にするようにもなっていた。互いの弱音を引き出そうとしたその延長のような触れ合いだったが、ヒノミヤとしてもその生活にもう慣れ切ってしまっている。ヒノミヤは弱音を晒してもいいのだと兵部に安心を預けていたし、兵部も言葉にはしないが態度がそう示していた。からだを重ねていくうちに、自分の一部のような、分身のような、そう錯覚していく時間が愛おしくて堪らなかった。
 だからなのだろう。この関係がサイコメトリーを持たないノーマル、エスパーの人々に、なんだかうっすらバレまくっているのは。
 つい先日も、互い違いに帰宅した自分たちが同じ果物屋で同じフルーツを買ってきたことに舞い上がっていたな、とヒノミヤは咳払いをした。
「そうっすね……
 出かけまで兵部が寝転んでいたソファに深く座り直し、ヒノミヤは腕を組んだ。夜のことは置いておいても、兵部には十分な生活環境を提供しているつもりだった。ホテル並とは言えないが、男性二人がくつろげる広々とした賃貸に、週に一度は掃除を心がけていて、ソファや観葉植物、週刊雑誌。兵部専用のマグカップまで買ってやったし、カトラリーも補充した。ちなみに料理も洗い物もすべてヒノミヤがやっていることに今気付き、ヒノミヤは内心首を傾げたが、真木に対してのプレゼンには十分だろうと頷く。
「ま……満足はしてる。し、満足させてる……と思う。真木さんが心配するこたなんもないすよ、こっちも」
 ここで変に弱気になるのもおかしかろうと堂々としてみせたのだが、それが逆に真木の片眉を上げさせた。
……いや、性生活の話は聞いてないんだが?」
「いやしてねーよ!! 真木さんが穿って考えすぎだろ!! あんたエロいぞ!?」
「んな……!?」
 今度は真木がうろたえる番だった。そして確かに、抜かったと顔を顰める。なにか反論しようと口を開いたようだが、深く長い溜息と共に肩を落とした。要するに、そちらの方も気にはなっていた、ということなのだろう。
 二の次をなくした真木を真正面で眺めて、ヒノミヤは軽く笑ってやった。そうすることで救われるものもあることを知っている。
「あんたってホント、兵部のこと好きなあ」
……家長として、家族としてだ。間違えるな……少佐の幸福を願ってなにが悪い」
「別に悪いとは言ってねーじゃん」
 真木がむしゃくしゃと勢いをつけてコーヒーを飲み干したので、カップに残りを注いでやる。そうやってわざわざ細かく否定するところがかえって怪しいけど、とヒノミヤは伏し目で真木の顔を伺った。いつも通り難しい顔をしていたが、どうにも可愛げの方が優っていた。出会ったときは取っ付きにくそうな年上の男としか考えていなかったが、兵部は彼を幼い頃から可愛がってきたのだ。その幼さを、ヒノミヤはようやく垣間見れたような気がした。
 だから、真木が気になるというのなら話してやってもいい、と頬杖をつく。自分の知らない親の顔があるのが気に入らないと、駄々を捏ねているようにも見えたからだ。
「さっきも言ったけど、不自由はさせてない。満足させてるし、昼も、……まあ夜も」
 音を立ててコーヒーカップが揺れる。真木がローテーブルに脛をぶつけたらしい。なんかそういう、動揺させたら勝ちみたいなゲームめいてきたなとヒノミヤは楽しくなってきた。兵部もそうだがパンドラの面々というのは、それぞれ超能力を持つ自分に高いプライドを持っており、故に超能力以外で優位を取られたときにガタガタと崩れ始める。それは恐らく、超能力を持ったことで虐げられ、しかしその超能力だけで自己を確立してきたからなのだろう。絶対唯一の剣だったが、そのぶん背中は空いていたし、懐にはいつも誰かを入れたくてたまらない。
(まあ、本気であれば真木さんだってこんな動揺見せないだろうし……そこは俺に気を許してるってことなんだろうな。ありがたい)
 真木さんの泣き所か、とヒノミヤはこぼれたコーヒーを布巾で拭き取る。思えばこういう風に兵部とも始まったのだ。兵部の懐をくすぐって浮かび上がる、ただ一個の人間としての輪郭が朧げで、もっと強くなぞってみたかった。白い肌の温度を知りたくなった。指先を作る骨がどう繋がっているのか辿りたくなった。ーーそれと似たような感情を、いまは真木に抱いている。
 ヒノミヤはテーブルを綺麗にしてしまうと、向かい側ではなく真木の隣に腰掛けた。これみよがしに脚を組み、首を傾げてやる。
「知りたいすか?」
「は、」
「俺と兵部がなにしてるか知りたい?」
「は……?」
 瞬時にことを理解して蒼白になる真木だったが、次には頬をかっと熱くさせる。虚を突かれたような初心な風情にヒノミヤの方が呆気に取られてしまって、からかうだけのつもりが、口の端がおかしく歪んでしまった。そんな顔もするのか、この真木という男は。兵部がいつも真木をからかう気持ちがわかった気がする、とヒノミヤは拳ひとつぶん、距離を詰めて座り直す。反射的に仰け反っていく真木の顎を、見様見真似で掬ってやった。
 自分の指の中に、少年のものとは違うしっかりとした顎骨がある。整えられた髭を親指でさすると、ますます真木の目が見開いた。ヒノミヤは自身の舌奥を濡らす、粘度のある唾液を飲み下す。
「教えてあげたっていいけど……?」
 だって知りたくて来たんだろう。
 早鐘のように鳴る心臓は収まることを知らず、ヒノミヤは衝動のまま顔を近付けてーー
「おいヒノミヤ! 釣りなんてつまんねーな、全然釣れなくて帰ってきちゃったよ。世の同世代はなんでああも日がな一日、海辺に座って釣り糸垂らしてんだか。僕は断然、海に電撃流して浮かんだ魚を集める……ほう、が……
 空間が歪み、姿を現したのはことの発端。テレポートしたての兵部は愚痴りながらカーペットにつま先をつけて……ようやく、ヒノミヤと真木を視界に入れた。真木に覆い被さろうとしているヒノミヤと、ヒノミヤに覆い被さられようとしている真木を。
「うわ、やらしっ。なに昼間から乳繰り合ってんだよ。邪魔したな、じゃ」
「し、少佐、ちが」
「待った待った兵部! おい!」
 男二人の叫びも虚しく、兵部は再びテレポートしていった。がっくりと項垂れたあと、顔を上げればいつもの真木の顔がある。
……ヒノミヤ、貴様……
 いつもの、というのは語弊があった。あー怒ってらぁ、とヒノミヤはどこか他人事のように冷や汗をだらだらと流したのだった。昼下がりのモナークに真木の怒号が響いたのは言うまでもなく、一時の気の迷いで失墜した信頼を回復するのには相応の時を要した。
 ちなみに兵部にはまあまあしっかり嫉妬され、再び身を温め合ったのはひと月も経ってからだったという。