syanpon
2025-09-26 21:22:57
2670文字
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気がつくには少し遅かったみたい

続いてるゆるゆるマフィアパロPart3
オトスバ

 決して綺麗な世界ではない。その中でもその男は闇ではなく黒を身に纏っていた。

 彼との商談にうまく行けば生きながらえ、そうでなければ骨まで残らず食い尽くされる。色合いから彼をカラスと呼ぶものもいたが、いつしかそれが肉食獣となり、彼が組織の上まで食い尽くす頃には死の商人と呼ばれるようになっていた。

 弱ければ死ぬ、生きていたら強い。
 それだけではないけれど突き詰めてしまえばそのくらい単純な構造で日陰の社会は回っている。

 ***

「あ、」

 ボトリ、オットーに差し出したベリータルトの上からラズベリーが落っこちて男の白いスーツを汚した。この服一体いくらくらいなんだろうな、散々掴んだり乗せられたりして皺寄ったりしているけれどもクリーニングだけでも高そうだ。そんな現実逃避をしながら悪あがきで服の上に落ちたベリーをつまんで口に含んだ。クリームに合わせるためにのせられていた宝石はそのままだと少し酸っぱい。
 白いスーツは赤い汚れが目立ってしまう。汚れた指先を拭おうとティッシュを探して視線をうろつかせるとその指はスバルを正面から抱き抱えていた男の口に含まれた。
 
「きゃー!」
「きゃーって」

反射で指を引っ込めようとするが遊ぶように爪に歯を立てられた。指の腹に当たる舌の感触と爪にあたるエナメル質の感触。それぞれバラバラでスバルの心臓はバクバクと音をたてる。
 
「汚いだろ!」
「汚くないですよ。このまま齧って食べちゃいたいくらい」
……タルトの話だよな?」

 ニンマリと細められる青い瞳。これはまずいとスバルは乗ったベリーが少なくなったタルトを男の口に突っ込む。1ピースの半分が男の口に吸い込まれて「思ったより口がデカいんだよなぁ」なんて思ってしまう。喉が嚥下で動いたのを確認してもう半分も男の口に押し込んだ。大人しくそれを腹に収めたオットーは先程までの怪しい光をしまい込んで拗ねたように瞳を伏せた。
 
「甘い……
「甘さ控えめのはずなのに」
「そもそもこれ、僕があんたに食べさせたくて買ってきたんですよ」
「だとしたら1ホールは多すぎる」

 ヘンゼルとグレーテルじゃないんだから、太らせて食べようって魂胆!? なんて軽口を叩こうとしていたのだがスバルは口を噤む。せっかく男の口を塞いだのに自分から虎穴に飛び込むところだった。

「ナツキさん?」

 オットーがふわりと笑う。スーツの胸元、心臓のあたりについた汚れが申し訳ない。でもこいつが俺を膝の上からおろさないのも悪いよな。
 
「〜! なんにも!」

 スバルは男の口を再び塞いでやる。
 手元にケーキはないので今度は己の唇で。

***

 ――無知の知。
 知らないことは恥じることではないが知らないことを知ることは必ずしも良いこととは限らない。

 その時、男は珍しく黒いスーツを着ていた。スバルと一緒にいる時は大抵真っ白な服だったから物珍しい。まじまじと見つめていれば「あんまり見つめないで、穴があく」と言われるが早いかひょいと膝の上に乗せられた。
 煙草だろうか、甘いバニラの匂いが普段のミュゼの香りと混ざってくらくらする。
 
「オットー、俺に仕事をくれない?」
 
 もう当たり前になってしまった膝の上。男の正面に背中をくっつけてスバルがポロリとおねだりすれば後ろからスバルの腹に長い腕がぐるりと回ってぎゅうと抱きすくめられた。甘いミュゼの香りは今日もする。
 
……何故?」
「うーん、暇だし」
……じゃあこうして僕の膝の上にいることが仕事です」
「俺が思い描く労働と違うかも」
「でも僕はナツキさんと離れたくないです。あんただって僕と一緒にいてくれるつもりじゃないんですか」
……一緒にいたいから何もしないのが嫌なの。分かれよ」
「じゃあ僕の秘書、とか」
「秘書」
「今は妹に任せているんですけどそれをナツキさんにも手伝ってもらうっていうのはどうですか。といってもお茶汲みとかここの部屋の掃除とかですけど。あまりプライベートな空間に人を入れたくなくて」
 
 おそらく折衷案なのだろう。
 スバルはオットーのために働きたいしオットーはスバルを目の届くところに置いておきたい。それ故の折衷案。働きたいと言ったのはスバルだがこれで鉄砲玉行ってこいと言われても穴ボコになって帰ってくる未来が見えたためその提案はとても良いものに聞こえた。
 まあオットーの自室はものがほとんどなくてルンバでも走らせておけばあっという間に綺麗になってしまいそうでもあるのだが。
 
「よし、わかった」
「ふふ、じゃあこれからナツキさんが僕の頭洗ってくれます?」
「それは絶対秘書の仕事違う!」
「む、残念。僕もナツキさんのこと洗ってあげるのに」
「絶対そっちが本命だ! まだ諦めてなかったのかよ!」
 
 本当に趣味が悪い。表立って胸を張れる仕事ではないがマフィアのボスなんて実質社長みたいなものではないか。金も地位もあって顔もいいときたら彼のそばにいたい女も男もたくさんいて選び放題。スバルなんかをこうして手元に置いておく必要なんてないはずなのに。
 ちゅうと頬に吸いつかれる。こういう時、スバルが不安になった時この男はスバルよりもスバルの感情の機微に鋭い。ため息を一つ。体の力を抜き切ってぺたりと男の胸に身体を預ければない距離をさらに縮めるように抱き寄せられた。目を閉じればオットーの規則的な心臓の音がトクトクと聞こえてくる。

 スバルのことを大事に思っていると言った。
 今はそれだけでいいとも。
 きっと何か忘れていることがあるのだろう。幼少期の記憶は社会の荒波に揉まれすぎて曖昧だし学校に通っていた頃の記憶もできれば思い出したくない。スバルの過去は蓋をしまくりで穴ボコだらけだ。
 
 でも、その適当に蓋を閉めた中に男との思い出があるとするのならば思い出してみたい、なんて思うのだ。

 あたたかい人の温もり、いつもより早い心臓の鼓動。

……?」

 見慣れない黒いスーツ、白は汚れがよく目立つから。

「お、っとぉ」

 温もりが流れている。こんなに近くにいるのに鉄の香りは煙に混ざって気がつけなかった。

 指先の震えが止まらない。そうっと胸に寄せた手を下に滑らせる。温もりとともに左の脇腹、そこがぬちゃりと濡れていてスバルの指先から手のひらを赤黒く染めた。

 黒はよく溶ける。
 それが己の血であっても。

「オットー!!」