火は灰へ(藤堂+斎藤+永倉+ぐだ子)

アヴェンジャーの藤堂の話。藤堂+斎藤+永倉+ぐだ子。細かい設定が拾えていません。
※藤堂君まだ引けていない

 マスターには影が憑りついている。
 ときどき彼女の動きとは無関係に揺らぐ炎について、藤堂が訊いたところ、カルデアのマスターこと藤丸立香は頭をかきながらくすぐったそうに笑った。
「巌窟王がわたしのこと心配して潜ってるらしくて」
 その名を藤堂は知らなかったが(生前の知り合いでもないのだから当然だ)、英霊の座からインストールされる知識にはきちんと載っていた。
 アヴェンジャー。復讐のために監獄塔より舞い戻った男。
 その男はカルデアの古株であり、藤丸を共犯者と呼びならわし、彼女にのみ付き従うアヴェンジャーであることを藤堂は知り合いから聞き出した。
 その知り合いは、正面でコロッケそばをいかにも美味しそうにすすっている。
「どうもマスターちゃんの夢を護ってるらしくてさぁ。あ、夢ってのはマスターちゃんたら、いきなり気絶したかと思えばよくレムレムでレイシフトしてるもんだから」
 藤堂は表情を変えないまま天麩羅そばをすすった。頭の中ではおおいに疑問符が飛んでいる。
 そもそも斎藤も藤丸に惚れ込んだクチだった。ひと回りどころかふた回り以上も年下の少女に対し、片栗粉でとじた餡かけのようにじっとりねっとりと「マスターちゃん」なんて馴れ馴れしい呼び方をしている。鍛錬をかねた周回に斎藤が呼ばれず藤堂が呼び出しを受けると、わざわざ激励をかけに来るが眼が笑っていない。別の知り合いは「いつものいつもの」と受け流していたのでよっぽどだ。
 変わったな、と藤堂は思う。藤堂は斎藤のその後を実感として印象が湧かない。新選組を捨て、名を変え、他人よりも歳をとり、藤堂が知らない老成したやわらかな笑みを浮かべるようになったことを。
 斎藤の爺心を通り越した執着はさておいても。
「アヴェンジャーばかり呼び出して、マスターは何を考えているんだか」
 復讐者とさだめられしエクストラクラス。通常の聖杯戦争では呼び出すこともかなわない。カルデアの召喚方式は本来の聖杯戦争の構築と異なるようだが、まともなマスターならばアヴェンジャーを呼び出しはしないし、ましてや共鳴することなどありえまい。かくいう藤堂もそのひとりだった。自身の霊基に染みついた恩讐は元新選組の間柄においてもじわじわとくすぶっている。
 何を以てタガが外れるか自分でも完全にコントロールできないのだ。その恐ろしさを藤丸は、カルデアは理解しているのだろうか。
 斎藤はかくりと首を曲げた。嫌な笑みだった。
「へえ。おまえ、アヴェンジャーが自分だけじゃなくて拗ねてんの?」
「これっぽちも合ってない。マスターが他の奴らと話しているだけで柄を握るおまえには云われたくないね」
「あ?」
「図星かよ」
 冗談でも動揺すればいいと思ったが、思った以上に火力が出た。ピりついた空気を敏感に察した歴戦の英霊たちの視線が突き刺さる。まったく、食堂だとやりにくい。藤堂は黙々と麺をすすった。
「おまえら食堂で殺気飛ばし合うんじゃねえよ。食堂は私闘禁止区域だぞ」
「口を出さないでもらえますか永倉さん」
「うるせ。頭バーサーカー野郎が」
「そこ息ぴったりにする必要なんざねえだろ!」
 あれだけ仲が悪いにもかかわらず、天麩羅定食の盆を持った永倉がどしんと斎藤の隣につく。肩が当たって斎藤は避けつつ文句を云う。永倉が云い返す。藤堂もよく知る光景そのままだった。
「斎藤と平助が何話してやがったんだ?」
 ざわめきが自分たちと離れていくのを感じたころ、永倉が白米をかっ込みながら云った。
「斎藤が僕らを信用してないって話です」
「違っただろ。マスターちゃんの影にいる伯爵の話」
「ふぅん。ま、斎藤がマスターに熱を上げてんのは今に始まったことでもねえしな」
「二対一とか。僕ってばそんなにわかりやすい?」
「あれだけ威圧しておいて気づかない方が無理筋じゃないか。僕に対してもそうってことは、元新選組だろうが信用してないんだろ。もっとも、その手の視線はおまえに限らないけど」
 大勢と契約するとだけあって、サーヴァントが藤丸へ向ける感情は多種多様だ。どんぶりの汁も飲み干した斎藤は、馳走の挨拶をしてぬるくなった茶を手に取る。
……まいったなー。どうする? シミュレーターで一発殴っとく?」
「おうおう、鍛錬なら付き合うぜ。泣くまでぶん殴る」
「遠慮なくボロ雑巾にしてやる。無様に命乞いしてもやめてやらない」
「前言撤回。内ゲバにしてもトゲトゲしすぎでしょ。宿敵同士でもさあ、もうちょっと穏便にやるでしょーに」
「なるほど、戦闘中の流れ弾に気をつけろよ。ごちそうさま。永倉さん、お先に失礼します」
「おーう」
 箸を置いて藤堂は立ち上がった。のんびり茶を楽しんでいる斎藤とすでに飯が半分に減っている永倉を置いて空のどんぶりが乗った盆を返却口に返しに行く。
 艦内放送がかかった。活気な少女の声がスピーカーから流れだし、食堂は一時鎮まった。
……そんなわけで、いまから呼ぶサーヴァントはすぐ管制室に集まってねー。セイバー・斎藤一、バーサーカー・永倉新八、アヴェンジャー・藤堂平助……



 一九九〇年代、日本、新宿。
 微妙にズレた世界線に微小特異点は立っていた。
 藤丸が知る新宿はコンクリート製のビル群と無数に分岐する地下階で構成された迷路らしかったが、一行が降り立ったのは煉瓦作りのビルと木造の横穴がまるで積み木のように重なる架空の街で、下手すれば自身の位置を見失いかねないという点は共通していた。
 特異点の要となっているであろう魔力リソースを回収し、修正を目指す。通信を補助するダ・ヴィンチの正確なマッピングのおかげで一行は特異点を駆け回ることができる。
「っとお! 数多すぎるんじゃねえのか、この人形」
 先陣の永倉が壊れたオートマタを蹴り飛ばす。金属同士がぶつかる派手な音を立てて別の個体も動かなくなった。
「とっくに人間はいなくなってるのに、侵入者から特異点を守ってるみたいだよねえ」
 藤丸の隣につく斎藤は呑気に間延びしたような口調だが眼は剣呑に辺りを見回している。
「こんな雑魚、いちいち倒してたら切りがないですよ。大元をぶっ叩くべきです」
 しんがりの藤堂はうんざりして云った。ひと角歩けば通行人よろしくオートマタに阻まれる。バスタータイプの永倉を始めとして、一撃でエラーを起こして停止するようなガラクタだが、なにぶん数が多すぎて息が切れる。
 永倉は鼻を鳴らした。
「わかっちゃいるんだがな……。どこから湧いて出てきてんのか見当もつかねえ。それにマスターをむざむざ本拠地に連れてくわけにもいかねえだろ」
「とりあえず、全域見渡せる上目指してみる?」
「犬か。てめーが登って吠えてみろよ」
「あ? 僕が別行動したら誰がマスターちゃん守るのさ」
「ンなもん俺と平助がいりゃ充分だ」
「あらー燃費悪いくせしてやけに自信満々じゃないの」
「おまえらそれほんっと変わらないですね、目的見失ってません? 聞いてて馬鹿馬鹿しいんですけど」
「わかっちゃねーな平助。マスターに何かあっちゃお終めえなんだよ」
 おまえもか、永倉さん。任務でなければ付き合ってられないと藤堂は嘆息する。過保護な斎藤につられてかレイシフトの間中、永倉までもが慎重になっている。藤堂としては藤丸には護衛をつけ、残りの二人で本拠地に乗り込んで叩くべきだと提案したかったが、すでに誰が藤丸の周囲を張るかで揉めて定位置持ち回り制になっていた。
 埒が明かない。当のマスターの命令であれば二人は耳を傾けるかと振り返れば、藤丸は呑気に天を仰いでいた。
「ねーえ。このオートマタ、あっちこっちから出てくるけど、上から降ってきたりはしないよね」
 彼女の指先が差した空を見上げる。赤い煉瓦作りの建物が上へと増築されるにつれて部屋数が増えてせり出して、電線は建物を縦横して絡まった毛玉のよう、青空は細長い竜のように切り取られていた。あまりに空が遠いので一帯にはほとんど日光が入らず、建物も人も一緒くたになった影に覆われている。
 云われてみれば、これほど建物が頭上にあるならば、建物から飛び出したオートマタが降ってきてもおかしくはなかった。めちゃくちゃに積み上げた街と同様、屋内もまた雑多で、人が住むに適さない造りなのはこれまでの道中からわかっていることだった。
……地上は張りぼてで、地下か?」
 藤堂がつぶやくと、藤丸は飛び上がった。
「きっとそうだよ! ダ・ヴィンチちゃんも新宿の中心に強い魔力反応があるって云ってたもん。地下になら魔力リソースを溜め込む機関を置ける空間があるかも!」
「地下鉄の入口ならあちらに看板が出てたな。行くか」
「うん、よろしく!」
「じゃあ交代で僕が先方ね。永倉が後方、藤堂はマスターちゃんについて」
「おまえが仕切るな」
「ルールでしょ」
「んもー二人とも喧嘩しないでよー。おっと一ちゃん後ろ!」
 はーい、と笑顔で応対しながら斎藤は振り向きざまにオートマタを二体叩き割る。永倉も戦闘に移っていた。
 藤丸に合わせて並走しながら藤堂は切り出した。
「予想が正しいなら、地下は逃げ場がない。マスターは護衛をつけて地上に待機でも」
「ありがとう、藤堂さん。でも、できるだけ足手まといにならないようにするからお願い、わたしも連れて行って」
「けれど」
「令呪切ることになるとしたら、パスはなるべく近くにあった方がいいから」
 地下鉄入口前に到着してしまった。正面にはオートマタがうようよと歩いていて一行は身を隠す。斎藤が合図をしたら突入だ。
「大丈夫。藤堂さんのこと、頼りにしてる」
 藤堂にしか聞こえないような囁きだったが彼女の言葉は一字一句しっかと耳に届いた。
 特異点に着いてからむやみと走り回ってばかりだというのに、藤丸は疲れたような様子を見せず、永倉と斎藤を上手くいさめ、新入りの藤堂を気遣う余裕すらある。一介の少女が備えるには似つかわしくない胆力だった。藤堂はこの平凡な少女がどれほど過酷な死体の山を歩んできたのかを思った。
……やだなあ」
「どうしたの?」
「斎藤がヘラヘラしてんのが癪だなって」
「お願いだから、ここでの喧嘩はよしてね?」
「善処する」
 永倉や斎藤が彼女を慕い付き従っている理由を理解できてしまったことが悔しかった。
 地下鉄の階段を駆け下りていくときにもオートマタは次々と現れる。混戦になりつつあった。藤丸は常に藤堂の視界の中に収まっていながら刃渡りの外にいる。彼女なりの邪魔をしない戦い方に藤堂は感嘆する。
 息がしやすい。力いっぱいに刀を振れる。オートマタがエラー音を立てて崩れ落ちていく。斎藤と永倉もいる。刀の切っ先を考えなくても動ける。増えていくオートマタは京の街に似せた木造の地下道が正解であることを示していた。
「あった! あれだよ!」
 すぐ左脇にいる藤丸は甲高く声を上げた。広場にそこだけ機械仕掛けの巨大な魔力機構がそびえている。最後のあがきのように侵入者を知らせる警報が鳴り響き、メイン照明が落とされたせいで影が落ち、仲間の位置を把握しにくくなる。
 連戦に次ぐ連戦。いずれもサーヴァントはにとってたいした障害物ではなく遅れを取るはずもないが、絶えず振り続ける一瞬の余所見は命取りとなる。
 金属音が擦れる。侵入者を排除するための罠か、それまでせいぜい殴りかかる程度であったオートマタではない。ひときわ複雑な造りの大型オートマタが立ち塞がり、頭部の頂点から光を放った。
 とっさに藤堂は刃で受け止めた。光は鏡のように反射した。はね返された光が機械仕掛けの機構を飛び回る。乱射が藤丸に向かう。
「マスターちゃん!」
「マスター!」
――っ! 大丈夫、礼装がちょっと焦げただけ!」
 体勢を崩し息を上げている藤丸は肩を押さえながらもすぐさま立ち上がろうとする。
 藤堂は刃に反射する自分の顔が憎悪に染まっているのを見た。
 いま、僕は、何をしていた。
 藤堂は自答する。
 目の前の敵にかまけ、護るべきものを護れず、マスターをおめおめと危険にさらしたのではないか? 己のマスターに。
「よくも……僕のマスターに手を出したな」
 血肉が沸騰するようだ。汗が噴き出していた。藤丸が叫んでいる。永倉の唸るような呼び声も遠い。もはや誰の声も聴こえない。
 藤堂はカッと目を見開いて柄を握る。刀は久しく重く熱く、ぬるりとした感触のまま握り締める。オートマタは依然として増え続けていた。
「新選組八番隊隊長、魁の藤堂平助。クラス・アヴェンジャー。――参る」
 我はアヴェンジャー、復讐の炎なり。己は復讐する者。たとえ己にこそ罪があろうとも。
 僕のマスターを傷付けたものは、みんな、みんな殺してやる。
「その通り。オレと同じ復讐に生きる者よ。アレを破壊するのであれば手を貸そう」
 藤丸に潜む影がひそやかにうごめいた。
 



 白い天井だった。
 藤堂は蛍光灯にてのひらを伸ばそうとして、届かないままに手首を折れそうなほど強い力で握られた。
「目が覚めましたか? 具合はいかがですか?」
 軍服の看護婦が見下ろしている。藤堂は首を横に振った。どう捉えたのか看護婦は頭上から引っ込み、蛇を首に巻いた医師を連れてきた。
「宝具使用による致命的な負傷とレイシフト帰還。……つまらん。魔力を供給すれば元に戻る。さっさと自力で管制室に行って𠮟られてこい。お大事に」
 医師とは思えないほどの腕力で怠い身体を起こされ、藤堂は不機嫌に衣装を整える。脇に置いてあった刀を掴み、大股で医務室を出た。
「藤堂さん! よかった、いまわたしたちも帰ったところで……!」
 衝突するような勢いで駆けつけた藤丸に押し倒されそうになりたたらを踏む。まったくもって小柄な体躯が憎らしかった。よろけながら壁に手をついてかろうじて二人とも床に頭をぶつける事態を回避した。
 へへ、と泣き笑いのような藤丸に合わせて笑顔を取り繕う。
「出会い頭にぶつかるのはどうかと思うよ、マスター」
「あ、ははー。なんか安心しちゃって。アスクレピオス先生には診てもらった?」
「つまらんってすぐ追い出されたよ」
「つまらなくねえだろ。おまえ、勝手に暴れて勝手に自傷して勝手に帰還しやがって。カルデア召喚じゃなきゃまた永遠にオサラバだ」
 追ってきた永倉が苦々しそうにつぶやく。あいつは、と藤堂が訊ねると、管制室で報告中、とぶっきらぼうな返事とともにひたいの古傷にデコピンされた。
「痛っだ!」
「当然だ、命令違反に敵前逃亡。切腹待ったなしだ。もう死んでいることに感謝しろよ」
「永倉さん、ステイ。わたしも! ほんっとーに! 怒ってるんだからね! 覚悟しといて!」
 藤丸は膨れっ面で顔を近づけてくる。直視するには眩すぎて藤堂は視線を逸らした。
「マスター、怪我は」
 霊基に刻まれた狂気に呑み込まれた後の記憶は定かではない。だが藤丸はからりと笑って焼き焦げたような痕のある腕で力こぶしの動作をして見せた。
「私だって先生に診せたらつまらんって云ってすぐ治してもらえるようなかすり傷だよ。なんかね、いきなり迫ってきたからびっくりしてすっ転んじゃって。だから気にしないで。前に出てたわたしが悪いんだもん」
「おう、だが早く先生に診せとけ。かすった程度でも何があるかわかんねーんだからよ」
「はーい。じゃあ藤堂さん、後で管制室でね! 落とし前はきっちり詰めるからね!」
 少女がたからかに云いつけるにはいささか不穏な言葉を最後に、藤丸はステップしそうな勢いで医務室に入っていく。藤堂は胸を撫でおろした。
「藤堂」
……なんでしょう、永倉さん」
 医務室に行く藤丸についてきたのはこのためだろうと、藤堂は永倉を見上げた。据わった眼が突き刺さる。
「アヴェンジャー霊基とは難儀なモンだな。バーサーカーよりも扱いが悪りぃ。おまえがぶっ飛んじまった後、どうなったと思う? あのでけえ機関もろとも人形がぜんぶ粉々になっちまったからな。おかげで地下道ごと潰れそうになって、マスターを小脇に抱えて緊急脱出だ」
「それは、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
 ひそかに斎藤の形相が浮かんだが、すぐに頭から消した。勝手に必死になってくれたことだろう。後で嫌味は飛んでくるだろうが。
 続きを永倉は云い淀んだようだった。
「あとな。宝具で消滅しかかってるときに……アヴェンジャーの御仁が影におまえを引きずり込んだ。そのおかげでおまえは取り残しなく完全に回収されたんだとよ」
……え?」
「よく礼を云っておけよ。俺にはアヴェンジャーのことはわからんが、あの人はそれなりにお前に思うところがあるらしい」
 伝えたからな、と永倉は踵を返す。永倉の足音が聞こえなくなってから、藤堂はレイシフト前の会話を思い返し、激情に任せて壁に向かって拳を振り抜いた。