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Public まほやく
 

My First Wizard Boyfriend(オーカイ)

百戦錬磨の色男カがオにキス我慢させられる話。これまで何人恋人がいたって、魔法使いの恋人は初めてだもんね…という話でもある。

「もう少し、ここにいたら」

 二度目にその言葉を聞いたとき、カインは「ついに来たか」と思った。いつだか魔法舎の森で聞いたのと同じ、わざと突き放したように平坦な声、平熱の瞳。だけど、もう長いこと二人の指先は触れ合っている。
 ――夜分遅く、オーエンの部屋に土産の菓子を届けにきた。戸口で手渡して「それじゃ、おやすみ」と別れようとしたら、「……入れば?」と誘われた。珍しいこともあるものだと「菓子を分けてくれるのか?」と尋ねれば、「そんなことあるはずないだろ」と鼻で嗤われる。じゃあ、なんなんだよ。「今回の任務は解決に時間が掛かりそうで、明日も朝早く出なくちゃならないから」と断ると、オーエンは却ってムキになったらしい。気づいたらソファに並んで腰かけていた。
 何枚も立て続けにクッキーを頬張るオーエンを、手持ち無沙汰に眺めながら「美味いか?」と尋ねる。「悪くない」と存外素直に頷く、そのクッキーを持っていないほうの手がカインの手と触れ合った。偶然なのか、わざとなのか。いずれにしても、手は離れていかない。そのことに落ち着かない気分になって、「そろそろ部屋に戻るかな」と独り言のように呟くと、オーエンはたっぷりした沈黙のあとに、こちらをゆっくりと見上げ――言ったのだ。「もう少し、ここにいたら」と。
 夜遅く。部屋にふたりきり。指先を絡めて、「もう少し一緒にいたい」とねだられる。これまでの数多の経験から、このあとになにが起きるのか、なにを期待されているのか、カインは知っている。
 彼が自分に向ける感情は、最大限好意的に受け取っても友愛に近いなにかだろうと思っていた。だけど、そうでなくても今さら驚かない。不思議なのは、驚かないのを通り越して、腑に落ちる感覚があることだ。
 「やさしくしてやろう」と胸のうちで呟いた。千歳以上も歳上の、魔力では到底敵わない、仇敵ですらあった相手をそんなふうに気遣うことに、くすぐったいような喜びがある。「やさしくしてやりたい」と、もう一度思った。

……いいんだな?」

 性的同意を得るのは騎士の嗜みである。細い両肩を掴み、じっと色違いの瞳を覗き込む。ハッとするほど無垢な瞳が、己の緊張に強ばった面持ちを反射する。

……なにが?」

 そう来たか。口の端についたクッキーの欠片を、オーエンの舌先が舐め取る――厄災の傷の影響でなくても、時おり幼い子どものようなところがある男だ。本能的な興味関心はあっても、そこに至る機微はわからないのかもしれない。

「その……おまえは、俺とキスして、セックスしたいってことでいいんだよな?」
「は? 嫌だけど?」

 にべない拒絶の言葉に、弾けるような嘲笑が続いた。

「あはは! 騎士様は僕が接吻や同衾をしたいと思ってるんだ! さすが生まれたての赤ちゃん、がっつきすぎだろ」

 「接吻」……「同衾」……ジェネレーションギャップだ。頭の片隅でボヤきながら、カインは素直に頭を下げた。こんな行き違いで傷つかない程度には、百戦錬磨である。

「悪い、俺の勘違いだったみたいだ。……もう遅いから自分の部屋に戻るな」

 顔を上げて微笑みかける。オーエンが忌々しげに眉をひそめて、舌打ちが耳に届くか届かないかのうちに、ドンと肩を押された。ソファに仰向けに倒れ込む。

「まだ行くなよ」 
「だが……

 オーエンの望みがわからない。彼の顔とドアとを交互に見ると、オーエンは「はあ」と溜息をついた。

「これだから若造は……

 何度も繰り返されて「うるさいな」と唇を尖らせる。

「好きなやつと夜を過ごす方法をほかに知らないの?」

 そんなことはない、セックス抜きでロマンティックな夜を過ごす方法だっていくつも知ってる。そう反論しようとして、ふと耳慣れない単語に気を取られる。

「好き?」

 改めて口に出すと、紅茶に溶け残った砂糖のように、舌の上でざらりとする。訊き返しても、オーエンは言い直さなかった。横たわったままのカインの身体のうえに、するりと身を延べる。
 至近距離に、オーエンのうつくしい顔がある。まだ少し、クッキーの食べかすが残っている。

「僕の気分が変わる前に、騎士様の退屈な一日の話でも聞かせてよ。……得意でしょう、話をするのは」

 困惑を覚えながら、今日の任務の話をする。久しぶりに中央の魔法使いたちだけに託された任務。〈大いなる厄災〉の影響を受け、眠りから覚めつつある強力な魔法生物を改めて封印するため、複雑な術式をかけなおさねばならぬことなどを。クッキーをかじりながら、つまらなそうな表情で聴いているオーエンの、瞳の奥だけがわずかにきらめいていて、「ああ、そうか、こいつは俺のことが好きなのか」とカインは初めて知ったように反芻した。
 寝巻きはクッキーの粉まみれになった。



 それから数日が経った。任務から戻って、シャイロックのバーでオズと隣合って酒を飲んでいると、突然オーエンに連れ去られた。まばたきをすると彼の部屋にいて、地を這うような声で「なんで来ないんだよ」と詰問される。なぜ部屋に訪ねて来ないのか、ということだろうか。

「約束してたか?」
「約束なんてするはずないだろ」

 それはたしかにそうだ。少し考えて「……俺に会いたかった?」と尋ねるが、返事は無い。けれど返事が無いことが返事のように思えて、転移させられた先が前回のソファではなくベッドの上であることに気づいて、じんわりと身体が火照る。ひどく遠回しだけれど、好きだと言われて、会いたかったと告げられて、心が揺れる。
 すいと腕を伸ばして、オーエンの頬に触れた。親指で滑らかな肌を撫でる。その手は払われなかったけれど、彼はどこか剣呑に目を細めた。

「例の任務は終わった?」
「まだ……

 突然なにをと訝りつつ答えると、「はあ?」と形の良い眉が跳ね上がる。

「グズグズしてるなよな。オズはなにを教えてるの」
「いろいろと勉強になってるよ」

 本来なら繊細な術式を得意とする東の魔法使いか、力で圧倒できる北の魔法使いに向いている任務だったと、オズは中央の若い魔法使いたちに言った。「だが時間はある」とも。
 深い溜息があって、頬に触れていた手を掴まれる。ひややかなぬくもりが指先から遠ざかる。咄嗟に「明日は、任務を終えたら部屋に来るよ」と口にしていた。オーエンがまばたきをする。一拍おいて、彼の唇の端に嘲笑が浮かぶ前に「約束じゃない」と付け足した。

「明日からは俺も毎晩おまえに会いたくなる気がするから。予告」

 手首を戒める指が緩んだ。だから今度は顎を取って、ゆっくり顔を近づけた。オーエンは艶やかな微笑を浮かべた。その鮮やかさに思わず目を見開くと、その隙に額へデコピンが飛んできた。

「痛っ……!」
「待てのできない犬」
「そういう雰囲気だったろ……!」

 呻きながら反論するとオーエンは愉快そうに含み笑いを零す。それから、ふたたび端正な面立ちが近づいてきて――額にやわらかな唇が落ちた。まるきりの子ども扱い。

「お子さまは、もう寝る時間だよ」
「子どもじゃない」

 反射的に応じたあと、ふと呟く。無意識に、さびしい唇に人差し指を添えながら。

「俺がまだ子どもだから……?」

 これまでの経験では、好きだと認めあったらあとは簡単だった――呼吸を奪い合うみたいに唇を重ねて抱き合う。けれど、千歳以上も歳上の相手にとって、自分はそういう対象ではないのかもしれない。
 オーエンは、あくびをするみたいに「馬鹿だね」と言った。



 戦闘からの土埃も落とさないまま、月明かりに煌々と照らされた廊下に立ち、ドアをノックした。ゆっくりと扉が開いて、寝巻き姿のオーエンが眠たげな顔を覗かせる。息を切らしているカインの言葉を待つように、腕を組むと戸口に背をもたせかけた。

「終わったよ」
「そう」

 切れ切れの息の下から言うと、オーエンは短く答える。続きを促す沈黙。

……結局、封印が間に合わずに魔法生物は目を覚ましちまって、中央の若い魔法使いたち三人がかりで倒した。でも、結果としてよかったかもしれない。戦闘の訓練にもなったし、封印の術式も最後には成功したし。オズの解説はまだ飲み込んでるところだが……

 そこまで口にして、カインは数度まばたきをした。目の前に立つオーエンが、ほんのわずかに、しかしやわらかく、微笑んだ気がしたからだ。

「明日の予定は?」

 尋ねつつ、オーエンが戸口から退く。招き入れられている。「ない……」という答えの半ばで、背後の扉が閉まる。あっと気がつく前に薄い唇がすぐそばにあって、カインはすんでのところで両手を掲げて制止した。

「今わかった! おまえ、任務に行く俺に唾液っていう媒介を渡さないために……

 寸止めを食らったオーエンは、露骨に機嫌を損ねたようだった。苛立ちの滲む声で「知らないよ」と吐き捨てる。

「おい。それで、おまえは僕とキスをするの? しないの?」
「する!」

 勢いよく返事をするとオーエンの表情が呆れたように緩んで、あ、オーエンもキスのことをキスと呼ぶようになっているな……と気づいて、これまでの恋とは違うけれどこんなのも悪くないな、全然悪くない、なんて思って、そこで唇が重なった。