空宮 ゆき
2025-09-26 02:17:36
1765文字
Public 輪廻の唄
 

手記:焦燥

一部暴力表現、倫理観の欠如などが描写されています。

どうして私はここにいるのだろうか。漠然とした焦燥感と不安に襲われる。
私に施された遺伝子改変は想定通りにはならなかった。その時点で処分になったっておかしくはない。
ましでは、同じように遺伝子改変した子供たちの経過観察のために研究所が介入できる高校にわざわざ養護教諭の免許まで取らせて勤務させるなんて。
まだ使えるコマだと思われているのだろうか。
もしかしたら澪を研究所から出さないための人質なのかもしれない。
私が外に出ているあいだは彼は研究所から出られない。これは逆も然りで、彼が外に出向いている時に私は外には行けない。
2人同時に敷地外に出ていればつけられているGPSから場所を特定されて捕縛される。
今の体質的にも私は普通の人間より随分長生きするだろう。人質としつつせっかくなので外回り要員としてこき使っているのだろうか。
研究所の思惑は分からない。

目の前にいる唯一の家族を私は見殺しにするしか無かったのに。
いつも血塗れになって私のとこに来た澪に鎮痛剤を投与することしかできなかった日々。
何をされていたかなんて恐ろしくて聞けなかった。澪もまた自分から話そうとはしていなかった。
普段はあまり使われていない第2医務室。そこで2人きり。鎮痛剤と栄養剤を投与してやると痛みが引いてきた頃合いに、安心したような顔で眠りにつく。
それをただ、見ている事しかできなかった。
1度眠ってしまえば数日、酷ければ数ヶ月昏睡してしまう。
あの時期の澪は痛みに顔を歪めているか、眠っているか、もう何も感じなくなって無表情になっているか。そういう表情しか記憶にない。

「美亜が同じ目に遭わなくてよかった。」

そう言って痛々しい傷を負っても笑っている彼を、私はどうすればよかったのだろうか。
私は知ってる。元々澪は辛抱強い方ではなかった。私が知っている澪は、こうじゃなかった。
どちらかといえば周りよりやや幼くて、危なっかしくて、人並みにわがままも言うような人だった。私の方が年上だったのもあって、私が嫁ぐまでは姉さん、と慕ってくれて、姉さんにしか頼めないからとわがままを言ってきて甘やかしてもらおうとするし、私に隠し事はしなかった。
ある時を境に人が変わってしまったと感じる。
そうやって、年相応に生きていくことを諦めてしまったのかもしれない。
私も、澪も、人並みの幸せを望まなくなったような気がしている。

お互いが生きてさえいれば。
そう思う節がある。
澪はもう死なないとわかっているのに、職場で倒れたと聞くといてもたってもいられなくなって全てをほっぽり出して行ってしまう。
私が無茶をすれば同じように澪もすっ飛んでくる。
あの日家族にならなければ、別の形で幸せになれたかもしれないと、思う日もある。
戻れたところで同じ選択をするだろう。
きっと兄弟だから、こうして互いを思ってるのかもしれない。

私が居なくなってしまったら、澪はどうなってしまうのだろうか。
私のあとをついてきてしまったがためにこんなことになって。
あんなに寂しがり屋だった子を私は置いて逝ってしまうのだろうか。
恐ろしくて仕方がない。
私が居なくたってなんとかなるかもしれない。彼ももういい大人だから、それは分かっている上でどうにかしようと手立てを考えているだろう。

でも怖い。
きっと澪が家族だと信じているのは私と、先生しかいない。
先生に先立たれた今となっては私しかいない。
もう見たくない。先生が居なくなったあとの澪がどうなったかは今も鮮明に覚えている。
何度も首を括って、血溜まりを作って倒れていたくらい自分で自分に刃物を突き立てて。
前個体の揺音ちゃん達を処分したあともそんな風になっていた。
己が死なないが故にそうして狂う前に過度な自傷に走る。
私がどうにかしなきゃと、思ってしまっている。

なんだ、この焦燥感はこれだったのか。
救えないものを、自分の手でどうにかできないことを考えたって仕方がないのに。
もうどこにも行くあてがなくなったから、私も1人になるのが怖かったんだな。

ふたりでここから逃げ出したい。
この地獄を、ぶち壊してやりたい。

その後どうするかは壊してから考えたって遅くはない。

絶対に、私はこの研究所を許さない。