未だ恩讐の内(サンソン+藤堂)

サンソンと絆0の藤堂の話。
ぐだ子設定。藤堂実装記念。※まだ引けていない

「問題なければ四日後の検診で抜糸します。それまでは激しい運動は控えるように。お大事に」
……どうも」
 ワーキングチェアに腰かける藤堂は膝に拳をついて軽く頭を下げる動作をした。袴姿のサムライのサーヴァントらしい礼だった。
 彼はふいとひたいの傷に手を当てた。霊基に刻まれた傷痕ではなく――先ほど、サンソンが縫った新しい傷は清潔なガーゼで覆われている。
「どうかしましたか?」
「いや……、案外、普通に治療すると思ってね。物資不足なんだろう?」
「たしかに節約をするに越したことはないのだけど、マスター命令でして。誰かさんがマスターの指示を無視して先陣に突っ込んで、退路を開いたのは結果的に助かったけれど、エネミーの集中攻撃を浴びたそのひとは頭に深手を負ったとか」
 指摘すると藤堂はむっと眉を寄せた。
「マスターにもダ・ヴィンチにも弁解したが、あのときはああするしかなかった。こちらは三人、狭い通路で囲まれちゃ、誰かを囮にして一点突破するしかない。マスターは斎藤に守られて無傷だったんだし、帰還第一で僕も宝具は使わなかったし、リソースは無事に回収したんだし。これ以上ない成果は出したと思うのだけど」
「そう、きみが無茶をして突破直後に頭から血を流して倒れたせいで、僕たちのマスターはご立腹でね。数日は絶対安静、変に魔力を回してまた無茶をするよりは、じっくり反省してもらいたいとのご方針だよ」
「まったく、マスターは甘いな」
「その通りだね」
 サンソンはくすくすと笑むと、藤堂は理解しがたいという顔で嘆息した。マスターの彼女はごく当たり前に人を心配する、温かな感性を持った少女だ。それは人類の危機に挑むカルデアの現状にそぐわないかもしれない。だがその温かさこそが孤独に立ち続けるカルデアの人々を支えている。
 サンソンは分け隔てなく接してくれるマスターを好ましく思っている。召喚されたばかりで、カルデアのるつぼにいまだ慣れないらしい藤堂にも馴染んでほしいとも思ったが、医師と患者の関係で口にするにははばかられた。
 藤堂は医務室から退室する際にも深々と一礼をして、足音をほとんど立てずに去った。




 治療のときには不服そうでもほとんど暴れなかったので、てっきりサンソンは藤堂が理知をわきまえたサーヴァントだと考えていた。なにせここは古今東西のサーヴァントが一同に集うカルデア、医師とみれば逃げ出すサーヴァントはわんさかといる。
 藤堂が検診に来ていないと気づいたのは云いつけた日の翌日で、同じ当番のアスクレピオスは苛々とカルテをめくった。
「こいつ、来ていないぞ。どうなっている。医者がやれと云ったことはやれとあれほど!」
「もしかして日付を勘違いしているとか」
「いますぐ捕まえて引きずってでも連れて来い、助手。抜糸なんて手ぬるい、まだ隠しているかもしれないから僕が直々に全身すみずみまで検査してやる」
 蛇が威嚇するような声色のアスクレピオスにサンソンは肩をすくめ、医務室を出た。扉を閉めてほうっとため息をつく。考えようによっては、ナイチンゲールがマスターの周回についていく日でよかったかもしれない。彼女であればカルデア中を駆け回って、当人を発見するなりベッドに縛りつけてその場で治療にかかったに違いなかった。
 ひとまずは見つけて医務室を訪ねるよう説得しなければならなかった。サンソンはまずは人通りの多い食堂に足を向けた。空振りに終わる。資料室やダ・ヴィンチの工房も覗いた。日本のサーヴァントがたむろっているというボイラー室に顔を出すと、実際に籠っていた彼らは口々にいないと訴えた。見かけたら捕まえてやる、賞金は出るか? と冗談めかして云ったサーヴァントもいた。もしやと思いシミュレーター室にも声をかけたが、ちょうどローマ試合が行われていて、サンソンは早々に撤退した。
 通りすがる職員やサーヴァントに訊ねてみれば、このところ藤堂を見かけた者はいないようだった。霊体化しているとなると、ほとんどアサシンらしいスキルを持たないサンソンには感知できない。
「困ったなぁ……
「お困りかい、サンソン」
「やあ、斎藤」
 刀を二本吊ったスーツ姿の斎藤が片手を挙げる。サンソンは藤堂もまた刀を二振り差していたことを思い出し、サムライたちの間では粋なのだろうかと脈略のない疑問を覚えた。
「ちょうど良かった。藤堂殿を探しているのだけど」
「藤堂を? まさかあいつ、医務室をサボってるの」
「どうやらそのようで」
 斎藤もまた当事者であったからか、察しは早かった。カルデアでいちばん怖いお医者さまから逃げてしまうたあ、あいつも運が悪いねえと笑う。
「と云っても、僕もあれから会ってないんだよね。避けられてるみたいで」
「お知り合いだったのでは?」
「まーね。生前色々あったもんで、いまの距離を掴みかねてるというか。よりによってあいつ、アヴェンジャーだからねえ。大なり小なり霊基に引きずられるんでしょ。……さて。僕も手伝うよ。心当たりがいくつかあるから」
「助かります」
 不穏な言葉は聞き逃し、サンソンは斎藤に連れられて新選組の面々を訪ねた。カルデアも長く知り合いも増えたとはいえそれぞれの交友関係や性格をくまなく把握しているほど情報通でもない。斎藤の申し出は素直に有難かった。
 新選組の関係者全員を当たっても藤堂の行方はわからず、いよいよ隠れ潜んでいることが明らかになった。あまり時間をかけるとアスクレピオスの検査が倍々になるのだけどなあ、とサンソンは気の毒に思った。
「まさかとは思うんだけど」
 斎藤が最後に向かったのは、先にも訪ねていたボイラー室だった。
「わしに何用か?」
「ちょっと調べさせてくんない?」
「あっ、待て! わしを押しのけるたあいい度胸じゃな!」
 問答無用で斎藤は仁王立ちするノッブを薙ぎ払った。ずかずかと狭いボイラー室内に踏み込み、ややあって、強引に奥から引きずり出してきた。ノッブは悔しそうに顔を覆う。傷だらけの半裸に着崩している藤堂はサンソンを見上げ、肩をすくめた。
「安静にしていたよ」
「魔力も少ねえくせして不眠不休で暗闇で坐禅組んでるのは安静に入んねえんだよ。検診日ぶっちぎったんだろ。ここの医療班は怒ると怖いぜ」
……放っておいてくれたってかまわないのに」
「おい。つうかノッブ、お前もアヴェンジャーのよしみだからって匿ってんじゃないよ」
「わし悪くないもん! こいつが勝手に入り込んできたんだもん!」
「最初に申告しなかったら同罪でしょ」
 騒ぎ立てるノッブと斎藤をよそに、サンソンは黙って患者の前に膝をついた。ひたいのガーゼは数日間まるで取り替えていないようで、膿んでいるかもしれないと手を伸ばそうとすれば叩かれた。
 まっすぐに視線は合う。淀み濁ったような眼の奥に処刑人であるサンソンへの蔑みはなく、ただ触れられることには鬱陶しいと云いたげだった。それでサンソンは医師の顔を保ったままでいられた。
「悪いけど、経過が良かろうが悪かろうが、医務室には来てもらわなくちゃならない。マスターが心配するからね」
 心優しい少女は、サーヴァントを切り捨てることを良しとしない。気を失って担ぎ込まれた理由が魔力切れだったとしても、完治したと報告されるまでは案じ続けるだろう。ただひとつの命が大切なのだと、人であることをやめたサーヴァントにも理解してもらいたいと思っている。
 いまだマスターを信用しきれていない、復讐が本分のアヴェンジャーには苦痛が生じるかもしれない。サンソンは同郷のアヴェンジャーからそのように聞かされたことがある。どれほどマスターが信頼に足る人物であろうと、むしろ己が信じるほどに、混じり気のない光に照らされれば霊基に刻まれた恩讐の炎は揺らぐ。――またも裏切られれば、炎はマスターもろともすべてを焼き尽くすだろう。
 藤堂がそのような葛藤を持っているかは、生前の関わりもないサンソンからはカルデアの経験からなる推測でしかない。ただ、カルデアにおいては誠実さには価値があることを知っていた。
 手を差し伸べる。藤堂はてのひらを凝視したまま唇を引き結んでいたが、長い瞬きの後に眼の奥に揺らめく炎をしまい込み、サンソンに引かれて立ち上がった。