kaede
2025-09-25 12:12:11
2397文字
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燐←一の完全片思いについて考えてたらつらくなったのでやめた人間が書いたはなし

燐一
⚠️後半は、前半のはなしを視点を変えて書いたものです
⚠️わたしにしか配慮してません
⚠️大好物です

 僕には、兄さんに隠していることがある。

「どうしたよ」
「え?」
「お兄ちゃんの顔、そんなに見つめてよォ」
 そう言って、おどけるように兄さんが笑う。
 僕は、兄さんがくれたとても美味しい焼き菓子の、最後の一口をつい口に放り込んでしまったことを少しだけ後悔した。
 もっと大事に食べるつもりだったのに。兄さんが驚かせるから。
 兄さんは何も言わないで、僕をじっと見つめている。兄さんのことだから、『イケメンすぎて見惚れちまったかァ?』とか、そんな言葉が続くかと思っていたのに。
 ……やめてほしい。そんな、やわらかな眼差しで見ないでほしい。
 きっと兄さんは僕のターンが終わるまで、黙ったままでいるつもりなんだろう。そう思ったから、兄さんが僕のために残しておいてくれたというそれをゆっくり、丁寧に味わってから、僕はようやく口を開く。
……見つめていたつもりはないのだけど、兄さんの顔は綺麗だな、とは思っていたよ」
 兄さんの目が少し、丸みを帯びる。
 その、見張った瞳だって、とても、綺麗だ。
「なるほどなァ、つまりお兄ちゃんに見惚れてた、ってわけだ」
「兄さんがそう言うなら、そうなんだろうね」
 見惚れていたつもりはないのだけど。
 ただ、兄さんの顔を見ていただけで。
 綺麗で、とても眩しいと思っていただけで。
「弟くんはかわいいぜ」
 兄さんが笑う。
 僕は、喉の奥が苦しくなる。
 兄さんのそれが冗談とか軽口に分類されるものではないことは、分かりきっていたから。
 どうしてそんなことを言うんだ。
……ありがとう」
「かっこいい、じゃなくていいのかよ」
「兄さんはかわいいと思ったんだよね。それならその言葉が、僕には何より嬉しいよ」
 兄さんが感じたままの、兄さんの心そのもののその言葉が……ああ、駄目だ。
 本当のことを言う、ただそれだけのことがこんなに苦しいなんて。
 僕は、優柔不断な卑怯者だ。
……ったく、マジでかわいいな」
 兄さんの声音が、いつもよりもシャープになる。
 夜と朝が溶け合った瞬間の、凛とした、でも安心する空気みたいな。
 本当の本音を言う時の、兄さんの声。
 だから僕は、駄目だよ、と思ったのだけど、卑怯者だから。
 だから、兄さんが僕を抱きしめてくれる腕から、逃げなかった。
 いけないとわかっているのに、拒むべきなのに、望んではいけないのに、欲してしまうのを止められない。
「にいさん」
「ん?」
……何でもないよ」
「そっか」
 何も訊かない兄さんの、とろけるように甘い拘束が、少し、くるしい。


 にいさん。
 僕は、一生、言わないけれど。
 言ってはいけないから、墓まで持っていくけれど。

 あなたのことを、心から、愛しています。

***

 弟は、嘘をつくのが下手だ。

「どうしたよ」
「え?」
「お兄ちゃんの顔、そんなに見つめてよォ」
 冗談めかして俺が笑うと、一彩は残り一口ほど残っていた菓子を口に放り込んで、やけにゆっくり咀嚼して緩く口角を持ち上げたあと、なんでもない風を装って言った。
……見つめていたつもりはないのだけど」
 嘘だ。
 いや、お前は嘘をついているつもりはないんだろう。
 だが、そんな目で。
 そんな、火傷しそうな眼差しで見ておいて、見つめていたつもりはない、はないだろう。
「兄さんの顔は綺麗だな、とは思っていたよ」
 そんな、恍惚とした瞳で微笑んで、俺をいくらか驚かせておいて、それはないだろう。
 嘘をつくのが下手な子だ。
「なるほどなァ、つまりお兄ちゃんに見惚れてた、ってわけだ」
「兄さんがそう言うなら、そうなんだろうね」
 まだ白を切るつもりなのか。それでお兄ちゃんを騙せると思ってるのか。ここは、俺の言葉にうまく乗って冗談にして流しておくべきだった。本当にお前は嘘が下手、嘘がつけない子だな。
 愚かしいほど純粋な子。
 まあ、そんなところがかわいいんだが。
「弟くんはかわいいぜ」
 本当にかわいい。
 一彩は一瞬、呼吸が止まったような、困惑しているような顔をうっすらと見せたあと、すぐにそれを消して笑った。
「ありがとう」
「かっこいい、じゃなくていいのかよ」
 自分から言っておいてなんだが、この年頃だと、かっこいい、という称賛の方が嬉しいのではないか。
 そう思うなら、最初からそう言ってやればいいんだが。
 でも、一彩は生まれた時から今までずっと、俺の中のあらゆる『かわいい』という概念、思考を具現化した唯一の存在だ。
 俺の、俺だけの、かわいい一彩。
「兄さんはかわいいと思ったんだよね。それならその言葉が、僕には何より嬉しいよ」
 翳りのある笑顔。
 それは俺を疎ましく思っているからではなくて。
……ったく、マジでかわいいな」
 本当に、嘘をつくのが下手な子だ。

 隠したいなら、お前は俺の誘いに乗ってはいけなかった。
 いや、お前は断らない、とわかっていて目の前に餌をぶら下げたんだから、お前に乗らない選択はなかったんだが。
 もらった菓子がうまかったから、弟にも食べさせたい。と思った純粋な気持ちを餌にして、お前の前にぶら下げた俺の罠に、お前はまんまと嵌った。

 かわいい一彩。

 ほら、そういうところだ。
 どうして俺の腕を振り払わない。逃れない。
 逃げられなくなるぞ。
 捕まるぞ。

 ほら、もう。

 俺の腕の中に囚われた一彩が、深く吸い込んだ息を、ゆっくりと吐く。
 俺に預けた身体が弛緩する。
 逃げる気なんて毛頭ないことを、全身で、伝えてくる。

 そうやって、少しずつ、少しずつ。
 お前は俺が入念に張り巡らせた罠に、自ら、落ちていく。



 ほら、早く。
 早く落ちてこい、一彩。

 お兄ちゃんは、奈落の底で待ってるから。