コット
2025-09-25 11:26:35
3225文字
Public
 

闇オークションで出品されるヒカセンの話

うちのコの設定をご存知の方向け〜


「非人道的な、人身売買オークション?」

 モードゥナのカフェの暖かな昼下がり。淹れたばかりの紅茶のカップを両手で包んだまま、彼女はゆっくりと同じ言葉を繰り返した。

「そう。存在は確認していたんだけど、ずっと捜査の網にかからなくて。でも、とうとう尻尾を掴んだの!」
「あら……まぁ」

 義憤に燃えるアリゼーを前に、彼女は小さく首を傾げ、ぽそりと、「それは困ったね」と呟く。

「なに?」
「ううん、なんでも。それで、アリゼーは『貴女の剣』に何をしてほしいの?」
「もちろん、その闇オークションを摘発する手伝いをしてほしい」
 ぐっと拳を握るアリゼーに、彼女は穏やかに微笑み頷いた。

「ええ、それが貴女の望みなら。作戦を聞かせて?」

 □

 今回の協力者はサンクレッドだ。
 新月にウルダハで開催されるオークション会場に侵入し、中から騒ぎを起こす。混乱したタイミングで銀冑軍の精鋭が制圧に踏み込む、という算段だ。
 なぜわざわざ近衛兵が、と聞いたところ、この件にはナナモ陛下も一枚噛んでおり、銀冑軍の威厳回復も兼ねているそうだ。
 ナナモ様直々の御下命となれば失敗は許されない。
 サンクレッドは黒衣を纏い、目立つ銀髪をフードに押し込んで侵入する。

 ⌘


――さァ、ご来場のミナサマ! 大変お待たせいたしマシタ」

 移動サーカス団の使う巨大なテントの中。紫煙が煙る薄暗い舞台の中央に立つ奇妙な訛りの男は、スポットライトに照らされて、大仰に手を広げた。ペストマスクに遮られた声は、くぐもったまま広い天幕に響く。

「本日いらしたお客様ハ、本当に運がイい。本日のメダマは、決して市場には出回らなイ、貴重ナ『果実』!」

 響き渡ったその口上に、ザワ、と会場の空気が蠢いた。それは、知る人ぞ知る符牒。この界隈の者なら誰もが欲する、十年に一度しか常世に実らぬ『幻の果実』。

「出荷の折、積荷からこぼれ落チ、市井に隠れていたモノを、我が商会が見つけ出シた。今宵、ご鑑賞だけなら無料でござイマス。どうぞごゆるりと――

 司会の男は、それ以上の説明は不要とばかりに頭を垂れ、舞台の隅へと引き下がる。

 入れ替わるように、ガラガラと音を立てて運びこまれたのは無骨な檻。その中、鎖に繋がれ臥して座る女にスポットライトが当たる。

 ミコッテ族の女だ。薄布に顔を覆われているが、その肢体はしなやかな若技のように美しい。
 同じく薄布のドレスは素肌をかろうじて隠し、いたるところに咲いたばかりの大輪の生花が美しく飾られている。

 檻の女はゆっくりと顔を上げ、ほぅ、とため息をついた。
 会場全体が息を呑む。女が、艶やかな唇を開く。

……ご存じの方も、おられるでしょうか。私は、十年前に出荷されるはずだった『桃娘』。ですが、それを厭って逃げ出した」

 静かだが、よく通る声が会場の空気を震わせた。
 それは、裏の世界のごく一部の者しか知り得ない真実。
 その年、ガレマール帝国皇室に献上されるはずだったその『果実』は、とうとう常世には現れなかった。
 その後、『桃娘』の出荷は、ぱたりと止んだままだ。
 会場のあちらこちらで、ひそひそと密談がはじまる。

 (本物か)
 (すぐに調べさせろ)
 (時間がない、まずは落札して……)

「この十年、自由に生きて参りましたが、とうとう、こうして捕らえられてしまいました」

 壇上の女は顔を伏せ、身を震わせた。途端に香る、甘く熟した果実の香り。
 『桃娘』が、『果実』たる由縁は、生まれた時から果実のみを与えられるが故の、身の内から溢れ出る馥郁たるその香りだ。

 (あぁ――これは、本物だ)

 誰かが息を呑み、小さく囁いた。
 瞬間、シン、と静まった会場に女の声が響く。

「私は、生まれ落ちたその瞬間から、そういう運命なのでしょう」

 女は鎖に繋がれた腕を、慈悲を乞うように高く掲げた。薄布の向こう側に、不可思議の笑みをたたえて。

……ね? 私の、最初のご主人様になってくださる方は、だぁれ?」

 臓腑の奥をとろりと撫でる、あまいあまい声が囁いた。
 隅に控えるペストマスクの司会から、無機質の声が響く。

――一億ギルからの、スタートでス」

「一億五千万!」
「二億! 二億だ!」
「三億九千万!」

 あれよあれよと言う間に、商品の金額がつりあがっていく。会場は、甘いあまい香りに包まれたまま、奇妙な熱気を孕んでゆく。

「七億!」
「十億! 十億出そう!!」

 その時、ゴッ!と鈍い音が響いた。十億の札を上げた男が殴られたのだ。

……ふふ」

 舞台の上の娘が、それを見てとろりと甘く微笑った。
 
 ――その瞬間、皆、気づく。

 あぁ、そうだ。自分より高い札を上げている者を、全員、殴り倒してしまえばいい。そうすれば、あの稀なる果実は自分の物だ。この会場で、一番最後に立っていた者が、あの稀なる果実を手に入れるのだ……
 あっという間に、会場のあちらこちらで乱闘が始まった。怒号が飛び交い、血飛沫が舞う。
 
 その様子を、サンクレッドは気配を潜め眺めていた。思わず小さく呟く。

「おいおい。なんてこった……

 もう銀冑軍が出る幕すらない。このオークションは、勝手に自滅する。――その果実に、手を出したばかりに。
 サンクレッドがもう一度檻に視線を投げた時には、檻の中の娘は忽然と姿を消していた。

 ――その、英雄と呼ばれている娘は。

 □

 月のない、静かな夜だ。
 フードを目深にかぶった女が、街頭に灯された薄暗い街をゆっくりと歩く。

 街角には吟遊詩人が立ち、べろべろの酔っぱらいどもから今宵最後のおこぼれにあずかろうと、どこかの国の英雄譚を歌う。
 数人の者が足を止めて、いよいよ佳境にはいるその歌に耳を傾けている。

 フードの女は、その輪から少し離れたところで立ち止まった。

……助かったよ。感謝する」

 吟遊詩人の歌を黙したまま聞いていた巨躯の女が、前を向いたまま独り言のように呟いた。

「借りを返しただけですよ、師匠」

 吐息で空気を震わせた女は、宵闇にフードを脱ぐ。先ほどまで檻に繋がれていたとは思えない、飄々とした風情。彼女にとって、檻に入り鎖に繋がれることなど大したことではない。

 巨躯の女は海賊だ。“まっとうな”仕事とは程遠い、あこぎな商売で稼いでいる。もちろん、リムサ・ロミンサのお上品な海賊などではない。人智の及ばぬ荒波を超えたさらにその先で人目も憚らぬ悪事を成す、根っからの悪人だ。非人道的な人身売買など日常茶飯事で良心の隅にも咎めない。
 だが、そんな悪人でも、幼い頃からその生い立ちを知り、なんの因果か自らを師と仰ぐ者を邪険にすることはできなかった。
 悪人もまた、今を懸命に生きるただのヒトなのだ。

 膨大な情報網を持つ海賊は、彼女の最近の動向ももちろん把握していた。
 いつのまにやら世界の英雄となった彼女。その彼女が、ツテを使って秘密裏に接触してきた時は驚いた。

 珍しく感傷に浸った海賊は、歌に聴き入るふりをしながら口を開いた。

……足を洗え、とは言わないのかい」
「まっとうな仕事をお求めでしたら、いくらか斡旋できますけど」
「いや、やめておこう。ここまで来りゃ、死ぬまで悪党さ。いつか落ちる地獄の景色を楽しみに生きてんだ」
「こっちで奴隷売買をするのは、しばらくはおすすめできません。新大陸も、どうかなぁ……

 小さく微笑んだ彼女が、今、歌い終わった吟遊詩人の掲げた帽子に硬貨を投げる。
 巨躯の女は、静かに踵を返した。

……また、どこかで。でなけりゃ、地獄の底で」
「えぇ、地獄の底でまた。それまでお元気で」

 まばらな拍手が路地を打つ。
 月のない夜。