とはり
2025-09-25 05:53:35
5335文字
Public いろいろ
 

【燐こは】はらのなかでとける(R-15)

ヤケ酒した燐音を介抱してたら押し倒されたこはの話
暗いしハッピーな感じでもない一昼の過ち

燐音くんの貞操観念について、婚前キスはNGだけど婚前交渉についてはNGではない説を採用しています


↓↓以下、あとがき↓↓

スカウトバナー並んでるの今日までじゃん!と気づいて、長らく眠らせていたこれを慌てて引っ張り出してきた
ほんとはもっとシンプルにするつもりだったのに、捏ねくり回しすぎちゃった感があるね もっとシンプルにできそうならするかも

″好きって言えない燐こは″を名乗ろうとしたけど、さすがに誤認表示すぎるか……と思ってやめた

身代わりセッ好きすぎるので別に燐ニ前提の話でも全然よかった けど両片想いも好きだからさ……
そういえば、こはが燐音の唇を見て「ニキはんの……」って過るとこ書くの忘れた→書いた(投稿当日修正しまくり奴)




 燐音には時々、ヤケ酒をする癖があった。それは仕事での鬱憤が溜まった時だったり、パチンコで大負けした時だったり、とにかくムシャクシャした時だったり。けれど、それらの理由はこはく達を含めた周囲が勝手に解釈したものであり、本当の理由を燐音の口から訊いたことは一度もない。適当にはぐらかして頑なに口を割ろうとしなかった。
 思い当たる節があるらしいHiMERUに言わせると、燐音は拗らせているのだと言う。何を、と訊ねても奥歯に物が挟まったような顔をするだけで答えてはくれなかったが。
 燐音がヤケ酒をした翌日はホールハンズや通話を通して連絡が回ってくる。大抵、ニキのアパートに転がり込んでいるので様子を見に行くようにニキ始まりで連絡網が回ってくる。一番年下であることを配慮されているのか、こはくに連絡が回ってくるのはいつも最後で、ニキもHiMERUも手が離せない時のみにやむを得ずという風に連絡が入る。今回もまたその番だった。
 連絡を受けてニキのアパートを訪れる。ここに燐音がいなければ自力で立ち直ったということで部屋を適当に片付けるだけでいい。燐音まだそこで寝そべっているようなら叩き起こしてやらなければならない。今回はどちらだろうか。妙に高鳴る心臓の鼓動を感じながらアパートのノブを捻って扉を開ける。
 ──今日はハズレだ。
 しんと静まった薄暗い部屋の奥に人の気配を感じ、思考とは裏腹に逸る鼓動を深呼吸で宥めながら足を踏み入れる。
 遮光カーテンを引き、電気もついていない部屋。厚いカーテンの隙間からわずかに射す、昼の白い光が辛うじて家具の輪郭をぼんやりと浮き上がらせているだけだ。
 光のない夜、飲んでいる間はどうしているのだろう。真っ暗闇の中、淡々と酒を飲み続けている燐音を想像して底知れない気味悪さが這い上がってくる。
 小さな木製のテーブルには乾いたソースがこびりついたカップ麺の残骸が用済みと言わんばかりに捨て置かれていて、その足元に燐音は横たわっていた。背中を丸めてうずくまるような格好で、その周りを取り囲むように、数えるのもうんざりするほどの空き缶が転がっている。
「あーあ、またこんなに荒れて……
 布団があるのだからそこで眠れば良いのに。泥酔した後に寝床で横たわっているところを見たことがない。
 空き缶を足で掻き分けながら床に力なく広がっている茜色の頭に近寄り、その傍にしゃがみこんで生存を確認する。
 姿勢を低くすると、空調もないぬるく淀んだ空気が肌に纏わりつく。身動ぐ度に缶が擦れる空虚な音が部屋に響いてもの寂しさを誘った。
「燐音はん、起きれる? シャワーでも浴び」
「う~……
 肩を揺するが燐音は首を振って呻くだけだ。これは半日コースだな、とため息をひとつ吐く。
「まぁ、ええわ。ほんなら水くらい飲み」
 水を汲んできてやろうと腰をあげた時、むくりとおもむろに体を起こした燐音に肩を掴まれ、壁に体を押し付けられる。背中に鈍い衝撃を受けて目を閉じる。
「い、った……なんやねん急に」
 目を開いて睨み付けた先にある瞳はアルコールに溶けたまま虚ろに揺れていて、まだ意識が覚醒しきっていないようだ。呼気の酒臭さが鼻を刺してくらくらする。二日酔いで苦しむのは自分自身なのにどうして繰り返すのだろう。
……なに、どうしたん」
 ぼんやりながらもこはくを見つめたまま微動だにしない燐音に手を伸ばす。憔悴した頬を両手で包んで窪んだ隈を親指で撫でると、仄暗い感情が胸の奥から顔を覗かせる。燐音の瞳に自分の姿しか映っていないことにある種の心地よさを感じてしまっている。
 燐音に密かな恋慕を募らせているものの、当の本人は眼中にないとでも言わんばかりに子供をからかうような態度ばかりとられ続けている。常に大局的な視点で自分達を取り巻く世界を見つめ、引っ掻き回すための知恵を巡らせ続けている聡明な瞳が、その愛おしい瞳が、曲がりなりにもいまは自分だけのものだという事実は胸を震わせるのに充分な理由だった。
 夜の波に揺られるような感覚に耽っていると、燐音の顔がゆらりと近づいてくる。鼻先にかかる濃いアルコールの香りと吐息の熱。寝ぼけて何かを勘違いした燐音の唇が同じものを求めて距離を詰めてくる。
「ちょ、っ……あほ!」
 唇を両手で押し返すと、濁ったターコイズがぎろりと動いてこはくを見つめた。
「こらっ、キスは結婚するまであかんのやろ。わしを誰やと思てんねん、しっかりせえ!」
 窘めると、燐音は不貞腐れたように目を伏せた。
 キスは結婚してから。自分で諭しておきながら虚しくなる。それは自分がどれだけ背伸びをしても届かないところにあるのだと知っている。
 指の隙間から見える乾いた唇を見て、よぎるのはニキの顔だった。同時に「ニキは俺っちと結婚するんで」と何度も耳にした燐音の声まで再生される。
 その唇に触れている自分の指の腹が羨ましく憎らしい。自分のからだの一部なのに。指先の感覚に集中するほど唇の先がむずむずとしてきて、きつく食いしばった。歪む心が軋んで痛くてしかたない。
 燐音の動きが止まったので諦めたかと胸を撫で下ろした時、指先にぬるりとした感触があって体が跳ねる。
「な、舐め……!? やっ、やめんか!」
 にゅる、と燐音の舌が指の間を這う感覚に背筋が粟立つ。生理的な不快感とはまた別のぞくぞくとした疼きも同時に肌を伝ってくる。
「ひぅ……っ」
 指の腹にあまく歯を立てられてくすぐったさに声がこぼれる。
「ぃや、りんねはん、やめて……っ」
 背徳的な湿り気を帯びた感覚に呑まれそうになり首を振って抵抗するが、聞く気のない様子の酔っぱらいはぐいぐいと重心を寄せてきて、押し負けた末に床に押し倒されてしまう。指先を苛むぬめりから解放されたかと思えば大きな影が上に覆い被さってくる。固い床に押し付けられて組み敷かれている状況にバクバクと鼓動が早まっていく。
「ん、っ」
 シャツの間から燐音の手が滑り込んできて、反射的にぴくりと体が跳ねた。
 ──ああ、またこのパターンか。
 沸騰しそうになる頭の隅で思う。
 押し倒されて肌をまさぐられるのはこれで三度目だった。
 一度目は驚きのあまり腹に触れられた瞬間にビンタをかましてしまい、同様に驚いた様子の燐音と同じ表情を突き合わせることになった。その後、酔いが醒めた燐音に対して何をしたのか覚えているかと問うと、気づいたら頬が痛かったことしか覚えてないと言い放った。
 二度目は与えられる熱をそのまま受け入れた。受け入れてしまった。よっぽど人肌が恋しかったのか、ターコイズブルーをあまりに切実な色に沈ませるから絆されてしまった。前回のようにどうせ覚えていないのだからとたかをくくっていたし、予想に反せず、熱を発散した後に半日ほど眠った燐音は誰が迎えに行ったのかすら覚えていなかった。薄情だと思う反面、忘れてくれていることに安堵した。覚えていたなら燐音は犯した過ちを悔やむだろうから。
 大きな手のひらがゆっくりと表面を撫でながらシャツをたくしあげていく。肌が空気に晒される心もとなさに震える。
 額や首筋、唇以外の肌に湿ったキスが降ってきてその度に心臓があまく痺れる。抵抗しなくてはいけないのに、恋慕と浅ましい欲望がそれを邪魔する。前回触れた背徳の熱がぶり返して、その甘美を心と体がまた求めてしまうのがまた始末が悪い。
「あかん、あかんて……
 己に言い聞かせるように首を振る。
 燐音が誰かと勘違いしているのか、はたまた誰でもいいのかは分からないが、燐音も自分も目を覚まさなければいけない。二度も過ちを犯したらきっともう戻れなくなる。
 なけなしの理性が拳を振り上げさせる。誘惑を断ち切るための裁きの鉄槌が振り下ろされて、それで終わるはずだった。
 ──こはくちゃん。
 確かに唇がそう動いて目を見張る。全身が硬直したように動かなくなって、拳は震えたまま宙でぴたりと動きを止めてしまった。
 燐音は水底色した瞳でしっかりとこちらを見つめている。まるで恋人への愛撫のように輪郭を撫でた後、破顔した燐音の顔にドキリとする。恋慕のようなときめきとは違う。『本当は全部分かっているのではないか』というざわめきへの恐怖だった。今、燐音は目の前にいるのが誰であるかをはっきりと認識している。いつもの「忘れた」は果たして真実だったのだろうか。本当は最初から──
 ……最初って、いつ?
 冷や水を浴びせられたように我に返って、咄嗟に燐音の手首を掴んで押し返した。耽美の熱に浮かされ肌に滲んだ汗が一気に冷や汗に変わって寒気がした。
 曖昧で不特定な慰み者にならなくてはいけなかった。なるはずだった。燐音の意識があやふやなのをいいことにその体を受け入れたのに。ひとときのあまい夢に縋って安堵していたのに。それに甘えていたバチが当たったのだろうか。自分の罪が燐音の手によって白日のもとに晒されたように思えて息ができなくなる。突然陸にあげられた魚のように口を無意味に開閉することしかできない。
 意識も記憶も酒に追い出されないままその体に宿っているのなら、何故忘れた振りをするのか。
「ほ、他のふたりともこんなことしてるん……?」
 絞り出した声は掠れていた。もしかしたら迎えに来たメンバー全員とこんなことをしているのかもしれない。最悪な想像をして、燐音を掴む手が力んで震える。
 答えを聞いたところでどうするのだ。相手はあの燐音で、更に酔っぱらっていて、発言の信憑性などあったものではない。けれどそんなことを考える前に口が動いてしまっていた。まるで冷静でいられなかった。
 燐音はきょとんとした顔で見下ろしていたが、やがてその顔が柔らかくほどける。
「おめェだけだよ」
 ひめごとを打ち明けるように甘くささやかな声で告げる。思わぬ温度の囁きに、空気の読めない心臓がまた一段と鼓動を早めた。期待が膨張してあっという間に心の隙間を満たしていく。
 けれど、敵も味方も騙して自分の思惑を通さんと立ち回ってきた男だ。どこまでが本当でどこからが嘘なのか、境界線が分からない。表情から心情を読み取ろうにもまるで見当もつかない。こんな顔をする男だっただろうか。ずっと見てきたはずの顔なのに何も分からない。自分は燐音の何もかもを知らないという事実に直面し、打ちひしがれる。
 ましてや、アルコールの香りで充満した空間だ。全てがもやにかかったみたいに霞んでいく。特別だと錯覚させられる甘い言葉に思考が鈍る。
 自分を受け入れてほしくて蜜のような香りを放つ食虫植物のようだ。いつの間にかそのからだの内に絡め取られて抜け出そうともがくほど囚われていく。
 確かなものなど何もなく、縋れる藁すらない。底無し沼であがいているみたいだ。
 ──こはくちゃん、だけ。
 もう一度甘く囁かれて、今度こそ体の力が抜けた。理性が諦めて目を閉じたように思えた。
 求めて止まないものがすぐ目の前にあるのに手を伸ばさない理由が分からなくなってしまった。この渇望に抗うだけ無駄なのだと悟ってしまった。ならば思考なんて放棄して欲望に素直になってしまう方がずっと楽だ。真実がどこにあろうとも、求められて歓びに震えるこの心はまぎれもない事実なのだ。どうしようもない奴をどうしようもなく好きなことを思い知らされる。
 お前だけ。まるで愛の告白のような言葉がさっきからずっと頭の中で反響している。それが獲物を誘うための薄っぺらい罠だとしても、それでも構わないと思った。
……そういうことに、しといたろ」
 身を委ね、諦めのようにこぼれた言葉に燐音の呼吸がひきつった。哀しげな色に沈んだ表情に戸惑う。どうしてそんな傷心したような顔をするのだろう。
……ンで、届かねェんだよ」
「え? ……ッあ!」
 呻くような燐音の言葉を聞き返すが、胸の飾りを指先で弾かれて思考が霧散する。綺麗に整えられた爪の先で敏感な先端を弄ばれて思考を紡ぐどころではなくなる。性急な燐音の手に翻弄される体が意識を通り越して熱を帯びていく。
 幾度も自分を守り、時に背中を押してくれた大きな頼もしい手のひらが、今は性感を高めるためだけに動かされているのがたまらなく愛おしく、背徳を誘って熱が上がっていく。
 唇を避けて全身に施される湿ったキスに酩酊する。一心不乱に求められている気がしてたまらない。
 茜色の髪の奥にある蒼の中に熱がどろりと溶けている。その中に閉じ込められて、それだけで陥落するには充分だった。いたいけな恋慕も倫理も葛藤もすべて濁流に押し流されてあっという間に見えなくなった。残ったのは快楽とそれがもたらす陶酔だけ。
「りんね、はん……
 カーテンの隙間から射す斜光が視界の端を横切った。燐音の体がのしかかってきてその体温に包まれる。あたたかくて泣きそうで、縋るようにしがみついた。深く強く抱き寄せると、肌の境界線も思考も、ぜんぶとろけて白昼の光にぼやけてきえていった。