むかいえ
2025-09-25 00:30:40
7334文字
Public シャアム
 

射抜かれたのは、

似非現パロシャアム。ピストル射撃とアーチェリー、異なる競技のトップアスリートたちの出会い。

 それなりに恵まれた家に生まれたのだと思う。母の不倫を機に離婚し、父に引き取られたアムロは、自分の家庭を客観的にそう判断している。
 少なくとも金銭的な苦労をしないだけ恵まれている方だろう。研究職の父は仕事一辺倒で構ってはくれないけれど、ネグレクトと言うほど放置されているわけでもない。幼い頃は寂しさに泣いた日もあったものだが、何かと気にかけてくれた近隣住民のおかげで健やかに成長した。
 そんなアムロに、父は何か習い事をしてみないかと提案した。これも金銭的に余裕があるからこそだ。
 恐らく家に一人でいさせるよりも、何かしらのスクールに通わせていた方が人の目もあって安全だという魂胆もあったと思う。あるいは、父に似てひとつのことにのめり込むと寝食も疎かにして引きこもりがちだったアムロに、社会性を身につけさせるつもりだったのかもしれない。
 渡されたいくつかのパンフレットをぱらぱらと流し見る。特別興味を惹かれるものはなかった。正直なところ面倒だと思う。しかし父の望みを無碍にするのも忍びない。
 そうしてアムロは、射撃競技を選んだ。単純にミリタリーへの興味と、完全なインドア系よりも適度に体を動かせそうな印象、そしていつか徴兵でもされた時に役に立つだろう、という合理的な消去法だった。ちなみにアムロの暮らす国は徴兵制度などないし、どこの国とも戦争などしていない。なんなら各国は和平条約が結ばれて平和そのものである。
 
 まさか、何気なく選んだただの習い事が、スクールを飛び越えてやがては国の代表選手に選ばれるほどメキメキと上達するなど、その時は父もアムロはもちろん、スクールで出会ったコーチすら思ってもいなかった。ぼんやりと思い描いていた未来予想図では、父と同じような研究職や技術職などだったのに、気付けばアスリートである。
 ――アムロ・レイ。俗称サイド7と呼ばれる国、グリーン・オアシス出身。射撃競技を始めてから世界一に輝くまでの、その短すぎる期間と白を基調としたユニフォームから、『白い流星』などと称されている。あまりに正確無比な射撃技術は、やがて大会の評価規定の変更や他選手のための種目の細分化などを招いた。
 射撃競技の世界基準を狂わせた、伝説の男である。
 
 ***
 
 自分のことに頓着せず、物臭な性質のアムロだが、流石に体が資本となるアスリートになってしまった以上、多少生活習慣は意識する。まして現在は一人暮らしだ。
 サイド6という俗称で親しまれる国、リーア。過去、世界中で戦争をしていた時代で中立宣言を行った歴史を持つ故か、各国との交易が盛んな国である。人種も様々な人々が街を行き交い、スポーツ界隈では中~大規模な国際親善大会などを行うこともある。
 アスリートとして大成し、生活の基盤を整えたアムロはリーアで一人暮らしをしていた。前述したようにスポーツ界隈の活動が盛んであるからだ。サッカーやテニス、水泳などの競技と比べると、射撃競技はまだまだマイナーな方である。必然的に練習場所も限られてくる。その点、リーアには訓練施設も多く、専門ショップも揃って備品も調達しやすいのだ。
 半ば周囲の勢いに流されるようにアスリートへと駆け上ったが、アムロは別にピストル射撃が嫌いなわけではない。始まりは合理的判断の消去法だったとしても、年単位でやっていれば愛着も湧くしプライドも抱くものだ。なんだかんだと彼は射撃競技を生活の一部に据えている。
 
 どことなく雑然とした部屋を見渡し、そろそろ片付けないとな、と独りごちていると、つけっぱなしにしていたテレビから低い男の声が聞こえて視線を向けた。
 金髪の男が映っている。端正な顔立ちをした男だ。リポーターの質問に愛想笑いを浮かべながら返答していた。自分の競技に関すること以外はあまり興味を持たないアムロだが、彼のことは知っている。
 ――シャア・アズナブル。サイド3の俗称を持つムンゾ出身。アーチェリーの世界的選手。いつも身に纏う赤いユニフォームがトレードマークで、真っ直ぐに放たれる矢の美しさから『赤い彗星』という異名を持つ。
 アムロが彼の存在を知ったのは、自身の影響でピストル射撃の世界的基準が大きく是正されることになった時期だった。アムロと同じように一人の選手が強すぎる故の評価規定などの変更には、前例があったのだと、コーチであるブライト・ノアに教えてもらった。その前例こそがシャアだったのだ。
 
 質疑応答を終えたのか、画面は切り替わって弓を構えたシャアが映る。過去の大会のプレビューだろう。
 相変わらず赤いユニフォームが目に鮮やかだ。その手に握るリカーブボウすら赤く塗られている。きりりと引き絞られた弦。体幹は真っ直ぐに。ターゲットである的まで90m。鋭く細められた眼光は光るよう。
 一拍後、シャアの放った矢は的の中央に突き刺さっていた。ワッと歓声が上がる。
 一連の流れをつい見入っていたアムロは片付けを早々に諦めた。適当な飲み物と市販のつまみを取ってきて、テレビの前に座り視聴を続けることにする。
「赤い彗星、ね
 称賛の声に微笑むシャアの後方、ぼやけて映る他の選手たちはきっと暗い眼差しをしているのだろう。それは、アムロを見つめる同種目の選手たちと同じように。
 シャアに準えるようにアムロにも流星の名を授けられた。彼は二人の名が皮肉に思えて仕方がない。彗星だろうと流星だろうと、届かぬ星だからと諦めて隔離するようだった。
「あいつには勝てない」という嫉妬と諦めの目。「どうせまたあいつが勝つだろう」と飽き飽きして面白くなさそうな大衆の呟き。アムロが最年少で世界一に輝いた時は熱狂していた世界も、それが続けば当たり前になり、いつまでも不動の一位につまらなさすら感じている。後進を育ててはどうか、とさり気なく現役を退くような事を言われたこともあった。勝手なものだ。けれどもそれが、この平和な世の中で許される範囲の刺激を求める、大衆というものである。
 
 ――この人も、そうなのかな。アムロはぼんやりと画面の向こうのシャアについて考える。
 強すぎる故に、アーチェリーの界隈では一強状態。アムロがさらりと調べてみたところ、シャアが現れる前は、それこそ男女の別枠程度しかなかったらしい。それが今では取り扱う弓別、的との距離別、というように細分化されている。そうやってどうにか他選手も輝ける舞台を作っていた。
 アムロ側も似たようなものだ。彼が習い事を始めた当初の射撃競技はピストル射撃しかなかった。それが、彼が世界大会で活躍し不動の一位を確立して以降、ライフル射撃も種目に加わった。当然、的との距離別と細分化もされている。そうしなければ、こちらもアムロの一強だったから。
 世界基準を変えた異例の二人。競技も異なり、直接出会ったこともない。だが彼は似たような立場のシャアに不思議な親近感を持っていた。
「なんで、弓なんか……
 同時に、微かな不満も。
 
 ***
 
 リーアにいくつか存在するアスリート御用達のトレーニング施設のうち、屋内競技スペースを主にしたものがある。そこは射撃場も広く造られており、追加で金を払えば一部スペースの貸切も可能だった。あまり人に話しかけられたくないアムロにはありがたいことである。
 広大な敷地内には射撃場だけでなく、バスケットボールやバレーボール、新体操なども訓練出来る棟が複合している。手続きを済ませてさっさと射撃場に向かうアムロだったが、ふと案内板が視界に入った。
 よく利用する施設なので全体の大まかな位置は把握している。今更確認するまでもない案内板に目が惹かれたのは、つい先日、その競技の選手をテレビで見てしまったからだろう。――アーチェリー用の射場、と銘打たれた訓練場。室内と屋外用があるらしい。気にしたことはなかったけれど、アムロの利用する射撃場に近い。
……
 アムロは本当にただの気まぐれで、アーチェリー用の射場へと赴いた。
 どこの訓練場にも2階部分には観覧席がある。この施設は会員制なので素性の怪しいものは利用できない。故に施設利用者は自由に選手の姿を見ることもできるのだ。
 辿り着いた観覧用の2階席には、数人の見学者がいた。見るからに選手ではなさそうな者は、マネージャーや身内などだろう。
 見下ろした射場では、アーチェリーを構えた選手たちが的へ向けて矢を放っている。
「えっ……
 ――その中に、明らかに違う空気を纏う者がいた。思わず漏れた声を隠すように手で口元を覆う。
 視線の先。目深に被った帽子から除く金髪。本当に的が見えているのか不思議になるサングラスを掛けている。ピンと伸びた背は真っ直ぐで体幹は僅かもぶれない。ただ立っているだけでも目を惹く男だった。彼が引き絞った弦から、風を切る音がしたと思えば、的の中央に矢が突き立っている。
 顔を隠していても、アムロにはわかる。何度も映像越しに見た光景そのままだった。シャア・アズナブル。世界一のアーチェリー選手。
 
 どうしてここにいるんだ!? あいつはサイド3の選手だろ!?
 混乱しながらも視線はシャアから外れない。また矢をつがえる。洗練された動きはいっそ美しく、弓を構えて的を狙うその姿は、一種の芸術作品のようだった。美術館で彫刻として並んでいても違和感がないだろう。
 もっと近くで見たいと思った。何故サングラスなどしているのだろう。テレビ越しに見たような、あの全てを射抜く眼差しが見たかった。
 ……ほんの少し覗くつもりだったのに、結局ポケットに入れっぱなしだったスマートフォンに連絡が入るまで、アムロはじっとシャアの訓練風景を眺め続けていた。
 受信に震えたスマートフォンにハッとして、時計を見れば結構な時間が経っている。慌てて確認した端末にはメール通知が一通。コーチであるブライトからだ。次に参加する予定の国際大会の情報だった。
 
 名残惜しさを感じつつも、アムロは観覧席から出て射撃場へと向かった。もともと自分のトレーニングのために来たのだ。コンディションの調整もしなければならない。
 射撃場の貸切スペースに入り、手早く準備を整える。グリップを手に馴染ませ、深く息を吐いた。
 脳裏を過ぎる、美しい矢の軌道を思い返す。吸い込まれるように的の中央を撃ち抜いた『赤い彗星』。
……負けられないな」
 口の中だけで呟いて、アムロは用意された標的を見た。
 シャアとアムロの競技は違う。共通点は的に当てる、という点くらいで、扱う得物も評価方法も異なる競技だ。優劣をつけるどころか、そもそもの土俵すら別物。
 それでも、アムロはあの男を凄い奴だと素直に思っている。
『どうして弓なんか』と思うのは、同じ種目で闘ってみたかった、という叶わぬ願望の表れだ。たったひとり、瞬く間に高みに至ってしまったアムロには、もう越えるべき壁がない。けれど惰性で頂点に居続けるような不誠実な真似はしたくなかった。
 だからこれは、もはや同種目の選手たちに興味を持てなくなったアムロが抱く、勝手なライバル心と仲間意識なのだ。
 アムロと同じく、世界に基準を変えさせたシャアだからこそ。あの人が勝ち続けるなら、自分もまた、勝ち続けるしかない。
 アムロは思考を切り替えて、銃を構えた。50m先の小さな標的。狙うは当然ド真ん中。周りの音が遠退く。的だけが見える。
 ――アムロは引き金を引いた。
 
 ***

「『白い流星』とは、確かにそうだな」
 シャア・アズナブルはアーチェリー選手である。幼い頃にいくつか嗜んだ習い事の一つを極めた結果、世界一のアスリートとなった。
 リーアにあるトレーニング施設。普段はサイド3、ムンゾで活動している彼がわざわざ他国の施設に会員登録してまで利用したのには訳がある。観覧席から見下ろす射撃場の一角。貸切スペースではあるが、観覧席から見えないこともない。そこに立ち、銃を構える青年こそがシャアの目的だった。
 アムロ・レイ。恐ろしい成長速度でピストル射撃競技を極め、当時最年少である16歳でトップアスリートへと輝いた男。以来、世界的なスポーツの祭典を含め、あらゆる大会で優勝を掻っ攫っている。かつてのシャアと同じく、彼が強すぎた故に、競技の評価基準や細分化が図られたのは有名な話だ。
「凄いな。射撃については私も詳しくないが、彼はなんというか、他の選手と明らかに違う
「そうだろう」
「何故君が誇らしげなんだ……まあいい。念願のアムロくんを見られて良かったな、シャア」
 隣には学生時代からの友人であるガルマ・ザビがいる。彼もまたしげしげとアムロの訓練の様子を眺めていた。
 ガルマはシャアのスポンサーである大企業の社長の末っ子だ。同じ学び舎に通っていたのは全くの偶然だったが、その不思議な縁は続き、今ではシャアのマネージャーのようなことをしている。こうしてシャアの個人的な感情による突飛のない行動にも付き合ってくれる、気安い友人でもあった。
 
 シャアがアーチェリーの世界で生きるようになって、随分と経つ。しかし同じ種目で鎬を削り合うような実力者は、ついぞ現れなかった。『赤い彗星』などと称賛されたところで、やり甲斐がなければ何事もつまらないものだ。乗り越えたいと思える壁もなく、追い縋ってくるような後進もいない。
 孤高故に無気力になりつつあったシャアの前に現れたのが、アムロ・レイだ。
 競技は異なる。しかしその輝かしい経歴と、シャアと同じように世界基準を変えさせた実力が何よりも興味を惹いた。そうして映像で見た、標的を見据える冴え冴えとした眼差しといったら、シャアはらしくもなく興奮したものだった。
「彼は、父親からの習い事を勧められて消去法で射撃競技を選んだらしい」
「ほお! それであそこまで上り詰めたのか。才能の塊じゃないか」
 ガルマの感嘆が耳につく。
 そう、アムロは素晴らしい狙撃手だった。50m先の小さな的の中央を撃ち抜く、その目の良さ。弾丸を撃ち放つまでぴくりとも動かず、最適な瞬間を見逃さない集中力。瞬きすら惜しいと開かれた大きな瞳の、なんと怜悧なこと。
 いつだったかに放映されたアムロ・レイの特集で、シャアは彼が射撃競技の世界に踏み込んだ経緯を知った。その時の感情は筆舌に尽くし難い。
「アーチェリーを、選んでくれたら良かったのだがね
 彼の持つポテンシャルの高さから考えると、同じく射的の一種であるアーチェリーでも相応の実力を発揮しただろう。それこそ、シャアと並ぶほどのトップアスリートになったのかもしれない。
 ――だがアムロは射撃を選んだ。シャアと同じ高みまで上り詰めておきながら、別の領域の人間だった。シャアの前にようやく現れた、ライバルになり得るはずだった運命の人は、そうはならなかったのだ。
 
 しかし、それで話をおしまいにしないのがシャア・アズナブルである。
 彼はアムロの情報を追いかけた。前述した彼の過去や参加大会の成績、今はどこの国に住んでいて、どんな訓練をしているのか。雑誌や映像媒体などで特集があれば読み漁り、SNSの公式アカウントから得られる動向も逐一チェックした。
 ある種、熱狂的なファンである。事実シャアはアムロに熱狂していたので間違ってはいなかった。
 同種目の選手に抱かなかった競争心や対抗心はすっかり膨れ上がっていて、そこに別競技と言えどシャアに並ぶ実力者が現れてしまったものだから――――つまり、それらの感情の全てがアムロに向けられてしまったのである。
 
 そうしてアムロの情報を追いかけ続け、よく利用しているトレーニング施設のことを知る。
 なんだかんだと言ってもシャアも世界的選手なので忙しく、巡り合わせも悪かったのか、結局アムロの参加する大会などを観に行ったことがなかった。ずっと彼の姿をこの目で直々に見たいと思っていたけれど、機会がなかったのである。会ってみたい気持ちだけが日に日に大きくなり、ついにシャアは掴んだ情報をもとに強行した。
 ……それが今回の、突撃他国のトレーニング施設! の経緯だ。ついでに自分の訓練もしているのだからちゃっかりしている。
 数日施設を利用して、さりげなくアムロを探し、そして今日、ようやく彼の姿を見つけたのだった。ガルマには感謝せねばなるまい。理由は不明だが、何故かアーチェリー射場の観覧席にいたアムロを見つけてくれたのは彼だった。
 
 アムロのトレーニングが終わるまで、シャアはずっと彼を見つめていた。途中、別件で仕事が入ったらしいガルマはすでにいない。ガルマは、シャアがアムロへの向ける執着を知る数少ない一人なので、「無理強いだけはするなよ、絶対に健全に、まずは友達から始めるんだぞ!」とよくわからない助言を残して去って行った。
 一通りのトレーニングを終えたらしいアムロが片付けを始めるのを見て、シャアは静かに観覧席を立つ。
「やあ、アムロ・レイくん」
 施設内にはいくつか、ロッカールームとは別に自販機や椅子などが設置された休憩所がある。射撃場から施設の出入り口までの間にもあった。
 そこで、シャアは青年に声をかけた。驚きに見開かれた瞳と視線が絡む。テレビ越しに見ても童顔だったが、やはりどこか少年のような幼さが滲んでいる。背はシャアより少し低く、しかしその体躯は思っていたよりきちんと鍛えられていて、服の上から見てもしっかりしている。
 アムロ・レイ。シャアのライバルになり得るはずだった男。
――――シャア・アズナブル
 私を知っているのか。知っていてくれたのか。
 アムロの口からこぼれ出た自身の名に、シャアは知らず知らずのうちに口角が上がる。
君に、会いに来たんだ」
 これが後に、世間を様々な意味で騒がせるトップアスリートたちの、初めての邂逅であった。