宇宙は広く果てしない。人類が地球から宇宙へと住処を移し、様々な研究や探索が行われている現在でも未だ叡智が及ばぬ未知がある。ニュータイプという概念が生まれ、やがて人々がその力を開花させていったように。
――つまり、宇宙由来の奇妙な病も存在するのである。流行病のように突然罹患し、時間が経つと勝手に治る。その種類は本当に様々で、『事実は小説よりも奇なり』の諺がこれほど当てはまることもなかろうと言わんばかりに人智を超えている。今では宇宙の奇病図鑑なるものが医療機関から公式に発売されるほどだ。
発見された当初は騒ぎになり、人々は恐慌したものだが、治験やらを進める前に全て自然に治るので早々研究も進まず。原因不明で、感染症ではないが予兆なく発症する。どんな治療よりも時間経過での治癒が早い。主に身体的変化が多いものの、今のところ後遺症の報告はないらしい。
害がないのであれば、といつしか人々はすっかり慣れてしまった。そうして民間で定着した俗称が『宇宙風邪』やら『妖精の悪戯』やらである。罹患すると数日アンラッキーなトンチキ奇病だ。
そして、ここにも奇病罹患者が一人いる。
彼の名はアムロ・レイ。地球連邦軍所属、二九歳男性、階級は大尉。独立部隊であるロンド・ベルに所属している。
時は宇宙世紀〇〇九三――色々と世間を揺るがす事件はあったものの、何とか新生ネオ・ジオン軍と地球連邦軍の和平が成り立った時期だ。アムロは総帥であるキャスバルことシャア・アズナブルからの指名を受け、特使として新生ネオ・ジオン軍に来訪していた。
そんなアムロが罹患した病は奇病図鑑にも記載されている。『性別転換の病』。
つまり現在、アムロの肉体は女になっていた。
*
「貴様がアムロ・レイだと?」
そうだが? と真顔で頷く女を、シャアは胡乱な眼差しで睨み付けている。彼から放たれるぴりぴりとしたプレッシャーに、周囲の空気が張り詰めていた。誰かがごくりと生唾を飲み込む音さえ響きそうな静寂が満ちる。
新生ネオ・ジオン軍の旗艦であるレウルーラ。連邦軍側の特使として任命されているアムロ・レイは定期的に来訪している。そうして今回もやって来たアムロを歓待するために迎えた兵士たちだったが、彼らは一様に困惑していた。特使用の艦から降り立った女がアムロの名を名乗ったからだ。
アムロ・レイは男である。シャアと比べると背は低いものの、軍人として鍛えられた肉体は確かに男のものだ。敢えて言うなら童顔で細身ではあるかもしれないが、罷り間違っても女と見紛うことはない。
しかし目の前にいるのはどう見ても女である。小柄な体躯。細い首筋。服の上からでもわかる腰のくびれや自然な膨らみのある胸元。アムロに姉妹がいるならこんな顔かもしれない、という血縁を感じさせる面立ちをしている女だった。
「こちらとしても困っているんだが、なにせ例の奇病だから対策しようもないし――――」
「捕えろ」
「……は?」
「聞こえなかったか。この女を捕えろ」
命令は随分と無機質な声で下された。
特使への不当な扱いは両軍の不和を生む。それがわかっていてもこの場での最高権力者はシャアであり、彼の命令は新生ネオ・ジオン軍にとって絶対だった。突然の捕縛命令に絶句するアムロと名乗る女を、申し訳なさそうな顔をした兵士たちが囲む。
「シャア! 貴様どういうつもりだ!」
「喚くな。……よくも私の前でアムロの名を騙ってくれたな。連邦はハニートラップでも仕掛けようとしたのか? それにしては杜撰なものだが。アムロに似た女であれば私が手を出すとでも? まったく笑わせる……」
「なっ、は……え……?」
「連れて行け」
「ちょ、待っ……シャア! 何か勘違いをしてないか……!?」
「気安く私の名を呼ぶな」
ぴしゃりと冷たく言い切った男の目は、路傍の石でも見るような無感情なものだった。アムロがこれまで見たことのない、熱のない眼差しだ。
一瞥した後、彼は興味を失ったように背を向ける。あまりにも話を聞かないシャアの様子に呆然としていたアムロは、戸惑いながらも命令に従う兵士たちに誘導されてその場を離れることになった。
がちゃり、と外から鍵がかけられる音で我に帰る。押し込められたのはベッドやシャワー室のついた一室だった。いつも来訪時に借りている貴賓室ではないが、捕虜を閉じ込めるような牢でもない。一兵卒に与えられる簡易的な部屋のようだ。普段から使われていないのか、人の気配を感じない寂しげな空気の部屋だった。
「……は?」
*
『……――――これにより、私は武力行使も辞さないことを宣言する!』
シャア・アズナブルによる突然の宣戦布告に地球連邦政府は唖然としていた。速報として挟まれたテレビ中継では、険しい表情をした男が痛烈に連邦を批判している。
曰く、和平の象徴とも言える特使アムロ・レイの偽物が寄越され、それが傲岸不遜にもアムロの名を騙る女であった。
曰く、アムロはこのような女とは一線を画す素晴らしい男であり、強いニュータイプである。生まれ持った才能は陳腐な色仕掛けなどで覆ることはあり得ず、どれだけ容貌の似た女であってもアムロの代替にすらなり得ない。
曰く、特使がアムロだからこそ自分も和平に協力的になれた。彼は眩い星の如く我々に光を見せ、導いてくれる存在である。それを世間から隠そうとする連邦政府の行動は到底許されるものではない。
曰く、曰く、曰く………要は『アムロによく似た偽物の女を寄越されて怒っています。私とアムロの逢瀬を邪魔されて不快です。ハニートラップでしょうか? 許せませんね。アムロを何処に隠しましたか? 即刻解放しないと戦争です』という文言である。合間合間にアムロへの賞賛やら敬愛やらが並べ立てられているため、今一つ危機感に欠けてしまうのが難点だった。『戦争が起きる……!?』という恐怖よりも『この人本当にアムロ・レイが好き過ぎるな……』という感想が真っ先に出てくるあたり重症である。
先程からラー・カイラムの通信機器はひっきりなしに鳴り続けている。地球連邦政府上官たちからの確認の連絡だ。判を押したように第一声が「どういうことだ!?」なので笑ってしまう。どうせ同じ連絡をするなら一回で纏めてそっちで情報共有をしろ、と切実に思うのは板挟みの艦長、ブライト・ノアである。
どういうことだも何も、ブライトたちとて中継を見て初めて知った宣戦布告だった。予兆も何もあったものではない。いつも通り、ラー・カイラムから特使用の艦に乗ったアムロを見送っただけだ。
……。
…………。
…………そういえば、アムロは一週間前から突然の奇病で女の体に変化していたな。クルーたちはすっかり見慣れてしまっていたが……特使として新生ネオ・ジオン軍への伝達窓口の役割も兼ねている彼は、果たして自身の奇病について事前に連絡しただろうか……?
「……い、いや……いやいやいやいや……そんなまさか……」
思い至って、ひくりとブライトの口角が震える。異常事態があった時の事前連絡は基本中の基本だ。ただでさえシャアはアムロに執心していて、特使として指名してきたほどなのだから。
シャアの訴えに何のことやらと困惑していたブライトの頭の中で、パズルピースがかちかちと当て嵌まっていく。『アムロに似た女』『アムロを名乗る偽物』……何気に女の体に順応していたアムロはいつも通りにラー・カイラムから出発していた。シャアからすれば見知らぬ女が、アムロのような見た目と態度で気安く接してくるわけで…
宇宙のトンチキな奇病は有名ではあるが種類が多く、また正式な診断基準もない。前触れもなく奇病と言われても、あの慎重で狡猾な男がハイそうですかとあっさり信じられるとは思えなかった。
つまり……?
「あれがアムロだと信じられなかったから……こんな暴挙に……」
信じないシャアもシャアだが、正規軍人であり他軍と関わる地位のポストに就いた者として、重要な報・連・相ができていなかったアムロもアムロである。正式な任務でプライベートじゃないんだぞ……! ブライトは胃のあたりを撫でさすった。
アムロはなんだかんだで軍人歴一〇年を越えているので、仕事となるとしっかりしているのだが、相手がシャアであるという一点でちょっとポンコツになる。命を賭けてでもシャアの蛮行を止めようとした反動だろうか……シャアに関してだけ思考の振れ幅が〇か一〇〇なのである。生かすか殺すかデッドオアアライブといった具合だ。
ブライトはきりきりと痛んでくる胃にげんなりしながら、またしても鳴り響く通信機器を取った。やはり上官からのもので、内容は「あの放送は何だ!? どういうことだ!? アムロ・レイ大尉は何をやっている!?」という聞き飽きた文言である。
ついにブライトのストレスは天元突破した。
「――あれはプロポーズです」
「は?」
「は?」
「エッ」
「ヘァ……」
「か、艦長…?」
真顔でそう言った艦長の姿に、その場にいたクルーたちが固まる。もちろん通話先の上官も固まった。
「シャアからアムロへの宣戦布告風プロポーズです」
「はわ」
「ウッ……」
「えええ……」
しんと静まり返った空気の中、淡々と話すブライトだけが異様である。
艦長のストレス過多を察してクルーたちが瞳を潤ませた。例え意味のわからない暴論でも、一年戦争時代からアムロとシャアをよく知る歴戦の艦長の言葉なので不思議としっくり納得出来る。
つまり、これは、シャアからアムロへの宣戦布告に見立てたプロポーズなのだ。規模が大き過ぎるし全世界に発信されてるし、シャアは本当に開戦しそうな険しい顔をしているけど、これはプロポーズだ。
――――ということにすれば平和! 優秀なクルーたちは艦長の意図を汲み取った。
「アムロにどうにかさせます。そういうことですので失礼いたします」
がちゃん。通信機器が置かれ、ブリッジに静寂が戻る。誰もがブライト艦長の次の言葉を待っていた。フゥ――――……と長く重いため息が落ちる。
「アムロ……あの馬鹿を連れ戻すぞ……! そしてこの騒ぎをどうにか収める。こんな馬鹿げたことで戦争なんて冗談じゃない! ――目標! 新生ネオ・ジオン旗艦、レウルーラ!」
「……了解ッ!!」
死んだ目をしたブライトが声を張り上げる。ラー・カイラムの訓練されたクルーたちは粛々と命令に従って舵を取った。
*
「馬鹿なんですか?」
一方その頃、捕虜よりもやや待遇の良い一室に隔離されていたアムロはナナイ・ミゲルに説教されていた。冷たい美貌の女がさらに温度の低い眼差しでアムロを見つめている。呆れと怒りが半々といったところだ。
アムロは閉じ込められた後、どうにかシャアに取り継いで自分が正真正銘、特使であるアムロ・レイであることを示さなければと考えていた。このあたりで身体の変化について事前連絡をしていなかったことを悔やんでいたのだが、すでに後の祭りなのでどうしようもない。
閉ざされたドアを叩き、声を上げて人を呼んでいたアムロの前に現れたのがナナイである。
彼女はまず、アムロが本当にアムロ・レイなのかを確認した。いくつかの質問を繰り返し、前回の会談内容も掘り下げる。
いくらアムロとて軍の機密事項を姉妹に話すことはないだろう、とナナイもその仕事振りは信用している。しっかり質問に答えた目の前の女は、つまりアムロによく似た姉妹などではなく、奇病で性別転換したアムロ・レイなのだと漸く確信を得て――――からの、説教であった。事前連絡は基本中の基本だろう! と耳に痛い言葉がズバズバとアムロに突き刺さる。自業自得なので仕方ない。
「わかってくれると思っていたんですか? 自分の姿形が別物になっても、大佐ならばと? とんだ自惚れですよ。確かに大佐は大尉に大変執心されています。ええ、我々としてはまったく遺憾なのですが……しかし大佐のお気持ちがいつまでも大尉の方向を向いているとも限らないのですよ。今回のことは大佐への甘えから犯した大尉のミスです。…本当にどうしてくれるんです。この平和を受け入れられなかった新生ネオ・ジオン軍の者たちも、ようやく落ち着いて来た頃なのですよ。それが、こんな……ハァ……」
ちくちくとした嫌味を交えた説教に、アムロはただ「まことに仰る通りです……」と平身低頭するしかない。気分はライバル社の社長秘書に社会人の常識を説かれる営業マンである。
「……ん? あの、ナナイ大尉。平和がどうとかって…もしかしてシャアが何か…?」
アムロはナナイの言葉の中にいくつか気になるところがあり聞き返す。すると彼女はピタリと口を閉ざし、ジッ…とアムロの顔を見つめた。しげしげと、隅々まで観察するような視線にアムロの方はちょっと視線を逸らす。女の体になっても心は男なので、美人なナナイに見つめられるとアムロとてドキドキしてしまうのだ。
ほんのり耳を赤らめた女は何処となく初心で可愛らしい。しかし元は男である。そして、ナナイが愛した男が求めたのは、男の方の姿だ。しかも現在進行形で宣戦布告しながらとてつもなく褒め称えている。ほとんど愛の言葉に近い。
「何故大佐はこんな男を……ハァ……」
「ナナイ大尉?」
「なんでもありません。それで、大佐のことでしたね。ええ、大変なことになっていますよ」
どうぞご覧になってください、と差し出された液晶タブレットに映っているのはいつもの赤い軍服を見に纏うシャア・アズナブルである。
どうやらテレビ中継を映しているようだ。壇上で威風堂々と声を張る男は、ひたすらアムロの賛辞を並べ立てている。そして所々で連邦軍を批判してはアムロを連れて来いと訴えていた。連れて来なければ武力行使も辞さないと言う。
「は? ……え? ……? ……!? ……はあ!?」
「言いたいことはわかります。これはもう公開プロポーズですよね」
「そっ……そこじゃない!! 宣戦布告!! 宣戦布告してるじゃないか!!」
戦争するつもりか!? とアムロの眼差しに険が宿る。しかしナナイは冷静なままだ。いそいそとタブレットを仕舞い込むと部屋のドアを開け放ち「着いてきてください」とアムロを誘導する。
「大佐は今の大尉をアムロ・レイだと思っていないのです。それもこれも大尉が事前連絡を怠ったからですが……」
「うっ……」
「とにかく、大佐は連邦軍があなたを隠したと考えている。おまけによく似た女を寄越してきた、とお怒りです」
「奇病だって言ったじゃないか……」
「ハァ……いいですか。宇宙の意味不明な奇病は有名ですが、それですべての説明がつくわけでもない。私も先ほどの質疑応答でようやくあなたがアムロ・レイだと確信を持てた。多くの人が毒されていますけれど、普通、そんなに、突然、男は女に変わりません。すぐに信じられるわけないでしょう」
「……それは、そうだな……」
「だから甘えだと言ったのです」
ぴしゃりと言い切るナナイは颯爽と歩いていく。アムロも慌てて彼女の後を追った。
やがて辿り着いたのはレウルーラの発着艦デッキである。停められているのはアムロが特使として利用している見慣れた小型艦だ。
「大尉には一度ロンド・ベルに帰還していただきます。どちらにせよ、今のあなたを大佐は受け入れないでしょうから」
「だが、シャアは戦争を起こそうとしているんだろう!?」
「ええ。我々としてもそれを止めたい。……平和であるのは良いことのはずですから。大尉には大尉にしか出来ないことをしてください」
ナナイは一瞬遠い目をして、何かを決意したようにぐっと手のひらを握った。そしてメモリーチップを取り出すとアムロに握らせる。
「これを。……ラー・カイラムの艦長は歴戦の猛者でしたね。これを見れば、我々の考えも察してくれましょう」
「これは?」
「……フフ。馬鹿馬鹿しい笑い話にするための布石です」
ナナイは蠱惑的な笑みを浮かべた。思わず魅入ってしまったアムロの背を押し、艦に乗り込ませると、彼女自身はハッチを開けるためにその場を去る。
「アムロ・レイ。……フン。白い悪魔…私から大佐を奪う、悪魔……」
手慣れたように操作盤を打ち、やがて発着艦ハッチがゆっくりと開いていく。
アムロの乗った艦が宇宙へと滑り出し、その光が星々に紛れて見えなくなるまでナナイはずっと見つめていた。名残惜しげに、憎々しげに。
「ああ、違うか……あの人はずっと、誰のものでもなかったから……」
――それも、もう終わりなのね。
ほんの少し眉を下げて、欲しいものが手に入らなかった少女みたいな表情で、ナナイは目を閉じた。
*
「このッ……馬鹿者!!」
「わ、悪かった。申し訳ない。ごめんなさい……」
アムロは無事にラー・カイラムへと戻って来た。もともとレウルーラに向けて動いてくれていたのだろう、そう時間もかからず小型艦は回収される。
そうしてブリッジに呼び付けられたアムロは、ブライトの特大の雷が落とされている。男だったら二発は殴られていただろう。流石に中身が男とは言え、女の形をしていればブライトは殴れなかったようだ。代わりに怒声が一.五倍である。既にナナイから正論パンチを喰らっていたアムロはしおしおと萎んで反省していた。
一通り言いたいことを言ったブライトが落ち着くと、アムロからの細かい情報を聞き取っていく。概ね彼の予想していた通り、シャアが女のアムロを偽物と断じて行った暴挙であった。予想してはいたものの、やはり信じられない気持ちで頭を抱える。
「そうだ、これをブライトに。ナナイ大尉から」
「ナナイ大尉?」
「なんか打開策? 布石がどうとか言ってた」
「ふむ……」
ブライトは受け取ったメモリーチップを適当なPCで開く。中にはファイルが一つ。書類作成機能で纏められた内容は一見整合性がなかった。
各コロニーに影響のない数カ所の戦闘宙域について。主な補給先。モビルスーツを回収しやすい艦の待機位置。新生ネオ・ジオン軍にあるテレビ中継を放送できる機材のこと。薔薇の本数の意味。1本、2本、3本……101本、108本………
ブライトは深く息を吐いた。
「似たようなことを考えるもんだな…」
「ブライト、何かわかったのか?」
横から覗き込んでいたアムロが問いかける。ブライトは死んだ魚みたいな目をしたまま彼を見た。
アムロはなんだかんだとここまで一緒に戦って来た戦友である。一年戦争時代も、ロンド・ベルに再編されてからも、戦場に彼がいると安心できた。ブライトにとって、アムロはいつも此処一番を任せられる男だったのだ。
だから、送り出さなければならない。今がまさに『此処一番』である。
「ああ。シャアと結婚してくれ、アムロ」
娘を嫁に出す気持ちってこんな感じなのか……とチェーミンを思い出しつつ、ブライトは神妙な顔で言い放った。正確には娘ではなく息子……でもないのだが、すっかり考えることに疲れた彼にはどちらでも良いことであった。
「……はあ?」
アムロはぽかんと間抜けに口を開けている。ブライトはそっと視線を逸らした。
仕方がない。このまま開戦しそうな空気を回避するには、平和のためには――すべて馬鹿馬鹿しい話にしなくてはならない。そして、そもそもはじめに「これは宣戦布告風プロポーズです」と勝手に断言したのはブライトなのであった。
この後、薔薇108本を持たされてシャアに逆プロポーズをかます任務を与えられるなど、アムロは知る由もない。
本当の茶番にするために、地球圏にその様子が放映されることも。
「……以上、現地からのリポートでした。なお、すでに婚姻届は受け取っていますので、問題なくお二人は結婚されます。世間をお騒がせして申し訳ありませんでした。こんなお茶目で騒々しい平和がいつまでも続くよう願うばかりです――――」
ぶん投げられた薔薇の花束と舞い散る花弁。
結婚するかしないかで騒ぐ男女を背景に、少しばかり引き攣った笑みを浮かべたナナイがテレビカメラに残したコメントが、全てを物語っていた。
この後、シャアはうっかり開戦してしまうところだった責任をとり、無事に男に戻ったアムロと結婚することになる。幸せそうに微笑む男と疲れ切った目をした男が並ぶウェディングフォトは、平和と茶番の象徴として、永く宇宙世紀の人々の記憶の中に残ったと言う。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.