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みすず
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創作
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ミロキサ
人間関係。
「お、ああ」
間抜けな声を上げてキサラギは宙を舞った。
上下逆さまになった視界にはキサラギを投げ飛ばした姿勢のまま目を丸くするミロがいて、キサラギが地面へ辛うじて受け身をとって転がるなり駆け寄ってくる。
「大丈夫かっ」
「問題ねえよ。訓練なんだからそんな心配すんな」
キサラギは眉を寄せるミロへ軽薄に手を振り、立ち上がると砂埃を叩いた。
「見事に決められたわな。そろそろ俺じゃ相手にならなくなりそうだ」
笑いながら言えばミロはやや不満そうな顔をするのだから、キサラギはおかしい。
訓練場へ来ていたキサラギとミロは、場に相応しく戦闘訓練を行なっていた。
ミロの素早く重たい拳を流すのは少しずつ難しくなっており、今日はそこへミロには珍しい投げ技が組み込まれたのでキサラギは曇り空を見上げたというわけだ。
基本的に侵略者は大型なものが多く、人間相手にするような投げ技は通用しない。かといって完全に不要なものかというとそんなことはなく、大きなひと塊りだと思われた侵略者が小さく分裂することもあり、群がってくるそれらを投げ散らして遠距離武器を持つバディが撃ち抜くなどの戦法も取られるのだ。
それにしても打撃を主とするミロにしては珍しい手に出たことに変わりはない。
(それだけ俺との訓練に慣れたのかもな)
単純に人型との訓練に慣れたのもあるだろうが、長く稼働しているキサラギの動きには相応に癖というものがある。ふたりでの訓練を続けるうちにミロはその癖を見抜き、今回のように隙を突いたのだろう。彼は優れた兵士だ。予想済みとはいえ想像していたよりも早い成長にキサラギはさてどうするかと考える。
「キサラギ? どうした、怪我をしたのか?」
人間のように顎を撫でて考えるキサラギへ心配そうな表情を浮かべたミロに、キサラギはふは、と空気を吐き出しながら笑って首を振る。
「いいや? ただ、そろそろ俺じゃ相手にならなくなってきたと思っただけだ」
途端、ミロが顔をむ、とさせる。彼も随分と表情が豊かになったものである。思えば、訳が分からないと困惑することも減ったのではないだろうか。いいことだ。
「
……
いまも他の相手と訓練することはある」
「そうだな。ああ、俺がいらねえとかそういう話じゃねえよ?」
「だったらなんだ」
喜ばしいことに自分と行動を共にする時間が減ることが嫌なのだろうミロにからりと言えば、彼ば少しほっとしたように眉間の皺を緩めるのでキサラギは僅かに口角を上げた。
「他の相手との訓練経験を増やそうってことだよ。俺にだけ通用するようになっても仕方ないだろ?」
「
……
その間、キサラギはどうするんだ」
「応援してる」
「おい」
「嘘うそ、冗談だよ」
「お前はどうしてすぐに嘘を吐くんだ
……
」
「可愛い坊やを揶揄うことが生き甲斐なんだ」
ぺらぺらとお喋りなヒューマノイドにせっかく緩んだミロの眉間の皺が復活してしまうが、キサラギはからりと笑うだけだ。このお喋りはミロの情緒を育む一環となっているのだ。嘘ではなかった。
「バディとしての訓練時間を増やそう。対俺じゃなくて、俺と協力しての戦闘訓練だよ」
「それなら
……
分かった」
やる気を見せたミロに頷き、今日はひとまずここまでにしようとキサラギは彼の背中を軽く叩いて訓練場を後にする。
さて、バディとしての訓練となれば当然相手を別に用意しなくてはならない。上から課せられた訓練であれば相手に困るなどという事態は起きないが、個人訓練の範囲となれば自分から相手を見繕わなければならない。バディを組んでの訓練ともなれば相手も二人以上が求められる。二対一の訓練など身にならないなどとはいわないが、侵略者を相手にするのを考えれば勿体ない時間の使い方になるだろう。
「坊や、当てはあるかい?」
「
…………
最近、話すようになったやつらなら」
「おお、お前の友達か」
「友達かは分からないが」
「お前がよく話すようになったなら友達でいいだろ」
気に入らないとなれば無礼な態度で突き放すこともあるミロをキサラギは何度か見てきている。ミロに悪気がないのは分かっているのだが、世間様がそれでご容赦くださるかは別の話だ。
先を促して聞いてみれば、ミロの「お友達」とは先輩兵士とそのバディであるヒューマノイドのことであった。
ミロ然り、ヒューマノイドとバディを組んでいる兵士は然程珍しくはない。キサラギはこんな言葉を使いたくないが、侵略者との戦いにおいて兵士はどうしても消耗される。試験管の中で生み出せるようになった命とはいえ、兵士の育成には相応の時間がかかるのだ。ヒューマノイドであれば最初から成人した体と戦闘情報を積み込むことができるが、代わりにヒューマノイドは人間と違って「成長」しない。人間が積み上げた経験を情報として変換し、組み込まれてようやくヒューマノイドの性能になるので、人間がいなければヒューマノイドの能力が向上することはないのだ。また、火事場の馬鹿力という元々の能力の上限を超えた力を束の間にも発揮することはできない。ヒューマノイドは人間がいなければ戦えない。よって人間とヒューマノイドをバディとして組ませるのだ。
(ミロが話せるヒューマノイドっていうなら随分と人間味があるんだろうなあ)
ミロからこんな話をした、と聞くことはあるのだが、キサラギはまだその二人に会ったことがない。どうにも機会を外してしまったり間が悪くすれ違っていたのだ。
キサラギが思い出すのはキサラギのように「お喋り」ではないヒューマノイドとミロが一時的にバディを組んだときのこと。とにかく「やり難い」とミロはそれはもう不満を漏らしていた。動きが違うのは当たり前だが、ヒューマノイドらしい無機質さのあったらしい相手とは会話も碌に噛み合わなかったようだ。
「キサラギと話すほうが楽しい」
そんなことを呟いたミロも一緒に思い出し、キサラギは片手で隠した口元の下、笑みを浮かべてしまう。そのヒューマノイドはよりにもよってキサラギシリーズだったのだ。
「
……
よし、当てがあるなら早速お願いしに行こうじゃねえか。なあに、可愛い後輩の頼みを無碍にする先輩方じゃねえだろう」
「そういうものか?」
「ミロはどう思うよ。断られると思うか?」
視線を斜め上に向け、ミロはぎこちなく「大丈夫だと、思う」と頷いた。
「予定があれば無理かもしれないが
……
嫌がるということは多分ない」
「お前がそこまで言える相手がいて俺は嬉しいよ」
大袈裟な勢いでミロと肩を組み、キサラギはその先輩方とどんな話をしたのかとミロに問う。純粋に気になるのもあったが、悪いことを教えられていないかという心配もあった。なんといっても軍というのは乱暴な奴らが少なくないのだ。
ミロはライターに彫られた女神になんと名前をつけるかだとか、どこそこのシャワー室が壊れているだとかという他愛ない話をされたとぽつぽつ話しつつ、不意に大人びた表情になる。
「
……
あとは
……
まあ、似たような話だ」
「お、なんだよ。気になるじゃねえか」
「ふ。内緒だ」
あのミロが内緒ですって!
微かに笑って首を振るミロにキサラギは内心で拍手をしてしまう。同時に先輩方へ微かな嫉妬も芽生えたが、ミロの情緒の発達を前には嬉しいばかりだ。情緒の発達は生への執着に繋がる。ミロがこれからも生きていくために、未来で生きるために絶対必要なものだ。これを育むものをキサラギが歓迎しないわけがない。
「俺も仲良くなれそうか?」
訊いたキサラギに黙り込むミロ。ミロが意見を控えるほど相性が悪いのかしらと思ったが、彼は僅かに口をへの字にしている。これはなにか不満があるようだとミロの頬へ手をあてて名前を呼べば、渋々とした様子を隠さずに彼は口を開く。
「
……
キサラギは仲が良くなりすぎるだろ」
キサラギの手をどかさないままミロが横を向く。
「
……
ばかだなあ。お前を置いてけぼりになんざしねえよ」
幼い顔で「ほんとうか?」と見つめてくるミロの頭をわしゃわしゃと撫でてキサラギは大きく頷く。
まだ。まだ、ミロはキサラギに友達を取られることよりも、友達にキサラギを取られることのほうを嫌がるだろう。
それはキサラギにとってとても嬉しいことだけれど、ミロがいつか両方ともを欲しがるようになればいいとも思う。人間の心は複雑だ。相反するものを同時に求めることは珍しくない。その複雑さが、ミロに備わればいい。
「よし、まずは先輩方を探そうぜ」
「多分、今頃ならあっちにいる」
「了解。案内してくれよ」
ミロがキサラギの手首を掴んで前を歩き始める。
その背中を見つめ、キサラギは少しだけ、ほんの少しだけ遅い歩調でミロの後ろを歩いた。
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