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むかいえ
2025-09-24 15:23:15
8079文字
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シャアム
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おやすみのキスの先
afterCCAシャアム。過去はorigin参考。
WBで聞いたセイラさんの子守唄を覚えていたアムロの話。
「
――――
、
――――
」
その歌を聞いたのは偶然だった。
ふと囁きのような音が聞こえ、気になって歩き回ったホワイトベースの艦内。辿り着いたとある一室で、保護された多くの避難民の中でもアムロやフラウたちに懐いてくれていたカツ、レツ、キッカの3人組が、ひとつのベッドの上に並んでうたた寝している。彼らのそばには金髪の女性が座っていた。同じく避難民でありながら、今では艦の通信士として尽力しているセイラ・マスである。
音の出所はセイラであった。彼女は小さな声で歌を口ずさんでいる。赤ん坊の頭を優しく撫でるような、やわらかな声だ。普段の凛としたセイラの姿しか知らなかったアムロは、こんなにも優しい声が出せるのかと驚く。
ゆったりとした音程から察するに子守唄の類だろう。アムロの知る言語ではない。言葉の意味はわからなかった。
いつも3人の面倒を見ているフラウはいない。少し前に見かけた幼馴染はなんだか疲れた顔をしていたから、もしかしたらセイラが子守を交代を申し出たのかもしれない。何かと目端が効いて気遣いの出来る女性なのだ。そんなセイラも日頃の疲れがあるのか、どこかぼんやりとした表情をしていて、部屋をこっそり覗き込んでいるアムロの気配にも気付いていないようだった。
「
――――
、」
歌は続いている。知らない子守唄。けれども、どこか懐かしくて切ない。もう少し聞いていたくて、扉の外の壁に寄りかかり、アムロは目を閉じて聞き入った。
以来、時々仕事の隙を縫ってはセイラがフラウと子守を交代しているのを見ると、アムロはこっそり覗きに行くようになった。理由は自分でもよくわからない。
避難民キャンプで決別することになった母を思い出す。母の子守唄は、残念ながらアムロの記憶の中にはなかった。故に、彼女の歌に母性を見出してしまったのかもしれない。
セイラも毎回子守唄を歌っているわけではない。思い出したように口ずさんでいるのも、恐らく無意識だろう。戦争は激化する一方で、クルーたちの余裕も徐々に削られていく。結局、アムロが彼女の子守唄を聞いたのも数回だけだった。
***
第二次ネオ・ジオン抗争の折、シャアとアムロは激突し戦い、最終的に地球へと降り立つことになった。より正確に表すならνガンダムごと墜落し、どんな奇跡が起きたのか大した怪我もなく、二人はなんやかんやあって、とある街にひっそりと住み着いている。
一年戦争後の修羅場を経験しているアムロは、地球連邦軍に所属してはいるものの帰属意識は低く、ブライト・ノアを含む一部上官以外、信頼も特にない。その為、いざとなれば身を隠せるように、地球に別名義の身分証やセーフハウスなどを手配していたのである。
摩擦熱で四肢がすっかり焼け落ちたνガンダムは、時間はかかったものの分解して、アングラなジャンク屋などへ売却し処分する。自ら開発した機体をさらに壊すことは心が痛んだけれど、身を隠すと決めた以上は残しておけない。
――――
そう決めた理由が、共に生き残ったシャアの存在だった。当初はもちろん、殺そうとした。しかしこじ開けたイジェクション・ポッドの中、茫洋とした様子の男の姿に、アムロはどうしても引き金を引けなかった。あの宇宙で通信越しに感じた激情を忘れ去ったように、シャアは腑抜けていたのである。
さりとて、野放しにも出来ない。それほどの大罪を犯した男であり、例え彼にもうその意欲がなくても、神輿として担ぎ上げられたらまた戦争の火種になる血筋でもある。
様々な可能性を即座に考えたアムロは、厄介な奴だと舌打ちしながら、自らと共にシャアを隠した。殺してしまえば諸々の問題が片付くのに、アムロは結局、できなかったのだ。
苦渋の決断の末である。彼を見張るという名目で、アムロは連邦軍との繋がりすら断ち切った。信頼するブライトやラー・カイラムのクルーたちにも連絡を取らなかった。あまりに無責任で信義に背く行為に、思うところもあるけれど、それがアムロの選択だった。
抗争後のごたごたが落ち着いてから、連邦政府が発表した内容では、キャスバル・ダイクンとアムロ・レイは生死不明とされているらしい。
そうして、二人は共に暮らしている。
移民たちが集まり形成された、文化も人種も雑多に入り混じる街の端。栄えもしなければ寂れすぎてもいない、程よく人がいて、いつの間にか見知らぬ人間が住み着いても大して気にも留められない。そんな地球の片隅にそっと紛れ込んでいた。
今はそこで萬屋のような修理屋のような仕事を請け負って細々と生活している。年季の入った、納屋付きの小さな一軒家だった。
修理依頼の方が一段楽して趣味の機械弄りをしていたアムロは、ふんふんと機嫌良く鼻唄を歌っていた。造っているのはハロだ。かつてフラウやハサウェイにプレゼントしたものより一回り小さい。アムロにとって思い入れのあるものの為、徐々に丸っこく懐かしい見た目に近付くにつれて、つい嬉しくなってしまう。
そんな上機嫌なアムロだったが、不意に、ごとん! と重たいものが落ちる音がして、大きく肩が跳ねた。
パッと顔を上げて振り返る。作業部屋として使っている納屋の戸は基本的に開けっ放しだ。入り口から見える庭、快晴の空。それらを塞ぐように男が立っている。シャアだ。彼の足元に転がる工具から、先ほどの音はそれを落とした際のもので、納屋に纏めてある工具箱へ片付けに来たのだろうと推測できた。
「シャア? どうしたんだ」
逆光により彼の表情は判然としない。微かに感じる思惟は、困惑のようだ。アムロは手元の機械を置いて立ち上がった。
地球に降り立った当初はすっかり腑抜けていたシャアだったが、それは感情的な面だけの話である。穏やかになった、と言うべきか。燃え尽き症候群に近いのかもしれない。
アムロの隠蔽工作に口を出すこともなく、二人暮らしの提案にも粛々と従う。周到な男だから独自の情報網やネットワークを持っているだろうに、ネオ・ジオン軍へ連絡を取る言動も、宇宙へ戻ろうとする様子もない。ただ淡々と日々を過ごしている。
かと言って人形のようにぼんやりしているわけでもない。アムロが修理屋を営むようになった頃、どこからか仕事を請け負って、今では市場のマーケティング業などをしているようだ。家でもなにくれとなくアムロの世話をやく。元来、自分の生活に関しては物臭でずぼらなアムロであるので、二人暮らしをしているうちにそんな彼の有り様に我慢ならなくなったのか、細々としたことへの口出しも多い。そこから些細な口喧嘩に繋がることもある。
けれども、二人はこれまでを思えば不思議なほど噛み合って生活していた。あの光の中で、お互いの腹の底を見てしまったからだろうか。今更相手に失望することもない。すでに充分失望した後だからだ。何事も、底まで落ちてしまえば後は昇るしかないのである。
光の中で何かしらの繋がりが出来たのか、これまで以上にアムロはシャアの思惟を感じやすい。恐らくシャアも同様だろう。そんなシャアから発せられる困惑は、二人での生活も安定したここ最近ではほとんど感じることのない感情だった。
「シャア?」
近寄って声をかけてみる。影になって見えなかったシャアの顔が見えた。隙だらけに呆けた表情だ。目が合う。
「
…
アムロ」
「なに」
「その歌は
……
」
「歌?」
青い瞳がゆらめいている。予想もしていなかった言葉にアムロは首を傾げた。歌。はて、何の話か?
「鼻唄を歌っていただろう、今
…
」
「はな
……
え、そうなのか。うわ
…
忘れてくれ
…
」
アムロは恥ずかしげに自身の口元を摩った。鼻唄は無意識だ。人に聞かせるようなものでもない。羞恥心から、ほのかに耳に熱が集まる。
「忘れられるはずがない」
些細な雑談で終わるはずだった話は、アムロの言葉に被せるような語調の強いシャアの声で変わった。
「その歌は、母の、」
伸びてきた腕がアムロの上腕を掴む。遠慮のない男の力に僅かな痛みを感じる。突然のことに怒りの声でも上げようとしたアムロは、しかしシャアの顔を見て固まってしまった。中途半端に開かれた口から言葉になり損ねた吐息が間抜けに通り抜ける。
シャアは俯き、薄金色の髪がその顔に影を作っていた。しかしアムロよりも身長が高いものだから、隠れていてもよく見える。目頭に力を入れていて、眉が下がり、口はへの字。泣くのを我慢しているような、なんとか表情を取り繕って失敗したような。そんな、アムロの見たことのない顔だった。
シャアの頭が動く。こうべ垂れた状態のまま額をアムロの肩へと押し付けた。腕を掴む力は少しも緩まない。
「
――
お母様の
…
歌だ
……
」
掠れて、絞り出すような声だった。
腰に響く男の声。だがアムロには、まだ声変わりもしていない少年のような声にも聞こえる。シャアから流れ込む思惟は、まさにそのような純真さを孕んでいた。困惑、懐旧、哀愁。ぐるぐるとかき混ぜられた感情だ。
シャアは縋っている。母を求める迷子のように。本当の温もりが永遠に喪われていることを知りながら。アムロの鼻唄で、懐かしくも悲しい、母の記憶を思い出してしまったから。
嫌でもわかってしまったアムロは、肩口にシャアの吐息を感じながら立ち尽くすしかなかった。
「
………
どこで、その歌を?」
数分経ち、落ち着いたのか、アムロを掴む男の手のひらから力が抜ける。ゆっくりと頭を上げたシャアは、いつもの感情を読ませない透徹とした表情に戻っていた。シャアの急な変化に、知らず知らずのうちに戸惑っていたアムロは胸を撫で下ろす。
「鼻唄のことか?
…
無意識だったんだ。どの歌のことかわからない」
そしてシャアの問いに暫し悩み、そう答えた。
アムロは特別音楽に親しんでいるわけでもない。街中やラジオなどで流れた曲が耳に残っていれば、それが鼻唄になっていたのかもしれなかった。それもタイトルすら知らぬ曲ばかりだ。
シャアは彼の返答に少し眉根を寄せ、一拍おいて口を開く。
「
…
――――
、」
「あ
…
」
放たれた一節。それを、アムロは知っていた。言葉の意味は知らない。スペルもわからない。果たして発音が合っているかも定かではないけれど。
ホワイトベースでセイラが歌っていた子守唄。ほんの数回聞いただけなのに不思議と耳に残り、何年も経った今でもまだ記憶に刻みついている、その歌の一節だ。
「セイラさんの子守唄
…
」
「!」
シャアの目が驚きに丸くなる。セイラ・マス
――
本名をアルテイシア・ソム・ダイクン。シャア・アズナブルことキャスバル・レム・ダイクンの妹である。それぞれが敵対する組織に所属し、結局最後まで、二人の道が交わることはなかった。それでもシャアにとって妹は唯一残された肉親であり、その心の一角に根を下ろす特別な存在でもあった。
「そうか、アルテイシアが
…
あの子はよく、聞かされていただろうからな
…
」
「有名な歌なのか?」
「いいや。
……
私たちの母が、作った歌だ。伴奏も何もない、本当にただの子守唄だった」
シャアの手のひらが、ついにアムロから離れる。ここを区切りに話を打ち切ることも出来ただろう。目の前の男の心裡は懐かしさに揺らいでいるけれど、恐らく一時的なものでしかない。アムロの鼻唄をきっかけに、秘められていた心の内側が僅かばかり曝け出されただけだ。そしてまた、時間と共に奥底に埋めて抱え込む。
大切な思い出を守るボーダーライン。アムロはちらりと造りかけのハロを見た。趣味の時間も、思い入れのあるロボットの作成も、今、目の前の男の内面に触れる機会に比べれば、名残惜しさも何もない。さっぱり振り切って、今度は彼からシャアの腕を掴んだ。ラインを飛び越える。
「シャア。聞かせて、あなたのこと」
――――
『誰もがわたしの前からいなくなったとしても、わたしはあなたを忘れない。あなたはずっと、わたしの心の中にいる』。
そう綴る、子守唄だった。恋人に捧げる言葉にも、親が子に贈る言葉にもなる。子守唄にするには少し情熱的かもしれない。ありがちな、故にこそ美しい、アムロが意味も知らずに歌っていた愛の歌。
「この歌をもう一度聞くことになるとは思わなかった」
納屋から場所を移し、二人は家内のリビングにいた。L字型のカウチソファに腰を落ち着かせる。ローテーブルの上にはそれぞれのコーヒーが湯気を立ち上らせていた。アムロから見て斜向かいに座る金髪の男が、遠い夢を見るように過去を語っていく。
「母は聡明で、芯の強い人だった。元々、歌を生業にしていたらしい。父と結ばれてから表立って歌うことはなかったようだが。私やアルテイシアには、時々歌ってくれていた。その一つが、子守唄だ」
私の幼少期のことは歴史から察するところはあると思うが、とシャアが続ける。
「
……
混迷するサイド3から、母は私たちを逃した。数年経って、当時の保護者越しに訃報が届いた。身を隠すしかなかった私たちは、母の最期に立ち会うこともなく、その紙切れ一枚で終わってしまった。墓に名前を刻むこともしてやれなかった
…
」
アムロは口を挟まずにいた。訥々と話しながら、シャアは自身の感情の整理をつけているようでもある。
「ほんの短い間でも、母のことはよく覚えている。その子守唄は私の中で、穏やかだった時代の象徴のようなものだ。母が作った歌だから、アルテイシアと私の記憶以外に媒体もない。
…
もう二度と聞こえない歌だと思っていたから、君が歌っていて驚いたんだ」
「俺だって、セイラさんが歌っているのを数回聞いたくらいだよ。言葉の意味も知らなかったし。発音もちゃんと合ってたのか?」
「
…
ああ、合っていたよ。
…
そうだな。他ならぬ君が歌ったから、というのも、あったのだろうな
…
」
――――
『誰もがわたしの前からいなくなったとしても、わたしはあなたを忘れない。あなたはずっと、わたしの心の中にいる』。
「まるで
…
」
言葉は続かない。けれど、声にならない思惟の方は雄弁だ。アムロとて、子守唄の翻訳を聞いて思ったことだ。
まるで、全てを捨て去って二人きりになった今のことを、歌っているようだと。
***
アムロが用意していたセーフハウスには寝室が二つある。所謂2LDKの間取りだ。当然、シャアと二人暮らしをするなど想像だにしていないので、今の状況は全くの偶然なのだが。
二人はそれぞれの部屋を割り当て、プライベート空間を確保している。決して無関心ではないものの、互いに踏み込まない、不可侵の領域としていた。
「共に寝たいのだが」
「はあ!?」
まさかそれを易々と越えてくるとは思うまい。
夜分、身も清めてベッドに転がり、そろそろ電灯を消して寝ようと思っていたアムロの部屋に、シャアは突然やって来た。アムロより余程早く自室に篭っていた彼は既に入眠したものと思っていたのだが、ぱっちりと冴えた眼差しに否定される。
アムロは今までにないシャアの様子に戸惑う。誰にだって眠れない日はあるものだが、それがどうして共寝という発想に至るのか。
「あの子守唄を思い出したからか、上手く寝付けない」
「ああ、そう
…
」
「だからアムロに歌ってもらいたい」
「なんでそうなる」
さらには、言うに事欠いて「責任を取れ」と続ける。それは隕石落としを含めればまるっとこっちの台詞なんだが!? アムロは深くため息を吐いた。
何だかんだと二人暮らしをしていると、互いの性格や対応方法も学んでいくものだ。こうなったシャアは譲らないだろう。諦観しつつ、アムロは「あなたの部屋でならいいよ」と折衷案を提示した。
――
そうして、シャアの部屋である。物をごちゃごちゃと適当に置いている雑然としたアムロの自室と異なり、片付けられたシャアの部屋はすっきりしている。殺風景と言ってもいい。
無意識の鼻唄はともかく、人前で歌を歌うなど羞恥で死んでしまいそうなので、アムロは作りかけのハロの部品を数個持ち込んで、ベッドの近くの床に座って作業を始めた。『聞くなら勝手に聞け』スタイルである。
シーツに包まるシャアに背を向け、作業をしつつ、少し意識して歌を口ずさむ。
…
『誰もがわたしの前からいなくなったとしても、わたしはあなたを忘れない。あなたはずっと、わたしの心の中にいる』
…
意味を知れば、ただの子守唄なのにこそばゆく思う。
「
……
アムロ」
徐々に羞恥よりも目の前の作業に集中し始めた頃、背後からシャアに名を呼ばれた。日中の明朗な声ではなく、ゆったりと重たい、眠気を孕んだ声だ。
「おやすみのキスをしてくれ
…
」
「何言ってんだ貴様」
思わず真顔で振り返ってしまう。寝言かとひっそり期待したが、視線が合ったので一応正気らしい。
「
…
子供返りでもしたのか?」
アムロも立派な男であるので、同じく立派な男に甘えられるのは、少しばかり気持ち悪い。そういうのは女にやれと思う。
しかし過酷な子供時代を過ごしてきた過去を知ってしまうと、無碍にするのも哀れな気がした。
「はぁ
…
」
アムロは作業を止め、ベッドに腰をかけた。挨拶のキスは文化的に存在する。親愛を表す行為で、男同士でもするものだ。シャアに対してしようと思ったことはなかったが。
さっさと終わらせて退散しよう。そう考えながら渋々と身を屈め、唇を寄せる。指先で額にかかる金髪をちょいと避けると、他ならぬアムロが残した傷痕が目に入る。
――――
そこでほんの少し、いたずら心が湧いた。男の我儘に付き合わされた腹いせのようなものだ。
アムロは敢えて、その傷痕へと口付けを落とす。その気になれば消すことだって出来る傷痕を、忘れるなと言わんばかりにいつまでも残す、酔狂で面倒臭い男への意趣返し。
ちゅ、とささやかなリップ音が鳴った。ぴくりとシャアの体が揺れる。
これで満足だろう、と身を起こし離れる
……
と同時に、後頭部を掴まれて引き寄せられた。
「んむ
…
!?」
湿った感触が唇に触れる。睫毛が触れ合いそうな至近距離でうっそりと細められた青い瞳。近過ぎる! 後退しようとしたアムロの体は、しかしシャアががっちりと掴んで思うように動けない。
「ぅひっ!」
想定外の唇へのキスだけでも混乱していたアムロは、さらに男の舌にべろり舐められて悲鳴を上げる。ぬるりとした熱い他人の粘膜が肌を伝い、背筋にぞわぞわと言い知れぬ感覚が走った。
「やはり、懐かしさの中で眠りたい気持ちもある
……
が、」
ぐっと体を押され、視界が移ろう。アムロはベッドに腰掛ける形で、横たわったシャアを見下ろしていた。しかしあっという間に上体を引き倒されて、今や天井を背景にした彼を見上げる体勢になっていた。
「今は、アムロ。君の声を聞いていたい。君を目の前にしてただ眠るのも、惜しいと思ってね」
先程までの眠気など嘘のように消え、ほんのりと情欲を滲ませる青い瞳と視線が交わる。
一般的な異性愛者として女としか交際したことのないアムロは、男と唇を合わせた事実に衝撃を受けていた。しかも、よりにもよって因縁の相手とも言えるシャアである。『そんな目』で見たこともない男が、アムロを『そんな目』で見下ろしている。
………
だがショックに呆然とするよりも、ことシャアに対しては殺意と結びついて血気盛んなアムロである。
子守唄を強請り、おやすみのキスを求め
――
まるで幼子のような甘え方をしておいて、この男!
羞恥、屈辱、憤り。アムロは湧き上がる感情のまま叫ぶ。
「シャア!」
今となってはたったひとり。アムロのあらゆる負の感情の終着点である名前だ。続く言葉は、予定調和の如く男の唇に呑み込まれた。
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