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2025-08-23 23:07:36
3658文字
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燭鶴「〇〇不足」

燭鶴版深夜の創作60分一本勝負 お題「だれる」
〇〇が不足してだれている鶴さんと、甲斐性のある男になりたい光忠くんの話です。

 本日非番だった光忠は、いろいろな頼まれごとのあれこれを一日中やっていた。それらを終え、達成感を覚えながら夜に部屋に戻ると、同室の鶴丸が部屋の真ん中で伸びている。

 今日は夜になっても昼間と同じくらい暑いから、体温が低くて暑さに弱い鶴丸はだれてしまっているのだろう。
 そう思いながら光忠は鶴丸に近づいて、そばに膝をついた。

「鶴さん、大丈夫?暑いね」
「うー、……――不足、だ、」

 うつ伏せに伸びた状態のまま少し頭を持ち上げた鶴丸は、気怠そうな声でそう言う。少し掠れた声だったので何が不足なのか、はっきりと聞き取ることができなかった。
 が、光忠は察しのいい男だ。この状況、暑い、ぐったりしている鶴丸、そこから導かれるのは、ずばり、水分不足に違いない。

「うん、鶴さん、水分は大事だね!ちょっと待ってて、冷たいお茶持ってくるからね」

 光忠は部屋に戻ってきたばかりだったが、また慌ただしく部屋を出た。背後で鶴丸が何やら言いたげな顔をしていたようだったが、まぁ、とにかく、水分補給は迅速に、だ。

 ちょうど出来上がったばかりの新鮮な氷が厨にたくさんあったので、光忠は大きめのグラスにたくさんの氷を入れて麦茶を持って戻った。

「鶴さん、お茶持ってきたよ。飲める?」
 鶴丸はうつ伏せにだれた状態から少し身体を起こしたものの、こちらを見上げてなんだかぼけっとしている。
 なるほど、暑さで頭が働かないんだ。
 光忠はそう考えて、ならば飲ませてあげなければ、と考えた。こういう可能性も考慮してストローも持ってきている。光忠はストローをグラスに差して鶴丸の口元に持っていった。
 鶴丸は口元に運ばれたストロー入りのグラスを見、光忠を見、再びグラスを見て、大人しく飲みはじめた。ストローを咥える口元が、少しとがっていてかわいい。

「少しは暑いのましになったかな?」
 鶴丸が飲みおわるのを見て光忠が尋ねると、鶴丸はこちらを見上げて口をへの字にしている。
「いや、……まだ足りない」

 少しむくれた様子で彼がそう言うものだから、なるほどまだ暑いのか、と光忠は理解した。ならば、と考えると立ち上がって、光忠は今度は部屋の隅に置いてあった扇風機を運んできた。鶴丸のそばに置いて、風量を上げる。
 風が当たるのは鶴丸にとって悪くないものだったようで、うつ伏せの状態から彼は横向きに転がって風を浴びはじめた。
 汗で額に貼りついている鶴丸の前髪を整えてやると、彼の毛先は風でふわふわと揺れた。扇風機のそばにあった団扇も持ってきていたので、ついでに光忠も手ずから鶴丸を扇いでやる。

「どう?少し涼しくなってきたかな?これでもまだ暑かったら、ちょっと熱中症気味かもしれないね……。氷枕とか経口補水液とか持ってくるよ。鶴さん、どんな感じ?」
「あー、いや、……まだ足りん、……
「うん、やっぱり喉が渇いてる感じかな?」
「いや、違う……、水分じゃない、…………、きみ、きみだ。きみが足りないんだよ!光坊」

 急にがばっと起き上がって、鶴丸は光忠を指差した。突然指名されたので、光忠はきょとんとしてしまう。

「えっ……、僕?」
「そう!きみだ!せっかく互いの非番が被っているというのに、きみってやつはいろんなやつの頼みを気軽に引き受けて、丸一日部屋にちっとも帰ってこないじゃないか。俺は今日!光坊といちゃいちゃできると思ってここ数日の主の無謀な過密過ぎる出陣をやりきったんだぞ!?」
 鶴丸は大袈裟な身振りで腕を組み、不服そうな目で光忠を見た。つまり、である。鶴丸に不足していたのは、水分でも涼しさでもなく、光忠だったのだ。

「わっ、えっ?!そうだったの?ごめんね、非番が被ってたのは分かってたんだけど、鶴さんは特に何も言ってなかったから、二人で何かする予定とかはないかなって……、思ってて……。それでいろんなことを片付けちゃってた」
「あのな、二人の非番が被ってたら、それは常にいちゃいちゃするっていう予定があるんだ。恋人だからな」

 鶴丸がもっともらしい顔で言うので、そうかもしれない、と光忠も素直に納得してしまった。だいたい、非番が被ってることが分かった時点で、何かしたい?とか訊いてみたりするのが甲斐性ってものだろう。
 さっきまでだれている恋人のお世話をしたつもりになって、甲斐性のある男の顔をしていたが、全然である。

「いや、もう、鶴さんの言うことはもっともだよ。ごめん!今から挽回したいけど、挽回させてもらえるかな?」
「もちろん、俺としては挽回してもらうぜ。光坊のその、身体でな」
……身体、で?」
 腰を下ろしている光忠の頭のてっぺんから足元まで、舌なめずりするような視線を投げかけながら鶴丸がそんなことを言うものだから、光忠は捕食される覚悟をした。

「まず一つ、きみは俺に膝枕を差し出すこと」
 人差し指を立てながら、鶴丸は真面目な顔でそう告げた。光忠は要求されるだろうと想定していたものよりもまろやかな要求だったので、拍子抜けしてしまった。
「えっと……、うん。じゃあ、どうぞ、鶴さん」
 光忠が膝を叩いて鶴丸を招いたら、彼はそそくさとそばに近づいてきて、光忠の脚の上に頭を乗せた。しっくりくる体勢を見つけるかのようにしばらくもぞもぞと動いていたが、安定したようで少し満足げにしている。

「で、きみは、俺を団扇で扇ぐ」
「この状態の鶴さんを、ってことだよね?」
「そうだ」
 なるほど、これもまたお安い御用である。光忠は持ったままだった団扇で、膝枕に横になっている鶴丸に向かって風を送った。扇風機ほどの風量はないが、優しい風が彼の髪を揺らす。

「そして、きみは適宜、俺の頭を撫でる。団扇は止めるなよ」
「うん、なるほど」
 これまた可愛らしい要望を受けて、光忠は団扇を持っていないほうの手で何度か鶴丸の頭を撫でた。
 だれていた理由は光忠の不足だったようだが、そもそも暑いのは暑いらしく、触ると彼の頭には熱がこもっている。少し髪をかきあげるようにして風を送ってやった。
 ときどき気まぐれに指先で頬を撫でたり、耳たぶに触れたりしてみたら、鶴丸は満更でもなさそうだ。

…………よし。これでいい」
 鶴丸はここにきてようやく満足そうな笑みを浮かべた。どうやら光忠は今日の一日をそれなりに挽回して、彼の機嫌を取り戻せたらしい。何よりである。
 ちなみに、光忠はというと、子供のような要望をしてくる鶴丸がかわいくて、これ以上に彼を甘やかしたい気分になっていた。

「鶴さん、これだけでいいの?両手も脚も塞がってるけど、まだ口が使えるから、たくさん『好き』って言うこともできるけど」
「ん、なら、それも頼む」
「うん!もちろんだよ」
 光忠は器用に、鶴丸に団扇で風を送りつつ、彼の頭を撫でつつしながら、彼にたくさんの愛を降らせた。

「好きだよ」
 彼の髪を梳く。
「鶴さんは、かわいい」
 彼の頬を指で優しくつつく。
「鶴さんは、偉い」
 彼の頭を撫でる。
「鶴さんはかっこいい」
 彼の顔に落ちた髪をすくって耳にかける。
「鶴さんは、綺麗」
 彼の無防備な首筋をなぞる。

 好き、大好き、好きだよ、かわいい、と何度も何度も繰り返して光忠は鶴丸に愛を告げた。彼は初めのうちは機嫌良さそうに光忠の言葉を聞いていたが、だんだんと光忠の膝枕の上で顔を隠してしまった。少し見えている耳がほんのり色づいているので、たぶん照れているのだろう。

「どうかな、鶴さん。僕、挽回できた?」
……そう、だな、……及第点としよう」
「えぇ?鶴さんこんなに嬉しそうなのに……、さすがにもうちょっと点数あると思うよ」
 光忠は笑って言ってから、ふと思い立つことがあった。団扇を置いてから鶴丸に覆いかぶさるように身体を寄せて、彼の頬に口づける。

「それとも……、もっと僕の愛で満たしてあげたらいい?」
 少し低めの声でそっと囁いたら、鶴丸は光忠の方に顔を向けて、目を細めた。
「ほう?それは俺を満足させる自信があるってことだな?いいぜ、俺をもっと満たしてくれたら、きみの挽回に満点をやろう」
 ただし、と彼は続ける。
「俺は今日、暑いのと光坊が不足していたのとで、だれてるからな。きみが頑張ってくれよ?」
「もちろんだよ、鶴さんがもうこれ以上は大丈夫ってくらい、いっぱいにしてあげる。不足してたんだから、取り返さなくちゃね」
「ははっ、お手並み拝見」

 身体を起こした鶴丸がしなだれかかるように光忠の両肩に腕を回す。その細い身体を大事に、しかし力強く抱きしめる。
 鶴丸の今日一日が、自分でいっぱいになって終わるように、たくさん愛を注がなければ。
 まず、熱を持って渇いた彼の唇を塞ぐことから。


 そうして口づけから始まり、その夜、光忠は鶴丸に満点をもらって無事甲斐性のある男になった。