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2025-08-14 23:51:47
8878文字
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燭鶴「煙草」

※キャラの喫煙表現があります
煙草を吸う光忠くんと、その煙草をもらいに来た鶴さんが、煙草を共有する話です。
鶴さんのことを好きだな〜と光忠くんが遠くから見つめている、みたいなところから始まります。最終的に両想いになります!

 燭台切光忠は、ときどき、本丸の片隅で一人になって、煙草を吸う。


 あなたはお行儀が良すぎるからたまには行儀のよくないことをしなさい、と、審神者に勧められた喫煙という習慣は、意外と光忠に合っていたらしい。
 それ以来、ふと気が向くと、煙草に火をつけている自分がいた。

 この習慣が、行儀のよくないものかどうかは分からないが、一人になること、本丸の静かな片隅に佇むこと、煙草のやや苦い香り、火のちらつき、欲求のまま振る舞うこと、それらはなんとなく光忠を癒やしてくれるものだった。だから、この行為はこうして日々の中で続いているのだと思う。

 週に数回、本丸の片隅で光忠が喫煙していることは特に誰にも言っていなかった。別に誰かの許可を得る必要はなかったし、本丸の仲間たちは、互いに親しいけれど同時に互いを過度に詮索しないところがあるから(いや、お互いに過干渉気味になっている刀派の兄弟たちもいるが)、光忠のこの秘密の静寂の時間はずっと独りの静寂のままで保たれている。


――っと、ようやく見つけたぜ、ちょいワル伊達男」
 いつものように煙草に使い込んだライターで火をつけて、一息吸い込んだタイミングで背後からそんな声がしたものだから、光忠の肺は煙を上手く処理できずに盛大に噎せた。
――っ、!??鶴さん?どうしたの?」
「おいおい、大丈夫か?どうどう、一旦呼吸を整えたほうがいいぞ」

 振り返った視線の先にいる鶴丸は、こちらに近づきながら他人事のように「まぁまぁ、落ち着け」なんて言っているけど、驚かせたのはそちらである。
 彼は光忠の隣にやってくると、自然な動きで光忠の背をさすった。

「すまんすまん、そんなに驚くとは思わなかったんだ。大丈夫かい?」
「う、ん、まぁ、とりあえずは大丈夫……
「すまんな」
 鶴丸は悪戯を咎められた子供のように反省の入り混じった表情で苦笑して、ややコミカルな動きで胸の前で両手を合わせた。反省しているのかしていないのか、よく分からない態度である。とはいえ、光忠の中に彼を責める気持ちは微塵もなく、あるとすれば、相変わらずかわいい人だな、という感情だけだった。


 鶴丸国永という男は、光忠が密かにずっと思慕している相手だ。別に、特別深い関係になりたいとか、そういう進展を望むような欲求はない、と思う。ただ好きだ。
 一緒に出陣したり、日々の中で会話をしたり、そういうことがあると嬉しい、という相手だ。そういう日常のささやかな接触で光忠は満足している。彼のことを好きだなぁと思って眺めている。美しいものを密かに愛でて、鑑賞している。そんな感じだ。


 まぁ、そういうわけで、そういった好きな人が急に自分のプライベートな時間に現れたら驚くのは(それも大変驚くのは)当然だ。嫌ではないのだ、彼と関わることのできる時間というのは大歓迎だ、ただ、とてもびっくりした。
 光忠は一旦、持っていた煙草をスタンド灰皿に押しつけて、こちらの様子をうかがっている鶴丸に首を振った。

「大丈夫、ちょっとびっくりしただけだからね。鶴さんは悪くないよ」
「そうか、いや、悪かった」
「ううん、気にしないで。それで、どうしたの?何か急ぎの用事?」
「急用ってわけじゃないんだが、その――、なんて言えばいいんだ?知りたいと思ってな」
「知りたい、……?あ、これのこと?鶴さん、煙草に興味あったんだね」
「煙草?あー、まぁ、ま、そうだ。煙草のことさ」

 鶴丸の返答には奇妙な間があったような気がしたけれど、光忠にはそれが何か分からず、気にしないでおくことにした。

「じゃあ、まぁ、そういうことで――、煙草をもらえるかい?光坊」
 鶴丸は少し身をかがめて、下から光忠を上目でうかがって、そうねだった。彼の動きに合わせて白い羽織の鎖装飾が月明かりを反射しながら揺れた。綺麗だな、と光忠はぼんやりと思いながら答える。
「あ、うん。これ軽い――、ニコチンが少ないやつだけど、いい?」

 光忠は箱から一本を取り出して、鶴丸の方へ差し出しながら尋ねた。鶴丸の好奇心旺盛さは少年のようだけれど、実態としては光忠より経験豊かな年上の男性である。だから、自分だって喫煙しているくらいなのだし、この人が煙草を吸っているのは当然のように思われた。それも、自分よりもずっと重い煙草を吸っているような気がしたのだ。光忠の吸っているものでは物足りないかもしれない。

「軽い?軽いとどうなるんだい?俺は煙草を吸ったことがないから、そういうこだわりみたいなのはないぜ」
 鶴丸は差し出された一本を受け取って、口に咥えた。
「光坊が美味そうに吸ってるから、吸ってみたくなったんだ。こいつは甘いのかい?それともコーヒーみたいな感じか?」
「あー……、そういうイメージなら、やめたほうがいいよ、鶴さん」
 光忠はライターを差し出しかけていた手を引っ込めた。
「なんでだ」
「これは別に美味しいものってわけじゃないんだ」
「でも、きみは吸ってるじゃないか」

 鶴丸は咥えていた煙草を一度手に持ち直して、納得がいかなさそうな顔で腕を組んだ。小さな子供が口をへの字にしているように思えてかわいい。

「それはそうだけど……。まぁ、じゃあ……、鶴さんがいいならいいけどね」
 光忠は再びライターを持ち直したので、鶴丸は腕組みを解いて煙草を差し出す。その煙草に火をつけた。月夜に火が揺らめいて、彼の煙草の先端がちらつく。
「おっと、こりゃ主の部屋の匂いだ。そういや煙草を吸うと言っていたか……。しかし、光坊からはこの匂いは全然しないもんだな」
「まぁ、僕は気をつけてるからね、そういうところ」

 確かに主は吸いすぎ……、と苦笑する光忠をよそに、鶴丸はややたどたどしい手つきで煙草を口に運んで、大きく吸った。そして、すぐに咳き込んだ。

「鶴さん!大丈夫、?」
「あぁ、……、大丈、夫、」
 鶴丸は先ほどの光忠よりもひどく噎せて、やや掠れた声で答えた。
「煙草って美味しくないだけじゃなくて身体にもあんまりよくないんだ。僕らはいくら人間より丈夫な肉体とはいえ、ね。……やめておいたほうがよかったでしょ?」
「そうだな、」

 鶴丸はゆっくり呼吸を整えて、落ち着いたようだった。

「光坊の忠告を聞かなかったのはよくなかった。驚いたぜ。味がどうこうの前に、煙で喉が焼かれるな、こりゃ。きみも主も、変わり者だ」
「うん、まぁ、そういうこと」

 光忠は曖昧に笑って肩をすくめると、鶴丸から煙草を取り上げて灰皿に押しつけた。彼から取り上げた煙草のフィルターには、咳き込んだ拍子に噛んだのか、歯痕がついている。それが、なんだか妙に生々しくて、光忠はしばらくじっと見つめてしまった。

 急に、隣にいるこの人が自分と同じ肉体を持つ人なのだということがはっきりと認識される。今まではなんだと思っていたんだろう?かわいい、なんだか、ふわふわしたもの、欲求を向けてはいけないような、そんな存在。鑑賞用の、何か美しいもの。

「いやぁ、すまん。光坊のおひとり時間を邪魔したばかりか、煙草を一本無駄にさせちまった」
 鶴丸の声で、じっと歯痕を見つめていた光忠ははっと我に返った。彼の方に顔を上げて首を振る。
「ううん、大丈夫だよ。それより、気分は悪くない?部屋まで送ろうか?」
「はは、俺のほうこそ大丈夫だ。こっちには構わず、きみはゆっくり吸っていてくれ。俺が邪魔したから、まだ満足に吸えてないだろう?」

 確かに、今夜の光忠はまだ一息しか煙を吸っていなかった。
 しかし、光忠としては、思いがけないタイミングで鶴丸と二人きりでじゃれ合った(たぶんじゃれ合いと言っていいやりとりだったはずだ)ので、それで十分満足していたから気にしていない。好きな人とやりとりをしていられるのは、喫煙と同じかそれ以上に心が安らぐ。

「その――、もし、光坊さえよければ、なんだが。きみが煙草を吸うのに、お付き合いしてもいいかい?もちろん、俺は吸わないが」
……?僕はいいけど、煙草の副流煙って、直接吸うよりも煙たかったりするよ?大丈夫かな」
「風下は避けるから大丈夫だ。なんというか、その――、やっぱり知りたくてな」
「喫煙のこと?鶴さんって好奇心旺盛だよね、素敵だと思うよ。じゃあ、鶴さんはいたいだけここにいてくれて大丈夫。僕はもうしばらくここにいると思うし」

 座る?と光忠は小さな簡易ベンチを指差して――ここにあるスタンド灰皿とベンチは光忠が自分のために設置したものだ――、鶴丸を誘った。

 いたいだけいたらいいよ、なんてちょっと格好つけて言ったものの、光忠は彼と二人きりでいられる時間が延びることを内心でとても嬉しく思っていた。今夜はなんて幸運なんだろう。いつもの癒やしの時間に加えて、好きな人も一緒にいてくれるというのだから、最近の自分は何か善いことをしてそのご褒美をもらっているのかも。

「お、座っていいなら座るぜ。光坊も座るかい?」
「狭くなっちゃうけど、いい?」

 先にベンチに腰掛けた鶴丸が頷いたので、光忠は彼の隣に座った。彼とは友人という距離感としては普通に親しくしているとは思うけれど、こんなに至近距離で接することはあまりなくて、少し緊張する。好きな人の隣とはいえ、緊張してしまうのは少し格好悪い。
 緊張や好意を隣の鶴丸に悟られないように、光忠はいつもどおりの手つきで箱から新たに一本を取り出して、それに火をつけた。ゆっくりと煙を肺に入れて、出して、くゆらす。

……きみは絵になるなぁ、光坊」
 隣に座っている鶴丸は、膝に肘をついて少し前かがみの状態で、そこからじっとこちらを眺めて言った。すぐそばでじっと見つめられていることに加えて、あまりに真っ直ぐな称賛だったので、光忠は少しよそに目を逸らしてしまった。照れてしまったのだ。

「誰でもしばらく吸ってたら板についてくるよ」
「そうか?いや、俺はきみが格好良いんだと思うぜ」
「そう、かな?鶴さんに言われるとなんかすごく嬉しいな、あはは……、ありがとう」

 格好良く、というのはいつも自分が目指しているところではあるし、格好良いとも言われ慣れているけれど、鶴丸にそう言われるのは特別だった。やっぱり好きな人に言われる称賛というのはほかとは違う。
 光忠はどういう表情をすればいいのか分からなくなって、手のひら全体で顔を覆うようにしながら煙草を咥えて、月を見上げた。

「おい!伊達男がそんな照れ方をしてどうする、俺が恥ずかしくなってきただろう」
 鶴丸は苦笑しながらそう言って、こちらに肘鉄を食らわせてきた。ごめん、と光忠は笑って返して、なんだかとても、すごく、特別親しい関係みたいだ、と思った。それを、すごくいいな、と思う。
 光忠はこれまで、鶴丸とことさら特別に親しくなる必要はない(好きだなと眺めているだけで十分)、と考えてきたけれど、その考えが揺らぐくらいには、今この時間が心地よかった。

「光坊、きみは星座が読めるか?」
 鶴丸は急にそんなことを言いはじめて、夜空を指差した。
「うーん、まぁ、分かるものは分かるって感じかな。どうして?」
「いやなんかこう、手持ち無沙汰だろう、何か話をさせろ」
……?うん、分かった」

 初めから光忠の返答はあまり重要ではなかったらしく、彼が星座について喋りたいだけらしい。月夜ではあるけれど、細い月だから星は比較的よく見えた。
 あの星が、むこうのあれは、と鶴丸が教えてくれるのを聞きながら、光忠は煙草を吸った。こういう時間を、いいなと思ってしまう。
 困ったな、と光忠は思った。こんなの、もっと好きになってしまう。
 困るなぁという感情と、彼と一緒に過ごせて嬉しいな、という気持ちが同居したまま、光忠は黙って星の話を聞きながら煙草を吸った。一本目が終わり、二本目に差し掛かる。

 二本目を吸いはじめて少ししたあたりで、鶴丸は一度喋るのをやめて、じっと光忠を見た。
「やっぱり光坊の煙草は美味そうなんだよなぁ」
「ふふ、そう?でも美味しくなかったでしょ?」
「まぁ、それはそうなんだが……、光坊の煙草じゃなかったからかもしれないだろう?」
……?どういうこと?」
「きみが吸ってる煙草ならきっと美味いはずなんだ。だから、その煙草をくれ」
……?この吸いかけの煙草ってこと?」
「そう!」

 音がつきそうな勢いで鶴丸はこちらの吸いかけの煙草を指差して、力強く頷いた。光忠は言われている意味が分からずに首を傾げた。他人の吸いかけの煙草をもらおうだなんて、どうかしている。でも、彼の瞳は本気だと言っていて、冗談ではなさそうだった。

「な、なんで……?」
「だから、光坊の煙草は美味そうだからだ」
「いや、さっき鶴さんが吸った煙草と一緒だよ?」
「いや、違う」
「えぇ……、よく分かんないな……

 光忠は困ってしまった。問答をしているあいだに伸びてしまった先端の灰を落とす。煙草には、まだ十分な長さがあった。
「まぁ、光坊がどうしても嫌だというなら、無理にとは言わないが……
 鶴丸の声音はいつもどおりだったが、なんとなく気配がしゅんとしたような気がして、光忠は慌てた。
「えっ、いや、別にすごく嫌とかではないよ?でも、なんか、こう、そういうことしちゃっていいのかな?みたいな、なん、なんだろう……。ほら、こう、僕が咥えてたものだから、綺麗じゃないし、ね?」

 冷静に考えて間接キスだ、と光忠は思う。しかもなんというか、かなり密な間接キスだ。水分補給でボトルを回し飲みしたりするのとはわけが違うのだ。もっと、言わばこう、湿度が高い、というか、なんとなく熱を持っている、というか。プライベート、というか。

 なんだか非常に特別な、秘め事めいたことのようで落ち着かない。
 そういうことを、この人にさせてしまっていいのか?というためらいが、光忠にはあった。

 しかし、同時に、別の感情が自分の中に存在するのを光忠は感じていた。この人に、自分が咥えた煙草を咥えさせたい。そういう、感情というよりも欲求に近い何か、いや、衝動?

「だめか?光坊、俺は知りたいんだ」
 現れた当初から繰り返している「知りたい」を鶴丸は繰り返して、光忠の答えを待っている。金の瞳で、彼はじっとこちらを見つめた。その金に、今この瞬間は自分だけが映っているということに、確かな高揚感があった。
……分かっ、た。うん、いいよ、……鶴さんにこれあげるね」

 光忠の答えを聞いて鶴丸は、いっそ妖しさすら感じられるくらい美しく微笑んだ。そして、自分に煙草を渡す前に、一口吸ってから渡してくれ、と言う。

 光忠はそのよく分からない要望に頷いて、一度煙草を口に咥えて煙を吸った。ゆるやかに肺に満ちていく、白い煙。それを細く、長く吐き出す。

 吐き出すのにかけた時間の長さは、鶴丸に自分の煙草を咥えさせることへのためらいを示していたけれど、吐き出せば吐き出すほどためらいは衝動に変わって、煙草を彼に差し出したときには、光忠の心の内は、この人にこれを咥えさせたい、という衝動に塗りつぶされていた。

 光忠が煙草を差し出す瞬間の衝動を、見透かしているみたいに鶴丸は目を細めている。彼は煙草を受け取る代わりに、煙草を差し出した光忠の手に触れて、光忠に煙草を持たせたままでそれを咥えた。鶴丸の手が、自分の手を優しく握っているのを感じる。指と指を絡めるように握られた手。手袋越しでも分かる、しなやかな指。

 鶴丸は煙草を咥えたままゆっくりと、先ほどよりも長い時間をかけて煙を吸った。彼の胸元が大きく膨らむ。白い彼の中に、白い煙が満ちていくのが見えるような。それがまるで、彼が光忠で満ちていくような感覚すらして、なんだかひどく扇情的だった。

 これはキスではないし、ましてや、性的な行為でもない。でも、とても、背徳的な何かだ。

 先ほどのように噎せることなく、鶴丸はゆっくりと煙を吐き出していく。光忠はその様子を、魅入られたように見つめていた。

「うん」
 煙をすべて吐き出した鶴丸は頷いて、握っていた光忠の手を放した。
「思ったとおりだ、きみの煙草なら、美味い」

 光忠は宙に浮いていた手を引っ込めながら、彼の言葉の続きを待つ。
「きみの煙草じゃない、『きみ』が美味いんだな、光坊」
 鶴丸ははっきりとそう言うと、光忠の膝の上に手をついて二人の距離をさらに縮めた。

「俺は、きみが美味いかどうかを知りたかった。それで今晩ここに来たんだ。きみについて知りたいんだよ、光坊。さっき、きみの煙草を咥えている俺に何を思った?きみは俺が美味いか知りたくないか?もっと俺を欲してくれ。ずっとお行儀よくこっちを見てるんじゃなくて」

 鶴丸は光忠の膝の上に手をついたまま、下から覗き込むようにしながら、なぁ、と駄目押しのように言った。光忠は唾を飲もうとしたけれど口の中は乾いていて、代わりに唇を舐めた。

「僕、は……、ただ鶴さんを綺麗だな、とだけ思って、て……、好き、だな、って、」

 まっすぐこちらを見据える視線の前に、何かを偽る気にはなれなくて、光忠は密かに抱えていた彼への好意を口にした。でも、こうやって口にする前から鶴丸は知っていたのかもしれない。彼は頷いて、光忠の言葉の続きを待った。

「でも、鶴さんが美味しいかどうか、は、知りたい、……ずっと知りたかった、かも」
「そうだろう?そういうのをもっと教えてくれ」
……、キス、したい。あなたと。さっき僕の煙草を吸っている鶴さんを見て、たぶん、そう思った。今も、そう思ってる」
「奇遇だな、俺もだ」

 おいで、と鶴丸が言うのとほぼ同時くらいに光忠は手にしていた煙草を灰皿に押しつけて、そのまま彼に口づけた。

 ただ好きで見つめているだけでいいと思っていた。けれど、それはたぶん違っていた。自分の中にある衝動を見ないようにしていただけ。ずっと欲していたんだ。そしてずっと、欲されていたのだ。同じように。

 煙草の味は鶴丸に忠告したように美味しいものではないけれど、彼の唇で味わう煙草の味は、確かに甘かった。

 二人は角度を変えながら、触れるだけの長い口づけを交わして、月夜の淡い光りの下でしばらくシルエットになっていた。

……で、俺のお味はどうだった?光坊。きみの吸ってるそれと比べてどうだい」
「うん、鶴さんは、……甘いね。煙草なんかより、ずっと、その、美味しい」
「そいつは重畳。俺もそう思うぜ」
 鶴丸の舌先が、余韻を探るように彼自身の唇をわずかに舐めた。妙に官能的な仕草だった。

「ずっと、俺のほうが美味いのに、と思っていた」
……?」
「きみは煙草を吸っているとき、行儀がいいだけじゃない顔をして、それでいて美味そうにしているから、俺は」
 鶴丸は一度言葉を切って、続けるか瞬間的に迷ったみたいだった。しかし、続ける。
「俺は、光坊のそういうものが俺に向けばいいのにと思った。きみが俺をずっと見ていたように、俺はずっときみを見ていたから」
「鶴さん、」
「なぁ、光坊。俺はずっと待ってたんだ。俺は早くきみに喰らわれたい。きみが俺を行儀よく見つめてくれているあいだに焦れちまったから、今晩焚きつけに来たのさ」

 まぁ、ちょっとした賭けではあったが、と鶴丸は軽く笑ってみせた。
「賭け……、」
「光坊がが俺にあんな顔を向けているくせに、もしここでも行儀よろしく口づけひとつしてこないようなら、俺はきみを諦めようかと思っていたんだ。だが、」

……うん、僕はあなたにキスをした。鶴さんのことをずっと欲しいと思っていたことが分かったんだ。衝動から目を逸らしてただけみたい」
「きみはお行儀がいいからな」
「でも、もう目を逸らさないよ。僕はあなたが欲しい」
「いいぜ。光坊に俺を全部やる。美味しくいただいてくれよ?」
「うん、残さずいただくよ」
「そうこなくちゃな。……なぁ光坊、もう一度」

 光忠は頷くのとほぼ同時くらいに再び鶴丸に口づけた。今度はさっきより長く、深いキス。

「鶴さん、好きだよ。あなたのことが欲しい」
「俺もだ」
……ねぇ、もっと言ってもいい?」
「言ってくれ。きみの言葉も、きみも全部俺にくれ」
「うん」

 光忠は鶴丸の頬を指先で撫でて、彼に立つように誘った。鶴丸はそれに応じて一緒に立ち上がる。

「提案なんだけど、部屋に行くってのはどうかな」
「お行儀のいいきみにしちゃ、なかなか大胆な誘いでいい」
「うん、鶴さんにこれだけ焚きつけられたらね」
「はは、そりゃよかった。煙草を吸うよりもっと行儀のよくないことをしようぜ」

 そう言って月明かりの下で少しこちらを見上げるように微笑んだ彼は、これまでの「美しい鑑賞品」という印象とはまったく違う生々しさがあって、ただ、それがとても綺麗で光忠は好ましく思った。

「じゃあ行儀のよくないこと、教えてね」
「お行儀のよくないきみをもっと教えてくれ」

 二人は同時に似たようなことを言って、それから笑った。煙草だけが、行儀のよくない光忠を、いや、二人を知っているだろう。灰皿から立ち上る煙の残り香は、互いのあいだで、徐々に甘くなってゆく。





直接的にすけべじゃない行為をすけべに書こうという取り組みの練習……でした。
途中にある、煙草が欲しい→やめておいたほうがいい、のやりとりは「すべてがFになる(森博嗣)」のp.493-494(講談社文庫)の場面をオマージュしています。煙草の描写が好きな人には森博嗣作品はおすすめです。