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2025-06-28 23:29:57
3900文字
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燭鶴「無自覚」
燭鶴版深夜の創作60分一本勝負 お題「すわる」
鶴さんのことが好きだけど鈍くて全然自覚のない光忠くんと、自覚のない光忠くんに焦れて大胆に告白する鶴さんの話です。
「お?光坊、見てみろ。こんなところにベンチがあるぞ」
「本当だね、なんのためだろう?お花見用かな?」
ベンチのそばには大きな木があって、どうやらそれは桜のようだった。誰かが毎春この桜を堪能するためにベンチを設置したのかもしれない。
今日の光忠と鶴丸は、審神者の用事の代理を頼まれて、いつもはあまり通ることのないルートを歩いていた。今は用事を終えての帰り道で、往きもこの道を通ったはずだが、そのときはこのベンチに気がつかなかった。
「ちょうどいい、光坊。少しくたびれたし、ここで座っていかないか?」
「え?このベンチに?うーん、疲れてるなら、本丸まであと少しだし、頑張ってちょっと急いで帰ったほうがよくないかな?今日は少し蒸し暑いから、本丸に帰ったほうが涼しいし、必要なら飲み物も何か用意するよ」
光忠はいくつかの想定をして、思慮深く答えた。疲れているからこそ、早く快適な環境に行ったほうがいい。鶴丸はくたびれている、と申告したけれど、彼は大の大人である。へたりこんで動けないというほどではないだろう。少し頑張って帰ったほうがいい。この蒸し暑さの中にいるほうが逆に疲れてしまう。
鶴丸は聡明な人だ。きっと、光忠の提案に賛成してくれるだろう。そう思っていたのだが、彼の返答は想定とは全然違うものだった。
「鈍感だな、きみは。ちょっと座っていこう、っていうのは、もう少し二人でいる時間を引き伸ばさないか、という意味だぜ。まさか、本当に俺がくたびれているのかと思ったのかい?」
鶴丸は呆れたように、伊達男がそんな鈍さでどうする、と続けて、いたずらっぽく笑った。光忠は彼の言葉にきょとんとして、そして、彼の誘いに気づけなかったことに急に恥ずかしさを覚えて慌てた。
「わ、えっと、ごめん。鶴さんがそういうこと思ってるなんて思ってなかったから、全然察せなくて、本当に、疲れちゃったのかと
……
、そうだよね、そんなわけないよね」
「はは、いい、いい。そんなに慌てるんじゃない。なに、俺がちょっとばかし回りくどい言い方をしすぎたな」
鶴丸は今度は自分への呆れを表すように苦笑いして肩をすくめた。
「光坊にちょっと話したいことがあるのさ」
「話?」
「あぁ、少し聞いてくれるかい?聞いてくれるというなら、座ってくれ」
鶴丸はベンチを指し示して、光忠に座るように促した。光忠は断る理由がなかったし、何よりこうしてこのしっかりした年上の人が自分にこういう要求
――
甘え、ともいうのかもしれない
――
を見せてくることはめずらしかったし嬉しかったので、光忠は先にベンチに腰かけた。鶴丸は、光忠の左側にちょこんと座った。
想定していたよりもこのベンチは小さめで、二人はかなり距離が近い状態で座っている。
鶴丸とは任務や内番、今日みたいな審神者からの頼まれごとみたいなことで一緒になることは多く、親しい間柄ではある、と思っている。しかし、この狭いベンチに二人して押し込められているこの状況、まるで「特別に」親しい間柄のような距離感で、光忠はなんだかひどく緊張してしまった。どうしてだろう。
少しばかり鶴丸の方へ目をやると、彼の白くて長いまつげが上を向いてカールしているのがとてもはっきり見える。肌は絹のようにきめが細かく、唇の皮は薄そうだった。どれも、この瞬間に初めてはっきりと認識した鶴丸の細部である。要するに、今、こうして二人が並んで座っている距離は、今までになく近いのだった。
そして、初めて光忠ははっきりと思った。この鶴丸国永という人は、とても美しい。
鶴丸の視線はこちらを向くことはなく、まっすぐに前を見つめている。いや、それは別に残念なことではなかった。この距離感で、彼と視線が絡んでしまったら、光忠の緊張はもっと高まっていただろう。
「さて、と。どう言ったものか」
少しの沈黙のあと、鶴丸はそう切り出した。明朗な彼にしては、少し迷いの感じられる声音だった。
「いかんな、こういうのは初めてだから、何から言えばいいのか分からん」
相変わらず鶴丸はこちらを見ないまま、光忠に接していない方の左手の指で、頬を掻いている。その仕草がなんだかあどけない少年のようで、和むような気持ちになる。
「俺は、だ。光坊、きみとそこそこ親しいんじゃないかと思っているんだが
……
、光坊もそういう認識をしてくれているかい?」
「え、うん!僕は鶴さんのこと、とても信頼できる仲間だと思ってるよ。顕現日も近い古参同士だし」
「そいつは光栄。俺もきみを相棒だと思っている。だが、俺の中にあるのは信頼だけじゃないんだ」
光忠は何度か瞬きをして、鶴丸の横顔を見つめた。彼は相変わらず前を見つめていて、その白いまつげが上を向いているのも変わらない。なんだか落ち着かない気持ちが増していく。何に落ち着かないのか。この人の綺麗さなのか、あるいはこれから切り出される話なのか。
「信頼だけじゃない?」
「あぁ、そうだな」
鶴丸はやっと光忠の方を向いた。こうして目を合わせてみると、互いの距離の近さが際立って、それが光忠をいっそう落ち着かなくさせた。どうしてだろう。たぶん、この距離にほかの信頼している仲間
――
たとえば、太鼓鐘貞宗や大倶利伽羅
――
がいたとしても、こんなに緊張することはないと思うのに、鶴丸が相手だと、緊張してしまう。
彼の金色の瞳はまっすぐ光忠を射抜いていた。その視線は強い力を持っているが、決して不快ではなかった。むしろ、もっと見てほしいと思うような、そんな力だった。その視線が今、この距離で自分だけを見て、その瞳に自分だけが映っているのを、嬉しいとさえ感じられる。この感情は、何からくるものなのだろう。
「光坊、」
「
……
、っ、はい!」
鶴丸の呼びかけが、あまりに凛々しいものだったので、ついうっかり、かしこまって返事をしてしまった。やっぱりちょっと緊張しているのかもしれない。恥ずかしい。
「俺はきみが好きだ。好きだ、というのは、愛している、という意味でだ」
「え?」
「俺は光坊のことが好きなのさ」
鶴丸はもう一度、好き、とゆっくり言い聞かせるように言った。光忠は、驚いたまま黙って聞いている。
「そしてここからは俺の希望的観測になるが
――
、光坊、きみも俺のことが好きだ。違うか?」
「え、僕、?」
「そう、きみも、だ。なぁ、光坊、こんなにすぐそばに隣り合って座って、きみはどう思った?俺がきみと二人きりのままでいたいと言ったとき、どう感じた?光坊はどうも肝心なところで鈍い。俺のことを確かに好きだという目で見つめてくるのに、ちっとも進展させようとしないもんな。きみが気づくのを待っていようかと思ったんだが、おかげで俺のほうが焦れちまった」
鶴丸は確かな確信を得た名探偵のように畳み掛けて、光忠に接している方の右手を隣り合っているこちらの太腿の上に置いた。そして、少し下から、見上げるように光忠を覗き込む。
「なぁ、光坊。きみも俺のことが好きだろう?」
鶴丸はもう一度言った。ほとんど勝利宣言だった。鶴丸の言葉で、光忠の中にあるぼんやりとした様々な感情が、急速に輪郭を持ち始めた。いろいろな場面が思い出される。あの瞬間も、別のあの瞬間も、確かにこの人に対して抱いていた感情は、恋慕だった、と思う。
「そう
……
、だね、僕は鶴さんのことが、好きだ」
こうして言葉にしてみると、それははっきりとした確信に変わった。
そうだ。この人がずっと好きだったんだ。この人が好きと言ってくれなければ、きっと恋慕の情に気づかないままだっただろう。
どうして今まで気がつかなかったんだろう!こんなに鮮やかな感情だったというのに!
光忠は急に胸のつかえがとれたような気になって、へへ、と照れたように笑った。鶴丸もそれを見て笑い返してきて、その笑顔のかわいらしさといったら!そうだ、鶴丸という人のことをずっとかわいいと思っていた。その感情の輪郭を、ようやく掴んだ。
太腿の上に置かれた鶴丸の手に、光忠が自分のものを重ねると、彼の肩が驚いたように一瞬跳ねた。鶴丸が上目遣いで首を傾げる。
「どうした?」
「すぐそばに隣り合って座って、どうだった?って鶴さんは訊いたよね」
「あぁ」
「僕はさっきまでは緊張って感じだったけど、今は違うんだ」
光忠は、鶴丸の手の甲を親指の腹で優しく撫でながら言った。
「今はもっと近づきたいって思うよ。えぇっと
……
、つまり、キスしたいってこと」
「自覚したら、急に進展が早いな」
「うん、今まで遅すぎた分、取り返さなくちゃ」
「本当にな、」
鶴丸はベンチから少し腰を浮かせて、手をさらに奥の太腿に置くようにして身を乗り出した。
「待ちくたびれたよ」
次の瞬間、座ったままの光忠に覆いかぶさるようにして、鶴丸が唇を寄せた。初めて触れる彼の唇は、やわらかくて、やはり見たとおりの皮の薄さを感じられた。まだお互いにあまり慣れていない口づけは、少しの余韻を持ってから離れた。
「鶴さん、いつから僕のこと好きだったの?」
「いいぜ、教えてやろう。俺がいつからきみを好きだったのか、そして光坊がいつから俺を好きだったのか、どっちもな。もうちょっとばかし道草を食ってても叱られんだろう」
それからしばらく二人はベンチで寄り添って座り、互いの手や頬や髪などに触れながら、互いの恋の始まりを確かめ合って過ごした。もちろん、キスも少々。
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