怪我をした鶴さんの手当てをしてる光忠くんの話。光忠くんに「痛いの痛いの飛んでいけ」って言ってほしかった。ちょっとやんちゃな鶴さんと鶴さんに甘い光忠くんです。この二人、仲が良すぎて怪我さえもいちゃつきのスパイスなんだな。
部屋の明かりがついていたので恋人が在室しているのだろうと思って光忠は、ただいま、と言いながら部屋の扉を開けた。今日は内番がいつもより早く終わったのだった。
「おぉ、光坊、もう内番は終わったのかい?お疲れさん」
部屋に入った瞬間に、想定通り鶴丸と目が合って、彼はにこやかな調子で光忠をねぎらった。が、そう言った鶴丸の状態はにこやかなものからはかなり離れているものだったので、光忠は驚いて彼のもとに近づいた。
「えっ!鶴さん、どうしたの、それ」
膝を立てて座っている鶴丸は、膝を立てている方の内番着の袴を太ももまでたくし上げて膝から下の素足をさらしている。そうしてあらわになっている彼の右脚の肌は、ひどく擦りむいた様相を呈していて、ところどころ深くえぐれているようにも見えた。血が流れる様子というのは出陣において嫌と言うほど見ているので見慣れているけれど、本丸内の平穏な時間に見ると妙に痛々しく感じる。
まぁ、要するに、鶴丸はどうやら日常で負う怪我にしては酷いほうの怪我をしているのであった。理由は分からないけれど。
「まだ血も出てるじゃない、主には報告した?手入れに入れてもらわなかったの?」
鶴丸のそばに膝をついて光忠は彼の怪我の様子を見、そして鶴丸の表情を見た。目が合った彼は少しばかりばつの悪そうな顔をしている。
「手入れは俺が辞退したんだ。先日の集中鍛刀でうちの資源は枯渇気味だろう?日常での傷であれば肉体の修復能力で治るらしいから、わざわざ貴重な資源を使ってもらうのもどうかと思ってな。そもそも俺の不注意によるものだし、自己責任ってやつだ。もちろん、多少治るのに時間がかかるのは承知の上さ」
なるほど、この状況は身体の自然治癒力に任せようとして傷を消毒しようとしている状況のようだった。いや、しかし、それにしても身軽なこの人が日常で怪我を負うのはめずらしい。いったいどうしたのだろう。
「鶴さん、転んだの?らしくないね。というか、転んだにしてはちょっと傷が深いね」
「あぁ、転んだというよりは、ちょいとばかり急な斜面を滑落したんだ」
「滑落??」
裏の山でな、と鶴丸は苦笑して言って、それを聞いて光忠は、そういえば非番の彼は今日、本丸の裏の山の“フィールドワーク”に行くのだと言っていたことを思い出した。最近この人はそういう自然探検・観察するような内容の動画にはまってよく視聴しているのだ。だから、その真似事なのだろう。
「鶴さんが毎日を楽しく過ごしているのは良いことだと思うけど、危ないことをしてるのは感心できないよ?」
光忠は少し眉をひそめた。何をやっているのか分からないが、鶴丸国永という人はその持ち前の好奇心から少々無茶しがちなところがあり、時折危なっかしいふしがある。
「いや違うんだ光坊、危険なことをしようとしたわけじゃなくてだな」
相変わらずちょっと困ったように曖昧に笑っている鶴丸は弁解を続けた。
「裏山で黒百合を見つけたんだ。それをきみへの土産にしたくてな、どうにか摘もうと手を伸ばしていたらうっかり斜面から転がり落ちたってわけだ」
我ながら漫画のような滑落だった、と鶴丸が愉快そうに思い出し笑いしているのを光忠は苦笑いをして見つめた。
「そんなことある?鶴さんが怪我するくらいなら別に、いやそもそも僕にお土産なんてよかったのに……、それに、どうして黒百合?」
「昨日、きみが福島から白百合をもらってきて活けていただろう」
鶴丸が棚の上の花瓶を指さした。確かに、そこには昨日福島光忠がお裾分けしてくれた白の百合が数本鎮座している。
「そこに黒百合があるといいと思ったわけだ。ほら、その……、なんだ、白百合と黒百合があれば良い感じだろう?色がこう……、俺と光坊のようで」
なんてな、という曖昧な、というか照れたような表情で彼は笑って、なんとなくへらへらしている。自分で言っておいて少し恥ずかしくなっているのだろう。光忠はその様子に頭を抱えてしまった。かわいくて。
「だからどうしても黒百合を持って帰ってきて活けてきみに見せたかったんだが、あいにく転げ落ちちまって、この有り様さ。ただまぁそういうわけだから、俺のいじらしさに免じて、叱らないでくれ。な?光坊」
自分の思考と行動を自分で「いじらしい」というのはどうなんだ、と思うものの、実際いじらしいのでなんとも言えない。光忠はやれやれ、と思って小さく息を吐いた。
「叱らないよ、心配はするけどね。僕、鶴さんを怒ったり叱ったりすることなんてないでしょう?」
「そうか?けっこうお小言が多いほうだと思うぞ、きみ」
「そんなことないよ……!……、ないよね、?」
光忠は否定したものの急に自信がなくなって、最終的に疑問形で締めてしまった。思い返してみるとお小言を言っているような……、気がする……、炎天下では日焼け止めを塗りなさいとか、洗い物をしたら保湿をしなさいとか、髪をちゃんと乾かしなさいとか、包丁使うときは猫の手!とか、いろいろ……。
まぁ、それはおいておくとして。
「とりあえず、消毒しようか、鶴さん。一回洗ったりした?」
「ん、帰ってきて一回水で洗いはした。土まみれだったからな。とはいえ、処置くらい自分でできるぜ。光坊の手を煩わせるほどじゃない」
「ううん、大丈夫だよ、気にしないで。僕が鶴さんの手当てをしてあげたいだけ」
「本当にきみは世話好きだな」
「鶴さんにだけだよ?」
光忠はあなただけが特別なのだ、という気持ちを込めて断言したのだが、鶴丸はどうだか、と言って笑っている。本当に、特別なのに。
光忠は鶴丸がそばに置いていた救急箱――おそらく、手入れを辞退した彼に審神者が貸し出したのだろう、本丸の管理番号が蓋に印字されている――を開けた。処置道具が整然と並べられている中から消毒液を取り出す。蓋が閉まっているというのに、その容器からはなんだかすっとする匂いがしていた。
傷口の処置の知識はあるけれど、実際にやるというのは初めてだ。刀剣男士が出血する傷を負うのは基本的に出陣先に限られて、その場合は帰ってきてすぐ手入れに入るから自分たちで処置をするタイミングはない。
「消毒ってのは、やっぱりしみるやつだよなぁ。痛くしないでくれよ、光坊」
「大丈夫、優しくするからね。痛くしないよ」
光忠は同じく救急箱から脱脂綿とピンセットを取り出しながら鶴丸に微笑んだ。なんだかんだいつも年上風を吹かせているけど、この人も痛いのは嫌なんだなと思ってかわいいと思ったからだ。
「痛くしないって言って、きみ、初めて事に及んだときも同じように言いながら結局痛かったじゃないか」
「えっ、う……、あのときは、それは、ごめん……。僕も初めてだったからちょっと余裕なくて……、ごめんね。あれ以降は痛くないように気をつけてるつもりなんだけど」
不意に過去の失態(だと光忠は自分で思っている)を指摘されて挙動不審になって早口で言い訳してしまった。格好悪い。
「ははは!冗談さ、そう目に見えて落ち込まれるとからかいづらい。破瓜ってのは痛みが伴うものなんだろうよ。それは承知で俺がそう望んだんだしな。余裕のない光坊が見れたのもよかった」
「それはできれば忘れててほしいけどね……」
光忠は苦笑して言った。この本丸の仲間の大多数には余裕のある男だと思われている光忠だが、実のところこの年上の恋人の前では余裕なんて全然なくなってしまうのだ。
「ま、きみが俺に対して余裕がないのは大歓迎だな。若くてかわいい」
「僕としては格好よくありたいんだけどな」
光忠は肩をすくめて、改めて消毒液を構えた。
「……うん、痛くしないって言ったけどたぶん痛いよ。我慢してね」
「光坊にそう言われちゃ、大人しくしておくしかないよな。頼むぜ、煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」
鶴丸は仰々しく頷いて、たくし上がっている袴を邪魔にならないようにさらにたくし上げた。あらわになった白い太腿は場違いにちょっと目に毒だが……、いやいや、こんなことに心乱されている場合ではない。
光忠は脱脂綿に消毒液を含ませて、そっと彼の擦り傷というには深すぎる傷に当てた。
「……、」
深くえぐれている部分は鋭い石で擦ったものなのだろうか、水で流したあとの現在でもじわじわと血が滲んでいて、そういうあたりに消毒液が触れるとしみて痛みがあるようだった。鶴丸が少し眉根を寄せる。
「ごめん、痛い?」
「おいおい、“そういうとき”のトーンでそうやって訊くんじゃない」
鶴丸はおちゃらけた様子で笑って見せて――これは痛みをごまかすための冗談なのかもしれない――、肩をすくめた。
「変だよな、戦場じゃ斬りつけられようが腕が落ちようがさっぱり痛みなんて感じないのに、日常じゃこんな些細な傷で痛みを感じるんだから」
「まぁ、今日の鶴さんの傷は些細というかけっこう酷いと思うけどね」
「そうは言っても擦り傷の範疇だろ、……、うぉ」
使っていた脱脂綿が血で汚れてしまったので新しいものに取り替えて、消毒液を追加して傷口を拭いながら光忠は返事をしたが、そのやりとりの最中に鶴丸が声を上げたのでぱっと彼の表情を見た。
「ごめん、痛かったね」
「はは、堪え性がなくてすまん」
彼は眉根を寄せて何かに耐えるようにちょっと唇を噛んでいたが、その直後に眉を下げて困ったような顔で微笑んで見せた。光忠は鶴丸のそういう表情を見てなんとなく落ち着かない気持ちになって――端的に言えば、どことなく劣情を刺激する表情だと思った、どうしてだか分からないが――、すぐ目を傷口の方に伏せた。
「どうして目を逸らすんだ、光坊」
「え?別に逸らしてないよ」
鶴丸が問うてくる口調はなんとなくちょっと笑っていて、なんだか調子づいている。光忠は嫌だなぁと言いながらごまかした。
「いーや、逸らしたぜ。光坊、きみ、なんかちょっとすけべなこと考えたな?」
「えぇ?!ちょ、いや、そんなこと考えてないよ!」
「光坊は嘘をつくのが下手くそだ、俺には分かる。きみはいつでも優しいから痛みに耐えてる俺が新鮮だったんだろう。そしてそういう俺にちょっとそそられたんだ。違うか?」
鶴丸は機嫌よく笑うと、片手をこちらの頬に伸ばして撫でた。するり、と扇情的な指先が肌をなぞっていく。
「光坊が痛いことを俺にしてみたいんなら、構わないぜ。今度やってみるか?俺はきみにされて嫌なことなんて一つもない」
「またそういうことを……、冗談でもよくないよ、……」
鶴丸が思わせぶりなことを言うので光忠は動揺してしまった。恋人に痛いことをしたいという欲求は光忠にはない。ないけれど、でも、この綺麗な人が痛みに耐えている表情は、きっと美しいだろうとは思ってしまった。いや、繰り返すが!痛いことをしたいという欲はないのだ。でも、いろんな表情を見たい、とは思う。苦痛の表情でさえ。きっと愛しいだろうから。
なんだか楽しそうにこちらをじっと見ている鶴丸は、光忠が内心で慌ただしく弁解していることを見通しているのだろう。彼に見つめられるとき、いつも心の奥深くまで見透かされているような感覚になる。
「ふふ、光坊のすけべ」
「もう、からかわないでよ……」
白旗を上げるように光忠はため息をつきながらそう言って、肩をすくめた。すまんすまん、と応える鶴丸はたいそうご機嫌な様子だ。助平扱いされているのはいただけないが、まぁこの人が楽しそうならなんでもいいやという気持ちもある。大抵はこうやって、いつも手のひらの上で転がされている。
おおかた消毒が終わったので、光忠は手早く傷口に軟膏を塗り伸ばしてガーゼを当てた。テープで簡単にガーゼを固定する。
「はい、これでおしまい。痛いのに我慢してえらい」
「大の大人がこんなことで褒められていいのかねぇ」
軽口を叩きながら、とはいえ少し得意げな表情の鶴丸はそう言って、続いて光忠に礼を言った。どういたしまして、と頷く。
「お風呂入るときはガーゼ外してね。寝る前にまた軟膏を塗ってあげるから」
「ん、分かった。世話をかける」
「大丈夫、気にしないで。僕、鶴さんを大事にしたりお世話したりするの好きなんだ」
愛してるからね、と付け加えて微笑むと、鶴丸は眉を下げて何やら唇をむにゃむにゃさせた。ちょっと照れてるのかもしれない。
「そうだな、光坊はそういう男だよな。……俺もそういうきみにこうやって大事にされたり甘やかされたりするのは、好きだ」
くすぐったそうに鶴丸は笑って、とはいえ言葉とは反対に甘やかすようにこちら頭を撫でた。その慈しみの手つきが嬉しい。恋人を甘やかすことはもちろん好きだが、光忠としても甘やかされるのも、当然好きである。だから、しばらく黙ってにこにことその優しい手のひらを享受していた。
頭を撫でることに満足したらしい彼が手を引いたところで、光忠はあることに気がついた。
「……、あ、そういえば、手当ての仕上げをしてなかった」
「手当ての仕上げ?もう十分丁寧に薬も塗ってもらったぞ」
「うん、処置自体は終わってるけどね。最後の仕上げにおまじない」
「おまじない?」
こちらの言葉にぴんときていない様子で、鶴丸は首を傾げている。光忠はそんな彼に多くを語らず、代わりに手のひらをガーゼを当てているその脚にそっと当てた。
「痛いの痛いの飛んでいけ、!」
「……!」
光忠の唱えたおまじないに、鶴丸は目をぱちくりとさせている。患部にガーゼ越しに触れた手のひらから、早く治りますように、という気持ちが伝わるように数秒そのまま触れて見つめてから、光忠は顔を上げた。目があった彼はなんとなく嬉しそうな顔をしていた。あどけない印象である。
「驚いたな、子供だましのまじないだと思っていたが、本当に少し痛みが引いた気がするぜ」
「よかった、鶴さんがどこか痛いときはいつでもこのおまじないをしてあげるからね。……、あ、でも、鶴さんが痛い思いをしないのが一番だから、これからはあんまり危ないことはしないこと!戦場でも無茶はしない!いい?」
「分かった分かった。やっぱり光坊はお小言が多いほうな気がするが、それもきみの愛情だと受け取っておく」
「もう、鶴さん、ちゃんと真剣に聞いてる?」
こちらの言葉をお小言というなら、しっかり言いつけを聞いてほしい。光忠がなんとも言えない顔をすると、逆に鶴丸は機嫌良さそうにしている。
「もちろん聞いてるさ。きみにお小言を言われるのも叱られるのも、実を言えば好きなんだ。愛されてる感じがしてな。もっと言ってくれ」
そんなことを言って、またやんちゃをするのを許してもらう口実なんじゃないかとも思うが、とはいえ照れ笑いする鶴丸はかわいかった。まぁ、いいか、という気持ちになってしまう。光忠は、恋人にとことん甘い男なのである。
「はいはい、じゃあこれからも僕にたくさん愛されてね。僕って愛が重いほうだから、覚悟しておいて」
「望むところだな。俺も目一杯きみを愛してるぜ」
結局、自分たちは何をしゃべっても睦言になってしまうのだった。お互いににっこり笑ってそんな言葉を交わしてから、どちらともなく触れるだけのキスをした。
これ以来、鶴丸は光忠におまじないをしてもらうことを気に入って、ほんのちょっとの痛みでもすぐ泣きついてくるようになった。周囲に甘やかしすぎだと言われるけれど、光忠としてはそんな年上の恋人がかわいいので、大変気に入っている。鶴丸を甘やかすのは、光忠のライフワークなのだ。
……ちなみに。痛みを訴えて泣きついてくる鶴丸の困り眉の表情に、ちょっとだけそそられているというのは、当面のあいだ光忠だけの秘密である。
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