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2025-05-24 23:17:14
4308文字
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燭鶴「味見」
燭鶴版深夜の創作60分一本勝負 お題「燭鶴」
お題が燭鶴ってことで自由詠ということでいいのかな……?と思いつつ。光忠くんの試作品を味見する鶴さんを味見する光忠くんです。燭鶴、とにかくラブラブであってほしい。
「よ、光坊、捗ってるかい」
厨の入口の方から声がしたので光忠が振り返ると、遠征に出ていたはずの鶴丸がそこに立っていた。
「あれ、鶴さん、もう遠征終わったんだ」
「あぁ、思いのほか早く片付いてな。だからちゃっちゃと引き上げることになったのさ」
ぐっと大きく伸びをした鶴丸は、そのまま光忠の立つ作業台の方へとやってきた。
「また試作品を作ってるのか?熱心だなぁ、きみは」
「初めて作るレシピは一度作って自分で食べてみないとね」
光忠は微笑んで、少し胸を張った。これは自分のこだわりで、皆に出す料理は初めから完成されたものであってほしいと思っているから、こうやって事前に一人分を作ってみて自分で食べてみることにしている。実際、こうやって事前に作ることで、レシピに書かれている量よりもう少し塩気があったほうがいいな、とか、レシピ通りだとちょっと味が濃すぎるとか、そういう改善点を見つけられることもあるのだ。
「お?今日はおやつの試作品だったか」
隣へやってきた鶴丸が、光忠の作業の様子を覗いてそう言った。その言葉に首を振る。
「ううん、今日はドレッシングの試作品。良い感じだったら、明日のサラダに使おうと思って」
「ドレッシング?しかし、そのキラキラしているのはゼリーだろう?」
隣に立つ彼は不思議そうに光忠の前に置いてある容器の中身を指さした。確かにそこには透き通った色のゼリー状のものが入っている。
「うん、ゼリーには間違いないんだけどね。これはお菓子のゼリーじゃないんだ。ドレッシングをジュレにしてみたんだよ。見た目が涼しげな感じで、これからの季節にいいかなって思って」
「ジュレか
……
、相変わらずおしゃれだな、光坊は」
鶴丸は感心した様子で肩をすくめて、興味深そうにジュレを見つめている。
「確かにサラダなんかにこれがかかってたらうまそうだ。光坊が作ったものだから、味は保証されてるだろうしな。腹が減ってきた」
「ふふ、鶴さん、もともとお腹空いてたんでしょ。僕がいると分かっててここに来たんだよね?」
「こ゚名答!きみの作る料理はいつでもうまいが、味見をさせてもらうときが一等うまい気がするんだよな。だから、今日の遠征が早く終わってラッキーだった」
光忠の試作品作りが終わる前に邪魔しに来れたから、ということらしい。先に言っておいてくれたら彼の分を別に取り置いておくのに、と光忠は思ったのだが、たぶん、それでは情緒がないのだろう。取り分けたものを食べるのではなくて、味見をさせてもらうということが大事なのだ。たぶん。だからいつもこの人は偶然を装って光忠が試作品を作っているところにやってくる。
「それなら、今日も鶴さんに味見してもらおうかな。僕もまだ味見してないから味の保証はできないけど
……
」
「大丈夫さ、いつでも光坊の作るものに間違いはない!きみが作るものなら闇鍋でもうまい!」
ぱん、と活を入れるように手のひらで背中を叩かれたので光忠は笑った。
「あはは、なんか鶴さんがそう言ってくれるとそんな気がしてくるよ。これ、今食べるとしたら冷奴にかけるか、切ったトマトにかけるかしようと思ってたんだけど、どっちがいい?」
「なら、トマトで頂くとするかな」
光忠は頷いて、作業台の端に準備して置いたトマトを手早く切った。ついでに皮を剥く。子供扱いしているわけではないけれど、この人には口当たりのいいものを食べてほしいと思っているから。
小皿に盛りつけて、ゼリー状に固めたジュレをフォークで崩したものをトマトの上にかけた。うん、味見用だからささやかなものだけど、なかなか夏っぽくて良い調味料なのではないだろうか。料理のおいしさというのは、味はもちろんだが見た目も大事だと光忠は思っている。
光忠がフォークと小皿を鶴丸に差し出すと、彼はぱっと表情を明るくしてそれを受け取った。繰り返すが、これは味見用なので本当にささやかなものである。でも、こうやって嬉しそうにしてくれるのを見ると、なんだか良いものを作れたようで嬉しい。
「じゃ、頂くぜ、光坊」
行儀よく鶴丸はそう言ってから、トマトを一切れ、口に運んだ。咀嚼しながら、彼は親指を立てて見せる。
「食感が楽しくていいな、これ。味はきみの作る西洋出汁の味がしっかりして言うまでもない。暑い日にこれが出てきたら皆喜ぶだろうよ。見た目もいい」
鶴丸は一通り称賛を述べて、再びトマトを食べることに専念した。フォークがトマトを口へ運ぶ。唇が開く。閉じる。咀嚼とともに彼の華奢な顎が動く。
光忠が自分を見つめている理由を、味を心配していると思ったのだろう。鶴丸は再び親指を立てて頷いて見せた。口にトマトを頬張っているので、言葉は発さないままだが。
とはいえ、光忠は味の心配はしていなかった。味の保証はしないと言ったけれど、上手く作れている自信はあったし、何より鶴丸がおいしいとすぐに言ってくれたので間違いないのだろう。だから光忠が鶴丸の食べている様子をじっと見つめていたのは別の理由があるのだ。
見つめていたのは、それは、嬉しそうに味見をしている恋人である彼が、ただただひたすらにかわいかったからだった。光忠は、自分が作ったものをおいしそうに食べてもらうことが好きだ。その相手が愛する人だったら、その嬉しさはいつも以上だ。とても愛しく思う。
愛しい、と思ったので、キスをしたい、と思った。
トマトを食べ終えた鶴丸が皿とフォークを置いて、もう一度頷いた。
「こりゃ夏の定番にしたほうがいいぜ、光坊。少なくとも俺は、暑い日にまたこれを食べたい」
作ってくれるよな?という彼の期待に満ちた問いに答えようとして光忠は口を開いたのだが、問いへの答えではない言葉が出てきてしまった。
「キスしていい?鶴さん」
キスしたいな、という気持ちが強くありすぎたようだ。唐突な光忠の発言に鶴丸は苦笑して首を傾げた。
「おいおい、今そういう文脈じゃなかっただろう、光坊。それともなんだ、俺を味見したいってか?」
味見。そうかもしれない。自分の作ったものをおいしそうに食べてくれるのが愛しくて、本当は今すぐ全部この人を頂きたいくらいに愛しいと思っているけど、そういうわけにもいかないので、せめて味見を。キスを。
「うん、味見したいかな。いい?」
「ん」
鶴丸はしょうがないな、と言いたげな表情で、とはいえ好意的に頷いた。頷いて、ほんの少しだけ頭を右に傾けて、目を閉じる。
その仕草を、とてもかわいい、と思った。
少し首を傾げるのも、目を閉じるのも、これから光忠にキスをされるための仕草なのだと思うと、かわいくてびっくりしてしまう。素直にキスをされるのを待っている体勢はあまりに無防備で、いっそ心配になってしまうほどだ。まぁ、彼は基本的にしっかりしている人だからほかの誰かの前でこんなふうに無防備になることは絶対になくて、心配いらないのだけれど。
光忠は鶴丸の左の頬に手を添えて、顔を近づけた。近くで見る彼の肌はきめが細かくて、絹のような質感をしている。長く白いまつげの影がうっすらと目元に落ちている。リラックスした口元の唇は、とてもやわらかそうだった。
口づける前にそういうことを光忠は観察して、少し悪戯心を覚えた。ここで、なかなか口づけをしなかったらキスを待っている鶴丸はどういう反応をするだろうか?焦れる?それとも呆れる?それとも、彼のほうから口づけてくれる?
そんなことを予想してなんとなく愉快な気持ちになった光忠は、キスができる距離に近づいたまま、しばらくその距離でじっとしていた。
十秒。二十秒。
三十秒が過ぎたあたりで、鶴丸のまぶたがおずおずと持ち上がった。そして、至近距離にいる光忠と目が合い、彼は顔をしかめた。
「何してるんだきみは。焦らすんじゃない。キスしたいと言ったのはそっちだろう」
「ごめん、キスされるのを待ってる鶴さんがかわいくて、つい見つめちゃった。されたいんだなぁって思って」
「なっ、いや、光坊がそうしたいと言うから、俺はそのほうがやりやすいだろうと思って目を閉じただけだ」
鶴丸はやや早口で反論して、一瞬視線を逸らし、そして再びこちらを見た。
「でも鶴さん、さっき焦らすなって言ってたよ。やっぱり、キス、されたいはされたいんだよね?」
光忠は至近距離のまま少し首を傾げて、上目遣いで彼の表情をうかがった。鶴丸は一回、二回と瞬いて、眉を下げた。呆れているような、あるいは、降参と言いたげな表情。
「光坊、分かってて訊いてるんだろう?言わせたがりめ」
「ふふ、だって、鶴さんの口から聞きたいから」
鶴丸は一呼吸置いて、肩をすくめた。
「きみと口づけるのは好きだ。だから、いつでもそうされたいと思ってるに決まってるさ」
彼はそう言うと困ったように微笑んだ。かわいい。
「小っ恥ずかしいこと言わせてないで、早く唇をくれよ。きみだってしたいんだろう?光坊」
「ふふ、そうだね。じゃあ、お言葉に甘えて」
そこで一呼吸置いた光忠に、鶴丸は慈愛のような表情で目を細める。そして、彼はそのまま目を再び閉じた。
「いただきます」
そう言って、唇を合わせた。やわらかいその唇には、ほんのりと先ほどの味見の爽やかな名残があって、確かに味見というのは普通に頂くのと違うおいしさがあるように思われる。ほんのりと夏の予感を思わせる味だった。
唇を食んで、離して。もう一度口づける。今度は少し長く。
「ん」
どちらのものか分からない鼻から抜けるような声が漏れて、これ以上はいけないと思ってそこで光忠は顔を離した。至近距離で見つめ合ったまま、ふふ、と思わず笑い合う。
「さて、味見はできたかい?」
「うん。でも、もっと食べたくなっちゃった」
光忠がそう答えると彼は笑って、光忠の耳元に唇を寄せて囁いた。
「だったら今晩、たんと召し上がれ」
まったく本当にこの人は。大胆な誘いに敵わないなと思って光忠は素直に頷いた。
「じゃあ、遠慮なく。お腹空かせておくね」
「そうだな。若者は、がっつくくらいが丁度いい」
鶴丸は挑戦的に微笑んで、ひらりと手を振ると厨を出ていった。またあとでな、と言いながら。
「
……
わぁ、鶴さんってば、積極的、」
残された光忠の呟きが宙に浮いて、この日の光忠は夜までなんとなくそわそわした心地で過ごすことになった。なんだかお腹が空いてしょうがなかった。
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