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2025-04-26 23:27:38
2823文字
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燭鶴「二人傘」

燭鶴版深夜の創作60分一本勝負 お題「ふたり」
雨の中、相合い傘の下で二人きりの二人の話です。

 少し向こうから、こちらへやってくる人影が見える。その人影は、急いでいるようだったが、傘をさしているせいか、全力で走ることができずにあくまで急ぎ足程度のスピードを保っていて、もどかしそうに見えた。その様子がなんとなく愉快で鶴丸は笑ってそれを眺めた。
 最初に見えた時は小さかった人影は、どんどん大きくなって、その姿がはっきりとしてくる。表情が見えるようになって分かったのは、彼が――燭台切光忠が――、困ったような呆れたような、それでいて心配そうな顔をしているということだ。

「複雑な顔だな、光坊」

 声が届く距離になったので鶴丸がそう投げかけたら、光忠はいよいよ呆れたように苦笑した。店の軒下で雨宿りをしている鶴丸のそばまでやってきて、やれやれ、とため息をついている。

「鶴さん、!今日はこのあと大雨だよって、僕、出かける前のあなたに言ったよね?傘を持って行ってねって言ったのに」
 聞いていなかったのか、と彼が口をとがらせるので、鶴丸は首を振って笑った。
「いや、確かにきみに忠告されたぜ」
「そうだよね?なのに、出かける鶴さんとすれ違った貞ちゃんが、鶴さんは傘を持ってなかったよって言うから」
「はは、すまんすまん。うっかりしていたんだ」
「僕が気づいて迎えに来れたからよかったけど、そうじゃなかったらずぶ濡れだよ。僕たちだって風邪ひいたりするんだからね、気をつけてほしいな」

 待ってるあいだに濡れてない?と光忠は世話焼きの母親のように気遣って(急いで雨の中やってきた彼のほうがよほど濡れてそうに思えるが)、鶴丸を上から下まで観察した。そして、鶴丸がまったく濡れていないことを認識したのか、頷く。

「でも、鶴さんが雨宿りしてくれててよかった。濡れちゃってたらどうしようって思ってたから。じゃあ、帰ろうか」
 光忠はそう言って帰路に誘おうとして、あ!と大きめの声を上げた。
「慌てて出てきたから、鶴さんの分の傘を持ってくるのを忘れちゃった。この傘は鶴さんが使って。僕は走って帰るから」

 先ほどまであんなに身体を濡らすな、身体を冷やすなと言っていたのに、潔く自分がずぶ濡れになる選択肢を提示して、光忠は傘をこちらに差し出した。

「おいおい、」
 鶴丸は差し出された傘の柄の部分を持たずに、光忠の手に自分の手を重ねた。
「雨の中、恋人を迎えに来ておいて、傘だけ渡して独りで帰らせるやつがあるか。こういうときは二人傘と相場が決まってるんだ」
 光忠はきょとんとしてから、眉を下げて笑った。

「相合い傘ってこと?なんか少し、照れちゃうね」
「しっかりしてくれ、伊達男。そら、帰るぞ。あいにく俺はきみより小さいからな、光坊が傘を持ってくれたほうが助かる」
「もちろん、僕が持つよ。なるべく僕に寄っててね、鶴さんの肩が濡れちゃうから」

 照れちゃうね、だなんて初心な様子を見せておきながら、傘に入った鶴丸の肩を抱き寄せた光忠の仕草は堂に入っていて、相変わらずの伊達男ぶりに感心させられる。

 軒下から軒先へと出た瞬間、ビニールの傘に大粒のしずくが打ちつける音が傘の中に反響して、さながら打楽器になった気分だ。足元ぬかるんでるから気をつけて、との言葉に頷く。

「本当にひどい雨だな、光坊が来てくれて助かった」
「よかったよ、本当に、迎えに来れて」
「そうだな。……光坊、」
 横顔を見ながら呼びかけたら、なぁに?と言いたげな表情で彼はこちらを見た。

「実のところ、きみが来てくれるだろうと思ってわざと傘を忘れたんだ、と言ったらどうする」
……、わざと、って?」
「わざと傘を持たずに出て光坊を待っていたんだ、と言ったら、そうしたらきみと二人きりになれると思ったと言ったら、きみは呆れるかい」

 鶴丸の言葉を聞いた光忠は、困っているようにも、嬉しそうにも見える曖昧な表情を浮かべて、口元を少し緩めた。緩んだのを隠すように空いている方の手で口元を隠す。

「呆れるっていうか」
 口元を隠したまま、もにょもにょと何事か言葉にならない言葉を発した光忠は、最終的に、へへ、と緩んだ表情で笑った。
「愛しいって思うよ」
……そうかい」
「うん。鶴さんって、すごくかわいい。確かに最近二人でゆっくりできてなかったもんね。寂しかった?」
「まぁ、光坊不足ではあったな。だからちょっとばかし小狡いことをしてみたわけだ」
「僕は、鶴さんが小狡いことをしてくれたおかげでこうして二人で帰れて嬉しいよ。ありがとう」
「はは、そりゃどういたしまして」

 雨の勢いは衰えることなく、むしろどんどん強まっている。聞こえるのは傘に打ちつけるしずくの音と、お互いの声だけだ。そのせいなのか、鶴丸には、単に帰り道で光忠と二人きりというだけでなく、世界の中で二人きりのように感じられた。

「ねぇ、鶴さん」
「ん?」
 傘の中で、内緒話をするように声をひそめた光忠が耳元で囁いたので、鶴丸は彼に耳を寄せた。
「せっかく相合い傘だし、鶴さんは僕が不足していたみたいだし、……キスでもする?」
「おいおい、こんな往来の真ん中でか?」
 大胆な光忠の言葉に肩をすくめて笑いながら返事をしたら、光忠も同じように笑っている。
「ふふ、冗談だよ。でも、なんだろう、今の僕たち、なんだか世界に二人だけのような気がして、どこでキスをしても誰も見てない気がするんだ」
「そいつは奇遇だな、雨の音と光坊の声しか聞こえないから、俺もちょうど、今この世界にいるのはきみと俺の二人だけのような気がしていた。」
「ほんと?」
「本当だぜ」

 偶然の一致に二人は顔を見合わせて笑って、それから立ち止まってもう一度内緒話の距離に近づいた。互いの顔が近づく。それはどちらともないキスの誘いで、同時に口づけを受け入れる仕草でもあった。
 光忠の唇が、そっと鶴丸の唇に触れる。本当にそっと、ふわっとやわらかくなぞるような触れ方。
 それはただ触れるだけのキスだったけれど、雨のせいで少し肌寒い空気の中では相手の体温があたたかく、身体の芯がじわりと熱くなるような気がした。その感覚がなんとなく照れくさくて、ごまかすように鶴丸は笑った。

「まるで映画のワンシーンみたいじゃないか」
「そうだね。じゃあ、映画だったら、このままエンドロールってところかな」
「これで終いでいいのかい?わがままを言うなら俺は、まだ終わってほしくないな」
「じゃあ、遠回りして帰る?もう少し僕ら二人きりの時間を、僕も楽しみたいかも」
「なら、決まりだ」

 二人は顔を見合わせて悪戯っぽい笑顔で笑いあった。歩き出そうとした鶴丸を光忠が引き止めて、肩を抱き寄せた。
「その前に、もう一回だけ」

 再び重ねられた唇を受け入れて、鶴丸は目を閉じた。この瞬間、傘の下で、雨音に包まれて、二人は確かに世界で二人きりだった。