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2025-03-22 23:30:40
4024文字
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燭鶴「蕾」
燭鶴版深夜の創作60分一本勝負 お題「屋根/ひらく」
桜の開花の瞬間を目撃しようとする二人の話。
「光坊、光坊、起きてくれ」
軽く身体を揺すられる感覚で光忠は目を覚ました。ぼんやりとした目で声の主を見上げると、身体を揺すって声をかけてきたのは同室の鶴丸のようだった。彼と同室になってからは長いが、光忠は朝に強いのでこうして起こされたことはこれまでに一度もなかった。普段は、鶴丸よりも自分のほうが先に目を覚ましている。
めずらしく自分が寝坊してしまったのだろうか、と光忠は寝ぼけた身体を慌てて起こしたが、外の様子をうかがうにまだ薄暗く、日は出ていないようだ。
「鶴さん?こんな時間にどうしたの?悪い夢でも見た?」
なんらか不安に襲われてこちらを起こしたのだろうか、と光忠は心配になった。目を擦ってもう一度起こしてきた本人を見ると、鶴丸はすでに内番着に着替えている。
「日の出前からすまんな。きみに見せたいものがある。着替えて俺に着いてきてくれるかい?」
「あっ、えっ、そうなんだ。うん、鶴さんが悪い夢を見たとかじゃないならそれでいいんだけど
……
、どこに行くの?」
「着いてくれば分かる。細かいことはあとだ、ささっと着替えてくれ」
「
……
?分かった、ちょっと待ってね」
鶴丸国永という年上の恋人が、なんらかの企みや試みに光忠を巻き込むのはよくあることだ。彼は年長者ながらも好奇心の塊で、いつもわくわくすることを探している、ように見える。光忠は鶴丸のそういうところを好ましく思っているので、今朝もまた、何か面白いことに自分を巻き込もうとしてくれているのだろうと思って、早朝から起こされたことはあまり気になっていない。
寝起きはいいほうなので、普段よりも数時間ほど早いものの起き上がった光忠はてきぱきと内番着に着替えて、ついでに軽く髪を整える余裕もあった。
「おっ、準備はできたようだな、行くか」
「うん、お待たせ」
鶴丸のあとについて光忠は部屋を出た。日の出前ということもあって、本丸はとても静かだ。ほかの者たちを起こさないように、二人はそうっと屋外へと向かった。
「鶴さん、どこに向かってるの?」
「そう焦るな、着いてくれば分かる」
屋外に出た鶴丸は、離れの納屋の方に向かった。納屋の外に積まれている資材の山などを器用に足場にして、軽やかに屋根に登っていく。
「登ってこれるかい、光坊」
「鶴さん、身軽すぎるよ、ちょっと待って」
自分の身長の高さを活かして、鶴丸に続いて納屋の屋根に登った光忠は、手招きされたので彼の方に近づいた。
「これを見てくれ」
鶴丸の指差す先を見ると、彼は納屋の屋根の上に伸びてきている枝を指していた。その枝には、薄暗い中でも分かるくらいはっきりとした薄紅色の蕾がいくつかついている。
「この蕾って
……
、桜?」
「そう、桜だ」
「こんなところに桜植わってったっけ?向こうにまとまって植えてあるよね?」
「そうだ、こいつはいわゆる『ぼっち』の桜なのさ」
「一人ぼっちの
……
」
確かにこの木は周囲のほかの木からも離れて、ぽつんと納屋に寄り添うように植わっている。ほかの桜たちからも離れているだけでなく、ほかの木からも離れているのだ。
「この桜が、どうかしたの?」
「俺はこの桜が今日、開花すると踏んでいる。太陽が出たら、この蕾たちがひらくだろう」
「えっ、鶴さん、蕾が咲くかどうか分かるの?」
「いや、完全に勘だ。ただ、俺はこのぼっちの桜が蕾をつけはじめたころから気にかけていてな。日々観察していたんだが、ここ数日で蕾の色が一気に濃くなった。気温もあたたかくなってきたし、こりゃ今日あたり蕾がひらくんじゃないかと思って、その瞬間をきみに共有したくなったわけだ」
「わぁ、なんだかロマンチックだね。素敵な瞬間を共有しようと思ってくれたってことかな」
「これくらいじゃ光坊のロマンチストぶりには敵わんが
……
、ま、春ってのはなんとなく情緒的になるものさ」
鶴丸の指先が、そうっと桜の枝を慈しむように撫でる。日の出が近いのか、少しずつ空は明るくなってきていて、桜の蕾やお互いの輪郭線が、はっきりとしはじめていた。
蕾がひらく瞬間というのは、見たことがない。花というものは、いつの間にか気がついたら咲いているものだ。
そう考えると、とても神秘的な瞬間に立ち会おうとしているのかもしれなかった。
「なんだか緊張するね」
「そうだな、目を逸らすなよ。またとない機会だぜ」
しばらく二人で蕾を見つめていたら、空が急に明るくなった。太陽が顔を出したのだ。
「お、いよいよだな。見逃し厳禁ってところだな」
鶴丸の視線は、じっと蕾に注がれている。明るくなったことで、蕾の控えめな彩りがはっきりとしていて、それは繊細で綺麗だった。蕾の根本のほうは白に近い色をしていて、先端のほうは濃いめの薄紅色に色づいている。どこかで見たことがあるような色合いだ、と光忠は思った。
蕾はまだひらく気配がない。多少は目を離しても大丈夫だろう、と思って光忠は今度は蕾を見つめる恋人の横顔に目をやった。
隣にいる鶴丸は、朝日でキラキラした金の瞳で蕾をじっと見つめている。気分が高揚しているのか、頬に淡く紅が差していて、顔色がいい。
その表情を見たあとに、再び桜の蕾に視線を戻して、光忠は蕾を見たときの既視感の理由を理解した。桜の蕾は、鶴丸の淡く色づいた肌に似ているのだ。
そのことに気づいてからは、光忠は蕾と鶴丸を交互に何度も見比べた。
蕾をひらく瞬間を待ちわびてわくわくしている彼と、今か今かと開花のときを待つ桜は、何か同じようにキラキラしているように思えた。蕾を構成する薄い花びらは、繊細なガラス細工のようで、それと同じ印象を、蕾を見つめる鶴丸の横顔に感じる。長く白いまつげが朝日を浴びて輝いている。
とても美しい。開花という神秘的な瞬間を待ちわびる桜も、蕾がひらく瞬間を目撃しようとしている恋人も。
いや、どちらも美しいけれど、それでも、光忠は鶴丸こそ綺麗だと思った。これはたぶん、恋人の贔屓目。だから光忠は途中から、蕾ではなくて蕾を見つめる鶴丸ばかりを見つめていた。
日が昇ってから、それほど時間が経っていないころあいだったと思う。光忠が相変わらず鶴丸の横顔を見つめていたら、彼が感嘆の声を上げた。彼の表情がぱっと輝く。
「見たか光坊!今、蕾が一つ二つとひらいたぞ!」
こちらを向いた鶴丸は、花がひらくような笑みを浮かべている。好奇心旺盛な少年のようにも、可憐な少女のようにも見える笑顔だった。あまりに愛しい笑顔だったので、光忠は蕾の方へ視線を向けられずに、そのまま彼を見つめた。
「待て待て、見るのは俺じゃないだろう。蕾がひらいたんだぞ?ほら、見てみろ」
ほら、と鶴丸が指差す先を見ると、確かに閉じていた蕾がほころんで、二つほどひらいている。
「わっ、本当だ!」
「光坊、まさかとは思うが、きみ、蕾がひらく瞬間を見逃したな?ずっと俺を見てたのか?」
「あはは
……
、えっと
……
」
「まったく
……
、せっかく桜が咲く最初の瞬間をきみと共有しようと思ったんだが
……
」
鶴丸は蕾がひらいた瞬間を見逃した光忠に少しむくれた顔をした。いいものを見せてやりたかったのに、と拗ねたように彼は言う。
「それはごめんね?でも、僕はいいものを見せてもらったよ」
「蕾がひらくのを見逃しておいてか?」
「うん、僕は鶴さんの花がひらくような笑顔を見せてもらったから」
光忠がそう言うと、鶴丸はなんとなく呆れたような、あるいは少し照れたような曖昧な表情を浮かべて笑った。
「光坊は、本当に俺のことが好きだな」
「うん、大好き。お花見もいいけど、鶴さんのことを見ていたいかも」
「花より鶴なのかもしれないが、花も見ろ。どんどんひらいていっているぞ」
鶴丸は再び蕾に視線を向けた。光忠もそれにならって、もう一度蕾を見る。二つほどひらいた桜の花は、寄り添うように少し重なっている。
「こっちの花が鶴さんだったら、こっちは僕だね?」
「
……
?」
「ほら、今の僕たちみたいに寄り添ってるみたいでしょう?」
光忠が鶴丸に笑いかけると、彼は一瞬ぽかんとして、笑い出した。
「やっぱりきみが一番ロマンチストだな!口説き上手だ。俺の負けだよ」
「ふふ、何の勝負?でも、なんか僕は今すごく晴れやかな気分だな」
「俺もだ。桜も咲いたし、光坊と一緒でいい朝になった」
「よかった!僕も鶴さんのおかげでとってもいい朝だよ」
ありがとう、と言うと、鶴丸は得意げにしている。
「この桜が満開になったら、きみと花見がしたい。このぼっちの桜に、俺は勝手に情を抱いているからな」
「いいね、鶴さんに大事にしてもらったら、嬉しくて桜もたくさん咲いちゃうんじゃない?」
「なんじゃそりゃ。俺は花咲かじいさんじゃないぞ」
光忠は鶴丸を見て、桜の花を見て、再び鶴丸を見た。
「花咲かじいさんというよりは、桜の精霊って感じかな。とっても綺麗だから」
「光坊は俺を褒め過ぎだ」
「いくら褒めても足りないよ、だって鶴さんは本当に綺麗だし、純粋だし、格好いいし、
――
」
「分かった分かった、続きは部屋で聞くぜ。ここでいちゃこらを見せられる桜の気持ちになってみろ。うんざりするだろうよ」
二人は屋根から下りて、なんとなく桜の木に手を振ったあと、部屋へとゆっくり戻った。昨日までと、空気が違う気がする。桜によって告げられた春が、辺りに広がっていくみたいだった。
「春ってなんだかわくわくするから、やっぱり鶴さんは春だよ」
「きみは本当に何を言ってるんだ」
呆れたように笑った鶴丸は、やっぱり花がほころぶような笑顔で、この花のような恋人を光忠は愛しく思って見つめていた。自分は年中、蕾がひらく瞬間を目撃しているな、と思いながら。
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