青色
2025-03-07 20:50:23
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燭鶴「恋愛相談」

光忠くんに恋心を抱いている自覚のない鶴さんが、光忠くんに恋愛相談されて恋心を自覚する話。光忠くんがちょっと策士。最終的に両想いになります。
鶴さんって、かわいがっている子の恋愛に対する反応が父親的というか、「そんな人お父さんは認めませんよ!」みたいなところがあると思います。

 鶴丸は秘蔵のぶどう酒をいそいそと準備していた。

 というのは、このあと光忠と飲む予定があるからだ。つまみになるものは彼が持ってきてくれるみたいなので、鶴丸は酒を開けることにする。

 光忠が今夜空いているか、と声をかけてきたのは今朝の朝食が終わったあとのことだった。正確に言えば彼は飲みの誘いをしてきたわけではなく、相談事があるから聞いてほしいと言ってきたのだ。それなら、飲みながら話そう、そのほうが話しやすいだろうと鶴丸が酒を開けることを提案した。光忠も提案に賛同したので、今夜の鶴丸は彼のサシ飲み相手兼相談相手だ。

 こうやって光忠に相談事を持ちかけられることはときどきあって、そのたびに鶴丸はいつも気を良くしている。彼は人に相談することが顕現当初からあまり得意ではなく、そのため鶴丸は彼が一人で抱え込みすぎないように先輩として何かとフォローしてきた。その甲斐あってこうやって鶴丸には相談をしてくれるようになった。
 光忠が相談する相手はとても限られているので(ほとんど鶴丸だけと言っていい)、鶴丸はこのことに特別さをいつも感じている。

 彼のことを、先輩として、ときに兄のような、ときに父親のような目線で見守っているので、頼られることは嬉しいのだ。

「こんばんは、鶴さん、入ってもいい?」
 そうこうしているうちに、光忠が部屋にやってきた。つまみで手が塞がっているだろうと思って、戸を開けてやる。ぶどう酒を開けると先に言っておいたので、彼の持参したつまみは洋風のものだ。
「お、よく来たな。座ってくれ。秘蔵のぶどう酒を用意しておいたぜ」
「わぁ、ごめんね、きっと良いやつなのに。こんなタイミングでもったいないよ」
「いや、光坊と飲めるなら上等さ」

 これは本当だ。鶴丸は光忠のことを一等気に入っているし、気にかけている。そういう相手には、良いものを提供してやりたい。
 隣りあわせに腰を下ろして、光忠に一杯注いでやった。自分の分を自分で注ごうとしていたら、彼が丁寧に注いでくれる。グラスを合わせて乾杯した。

 しばらくのあいだ、光忠は他愛のない話を口にしていた。めずらしい調味料が手に入っただとか、行きつけの八百屋でご婦人たちと仲良くなったとか、そういう話だ。なかなか相談事に行き着かない。言い出しにくいのかもしれないな、と鶴丸は考えながら、つまみを口にして、ぶどう酒を飲んでいた。

「ごめん、関係ない話しちゃった。実は朝言ったとおり、相談があって……
 やはり言い出しにくいのだろうか、光忠は一度口ごもった。鶴丸はつまみを食べるのをやめて、彼のほうを見た。
「ん、その話だな。なんでも聞くぜ、鶴さんに任せな」
「うん、ありがとう。聞いてもらえるとすごく助かるよ、鶴さんは経験豊富だから」
 鶴丸の言葉に、安心したように彼は頷く。一度言葉を切って、一口ぶどう酒を口に含んだ。

……その、相談っていうのは、恋愛についてなんだけど」
 口に含んだぶどう酒を飲み込んだ光忠は、遠慮がちにそう言って、困ったように微笑んだ。

 それを聞いた鶴丸はといえば、驚きのあまり飲みかけていたぶどう酒で盛大にむせていた。

 恋愛について?それはちょっと想定外だった。
 えっ???つまり、光忠は今、恋をしているということか?初耳である。

 なんだかよく分からない焦りの感情が鶴丸の全身に広がっていく。娘が結婚すると言い出した父親は、こんな気持ちなのかもしれない。

「鶴さん、大丈夫?やっぱり僕が恋愛事に悩んでるのって、似合わないし格好悪いよね……
「いやいや!格好悪いなんてことはないぞ。すまん、ちょっと酒が気管に入っただけだ。爺はこれがいかんな……
 むせたのは光忠の切り出した相談のせいではないと、鶴丸は曖昧に誤魔化して首を振った。

 とりあえず一旦落ち着こう。まだどんな内容の相談なのか分からないのだ。まずは内容を聞いてみるべきだ。鶴丸は自分の中に湧き上がったなんだかよく分からない焦りの感情は見ないことにして、彼に続きを促した。

「光坊も恋をする歳か。いや〜若くて初々しいな。続けてくれ」
「恋をするっていう表現でいいのかな。なんていうかその……、付き合いたい人がいるんだけど、相手の人に僕が釣り合うのかどうか自信がなくて。それを鶴さんに判断してほしいんだ」
「なるほどな、自分がふさわしいか分からないから、告白するか迷っているといったところか。いいぜ、鶴さんに相手がどんなやつなのか話してみろ。光坊はいい子だから誰に対しても釣り合わないなんてことはないだろうが、逆にその相手がきみにふさわしいかどうか審議しようじゃないか」
「うん、ありがとう。鶴さんの意見を僕はすごく信頼しているから、ありがたいよ」

「ちなみに相手は女性なのか?」
「ううん、男の人」
「そうか……、まぁ二二〇五年、多様性が謳われるようになってからも随分経った。性別にとらわれる必要はないよな」
「そう言ってもらえると気が楽だよ」
 へへ、と光忠はまたちょっと困ったように、いや、照れたように笑って、その照れによってこの相談に対して真剣であることを示しているように思われた。

 鶴丸はといえば、続きを聞きたいような、なんとなく聞きたくないような、揺れ動く心を抱いているのだが、相談事に乗ると言った以上、そして、光忠を大切な後輩として、ときに弟や息子のようにさえ思っている以上、真摯に聞いてやらねばならないと使命感にも駆られている。
 しかし、そうはいっても鶴丸は光忠が誰かに恋心を抱いているらしいことにとても動揺していた。別に、刀剣男士が恋をすることはめずらしいことではないのに(実際、恋仲がいる仲間もいる)どうしてこんなに彼の恋愛相談について動揺しているのか分からない。まぁ、いい。一旦、このことについては考えるのをやめよう。とりあえずは、話を聞くのみ。

「そのお相手は、どんなやつなんだい?見た目からいこう。きみよりでかいのか?」
「僕よりは少し小さい人だよ。そしてすごく細い」
「おいおい、頼りないな。光坊が付き合うんならもっとこう……どっしり頼れるやつがいいんじゃないか?顔がいいのか?」
「そうだね、顔立ちは綺麗な人だよ。中性的な感じ」

 なるほど……、と鶴丸は頷いて腕を組んだ。光忠は男性的なタイプだが、相手はどうやら女性的(?)な男性なのかもしれない。基本的に自分にないものに人は惹かれるようだから、光忠もそういう感じでその人に惹かれているのかもしれなかった。ぼんやりと女性的な男を思い描き、その相手と光忠が仲睦まじくしているのを勝手にイメージしてしまう。なんとなくもやっとした。なぜだろう。

「しかし見た目が良ければいいってもんじゃないしな。性格とかはどんな感じなんだい」
「その人は退屈なことが嫌いで、面白いことが好きなんだけど、」
「あ〜、おちゃらけたタイプか。光坊の相手としてはどうなんだ?きみが振り回されやしないか俺は心配だ」
 鶴丸は顔をしかめた。光忠は面倒見がいいタイプなので、相手のそういうおちゃらけたところを好ましく思っているのかもしれないけれど……、付き合うならもっと彼が穏やかに過ごせる相手のほうがいいのではないだろうか。

「それから、その人は僕の料理をすごく気に入ってくれてて」
「光坊の料理が美味いのは当然だよな。しかしそいつは光坊ばかりに料理をさせて自分は食べる専門になるつもりじゃないだろうな。恋仲ってのは持ちつ持たれつだぞ?作ってやるくらいの甲斐性がないと」
「まぁ、僕としては料理を褒めてもらえるのはうれしいよ」
 光忠は嬉しそうに微笑んだ。その誰かに褒めてもらったときのことを思い返したのかもしれない。

「それからその人は寂しがりで構われるのが好きなんだ」
「うーん、確かにきみは面倒見がいいから寂しがり屋のフォローは得意だろうが、きみが世話を焼くばかりになるのはどうなんだ?光坊だってそいつを構ってばかりじゃ疲れるだろう。一人になりたいときもあるだろうし」
「そうかな、僕はその人のそういうところ、かわいいと思ってるけど。あと、その人はみんなをあっと驚かせることが好きかな」
「ただ驚かせてるだけならいいが……、まさか迷惑をかけちゃいないだろうな。光坊が尻拭いをしないといけないところなんて俺は見たくないぞ」

 頭の中で相手の人間性を組み立てながら、うーん、と鶴丸は首をひねった。なんとも、自分としては素直に光忠におすすめしがたい相手のような気がする。悪いやつではないのかもしれないが、少し軽薄な人物のように思えた。彼にはそれよりもずっと、……ずっと良い人がいるように思うのだが。

「基本的に良い人なんだけど、戦場で無茶をするタイプなのがちょっと心配かな」
「光坊を不安がらせるのはよくないな。そいつが出陣していたら心配になるだろう」
「うん、そうだね。でもその人は戦場ですごく輝いてるから」
「だからといっても、きみを心配させるやつはどうなんだ」
 出陣の話が出たので、相手はどうやら刀剣男士のようだが、出陣で張り切りすぎるタイプはこの本丸にたくさんいるので、誰なのかは今のところさっぱり分からない。

「あ、あとね、その人はすごく大人なんだ」
「おいおい、そいつは年上なのか?さっきまでの話で年上とは思わなかったな。年上にしちゃ落ち着きがなさすぎないか?光坊に釣りあわない気がしてきたぜ」

 鶴丸はここまで聞いてきた話をもとに、相手が光忠にふさわしいのか総合的に考えた。どうにも、光忠の言う相手は彼にふさわしくない気がする。光忠自身も告白するか迷っているようだし、ここはやめておくように勧めるべきではないだろうか。こんな相手と付き合ったら、光忠が苦労するのは目に見えている。
 燭台切光忠は、いい男なのだ。素直で、優しくて、真っすぐで、かわいい。そんな彼にはもっと良い人がいるはずなのだ。もっと良い人が。もっと彼のことを大事にしてくれそうな人が。

 ……良い人。たとえば、誰だろう。
 たとえば、……そう、鶴丸国永、とか。
 ……は?

 鶴丸は自分の脳内に浮かんだ答えに自分でひどく困惑した。今、光忠にふさわしいのは自分だ、と思ったのか???無意識のうちに?
 いやいやいや、自分から彼への感情は、先輩目線、ときに兄目線、ときに父親目線、そんな感じのものだ。彼と恋仲になりたいだなんて思ったことは全然ない。確かに、光忠に対して好意を抱いているけれど、自分のこの感情は恋愛感情ではないはずだ。だから、光忠が想う相手が彼にふさわしい相手でありさえすれば、もっと手放しに応援できるのだ。今回は、相手が微妙だから応援できないわけであって。

 じゃあふさわしい人ってどんな人だろう。鶴丸は考えて、ぱっとイメージはできなかったが、誰かが光忠の隣にいつもいて、親しくしているのをぼんやりと想像した。あるいは、彼がその相手について自分に惚気てくる想像を。

 想像して、嫌だ、と思った。

 なぜって、光忠は鶴丸の大事な後輩なのだ。あるときには弟のような、またあるときには息子のようなものなのだ。自分は光忠の良き相談相手としての先輩なのだ。自分が一番彼を大事にしている。かわいがっている。自分が一番目をかけているはずだ。それなのに、ほかの誰かが隣にいる?それは嫌だ。すごく嫌だ。

 だって、俺の光坊だぞ??????俺が一番この子のことを知っている。

 鶴丸の思考はここまで一直線で至り、そしてはた、と立ち止まった。「俺の」光坊ってなんだ?
 そして、鶴丸はここにきて初めて理解した。自分は、光忠のことが好きなのだ。ただ好きなわけではなく、特別に好いている。独占欲のような感情を伴って。つまり、この好きは、恋愛的な感情を含んでいたのだ。

 彼のことを、かわいい後輩だと思っている。ときには弟分みたいに、あるいは息子みたいに思うこともあった。ただ、違っていたのは、鶴丸の想いは単なる親愛ではなかった。自覚のない恋心があったのだ。
 光忠のことが大事で好きだ。自分こそが彼の特別でありたいと思う。すべての関係性を内包した上で、光忠の特別でありたい。一番でありたい。こう考えてみると、鶴丸の彼への想いは確かに恋慕であった。つまり、彼を愛しているのだ、鶴丸は。

 このことが分かったからには、やっぱり、光忠が誰かに告白するのを応援するわけにはいかない。自分としては、ここはしっかり、ふさわしくないと告げておかなければ。恋のライバルは少ないほうがいい。

「光坊、いろいろ聞かせてもらって少し考えたが、やっぱりあんまりその相手はきみにふさわしくない気がするぜ。そいつも悪いやつじゃないんだろうが、もっといいやつが光坊にはいるはずだ」
「そっか、鶴さんはやめといたほうがいいと思うんだね」
「ああ、俺としてはそう思う。きみにはもっといいやつが絶対にいる。だからさっき話してたやつはやめておきな」
 鶴丸はきっぱりと言い切って頷いた。つられるように、光忠も頷く。
「分かった。鶴さんの意見が聞けて嬉しいよ。鶴さんが付き合うのをやめておけって言うならやめておくね。ちなみに……、僕がずっと話してた人はね、」

 光忠の背中を押さなかったからには、彼がほかの誰かを再び好きになる前に、今度は自分がアプローチをしかけていかなければ。好意ってどうやって伝えるのがいいんだろう、どうやったら好きになってもらえるだろうか、そんなことを考えながらぶどう酒を鶴丸は飲んだ。光忠が続ける。

「僕が話してた相手の人は鶴丸国永って人についてなんだけど……、」

 ぶどう酒を飲んでいた鶴丸は、光忠が付け加えた言葉にまた盛大にむせた。しばらく咳き込む。大丈夫?と彼が背中をさすってくれた。いや、大丈夫ではない。

「待っ、ちょ、え、は????いやいやいやいや待て待て待て、今、相手は俺だと言ったか???」
「うん、僕はずっと鶴さんの話をしてたよ。気づかなかった?」
「いやいや、俺に俺についての相談をするのはどう考えてもおかしいだろ。それに、さっきの話じゃ、まるできみが俺のことを好きみたいなこと言ってたが」
「うん、そうだよ。僕は鶴さんのことが好き。だから告白するかどうか迷ってたんだけど……、鶴さんがそんなやつやめておけって言うから、やめておく」
「待て待て待て!やめておけと言ったが、俺が相手というなら話が変わってくるだろう!」
……?」
 きょとんととぼけている光忠を見て、鶴丸は頭を抱えた。

 自分自身が懸想している相手に恋愛相談だなんてこの男はどうかしている。鶴丸だってまさか自分について言われていると思ってはいなかった。自分だと思わなかったから、盛大にふさわしくないと否定してしまったではないか。自分だと分かっていたら否定しなかった。だって、鶴丸は光忠のことが好きなのだから、彼と付き合いたいかと言われたら付き合いたいに決まっている。

 光忠は、鶴丸が指摘した「鶴丸国永を恋仲にすること」の問題点を反芻した。

「でも、鶴さんが言うには、鶴さんは僕より小さくて細くて頼りないみたいで」
「だ、だが、それは見方を変えれば抱きしめやすいということかもしれないぞ!?」
「顔がいいだけじゃだめだってことだったし」
「いやしかし、顔がいいのは大事だろう。俺は面食いの主のお墨付きだぜ」
「おちゃらけてて僕を振り回しそうだから合わないって」
「だがそれはきみを退屈させないってことだ!」
「料理を食べる専門なのもよくないかもって」
「誰よりもおいしく光坊の料理を食べる自信がある!それに俺だって料理をきみに振る舞えるさ」
「僕が世話を焼くばかりになりそうなのもよくないって」
「大丈夫だ、俺は寂しがりでもなんでもないし、きみのことを甘やかせるぞ」
「人を驚かせて迷惑をかけるタイプかもって」
「俺は人に迷惑をかけない驚きがポリシーだ。光坊に尻拭いはさせない」
「戦場で無茶をして僕を不安にさせるところもだめだって」
「それは今後気をつける!きみを心配させないと誓おう」
「それに年上なのに落ち着きがないんじゃないかって」
「若々しいんだ!年下の光坊と感性が合うぞ!」

 光忠が次々に上げていく「鶴丸国永」の欠点(これは全部鶴丸が先ほど指摘した欠点だ)に全力で弁解していたら、光忠は笑いだしてしまった。
「あはは、じゃあ、鶴さんの意見は変わったってこと?もう一回訊くね。僕が鶴丸国永という人と付き合うのはやめておいたほうがいいと思う?鶴さん」
「いや、付き合ったほうがいい。鶴丸国永はきみにふさわしいし、きっと相性はばっちりだ。後悔させないぜ」
「そうなんだね。じゃあ、つまり、……鶴さんって僕のこと、好き?」
…………、好きだ。そうだな、ちゃんと言おう。きみにふさわしいからとか相性がいいからとかどうとか、そういうことじゃなく、ただ俺が光坊のことを好きだから、俺は、きみは俺と付き合ってほしい、と思う」

 光忠のことを愛していると自覚した以上、鶴丸の答えに迷いはなかった。まさか、こんなにすぐに気持ちを伝えることになるとは思わなくて、ちょっと言葉に迷ってしまったけれど。
「ふふ、嬉しい。鶴さんが僕へのその気持ちを自覚して、そう言ってくれるのをずっと待ってたよ。僕もあなたのことが好き」
「ずっと待ってた?俺はそんなようなことをきみに言った記憶はないが……
「うん、それはついさっきまで鶴さんに自覚がなかっただけだね。だから、鶴さんが自分で気がつくように、ちょっと揺さぶってみた」
「謀ったのか、光坊……
「うん、……ごめんね。だって鶴さん、絶対に僕のこと好きなのに、全然自覚してくれないから。うかうかしてると僕は誰かに取られちゃうかもしれないよって、分かってほしかったんだ。僕に恋愛の相談されて、焦ったでしょ?」
「う、それは、そう、だが……

 確かに、光忠が自分じゃない誰かを好きかもしれない、という状況に焦ったことで、自分の中にある彼への好意を自覚することになったのは間違いない。そういう可能性をイメージしなければ、今でも鶴丸は自分の中にある光忠への愛に、恋愛感情に、気づいていないままだっただろう。

「まぁ、ちょっと意地悪だったし、強引だったかも。それはごめんね。あなたが自覚する前に、僕から告白してもよかったんだけど、そうすると鶴さん、僕に甘いからただ流されてオッケーしてくれちゃいそうな気がして。そうじゃなくて、もっと主体的に、僕のこと好きって思ってほしかったんだ」
 それで、光忠は一芝居打ったというわけである。鶴丸に好意を自覚させるために。その作戦は見事大成功だ。
……案外、策士だな、光坊は」
「へへ、あなたに意識してもらいたくて、必死ってところ」

 困ったような、あるいは嬉しそうな、そういう曖昧な笑みを浮かべてこちらを見る光忠を、愛しく思ってしまうのは仕方ないことだろう。

「まったく……、一杯食わされたが、きみのかわいさに免じて許そう」
「ふふ、ありがとう。そういうことで、じゃあ、僕たち、今から恋仲ってことでいい?」
「ああ、そうだな」
 鶴丸は言葉を切って、じっと光忠の目を見た。好意を自覚したことで、これまでよりもずっとこの青年のことが好きだ。これからも、きっともっと好きになる。

「俺にとってきみは、大事な後輩で、ときには大事な弟分で、またあるときには大事な息子みたいなものだったが、今この瞬間からは、大事な恋人だ」
「ふふ、僕は恋人になってもあなたの大事な後輩でありたいし、弟みたいな存在でありたいし、息子みたいな存在でありたいな。あなたのとっての存在の全部になりたい」
「光坊は欲張りだな、だが、きみの言うとおり、きみは俺にとってのあらゆる存在だよ」
 鶴丸が断言したら、彼はとても嬉しそうに笑った。

「ずっと鶴さんの特別になりたかった。だからすごく嬉しいよ」
「はは、ずっと俺がきみを特別扱いしていたことを、俺自身よりも先に光坊のほうがよく知っていたんじゃないか」
「うん、だって、鶴さんは分かりやすいから。でもやっぱり、ちゃんと恋仲ってなったらもっと特別になった気がして嬉しいんだ」
「なら、これからもっと特別扱いしてやろうな」

 相変わらずこの年下の男はかわいいことだ、と鶴丸はにこにこしている光忠を見つめながらしみじみと思った。強い愛情を感じる。自覚してはいなかったものの、こういう関係にいざなってみれば、ずっと前から確かに彼の一番の特別になりたいと鶴丸自身も思っていたような気がする。それが恋心だと気がつかなかった。なかなか、自分の恋心となると鈍感だったみたいだ。

「じゃあ、特別扱いってことで、恋人っぽいことしてもいい?」
 口づけでもしたいのだろうか、と考えた。なんでもいいぞ、と鶴丸が続きを促すと、光忠は抱きしめたい、と言った。
「僕よりも鶴さんは小さくて、抱きしめやすいんでしょう?」
 さっき鶴さんが言ってた、と彼は言った。そういえば、さっきそんな弁解をしたような気がする。
「ふ、そうだな。存分に抱きしめるといい。きっと抱き心地がいいだろうよ」
 鶴丸が大きく手を広げて待機姿勢を取ったら、すかさず抱きしめられた。彼の体温があたたかい。こうして触れあってみれば、確かにずっとこうしたかった。触れてみたかったような気がする。やはりずっと、恋慕の情だったのだろう。

「鶴さんを抱きしめるのは初めてなのに、なんだかすごく落ち着くよ」
「そりゃよかった」
 鶴丸の身体の輪郭がゆがんでしまいそうなくらいぎゅっと抱きしめた(この力強さは愛の強さなのだろう)あと、光忠は鶴丸を解放した。キスではなく抱きしめたい、というのは大きな子供が甘えてくるようでかわいいな、と思って鶴丸は彼の頭を撫でる。光忠はそれを微笑んで受け入れた。

「ねぇ、鶴さん」
「ん?」
「抱きしめるだけじゃ足りなかったから、もう一つ恋人っぽいことしてもいいかな」
「一つと言わずいくらでも欲張るといい。きみは特別なんだからな」
「そうすると無限に欲張っちゃいそうだから、今日は一つだけ。……キスしてもいい?」
 ずいぶんとかわいらしいお伺いだ、と思って鶴丸は目を細めた。もちろん、拒む必要も理由もない。鶴丸が頷くのを確認した光忠が、こちらの頬に片手を添えて顔をそっと近づけてきたので目を閉じる。

 やわらかく重ねられた唇は、思いのほかすぐに離れていってしまったけれど、その余韻はいつまでも残るように感じる。その余韻のままに、どちらともなく再び引かれあうようにまた口づけて、今度は少し長く互いを分けあった。

「きみを好きだと気づけてよかった、光坊。このことに気づくまでずいぶん待たせたな」
「ううん、大丈夫。僕はけっこう気が長いんだ。鶴さんに愛してもらえて嬉しいよ。これからよろしくね」

 ときに先輩と後輩、ときに師弟、ときに兄弟、ときに親子のようであった二人に、恋仲という新しい関係性が生まれてこれからはもっと繋がりは深くなっていくことだろう。そのことを、どちらともなく予感している。

「ああ、きみのことを末永く愛そう。俺のことも末永く愛してくれよ」
「それはもちろん、鶴さんは寂しがりだし構われるのが好きってしってるから、僕がいないとだめだってくらいに甘やかしてあげる」
 光忠は得意げにそう言って、それを聞いた鶴丸は首をひねった。
「最初にも言ってたが、光坊の俺に対するその印象はどこからきてるんだ……?俺は別に寂しがりでも構われたがりでもないだろう」
「そんなことないよ、鶴さんに自覚がないだけ」
「違うと思うんだがなぁ」

 鶴丸はしばらく首をひねってそのことを認めなかったが、恋愛感情を自覚できていなかった前例があるので、ひょっとすると光忠のほうが自分のことを分かっているのかもしれないと、それ以上は反論しなかった。

「ふふ、かわいいね、鶴さん」
 まぁ、何やら好意的に思われているみたいなので、それでよしとしておこう。
「言っておくが、光坊のほうがかわいいからな」
 目の前の男に鶴丸はそう宣言して、その頭をわしゃわしゃと撫で回した。彼は照れたような表情で鶴丸の手のひらを受け入れたあと、少しだけ目を細めて言った。
「かわいいって言われるのも嬉しいけど、格好いいところも見せたいな。もっと愛される覚悟、しておいてね」
……?わかった、愛してくれ」

 このときの鶴丸は、自身がかわいいと思っているこの青年に、いずれは自分がそれはそれは甘やかされてかわいがられることになることも、どれほど彼が自分をかわいいと感じているのか思い知らされることになることも、知るよしもなかったのである。

 鶴丸はすでに忘れていたのだ、光忠が恋心を自覚させるために一芝居打つくらいには男であることに。そして、鶴丸が恋心を自覚する前から鶴丸のことを恋い慕っていた光忠が、いままでひたすら我慢していたことを。

 鶴丸が光忠にそれはそれは甘く溶かされてかわいがられることになった話は、またどこかで。