青色
2025-02-12 21:21:01
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燭鶴「夜の散歩」

光忠くんに鶴さんが恋愛相談を持ちかける話。話がすれ違っているので一方的に光忠くんが鶴さんへの想いを諦める描写があります。わりとすれ違っている。でも、最終的にくっついてハッピーです。
光忠くんって、自分が好きな人に恋愛相談をされたら、そんな人やめときなよって言うんじゃなくて、恋路を応援する方向にいくタイプだと思う。

「光坊!今夜、ちょっと空いてるかい」
 鶴丸がそう声をかけてきたのは光忠が審神者に出陣報告を終えて部屋に戻ろうとしていたときだった。
「今夜?空いてるよ!『鶴さん飲み』かな?」
 何人参加予定?おつまみ作ろうか、と光忠が続けると鶴丸は首を振った。
「いや、今日はほかのやつはいない。きみだけだ」
「えっ、そうなんだ。めずらしいね。みんなを誘えなかったの?」

 はて、と光忠は首を傾げた。鶴丸からはよく飲みに誘われるけれど、サシで飲んだことは今のところないのだった。とはいえ、光忠の内心は、不思議に思う気持ちよりも嬉しいという気持ちのほうが勝っていた。

 と、いうのは、光忠はこの鶴丸国永という男士に恋愛感情を抱いているからである。

 いつも彼が何かをする(飲んだり、ゲームをしたり)ときに誘われる固定のメンバーに光忠は入っているけれど、二人きりで何かをしたことはない。光忠から誘ってみれば、もしかすれば気の良い鶴丸のことだから二人きりでも飲んでくれるかもしれないが、今のところ、誘いあぐねている。なんというか、恋をすると伊達男でも臆病になってしまうものだ。

 だから、彼が二人きりで、と誘ってくれたのは、よりいっそう親交を深める絶好のチャンスと言えるかもしれなかった。光忠はそんなことを考えて少し浮かれたが、とはいえそういうことはおくびに出さずにいつもどおりの顔をした。
「今夜は飲みの誘いじゃないからな、ほかのやつは誘わなかった」
「飲みじゃなかったら、ゲームかな」
「いや、それも違う。光坊、俺と今夜、夜を散策しないか?」
 こういう誘いには、きみが一番乗ってくれると思った、と鶴丸は付け加えて笑った。
「へぇ、夜の散策?風流でいいね。お伴が僕でいいなら、もちろんオッケーだよ」
「ま、散策と言うと聞こえはいいが、単純に爺さんの散歩ってわけだ」
 爺さん、と言いながら腰を曲げるジェスチャーを鶴丸がしはじめるので、思わず笑ってしまった。そんなにお爺さんじゃないでしょ、という光忠の言葉に彼も笑う。
「散策でもお散歩でも、僕は鶴さんと一緒だったら嬉しいな。夕食の後片付けを終えたら鶴さんのとこに行けばいい?」
「そうだな、湯浴みの前にしよう。待ってるぜ」
「うん!じゃあ、またあとでね」
 約束を交わして、鶴丸は演練場に去っていった。光忠はといえば、うきうきしていた。鶴丸がどうして自分を付きあわせる気になったのかは分からないが、とにかく自分が選ばれたことが嬉しかった。

 二人きりで格好良く決められたら、もしかすると彼に意識してもらうこともできるかもしれない。

「よし、格好良く決めないとね。頑張ろう」
 光忠は突然到来したチャンスをものにすべく、一人で気合を入れたのだった。


 夕食の片付けを終えた光忠は自室で髪のセットをしなおしながら、何か持って行くべきか迷った。今夜は寒い。光忠には必要ないけれど、たとえばマフラーなんかを持っていたら、鶴丸が寒いと思ったときに気を利かせられるかもしれない。私物でマフラーを持っているものたちは多いが、確か鶴丸は持っていなかったはずだ。よし、一応、持っていこう。必要なかったら、自分が巻いていればいいだけだし。

 鶴丸の部屋を訪れると、彼は部屋の外で待っていた。
「おっ、来たな、光坊。さて、お散歩といこう」
 「お散歩」というよりはまるで「冒険」に出かけるような勇ましさで鶴丸は拳を突き上げた。その様子が幼子のようで微笑ましくて、うっかり光忠は噴き出してしまった。いや、かわいかったので、つい。
 彼は光忠が乗ってくれなかったのが不満だったらしく、もう一度拳を突き上げた。今度は光忠も一緒に拳を上げると、とても満足そうにしている。

「どこまでお散歩行くのかな」
「本丸裏の丘を登ろうかと思ってな。これを知っているやつは少ないだろうが、実は登ったところに小さな東屋があるんだ。そこから晴れていたら海が見える。今日はよく晴れているからきっと見えるぜ」
「本丸の中からも海が見えるところがあるんだ?それは知らなかったな」
「そうだろう。鶴さんの豆知識だ」
 鶴丸は得意げに行って、本丸から外に向かった。そのあとを光忠は着いていく。

 建物の外に出ると、夜の空気は思ったよりも冷えていた。冬は、曇っている日よりも晴れている日のほうが寒い気がする。吐息が淡く白に濁っている。
 光忠自身はどちらかといえば装束を着込んでいるほうだし、寒さにも強いので平気だが、鶴丸はどうだろう。彼の方を見やると、心なしか寒そうにしている気がした。
「鶴さん、寒い?マフラー持ってきたから、貸そうか?」
「お、そりゃ助かるが、いいのかい?光坊が自分のために持ってきたんじゃないのか」
 あなたのために持ってきたんだよ、と光忠は思ったが、それを言うと気持ちがちょっと重いかな、と考えてそれは言わなかった。
「念のため持ってきたんだけど、思ったより寒くなくて僕は平気だから、鶴さんが使ってよ。なんだか寒そうだし」
「そうか、ありがとうな」
 鶴丸がそう言ったので光忠は手にしていたマフラーを差し出したのだが、なぜか彼はそれを受け取らず、突っ立ったままだった。

……?」
……?」
 二人は目を合わせたまま、示しあわせたように首を傾げた。そして鶴丸のほうが先にハッと何かに気づいたようだった。ちょっとばつの悪そうな表情を浮かべる。

「あぁ、すまんすまん、勝手にきみに巻いてもらうつもりでいた。そうだよな、大の大人が巻いてもらうのはおかしいよな」
「あっ、えっ、ごめん、スマートじゃなくて」
 光忠はまさか鶴丸が巻いてもらうのを待っていたなんて思っていなかったから(そういう甘えみたいなものをするタイプではないと思っていた)、動揺してしまった。
 動揺してしまったけれど、これはもしかして彼と距離を縮めるチャンスなのでは?と一瞬のうちに考えて、差し出したマフラーを鶴丸が受け取る前に自分の方へ引き戻した。代わりに一歩彼の方に踏み出して、ふわりと軽くマフラーを巻いてやる。ほんの一瞬だけれど、抱きしめるみたいな状況になって、このまま抱きしめられるような関係になれたらいいのにな、と思う。

「どうかな、これで寒くないといいんだけど」
 混ざった邪念を悟られないように光忠は澄ました声で言った。鶴丸は巻かれたマフラーに顔を埋めるようにしているので、やっぱり寒かったのだろう。しばらくマフラーに顔を埋めたあと、彼は、ぬくい、と一言だけ言った。なぜだか照れているように見えた。どうしてだろう。まぁ、気にしないでおくことにする。

「よかった、じゃあ、行こう。僕は場所を知らないから、鶴さんに着いていくね」
「ん、着いてきな」
 鶴丸が先導してくれるので、光忠はその一歩後ろくらいを歩いた。この位置取りだとなんとなく側仕えをしているような気分だ。それもまた悪くないかも。光忠は少し浮かれた頭で考えた。二人きりで夜の散策。今のところなかなか良い雰囲気なのではないだろうか。

 さっき少しマフラーを巻くのに手間取ってしまったけれど、どうやら鶴丸のほうもマフラーを巻いてもらうのにはやぶさかではないようだったし、実際、「そういう」仲のようにマフラーを巻いてあげられたからよかった。やっぱり良い雰囲気、なのかも。
 鶴丸の歩調は、こうして一緒に歩くと分かるが、少し遅めだ。光忠一人だったら、もっとスタスタ歩いてしまうだろう。普段の彼にゆっくり歩く印象はないから、今夜はお散歩ということでのんびりしているのかもしれない。光忠としては、二人きりの時間が長ければ長いほど歓迎なので、それは都合がよかった。

 目的の東屋までは、思っていたよりは距離があるようだ。道中、なんてことのない会話を交わした。

 たとえば、近いうちに食事のメニューに入れてもらいたいものがあるか(鶴丸は餃子が食べたいらしいので、皆で総出で餃子を包んで食べるパーティをするのはいいかもしれない)とか、逆に先日の夕食が好きだった(先日出したかわいい色と形のお麩がお気に召したらしい、密かに彼に多めによそってあげていてよかった)とか、万屋の近くに近頃新しい菓子屋ができたので太鼓鐘貞宗が行きたがっている、とか、新調した毛布があたたかくて気に入った、とか、そういう他愛もない会話だ。

「お、見えてきたぜ」
 鶴丸が指差した先に、確かに小さな東屋があった。近づいてみて分かったが、ほとんど人が訪れないらしく、なんとなく古ぼけた面持ちである。二人がけの椅子(ベンチのようなもの)が、ぽつんと設置されている。屋根は格子状になっていて、空いている部分から夜空がよく見えた。
「いつからこれがここにあるのか分からんが、秘密基地みたいでなかなかいいだろう!」
「本丸ができる前からあるみたいな古さだね……、全然知らなかった。秘密基地っていうの、いいね」
「だよな?」
 彼は得意げにしている。秘密基地、なんて言葉を使うのがなんだか子どもっぽくてかわいい。にこにこと愛しい気持ちで鶴丸を眺めていたら、彼はマフラーの中に顔を埋めてしまった。強い風が吹いたから、寒かったのかもしれない。

 二人は並んで椅子に座った。東屋は本丸から少し離れているので、とても静かだ。時折、風が吹くと葉擦れの音がさらさらと聞こえるくらいで、あとは何も聞こえない。まるで世界には自分たちしかいないみたいだった。鶴丸の言うとおり、遠くに海も見えている。
 うん、なんだかやっぱり良い雰囲気だ。せっかくだから、この良い雰囲気の中でもっとこの人と距離を縮められるといいのだけれど、と光忠が考えていると、不意に鶴丸が隣で真面目な声音で切り出した。

「なぁ、光坊、よかったら俺の相談を聞いちゃくれないか」
 鶴丸から相談事を持ちかけられるとは思っていなかったので(彼はなんでも自分一人で解決してしまいそうなタイプだ)、光忠は驚いて隣を見た。
「僕でよければなんでも聞くけど、どうしたの?何かあったの?」
 この自立した刀が相談事なんて、よっぽどなのではないか、と思って心配になる。光忠の言葉に安堵したように曖昧に笑った鶴丸は、あんまり深刻に捉えないでくれ、と言う。
「困っているというか、俺一人では判断がどうにもできないことがあってな、それできみの意見を聞きたいのさ」

 どうやら今夜の散歩に光忠を連れ出したのは、この話を聞いてもらいたいからのようだった。光忠はなんとなく自分を頼ってもらったような気がして嬉しくなり、頷いた。

「なるほどね。うん、とりあえず、聞かせてもらってもいい?」
「あぁ、とりあえず、前提から話すんだが、俺には好きなやつがいてな」
…………え゛?あ、いや、えっと、ごめん、待って、びっくりしちゃった。好きな人……って、その、好きっていうのはその、恋愛、的な意味で?」
 いや、この言い方はそれ以外にないだろうと内心の冷静な光忠自身が光忠につっこんだのだが、どうしても訊き返さざるをえなかった。だって、自分はこの人のことが好きなのだ。ところが、鶴丸にはどうやら好きな人がいる、と?それって、こちらが告白する前にすでに失恋したようなものでは?

「そうだ、恋愛相談、と言うとちょっとばかり気恥ずかしいが」
「そう、なんだ……。好きな人、いるんだね……

 光忠は曇天のような声音で繰り返した。まさか、自分の恋が始まったときから終わる恋だったとは。冷たい夜風が吹き抜けていく。先ほどまで良い雰囲気だと感じられていたものは、この瞬間から哀愁漂うもののように感じられる。

「すまん、恋愛事にうつつを抜かしているみたいな話は光坊も聞きたくないよな。いや、決して俺たちの任務に支障をきたすほどうつつを抜かしているつもりはないんだが、やっぱりこう、あまりよろしくはない……、よな」
 すまん、と鶴丸は困ったように言って、眉を下げた。いや、いくら刀剣男士とはいえ、恋愛をする権利はあるんじゃないのかな?と脳内の冷静な光忠は思う。そもそも、光忠だってこの鶴丸という刀に恋心を抱いているので、それを批判する立場にはない。
「いや、さすがに恋心は持ってもいいんじゃないかな……?前に主が、人の身を得たからには、戦以外の場所ではその姿を心身ともに謳歌してほしいって言ってたし……
「そうか……、いや、しかし、そうは言っても積極的に他人の恋愛沙汰を聞きたいかと言われたらそうでもないだろう」
「うーん、どうだろう、それは相手による、かな」

 たとえば、目の前のあなたからの恋愛相談だったら、ちょっと辛いかも、と頭の中で思いながら光忠は答えた。自分が想っている人が、別の誰かを想っているという話を積極的に聞きたい者はそんなにいないと思う。

「俺の恋愛事情を聞きたくないって感じか。まぁ、そうだよな、爺さんの恋愛相談なんてなぁ」
「いや、聞きたくないとは言ってないよ?!」
 確かに、聞きたいか聞きたくないかと言われれば、あんまり聞きたくないかもしれない。でも、聞きたくないよな、と言われてしまうとそれは否定したくなる。なんだか鶴丸本人を拒絶してしまったような気になってしまって。
「大丈夫だ、気を遣わなくていい。さっきの光坊はどうも気が進まないようだったからな。相談を持ちかけた俺が悪かった、すまん。これを誰に話せばいいか分からなかったんだ。俺の中ではこういうとき、きみが一番、しっかりしていて、真面目に取りあってくれて、茶化したりせずに、誠実に聞いてくれるんじゃないかと、適任なんじゃないかと思ってしまって、つい話してしまった」

 すまん、と苦笑して繰り返した鶴丸を見て、光忠は困ってしまった。光忠は鶴丸を好いているのだから、彼の恋愛相談の本来の適任ではないだろう。でも、そんなことを知るよしもない彼は、どうにも光忠こそを選んで頼ってきてくれたようだった。尊敬している人(光忠にとって鶴丸は、好きな人である以前に尊敬する相手である)に、相談事をするのに適任だと確かな理由で選んでもらって、頼ってもらえるのは嬉しかった。認められたみたいで。
「いや、鶴さん、謝らないで。さっきの僕は困ったわけじゃなくてびっくりしただけなんだ。その……、鶴さんが誰か特定の人を好きになったりするなんて考えたことがなくて。僕は僕を頼ってくれたことを嬉しいと思うよ。最後まで聞くし、必要なら意見も言うから、続けて?遮ってごめんね」

 光忠は一瞬のうちに考えた。この場面において格好良いとはどういうことなのか。
 それは、自分が好きな人の別の誰かとの恋路を応援することなのではないかという結論に落ち着いた。たとえ自分が失恋したとしても、好きな人の幸せを願えることが格好良いことなのではないか。
 だったら、最後まで相談に乗ろう。なんなら、彼とその相手をくっつける手伝いをしたっていい。 うん、それならば、格好良く決めないとね!傷心ではあるけれども。

「そうか、いや、聞いてもらえるならそれは助かる。その好きなやつについて、一緒に考えてもらいたいことがあるんだ。そいつの言動が、脈があるかどうかについてなんだが」
「なるほどね、その感じだと、鶴さんとその人はけっこう親しいんだ」
「そうだな、俺は親しいと思っている。よく話もするし、単なる同僚というよりは仲の良い仲間という感じだ」
「うんうん、やっぱり一目惚れというより親しくなってからだんだん恋になっていくよね」

 光忠にも覚えがある。そもそも、顕現したばかりの頃はなんとなく鶴丸に近づきづらさを感じていた。ただ、彼のほうが伊達のよしみだと言っていつも声をかけてきてくれたので、だんだんと親しくなった。そして、そうしているうちに慕う気持ちは恋心になったのだ。まぁ、さっき失恋したわけだが。

「それで、そいつはいつも俺が何かをするときに誘うと、嬉しそうに二つ返事で来てくれるんだ」
「まぁ、鶴さん人望あるもんね」
 光忠は返事をしながら、いったい誰だろう?と考えを巡らせた。鶴丸はよく飲みの場を設けたり、皆で遊べるようなことを企画したりしている。そのときにいるメンバーの誰かなのだろう。光忠はだいたいいつも二つ返事で参加しているが(好きな人に誘われて断る理由がない)、ほかのメンバーは流動的なので誰なのか分からない。まぁ、詮索はよそう。
「だがまぁ、誘いに乗ってくれるってだけじゃ、脈があるってことにはならないよな」
「うーん、でも嬉しそうっていうのはけっこう大きいよね。それは脈ありだと思うな」
「そうか……。それから、そいつは俺が誉を取るといつも、こう、してくれる」
 こう、と言いながら鶴丸はその人の行動を光忠を相手に再現した。簡単に言えば、頭をぽんぽん、としてくれるらしい。光忠は思いがけず鶴丸に頭を撫でられることになり、ちょっとどぎまぎしてしまった。

「どう思う?」
「いや、これはけっこう、心の距離が近いよ。かなり鶴さんのこと好きじゃない?少なくとも、なんかこう、良い感情を抱いてると思う」
「良い感情」
「うん、なんだろう、かわいい、みたいな」
 光忠が鶴丸の頭を撫でることがあるとしたら、そういう感情だ。戦で頑張っていて偉い!かわいい!というような。彼はいつでも誉を取れる熟練の刀であるにも関わらず、誉を取ると大変嬉しそうに得意げにするので、見ているとそういう感情が湧いてくるのだ。
 実際、そういう気持ちで彼に触れたことがあるような……、どうだっただろうか。きっと、その誰かも同じ思いで誉を取った鶴丸を見ているのだろう。

「かわいい、か……
「あ、あんまり嬉しくない?」
「いや、あいつにそう思われているなら、それは嬉しい」
 へへ、と少し緩んだ顔で笑った鶴丸は、どうやら照れているようだった。かわいい。この人にこんなに想われている誰かが本当に羨ましい、と光忠は思う。いや、しかし、この人の恋路を応援すると決めたのだ。嫉妬している場合ではない。
「ほかに脈あるかもなって思うポイントはある?」
「そうだな、そいつは配膳係のとき、俺が好きなものとか好きであろうものとかをこっそり、贔屓にならない程度にちょっとだけ多めに盛ってくれるんだ」
「あぁ〜」
 光忠は納得の声を上げてしまった。それはもう、その人は鶴丸のことが好きに違いない。だって、光忠自身も、彼への密かでささやかな愛情として同じ行動をしているのだから。
「鶴さん、それはね、間違いなく愛だよ。脈ありまくりだよ」
「そうなのか。そいつは俺が好きなものをよく理解しているんだよな」
「それはその人が鶴さんのことをよく見てる証拠だよ」
 そうか、と鶴丸は頷いた。ほかにもある、と彼は続ける。

「そいつは俺が腹を空かせているといつも食べたいものを作ってくれる。手間がかかるものであっても」
「それはもう、その人絶対鶴さんのこと好きだよ」
 光忠もよくお腹を空かせている鶴丸(彼は燃費が悪いらしく、しょっちゅうお腹を空かせている)に軽食を作ってあげることはあるが、きっとその誰かも、同じように作ってあげているのだろう。食事を用意してあげるというのは、間違いのない愛情だ。
「そうなのか?そいつはみんなに優しいからな。腹を空かせているやつに何か作ってくれるくらいお手のものだと思うんだが」
「うーん、でも、簡単に作れるものだけじゃなくて手間がかかるものも作ってくれるんでしょ?それはやっぱり脈ありじゃないかな。優しさじゃなくて愛情だよ」
 そうか、そうだよな、と鶴丸も少し脈がありそうなことに自信を持ってきたようだ。うん、その調子!と光忠は心の中で鶴丸を鼓舞した。話を聞いているうちに分かってきたが、どうやらその誰かと鶴丸は両想いのようなので、こうなったからには応援せずにはいられない。

 いや、できれば自分の恋も実ってほしかったなぁとは思うけれど、鶴丸がその誰かを思い浮かべているときの表情がとてもかわいらしいので、自分の入る余地はないな、と敗北を悟ったのである。

「聞いた感じ、僕としては鶴さんが告白したらその人はオッケーしてくれそうだけど、告白したりはしないの?」
 かなり脈ありまくりだと思うし、この鶴丸国永という人はかなりスパッとしている。さくっと告白していてもよさそうなのだが。
「いや、うーん……。光坊に聞いてもらって脈があるかもしれないことには確かにちょっと自信を持ったが、告白はな……。なんと言って気持ちを伝えればいいのか分からんしな」
「そう?シンプルに相手の目を見て、好き、って言えばいいんだよ。あなたのことが好きだから特別な人になってもらえませんか、大切にしますって」
「うーん、そりゃ、きみのような伊達男が言えばそういうシンプルな言葉で様になるだろうけれどなぁ」
「自信持って、鶴さん、あなたもとっても格好良いよ!」

 光忠は自分の恋心は置いておいて、とにかく目の前のこの人の恋が成就してほしいと思いはじめていた。いや、未練がないかと言われればなんとも言えないけれど、でもやっぱり、好きな人の幸せを願えることこそが格好良い在り方だと思うから。

 格好良いから自信を持って、と言われた鶴丸は困ったように笑っている。彼は普段は思い切りのいいタイプだけれども、こうして想い人に対して思い切れないところを見るに、本気の好意なのだろうな、ということがうかがえた。
「えっと、一応確認するけど……、鶴さんはその人と恋仲になりたい、ということで合ってるかな」
「まぁ、そうだな。そんなにこう……、上等なことは望まないが。二人で月夜に散歩したり、ちょっと手を繋いだり……、してみたい」
「そっかぁ、じゃあ、僕との今夜は予行練習だね」
 光忠はなんの気なしにそう言ったのだが、思いのほか鶴丸は慌てた。
「いやいや!光坊を練習台にしようみたいなことじゃないぞ!?今夜は純粋にきみに相談がしたくて」
「うん、大丈夫だよ。ただ純粋に、鶴さんがその人とやりたいことが実現するといいねぇと思っただけ」

 光忠は本当に何も気にしていなかったのでにこやかにそう言ったのだが、彼はまだ何か言いたげな表情だった。ただ、何も言い出さないままだったけれど。なんだったんだろう。

「その相手の人から告白されるような気配はないの?」
「それがよく分からなくてな。そもそもそいつの言動が、本当に単なる優しさからくるものじゃないのかどうかもよく分からなかったし……
「でも、それがさっき話してくれたような言動なんだよね。あれはやっぱりたぶん脈ありだと思うな」
「あぁ、だから、光坊の言うとおり、もし脈ありなんだとするなら向こうから何か言われるというのもありえる……、のか?」
「うん、ありえると思うよ。相手の人、絶対鶴さんのこと好きだから。でも、そういうのを自分から言い出すタイプじゃないのかな」

 鶴丸の想い人が誰なのかは分からないが(分からなくていいのだが)、鶴丸とは反対に内向的なタイプの男士なのかもしれない。そうであれば、向こうから告白してくるような可能性は低いだろう。

「あいつは妙な場面で控えめなところがあるからな。自分からは言い出さないかもしれん」
「そうなんだね……、じゃあ、やっぱりここは鶴さんから言ってしまおう!大丈夫、きっと上手くいくよ。応援するし、なんなら保証するよ」
 光忠が太鼓判を押したのに対して、鶴丸は神妙な顔で頷いた。決意をした表情にも見える。きっと自分から想いを告げることを決めたのだろう。

 うん、きっと上手くいくに違いない。だって、話を聞くかぎりどう考えても両想いなのだ。幸せになってほしい。
 格好良く決められただろうか。でも、好きな人の背中を押せたのだから、格好良いよね。光忠は自分にそう言い聞かせて、鶴丸に呼応するように頷いた。

「よし、覚悟は決まった。話を聞いてくれて助かったぜ、光坊」
「うん、力になれてよかった。本当に応援してるし、もし上手くいったら、よかったら教えてね」
 ささやかだけどお祝いで何か作るよ、と付け加えると、鶴丸はひどく曖昧な様子で笑った。
「光坊って、本当に優しいよな……
「そうかな?それが僕の美学に沿ってるってだけだよ」
……そういうところが、俺は、」
 鶴丸は何かを言いかけて、結局言うのをやめた。代わりに勢いよく立ち上がる。

「よし!あんまり遅くまで外にいると冷えるし、戻るか!」
 光忠は頷いて、同じように立ち上がった。そのまま来た道を戻るのだろうと思い、数歩前に進んだところで鶴丸がまだ突っ立ったままなことに気がついた。振り返って首を傾げる。
「帰らないの?鶴さん」
「光坊、これは提案、いや、お願い、いや、お誘い、いや、……、なんだろうな、ちょっと待ってくれ」
……?」
 鶴丸は一瞬何やら迷ったあと、調子を整えるかのように咳払いを一つした。そして、こう言った。

「光坊、手を繋いでもいいかい」

「え?それは僕を練習台にしないほうがいいんじゃないかな。鶴さんが好きな人と恋仲になったらその人と手を繋ぐといいよ」
「それが、きみなんだ」
……??」
「だから!俺の好きなやつは、いつでも誘いに嬉しそうに二つ返事をしてくれて、誉を取ったらいつでも褒めてくれて、好物を多めに取り分けてくれたり、おやつを作ってくれたりする、そういうやつだが、それは……、きみなんだよ。光坊、」
 ここまで一息に言って鶴丸は困ったように一度視線を外して、そして再びこちらを見た。

「だから、もともときみが練習台なんじゃない。きみがもう本番なんだ。光坊のことが好きだから、きみと俺は手を繋ぎたい」
……え?えっと、……え?」
「つまり、光坊のことが好きだ。だから特別な人になってほしい。大切にするから。……これで伝わるか?きみのアドバイスに従ってみたんだが」

 あっけにとられている光忠をまっすぐ見て、少し得意げに、そして少し照れた様子で彼は言いながら微笑んだ。

……待って、全然頭が追いつかない。鶴さんは好きな人がいるんじゃないの?」
「あぁ、だから、それがきみだ」
「えぇ??でも、えっ、鶴さんが僕を好きなら、僕に恋愛相談するのおかしくない?」
「まぁ、確かにおかしいかとは思ったんだが、光坊の言動が単なる優しさなのか、それともなんらかの好意に基づくものなのか、きみ自身に判定してもらうのが早いだろうと思ってな。第三者の話のようにして訊いてみたんだ。謀ってすまん」
「えぇ……、全然自分の話だって分からなかった……いや、そもそも鶴さんが僕を好きだなんて考えたことなかったし……
「はは、光坊ってそういうところがあるよな。ま、そういうわけで訊いてみたら、きみが脈ありだと言ったから、告白してみるといいと言ってくれたから、俺は少し自信がついた。で、アドバイスに従ってみたわけさ」
 今度こそ鶴丸は得意げな顔をして、光忠を上目でうかがった。

「よかったら告白の返事を聞かせてくれるかい、光坊」
 光忠はまだ実感が追いついていなかったが、返事には迷いがなかった。
「僕も、鶴さんのことが好きだよ……!」
「うん、知ってる。さっき、きみが脈ありだと自ら教えてくれた」
「あはは……そうだよね。そう、脈ありだよ。僕はずっとそういう気持ちであなたに接してたんだから。うん、だから、手を繋ごう、鶴さん。一緒にゆっくり帰ろう。僕もあなたを大切にする」

 光忠の言葉に、子供のような様子で笑って、鶴丸はこちらに一歩踏み出した。そしてそのまま、するりと右手を繋いだ。繋ぎ方は初めは普通の形で、そしてそれはすぐに指を絡めるような繋ぎ方に変わった。恋人としての繋ぎ方である。
 そのまま来たときよりももっとゆっくりした歩調で歩きはじめた。今度の二人は、ぴったり隣に並んでいる。ここで、光忠はようやくこの人と両想いになったのだな、という実感を覚えた。

「光坊って、優しすぎるくらい優しいから、肝心なときに控えめだよな」
……、そうかな?」
「俺が相談をしたとき、身を引こうとしてただろう。そしてその上で、俺の恋路を応援しようとしてくれた」
「まあね、やっぱり自分が大事に想う人が幸せになってこそだと思ったから。そのほうが格好良いかなって思っただけだよ」
「俺は、きみのそういうところが好きだぜ」
 いや、ほかにも好きなところはたくさんあるけどな、と彼は急いで付け加えて言う。
「うん、ありがとう。僕も鶴さんの好きなところたくさんあるよ」
「そりゃありがたい。愛されてるな」
「それはもちろん、とってもね」

 ふふ、と笑いあう。夜風はどんどん冷えてきているけれど、なんとなく心がくすぐったくてあたたかかった。すごく嬉しいな、と思う。一度諦めた恋が叶ったみたいな感じだ。いや、実際そうなのかもしれない。一度は自分の恋心は叶わないと覚悟したのだし。
 光忠が繋いだ手を少しだけぎゅっと強く握ったら、それに呼応するように鶴丸も握り返してくれた。それが嬉しい。

「鶴さん」
「うん?」
「これからよろしくね」
「あぁ、末永く愛してくれよ。鶴は一途なんだ」
 そう言ってこちらを少し見上げるようにして微笑んだ彼はとても綺麗でうっかり見惚れてしまったのと同時に、少し幼くも見えて、それがかわいいとも思った。

「そうだ、鶴さん。鶴さんの恋が成就したらささやかなお祝いをするって、僕言ったでしょ」
「あぁ、そうだったな」
「だから、このあと本丸に戻ったらなんでも食べたいものを作ってあげるよ!鶴さんのことだからまたお腹空かせはじめてるだろうから」
「さすが光坊!よく分かってる。食べたいものはいろいろあるが、光坊の作るものはなんでも美味いからなぁ」
「なんでも任せて!手間がかかるものでももちろん大丈夫だよ。これは僕の愛だから」
「こりゃ一等豪勢なものを作ってもらわないとな!」
 何にしようか、と隣を歩きながら考える鶴丸を眺めて、光忠は幸せを噛み締めた。

 静かな晴れた夜を、二人で散策。うん、やっぱり良い雰囲気だ。だって僕たちは恋仲になったのだから。
 二人は歩幅を合わせて、ゆっくり本丸へと戻っていく。歩幅を揃えるように、気持ちと想いも揃えて。