青色
2024-12-31 22:03:44
2259文字
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燭鶴

光忠くんの瞳は火を宿しているよねっていうのと火に照らされた鶴さんはきっと綺麗だろうなという話。

 光忠が探していた人は、本丸の門の篝火のそばに立っていた。篝火を眺めているように見える。その表情が何やらアンニュイで、一瞬声をかけるのを躊躇してしまった。少し離れたところで立ち止まる。

 というのは探していたといっても、特に用事があったわけではないからだ。ただ、出陣から戻ってきているはずなのに部屋に帰ってこなかったので、どうしたのだろうと思って様子を見に来たのである。

 篝火は、時折、風にあおられて火が揺れる。同じくして、鶴丸の羽織と襟足も揺らめく。その揺らめきが、火がちらつくことに似ていた。
 そんな様子を見ていると、なんだか彼が炎の精霊のように感じられる。白い装束と白い髪は、篝火に照らされて橙と金の中間のような色をまとっているせいもあるかもしれない。きらめいている、と思った。光忠は鶴丸から少し離れたこの場所で、しばらくその精霊に見入った。

「何をぼけっとしてるんだ、光坊」
 しばらく彼を眺めたのち、像を重ねるように篝火を見つめていると、不意に名を呼ばれて我に返る。
「わ、鶴さん、気づいてたの」
「視線で穴が開くかと思ったぜ」
 鶴丸がこちらを見て肩をすくめる。光忠は苦笑して、彼のもとに近づいた。

「あんまり綺麗だったから」
 近づいて見ると、炎は鶴丸の瞳の中にも映りこんでいて、彼の瞳も揺らめいていた。
「綺麗?炎が、かい?」
「鶴さんが、だよ」
 鶴丸がピンときていない様子でとぼけたことを言うので、光忠は笑った。彼ははっきり言われてもなお、ピンときていないようだった。

「火と一緒に鶴さんも揺らめいて、鶴さんも炎みたいだと思った」
「そうか」
 鶴丸は一度視線を篝火に移して、もう一度こちらを見た。
「俺が炎かどうかはよくわからんが、光坊は炎だと思う」
「あはは……、一度焼けた身だからね」

 光忠は苦笑して、視線を篝火に移した。パチパチ、と火がはぜる音は優しくも聞こえるし、あるいは、火が自分に迫ってきた過去を不穏に思い出させる音でもある。

「馬鹿言え、そんな理由じゃない。きみは火を宿してるだろう」
 鶴丸は困ったように呆れると、光忠の隻眼を指差す。光忠はよく分からなくて、瞬きを繰り返した。
「その目に、燭台の火を。俺はそれを美しいと思う。さっき光坊は俺を炎のようで綺麗だと言ったが……
 彼はそう言って、火を映した金の瞳でこちらをじっと見た。その目はまるで何かに焦がれるようで、光忠は急に気恥ずかしくなってしまった。
「『綺麗』は僕よりもきっと鶴さんのほうが似合うよ」
「そんなことはない。きみは綺麗だ」

 うっ、追撃をくらってしまった。光忠は照れをごまかすように話題を変えた。
「でも、どうして火を見てたの?」
「はは……、それはな、」
 鶴丸はちょっと困った様子で視線をこちらから逸らした。しばらくどこかを見て、視線が帰ってくる。言葉を続けるべきか迷ったみたいだった。

「きみの目のようで、火を見ていると少し寂しさが紛れる」
「寂しさ?」
「光坊は近ごろ人気者だ。時期柄それは仕方がないが、俺にも寂しいという感情はある」

 年末年始の本丸はなんとなく慌ただしい。光忠は近侍であるというだけではなくあらゆる作業の人手として重宝されているので、確かに鶴丸とゆっくり過ごしてはいなかった。
 それを彼が寂しいと思ってくれていたのは意外だ。でも、もしそうであるなら嬉しい。なぜなら、光忠も彼と過ごすひとときが短いことを、寂しく思っていたから。

「いや、すまん、変なことを言った。きみが悪いわけじゃない」
 鶴丸は気まずそうに笑って、篝火に視線を逸らした。
「ううん、僕も慌ただしいのが落ち着いたら鶴さんとゆっくりしたいと思ってたよ」

 篝火を見ていた彼の目が驚いたように見開かれて、また光忠のほうを向いた。照れたような笑み。
「なんだ、寂しがりは光坊もだったか」
「うん、そう。そしてね、ようやく落ち着いたから鶴さんを探しに来たんだ」
「ん、お疲れさん」
「ね、だからこのあと、ゆっくりしよう」
「そりゃいい。久しぶりに晩酌でもするか!」
 光忠は微笑んで頷くと、鶴丸もまた嬉しそうにしている。

「でも、その前に、」
 光忠はそう言って、鶴丸の方へ一歩踏み出した。手を伸ばして、彼の右目の下のあたりに親指をすべらせる。そうして、その金の瞳を覗き込んだ。

 金の瞳の中では、篝火の炎が揺らめいていて、そして同時に火を宿した光忠自身の瞳も映していた。まるで、二人の瞳の火が溶け合うみたいに。

「鶴さんの目の中にも火があって、今おそろいだね」

 鶴丸がこちらの意図を察して、少しだけ顎を上げるとまぶたを下ろした。光忠は受け入れられるがままに、差し出された唇に自分のものを落とす。篝火に照らされた二人のシルエットはきっと絵画のようだっただろう。
 数秒、二人は体温を重ねて、ゆっくり光忠は唇を離した。不思議なことに、先ほどまで互いの瞳の中にだけあった火が、唇にも灯ったようだった。ちりちりとした熱が、唇から身体全体に広がっていく。

「鶴さんって、やっぱり炎だよ。鶴さんに口づけたら火に触れたみたいな気がしてる」
「奇遇だな、同じことを思っていた」
 鶴丸は楽しげに笑って、本丸の方を指差した。
「晩酌を終えたら、お互いの火でも交換しようぜ」
「いいね、そうしよう」
 光忠は笑って頷くと、鶴丸と連れ立って本丸へ戻っていった。二人の背後を篝火が照らしている。