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2024-11-11 22:38:16
4853文字
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燭鶴
お月見をしながら口説いたり口説かれたり、キスしたりして最終的にしけ込もうとしている二人です。本番描写はありません。本番前まで。
金眼って満月みたいだなと思って……
「やっぱりここだった、お待たせ、鶴さん」
本丸の敷地の隅にある大きな桜の木の麓に、湯浴みを終えた光忠が探していた人物はいた。
この桜の木があるあたりは花見の時期には皆がやってくるので賑いがあるが、こうして冬に向かおうとする季節はひとけがなく、静かで穏やかな空気に満ちている。鶴丸国永という刀は、花の時期でなくてもこの木が気に入っているらしい。だから、今夜もここにいると思ったのだ。
と、いうのは、今夜の光忠は鶴丸から月見酒に誘われていたのだった。彼は誘いの時にどこで月見をするのかあえて言わず、代わりに、俺を探してくれ、と言った。だから、その言葉のとおり、光忠は鶴丸を探してここにまっすぐ来た。彼が気に入っている場所は本丸の中にはいくつかあるけれど、月を見るならこの木の下だろうと思って。
「どこにいるかあえて言わなかったんだが、なかなか俺を見つけるのが早かったな、光坊」
「僕、鶴さんが思ってるよりも鶴さんのこと分かってると思うよ」
得意げに胸を張ってみせた光忠に、鶴丸は穏やかな笑みを向けた。あっ、今、子供扱いされたな、と感じる。確かに今の台詞はちょっと子供っぽかったかもしれない。
「鶴さんが焼酎なのめずらしいね」
「お湯割りが欲しくなってくる季節だからな」
光忠が隣に腰を下ろすと、彼が手ずから陶器のグラスに焼酎のお湯割りを作ってくれた。淡く湯気が夜に立ち昇る。
「俺はもう先に頂いていたが、そら、改めて乾杯だ」
「うん、ありがとう」
乾杯、と言いながらグラスを合わせた。二人の視線が交差して、どちらともなく笑顔になる。
「今夜の満月は大きいね」
「あぁ、今晩は良い天気のようだったから、月見にぴったりだと思ったわけだ」
なんでもない日の月見も乙なもんだろう?と言いながら彼はお湯割りを口に含んでいる。本当に、大きな満月だ、と光忠は月を見上げて目を細め、再び鶴丸に視線を戻した。白い月明かりに照らされて、色素の薄い彼の肌や髪が透き通っているように見える。
その透明な気配は、光のように思えた。この人の内面は、外見の幽かで儚いものとは遠い豪胆さであることを、光忠はよく知っているけれど、しかし、今夜この月の下で見るこの彼は淡い光のように感じられる。
「
……
鶴さん、月光みたいで綺麗だ。透き通ってて」
鶴丸に魅入るあまり、出し抜けにそんなことを口にしてしまった。彼は一瞬、ぽかんとして、そして少し呆れたようにも見える様子で笑った。鶴丸がこういう表情をしているとき、とても年上の男性性を感じる。
「こりゃまた、詩のような口説き文句だな?伊達男め」
笑った彼は機嫌良さそうに酒を呷ると、何かを考えている様子だ。月を見上げて、首を傾げている。
「俺が月光だとするなら
……
、そうだな、なら、きみは夜だ。光坊」
「夜?」
「あぁ、黒の中に満月を一つ宿していて、美しい夜みたいだろう、きみは」
鶴丸は人差し指で自分の左目を指差しながらそう言った。満月、というのは光忠の金の隻眼のことを言っているらしい。
「おっ、今のは我ながら良いたとえだな!きみは雄大で深みがあって美しい、まさに夜だ」
「えっ、いや、別に特別美しくはないよ、どちらかというと実戦向きだし」
「そうか?俺は美しいと思うが
……
。刀としても人の身としてもだ。だいたい、実戦刀というのは美しさの一つだろう」
「えっと
……
」
光忠に向けられる賛辞で多いものは「格好いい」だ。仲間たちからよく言われる形容詞だし、格好良さというのは自分の目指すところなので、この形容詞はまっすぐスマートに受け取ることができる。しかし、「美しい」というのは言われ慣れていなくて、落ち着かなくなってしまう。こういうのを、照れ、というのだろうか。
「鶴さん、もう酔ってるんじゃない?美しいって言う相手、僕で合ってる?」
もっとその形容詞にふさわしい者はこの本丸にたくさんいる。もっと美術品として扱われるべきものが。
「おいおい、酔ってはいないし、きみで合ってるぜ。普段からもっと歯の浮くような口説き文句を言っているのは光坊のほうだろう。きみの情緒的な言葉を真似してみただけさ。
……
あぁ、いやいや、真似たとは言っても、美しいと思っているのは本当だ」
「うーん、なんか鶴さんにそう言われるとそわそわするね」
「はは、伊達男が照れているのはめずらしいな」
「えっ、違、
……
っ、もう、からかわないで」
大袈裟に口をとがらせて見せたら、鶴丸はかわいいと言って上機嫌に微笑んでいる。
不意に、こちらのあぐらをかいている膝の上に片手をついて、彼は光忠の方へ、ぐい、と身を乗り出してきた。目の前に鶴丸の顔がある距離で、一瞬、口づけられるのかとすら思った。ただ、彼の目的は口づけではなかったらしく、この至近距離で光忠をじっと見つめた。自分をまっすぐ見る鶴丸の瞳
――
自分と彼が同じ金を目に宿していることを、光忠は気に入っている
――
が、硝子のようで綺麗だなとぼんやり思う。自分の瞳が満月なら、鶴丸の瞳も満月だろう。
「鶴さん?どうしたの?」
「いや、月を見るなら、こっちの満月もよく見ようと思ってな」
満月。先ほどの鶴丸の言葉からも推察するに、光忠の隻眼のことか。
「うん、光坊の満月のほうが、天の満月よりもよほど美しいな」
「あはは、それは言い過ぎだよ」
やっぱり、美しいと言われるとなんだか落ち着かない。どうせ言われるなら格好いいのほうがいいな、なんてことを思いながら、光忠は目の前の鶴丸の頬に指先をすべらせた。
「鶴さんのほうがずっと綺麗だよ。月の光みたいに透き通ってて、雪のように澄んでて、桜みたいに淡くて、それから、刃は螺鈿みたいにキラキラしてるし、切っ先は凛としてて、刃筋はしなやかで、それと
――
」
「分かった分かった、口説き文句じゃ光坊には敵わんな」
きみの言葉はどうにもこそばゆい、と乗り出していた身を引きながら鶴丸が茶化している。
「あ、鶴さん、照れてるんだ」
かわいいね、と光忠が言うと、彼は呆れ顔で肩をすくめている。
「照れてない、むず痒いだけだ。年寄りをからかうもんじゃないぜ」
「そうかな、でも耳が赤い気がする」
鶴丸は、それは酔いのせいだと、気恥ずかしくなっているわけじゃないと否定した。そうかもしれないし、あるいは実際に照れているのかもしれない。どちらでもよかった。ただ、彼の淡く色づいた耳がかわいいなと思って、光忠は手を伸ばした。伸ばして、指先で耳の輪郭をなぞる。鶴丸はくすぐったそうに首をすくめた。少し幼い仕草だ。
「ふふ、鶴さんって綺麗だけど、それだけじゃなくてすごくかわいい
――
」
「こら、光坊、」
耳殻を指先でなぞりながら下って、耳たぶをもてあそんでいたら、彼に手首を掴まれた。そして、ぐい、と腕を引っ張られる。光忠は鶴丸の方へ身を乗り出すかたちになった。あ、と思った瞬間には、自分の唇に彼の体温が触れていた。口づけられたのだ。
自分よりも少し冷えているように感じる鶴丸の唇は、しかし柔らかく、ほのかにアルコールの香りがする気がした。しばし、口づけたままの余韻。そして、離れる。名残惜しさがあった。
「今夜の光坊は口がよく回るようだからな、残りの口説き文句は今ので鶴さんが食べておいたぜ」
「えぇ
……
、鶴さんがキスしたかっただけじゃない?」
「さてな」
「なんてね、僕はまだキスしたいな。
……
もう一回、いい?」
今度は光忠のほうから身を乗り出して口づけた。こちらの体温が移ったのか、鶴丸の唇は先ほどよりも少しあたたかくなっている。そのことに、ちょっとどきりとした。
唇を合わせる瞬間こそ目を閉じていたが、ふと口づけたまま光忠は目を開けてみた。まぶたを上げた瞬間に、至近距離に金の瞳があって、鶴丸がずっと自分を見つめていたことが分かった。目が合って、彼が視線だけで微笑む。間近にある金の中に自分の金が映りこんでいて、二人の金が融けて混じり合っていると思った。
あ、食べられる、と思う。
思った瞬間には鶴丸の舌が光忠の唇を割っていた。いや、食われると分かっていて光忠自身が招き入れたのだ、たぶん。
鶴丸のほうが飲んでいたようだったから、彼の舌には自分よりも強く酒の風味が残っているように感じる。今日飲んでいたものは辛口だったというのに、鶴丸の舌では甘く感じられた。そう、この人の舌はいつも甘い。
彼の舌は光忠のものをくすぐり、誘い出すようにまさぐった。誘われるままに自分の舌を絡ませると、熱を感じる。その熱を鶴丸も感じたのだろうか、触れあった瞬間、彼が身をすくませたのを感じた。
漏れる吐息はどちらのものだろうか。
互いに熱を交換しながら、光忠は鶴丸の後頭部に手のひらを回して、引き寄せた。そうすると、口づけはさらに深くなる。
「
……
、ん、」
かすかにどちらともなく漏れた吐息は確かに濡れていて、それに煽られて光忠はもっとこの人を暴きたい、という衝動に駆られた。もっと深いところまで、もっとも熱く熱を持っているところまで。そういう、いっそ飢えていると言ってもいいくらいの衝動。
口づける瞬間こそ、鶴丸という人に自分が食われると思ったのだが、ここに至って捕食しようとしているのは光忠のほうなのかもしれない。
空いているほうの手で鶴丸のしなやかな腰を抱き寄せると、彼はこちらの胸元に縋った。
どのくらいこうして熱を分けあっていただろうか。縋る鶴丸の指先に力が込められたのを感じたので、光忠はようやく彼を解放した。飢餓感に従って、ずいぶんと長いあいだこの人を堪能してしまった気がする。ぎりぎり自制が効いてよかった。
鶴丸は、大きく深呼吸をしながら、呆れた表情をしている。
「まったく、口づけている最中も口説くんじゃない」
「
……
?さすがの僕でもキスしながら口説けないよ」
「いや、口説いてただろう、舌先で」
「それって僕のキスが上手いってこと?」
なんとなく褒められたような気がして、調子に乗っておどけてみたら、みぞおちに拳を決められた。軽く小突かれただけだが、とはいえ鶴丸の拳には力があるので一瞬息が詰まった。
「うっ
……
」
「調子に乗りすぎると格好よくないぞ、光坊」
相変わらず呆れた表情の鶴丸は、呆れつつも少し面白がってもいるようだ。一瞬、何かを思案するような顔をした彼は、首を傾げると、わざと少し上目遣いをするように光忠を見つめた。
「ただまぁ、きみのキスは悪くなかった。口説かれてやっていいぜ」
「えっ」
「その気なんだろう?さっきの光坊は、まるでそういうときみたいに俺を取って食いたいという目をしていた」
「いや、そんな」
「なんだ、違うのか?」
「違わ
……
ない、です」
光忠の返事に、素直でよろしい、と鶴丸は口角を上げた。
「とはいえ、野外というのはさすがにな」
彼は立ち上がりながら伸びをして、一度、月を見上げた。そして光忠を見下ろす。
「部屋まではお預けできるかい、伊達男」
「あはは
……
、それはもちろん。ちゃんと紳士なんだよ、僕」
「そいつは殊勝なこった」
鶴丸はそう言ってわらって、こちらに手を差し出した。その手を取って、光忠も立ち上がる。月見酒セットを小脇に抱えた。
部屋まで戻るあいだもずっと、どちらともなく指先を絡めて手を繋ぐのをやめなかったし、部屋にたどり着いて障子を閉めたら、またどちらからともなく口づける。
「月見の続きといこう。床で俺を見ているあいだは俺だけの満月であってくれ」
「僕はいつでも鶴さんのものだよ。だから、鶴さんも僕のでいてね」
月見酒に出かける前に、布団を敷いていた自分を称賛しつつ、光忠は鶴丸とその上に転がった。二人だけの夜、三つの満月を宿した夜に、二人で溶けていく。
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