恋人である鶴丸はよく食べる人だ。正確には、光忠と付き合うようになってたくさん食べるようになった、のだと思う。夕飯はいつもご飯を二杯、三杯とおかわりする。今日も。
「鶴さん、ご飯おかわり要る?ついでこようか」
光忠のほうがいつも先に食べ終わって、まだ食べている鶴丸を眺めていることが多いので、こうしておかわりをよそってあげることが多いのだった。光忠は料理が好きなので、たくさん食べてくれるのは嬉しい。
少し小ぶりの彼の茶碗いっぱいに白米をよそって(本日二回目である)、光忠はテーブルに戻った。
「すまんな、光坊」
「ううん、全然。たくさん食べて」
鶴丸が茶碗を受け取って、また食べ始めている。一口おかずを食べるたびにたくさん米を食べるので、ご飯の消費が多いのだ。自分の味付けは濃すぎるのだろうか、と思って訊いてみたこともあるのだが、そうではなく、純粋においしいからご飯が進むらしい。それならいいのだが。
「鶴さんさ、新しいお茶碗買う?」
よそってきたばかりのご飯が着々と彼の胃袋の中に収まっていくのを見ながら、光忠は前から思っていたことを口にしてみた。
「……?どうしてだ?」
「そのお茶碗、ちょっと小さいでしょ。だから、もう少し大きいのにしたらたくさんよそってあげられるなって思って」
「ああ、……すまん、いつもおかわりをよそってもらってばかりで面倒だよな」
「いや、僕は全然いいんだけどね。鶴さんがたくさん食べてくれるのは嬉しいし。でもおかわりのたびにちょっと待たせてて申し訳ないかなって、思ってて」
全然、面倒とかではない!と光忠は強調した。本当に、鶴丸におかわりをよそいに行くことを全然手間とは思っていない。
「そうか……、いや、俺はこの茶碗がいい。気に入っているんだ」
「そうなの?初耳だな。鶴さん、もっとシンプルなデザインのもののほうが好きでしょう?」
鶴丸の茶碗は小さめなので、つまり、やや子供向けの茶碗なのだろう。なんとなくポップな色使いの茶碗である。光忠の茶碗がシックなものであるのと対象的に。
「これは特別だからな」
「特別?」
「光坊が俺に最初に買ってくれたものだ」
「えっ?そうだったっけ?……あ、そういえばそうだったかも」
光忠が初めに鶴丸に料理を振る舞ったのは、この同僚の彼が仕事の付き合いで見るかぎり、あまりに少食なので心配になったからだった。ちゃんとご飯を食べているのか心配になって、家に招いて食事を振る舞ったのだ。
その時、光忠の家には自分の分の茶碗しかなく、彼の分がなかったので、急遽近所で買ったのだ。少食なのだろうから、小さめの茶碗がいいだろうと思って、とはいえあまり選択肢はなく、結果的にポップな子供向けの茶碗を買ったのだった。
「なんだ、忘れてたのかい、きみ」
「うん、なんか忘れてた。いつから鶴さんのお茶碗がうちにあるんだっけって思ってた」
「光坊が最初に食わせてくれた時からけっこう経ったもんな」
「そうだね。あの時はまだそんなに仲良くなかったから鶴さんを無理やりうちに連れてきちゃった感じだったけど……」
まだその時は光忠からの彼への好意は恋愛的なものではなく、純粋にご飯を食べているのか、という心配だった、と思う。
「あの頃の鶴さんは少食だったから小さいお茶碗買ったけど、今思うと大きいのにすればよかったね。今は鶴さん、たくさん食べるし……、やっぱり新しいの買う?また僕が選んだら僕チョイスのお茶碗だよ」
「いや、俺はこれが気に入っている。光坊が最初に選んでくれたものだからな」
ぎゅっと大事そうに鶴丸は両手で茶碗を持って、微笑んでいる。こうして両手で持つとそのお茶碗の小ぶりさが際立って、やはり大きいものを買ったほうがいい気がしなくもないけれど、気に入っているなら、まぁ、いいか。
「鶴さんって、意外と『最初』とか気にするタイプなんだね」
彼にお茶碗を買った時の二人の関係は、ただの同僚でしかなく、そこまで親しくもなかったはずなのだが、よく覚えていることだ。
「まぁ、別の意味でも『最初』だからな」
「えっ、なに、意味深」
会話をしながら食べ進めていた鶴丸が、箸を置いて両手を合わせた。ごちそうさま、と呟く。呟いて、やっぱり意味深に笑った。
「気になるか?」
「気になるよ!何が最初なの?人の家に招かれたのが、……とか?」
光忠がテーブルに身を乗り出して尋ねると、その様子が何かおかしかったらしく、彼は笑っている。
「いや、違う。『最初』というのは、初めて人を好きになった、ということだ」
「えっ、僕の料理を食べて僕を好きになったってこと?」
「正確には、俺の胃袋がきみに惚れたのさ」
これは初めて言ったな、と鶴丸が言いながら、はにかんでいる。そう、光忠は初めてこれを聞いた。これまで、どうして自分を好きになったのか、と尋ねたときには、のらりくらりと質問を躱されていたからだ。
「で、光坊の料理を食べさせてもらっているうちに、きみという人間を好きになっていた」
「そうなんだ……、まさしく胃袋を掴んだんだね。こればっかりは自分の料理好きに感謝だよ」
「初めに料理を振る舞うと言われた時は、なんて世話焼きでおせっかいなんだと思ったが、きみの料理は本当に美味くてな」
褒めているのか貶しているのか分からないことを鶴丸が言うので、光忠は笑ってしまった。確かに、おせっかいではあったかもしれない。でも、そのおせっかいが今の関係につながっているのだから、過去の自分にナイスと言いたい。
「僕も鶴さんにご飯作ってるうちに鶴さんのことを好きになったのかも。初めて僕の料理食べた時に、鶴さんは胃が小さかったから全然食べられなくて、でもおいしいからって言ってたくさん食べたがってて、それがなんかかわいいなって思ったんだよね。僕の料理食べてるうちに鶴さんはたくさん食べられるようになったし、僕はあなたをかわいいと思うだけじゃなくて好きになってた」
「こりゃ、相思相愛だな」
「本当にね」
二人は同時に笑みをこぼして、笑いあった。
「こういう話をしていたらまた腹が減ってきたな」
「もう一杯分くらいご飯あるから、食べたら?卵があるから、卵かけご飯とかにするといいよ」
「ん、なら、そうする」
じゃあ、おかわりね、と光忠は席を立って、白米をよそいに行った。ついでに卵を冷蔵庫から持ってくる。
テーブルに戻ってご飯をよそった茶碗を鶴丸に渡すと、彼はなんとなく嬉しそうにしている。
「やっぱり茶碗は、これがいい」
「……?」
「光坊におかわりをよそってもらう回数が増えるからな」
「……??」
光忠はよく分からずに首を傾げた。おかわりをよそってもらいたい、ということだろうか。
「俺はな、光坊、きみに世話を焼かれるのがけっこう好きだ」
いや、けっこう、ではなく、かなり、かもしれない、と彼は何かごまかすように(照れているのか?)ぼそっと言った。
「本当?そうだといいな、僕、けっこう人におせっかいって言われるほうだから、鶴さんにもやりすぎてないか心配してたんだ」
「いや、全然やりすぎではないぜ。なんというか、こう……、愛されているな、と感じる」
今度こそ鶴丸は照れたように笑って、すぐに視線を逸らしてしまった。卵をご飯に混ぜている。たぶん、照れをごまかしているのだ。
「ふふ、それならよかった。じゃあ僕はこれからもそうやって鶴さんを愛していこうかな」
「きみは年上を甘やかすのが上手いな」
「鶴さんだからだよ」
どちらかと言えばおせっかいなタイプだとは思うけれど、こんなに世話を焼きたくなるのは鶴丸だからなのだ、と光忠は思って、それならばきっと初めから、この人のことが好きだったのかもな、と思った。たくさん食べてほしい、というのは、それはもうきっと愛なのだ。目の前の彼が卵かけご飯を食べている様子を見ながら、光忠はほほえんだ。これからも胃袋を掴み続けていきたい。
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