演練会場の受付で手続きを行っていた鶴丸はほかの部隊メンバーと合流するためにそちらへ向かっていた。手続きに付き合ってくれた光忠が一緒である。
「久しぶりに演練会場に来ると楽しいな、光坊」
「そうだね、ほかの本丸の刀とも交流ができるし」
鶴丸たちは基本的にはいつも実戦に起用されているので演練に来るのはかなり久しぶりだった。だから、いつもと違う場に来ているという高揚感がある。
「お?あそこにまだあどけない光坊がいるな。まだ初じゃないか、かわいいな」
「初の男士がいるのはこのレベル帯にしてはめずらしいね」
「なんか困っているみたいだぜ。ちょっと声かけにいくか」
鶴丸たちの演練開始までにはまだしばらく時間があった。少しぐらい道草しても許されるだろう。いや、道草というか、人助け(仮)なわけだし。
「あっ、鶴さん待ってよ」
さっさと歩きだした鶴丸の後ろを急いで光忠がついてきている気配がする。いつもこんな感じで追いかけられている気がするが、まぁ、今日も許してくれるだろう。
近づいてみて分かったのだが、初の光忠が率いている部隊はほかは皆、初の短刀たちで構成されているようだった。
「よっ、どうしたんだ。どうも困ってるみたいじゃないか。この鶴さんが手助けしてやろう」
急に見知らぬ刀に話しかけられて驚いたのか、六人は戸惑っている。大丈夫、怪しい者じゃないよ、と後ろにいる光忠が付け加えた。
「あっ、えっと、確かに困ってはいる、かな……、鶴丸さん」
何か部隊長として代表して話さなければと思ったのだろう。初の光忠が遠慮がちに口を開いた。
「きみ、鶴さんでいいぜ。基本的にどこの本丸の俺も伊達の子たちにそう呼ばれると喜ぶから覚えときな」
「あ、じゃあ、鶴さん、」
鶴さん、と口に出して初の光忠が少しはにかんだ様子を見るに、どうやらこの部隊が所属する本丸にはまだ鶴丸国永は顕現していなさそうだ。
極めててかっこいい、という初の光忠の囁くような呟きを拾った鶴丸は胸を張った。かなり得意げにした自覚がある。このあどけない様子から発される「かっこいい」という称賛は、いつも言われているかっこいいという言葉の響きとはまた違って聞こえて、気分が良かった。
「で、何に困ってるのかな、そこの僕たちは」
極であるこちらに対して恐縮している初の光忠を見かねたのか、鶴丸の後ろから光忠が声をかけた。よそ行きの声なのだろうか、少し硬い声音をしている。
「なんか、会場を間違っちゃったみたいで……」
初の光忠がそう言うと、残りの短刀たちは顔を見合わせながら頷いた。
説明によると、初めて演練にやってきた彼らは係員の指示通りここへやってきたそうなのだが、周囲を見るにどうも高レベル帯に来てしまったのではないかと気づき困っているらしい。
「なるほどな、きみたちの主のレベルはいくつくらいなんだ」
「25、だよ」
初の光忠が控えめにそう言ったのが予想よりもはるかに低くて、鶴丸は思わず振り返って光忠を見た。光忠もその数字を聞いて肩をすくめている。
「俺たちと200くらい開きがあるな。そりゃ明らかに間違いだぜ」
「そう、だよね……」
初の光忠はいっそう困った表情をして部隊メンバーと顔を見合わせた。部隊長の僕がしっかりしてなくてごめん、と彼らに頭を下げている。間違った場所に来たことの責任を感じているらしい。
「そうしょげるな、光坊!ちゃんとおかしいことに気づけたんだから、きみはしっかり部隊長をやれてるぜ。なぁ、皆」
鶴丸の問いかけに五人の短刀たちは大きく頷いた。ほら、と鶴丸が背中を励ますために叩くと、初の光忠は少しだけ安堵したような様子を見せた。
「最初の受付のところに戻って係員にもう一度審神者レベルを伝えてくるといい。正しい会場に案内してくれるはずだ」
「あっ、そういうこと、してもいいんだね」
「そりゃそうさ!レベルの合ってないところで負け経験だけ積んでも意味ないしな」
鶴丸の言葉に、初の光忠は大きく頷いている。ほかの短刀たちも同様だ。いやはや、初々しくてかわいらしい。
「ちゃんとレベルの合ったところで経験を積んで強くなるんだぞ」
「僕、つ、鶴さんみたいに格好良くなれるかな?」
「なれるとも!しっかり励めよ、光坊!」
「はい!」
鶴丸に太鼓判を押されて姿勢を正した初の光忠は、さながら子犬のようにきらきらした目をしていた。
「さぁ行った行った。演練開始に遅れるぜ」
鶴丸と光忠は六人を急かして送り出した。その背中に手を振る。鶴丸が手を振っていることに初の光忠だけが気づいたのか、歩きながらこちらを振り返って、控えめに、そして少しはにかんだ様子で手を振り返してきた。
「なんだ、かわいいな……」
鶴丸は呟きながらしばらく手を振って見送った。
「鶴さん、」
いやぁ、初々しくてかわいかった、強くなれよ、と感慨にふけっていた鶴丸は、一回目の呼びかけを聞き流してしまった。
「鶴さんってば」
二回目の呼びかけと同時に後ろ襟を引っ張られたので鶴丸は背後につんのめった。ちょっと首が締まったので、咳き込む。
「なんだなんだ、乱暴だぞ、光坊」
「僕らも演練が始まるよ、行かないと」
光忠が澄ました顔でそう言うので、鶴丸は頷いた。彼がすたすたと一人で歩いて行くので、その背中を追いかける。
「どうした光坊、なんかご機嫌ななめなのか?」
「ななめじゃないよ」
「いや、そんなことはないだろう」
実際、先ほども思ったのだが、彼の声音はいつもに比べると硬くて距離を感じる。どうしたんだ、と鶴丸がしつこく小突きまくっていたら、光忠が大きなため息をついた。
「鶴さんがデレデレしてるから……」
「俺が?誰に?」
「してたでしょ、初の僕に」
「そうかぁ?確かにきみと比べるとあどけなくてかわいい印象だったが、きみが張り合うものでもないだろう。きみは格好良い担当だしな」
確かにちょっと、初の(しかも、まだ顕現してあまり経っていないようだった)燭台切光忠というのは新鮮だった。自分の本丸において鶴丸が顕現したのは光忠がそれなりの練度になってからだったので――鶴丸が一足飛びに追いかけたので現在は彼との練度の開きは縮まっている――、若い光忠と触れ合ったことがないのも影響していた。庇護欲が刺激されたのは認めよう。
「いや、格好良いかどうかは今は違くて……」
光忠は足を止めて腕を組むと、隣に立ち止まったこちらを見て何やら顔をしかめて逡巡していた。何か言いたいことを言うべきか悩んでいるのだろうか。表情が七変化するのを鶴丸は見守った。
「……いや僕もね?こんなこと言うのめちゃくちゃ格好悪いっていうのは分かってるよ?でも鶴さんがかわいいって思う燭台切光忠も僕がいいというか、……いや、格好良いって思うのも僕じゃないと嫌だけど、とにかくどっちも僕だけじゃないと嫌だ……」
あなたは僕の鶴さんだから……、とほとんど頭を抱えるようにして絞り出して言った光忠は、自分の発言がひどく格好悪いとは思っているらしかった。ただ、言わずにいることもできなかったようだ。
「おっと……、つまり、あれか!嫉妬したのかい、光坊」
少しうきうきした声音になってしまった自覚があって、鶴丸は一瞬だけ反省した。渋い顔をしている光忠の眉間の皺が深くなっている。
「はい、そういうこと……、ごめんなさい」
「なんで謝るんだ、俺は光坊のそういう感情をもっと知りたいぞ?きみはそういう良くないと思われる感情を格好つけてしまいこんでしまうだろう。俺はそういうところも知りたいんだ」
そういう感情こそかわいいじゃないか、と付け加えると、視線を逸らしていた光忠がようやくこちらを見て苦笑した。
「鶴さんのそういう感性、ちょっとどうかとも思うけど……、でも、鶴さんにかわいいって思われるの、は、嬉しい……」
光忠の言葉は後半掠れていくように小声になっていったが、鶴丸にはばっちり聞こえていた。かわいい、と思う。いや、かわいいだろう。普段、格好良くあることにこだわっている男が、ほかでもない恋人、つまり自分にはかわいいと思われたがっていて、かわいいと言われると嬉しい、と言うのだ。こんなのかわいい意外の感情がない。
鶴丸は感情が抑えられなくなって、ほとんど飛びつくようにして彼の頭をめちゃくちゃに撫でて乱した。
「かわいいな!俺の光坊が一番かわいい!かわいいぞ、きみは」
「わっ、やめてよ、ほかの人もいるし、髪もめちゃくちゃになるし……」
小言を言いながらもなんだかんだ嬉しそうにしている光忠の髪の毛を鶴丸は乱しつづけた。この愛しい気持ちが伝わっているといい。
このあと、いつまでも部隊に合流しない二人に業を煮やして探しに来た加州から公衆の面前でいちゃつくなと怒られたのだった。
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