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青色
2024-07-24 00:38:38
2396文字
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燭鶴
おいしいを相手にたくさん食べてほしいっていうのはめちゃ大きい愛だと思う。桃っておいしいよね。
このあと、時間が空いたら、誰にも知られないように厨へ来て。
すれ違いざまに、鶴丸にだけ聞こえる声で光忠にそう囁かれたのが半刻前のことだ。いったいなんだろう、逢瀬の誘いだろうかと鶴丸は首をひねりながら、とはいえ目覚ましい速度で内番を終わらせて厨房へと向かっていた。あんな声で誘われて、急がずにいられるか。
それにしてもいったいなんだ、まさかそこでさかろうってわけじゃないよな。
いくら互いに血気盛んな男だからといって、そんなところでさかるほど(特に光忠は)公序良俗に反してはいない。と、するならば、場所から察するに何かの試作品のつまみ食い係に任命されたというあたりが妥当な推測だろう。
一応、誰にも知られないようにとのことだったので、鶴丸はこっそり厨の暖簾をくぐると小声で光忠を呼んだ。
「光坊、来たぜ。いったいなんの企みだ?」
「あっ、鶴さん、早かったね」
光忠がこちらを振り返って微笑んだ。せっかく鶴丸が声を潜めて呼んだというのに、彼は普通の声音で返事をするものだから、秘密任務ごっこはすぐ終わってしまった。それはさておき。彼は身体の後ろに何やら隠している。
「鶴さんに、いいものがあるんだ。なんだと思う?」
光忠の問いに、ふむ、と鶴丸は考え込んだ。場所から察するに、何か食べ物に関するものであることは間違いない。だとすれば
……
。
「分かった、何かおいしいものがあるんだろう?」
「鶴さん、その答えはざっくりすぎるよ」
光忠は鶴丸の答えに苦笑して、背中に隠し持っていたものをこちらに見せた。それは、桃が2個入っているパックだった。
「お、桃か!もうそんな季節か、早いな」
「ね、早いよね。まだあんまり数が出回ってないみたいで、これ、お店で1パックだけ残ってたんだ。だから本丸のみんなよりちょっとだけ早く僕たちだけで旬を頂こうかと思って」
なるほど、本丸のみんなが食べるには量が足りないから、秘密で、ということだったらしい。確かに桃は皆に人気の果物であることは間違いない。
光忠はこの本丸の厨房仕事を中心に担っているという普段の働きがあるから、これはその特権というわけだ。鶴丸はその働き者の恋人のおすそ分けに預かることができるというわけである(もっとも、鶴丸が怠け者であるというわけではない)。
「すぐ剥くから、ちょっと待っててね」
鶴丸は彼が桃を手際よく剝いていくのを横で眺めた。いつもながら、光忠が包丁を扱うときの手さばきは見事なもので、こうして見ていると、自分自身、つまり、鶴丸国永本体を彼が手にしたときの手さばきをちょっと感じてみたくなるくらいだ。
「はい、おまたせ」
綺麗に種と皮が取り除かれて一口サイズに切り分けられた桃があっという間に皿の上に並べられた。爪楊枝が刺された部分から、果汁が染み出している。
「じゃ、いただきます、っと」
二人しかこの場にはいないので、両者とも立ったままでそれぞれ桃を口にした。旬の走りではあるものの、この桃は十分に甘みがあっておいしい。鶴丸は溢れた果汁ごと飲みこんで、自分に近い側の桃を指差して言った。
「光坊!これは甘いぞ、こっちをきみが食べるといい」
こっち、と鶴丸が指差した自分に近い側の桃は、たぶんパックの下側に入っていたほうだ。鶴丸がそう言ったのとほぼ同時に、光忠もこう言っていた。
「こっち、すっぱいみたいだからこっちは僕が全部食べるね。鶴さんのほうも微妙かもしれないけど
……
」
二人とも同時に口を開くと思っていなかったので、一瞬、相手の言ったことを理解するために間があった。数秒の沈黙ののち、相手が何を言ったか分かって、二人で顔を見合わせて笑った。
なぜって、どちらも伝えたかったのは、おいしいほうを相手に食べてほしい、という気持ちだったからだ。
「はは、気が合うなぁ!光坊、きみが買ってきたんだからおいしい方を食べるべきだ」
こっちを食べなさい、と鶴丸は皿を回して、甘いほうの桃を光忠に近づけた。
「え、でも、僕は鶴さんにこそおいしいのをたくさん食べてほしいけどな」
くるり、と光忠が再び皿を回して、おいしい桃のほうを鶴丸の方へよせた。しばらく、譲り合いが続いたあと、鶴丸はおかしくなって吹き出した。
「こいつは埒が明かないな。なら、これでどうだ」
鶴丸が甘いほうの桃を爪楊枝に突き刺して、光忠の口元に運んだ。強行突破である。手ずから差し出されれば、きっと彼も食べてくれるだろう。
案の定、光忠は困ったように笑って、ぱくり、とそれを口にした。さながら雛に餌付けしている気分だ。もう一個、と鶴丸が思ったところで、今度は鶴丸に光忠から桃が差し出された。差し出されたからには、大人しく食べる。甘い。先ほどよりも甘い気がするのは気のせいだろうか。
結局、二人は交互に食べさせあいながら、両方の桃を食べすすめた。最後に一つだけ、皿に残っている。
「これ、たぶん甘いやつだから、鶴さんのね」
鶴丸よりも早く光忠が桃を差し出したので、出遅れた、と思った。最後のおいしいところは彼に食べさせてやろうと思っていたのだが。とはいえ、彼の好意に甘えて食べさせてもらった。とても甘い。
「なんかいちだんと甘かったな、これ」
「ふふ、愛情が乗ってるからじゃない?」
光忠がウインクしながらそんなことを言うので、鶴丸は肩をすくめた。この男、こういう台詞が妙に様になる。とはいえたぶん、とびきり甘かったのは、そういうことだろう。
「また秘密のおやつに鶴さんを誘うよ。おいしいものたくさん食べてほしいから」
「ありがとうな、光坊のそういう愛情、ちゃんと届いてるぜ」
このとびきり甘いのは、桃じゃなくて、きっと愛だ。そう感じながら、鶴丸は次の秘密のおやつを楽しみにすることにした。
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