燭台切光忠はうきうきしていた。というのは、先ほど誉の報奨金を審神者から受け取ってきたところなのだ。今日の分をこれまで貯めていた分に足したのを予算にして今日は買い物に行くのである。
光忠が買いに行こうとしているのは包丁だった。
本丸において料理担当を担うことが多い光忠は、常々良い包丁を自分用に購入したいと思っていたのだ。これまでは厨にもともと備えつけられていたものを使っていたのだが、料理にこだわるものとしては、使う道具にもこだわりたい。
「おっ光坊、なんだか嬉しそうだな」
さっそく出かける支度をしようと部屋に戻っている途中で、恋仲である鶴丸と鉢合わせた。挨拶代わりに片手を上げて、光忠は嬉しい気持ちのまま報告した。
「主に報奨金をもらったところなんだ。これまでの貯金と合わせて今日は包丁を買いに行こうと思っててね」
「ほう、……包丁か、」
「あっ、鶴さん、今の洒落?」
「いや違う違う。勝手に俺がボケたことにするな」
鶴丸の素早いつっこみに光忠はしばらく一人でウケていたが(今日はうきうきしているのでツボが浅い)、その一方で、鶴丸は包丁……、と繰り返し言って何かを考えているようだった。
「鶴さんも興味ある?よかったら一緒にどうかな」
せっかくなら一緒に出かけて、帰りにどこか茶屋に寄ってもいい。軽めのデートという気分だった。
鶴丸は、む……、と一瞬考えた様子だったが頷いた。なんとなく、彼から不機嫌とまではいかないものの微妙な空気を感じたので、光忠はおや?と思ったのだが、すぐにその気配はなくなってしまったためによく分からないままだ。鶴丸はすぐにでも出かけられるとのことで、光忠は急いで部屋に戻って手荷物をまとめると二人で店のある通りへ出発した。
到着した刃物屋は、色々な本丸の燭台切光忠が訪れてくるらしく、店主に大変歓迎された。光忠が店内の包丁を見て回る後ろを、鶴丸がついて回る。
「……気に入ったのかい、それ」
一つの包丁をしばらく眺めていると、鶴丸が隣から覗きこんで尋ねた。
「うん、これは刃文がとても綺麗だ」
「なるほどな、きみはそういうのが好みなわけか」
「……?うん、綺麗な刃文は好きだよ」
なるほど、と再度頷いている鶴丸の様子に首を傾げつつ、光忠は引き続き並べてある包丁を見ていった。
「これは細身で使いやすそう」
「ふむ、……ちょっと細身すぎないか?」
「そうかなぁ」
やけに鶴丸が真剣に(なんなら光忠自身よりも真剣に)包丁を見ているので、光忠は姿勢を正した。自分もよくよく良いものを見定めなければ。
「これはどっしりしてる。ちょっと重たいかな」
「細かい作業には向かなさそうだな」
「飾り切りとかちょっとやりづらいかもね」
鶴丸は隣で大きく頷いている。隣の包丁を指して、これはどうだ、と口にした。
「これは用途が限られた包丁だね。もう少し幅広く使えるのがいいかな」
「どんな場面でも活躍できるやつがいいってわけか……」
鶴丸がまた何か考え込んでいる。光忠は店主にもおすすめを尋ねてみた。主に切れ味について、おすすめの商品があるとのこと。
「多くの燭台切光忠さんがこちらを気に入ってくれていますよ」
「うん、悪くないね」
店主のおすすめのとおり、その包丁は非常に切れ味がよさそうだった。ほかの燭台切光忠が選ぶのも頷ける。
「やっぱり切れ味は大事だよな」
「やっぱりそれが最低条件かな」
もう少し店内を二人で見て回った。先ほどの包丁もかなりよかったが、この店にはまだほかにも包丁はたくさんある。せっかく一つ選んで買うのなら、じっくり選びたい。
「あ、これ、……」
「おっ、なんだ、気に入ったか」
「うん、これ、なんだかしなやかな印象ですごくいい感じ」
「ははぁ、そういうのが好みなんだな?」
鶴丸が非常に含みのある言い方をしたので光忠は首を傾げた。
「……?まぁ、でも、これすごく気に入ったよ。これにしようかな」
「お買い上げありがとうございます」
光忠は気に入ったものを見つけられたので心躍っていた。これを使って料理をするのが楽しみだ。光忠はうきうきしていたので隣の鶴丸がかなり微妙な表情をしていたことには気づかなかった。
「ありがとうございました」
店主に礼を言って光忠は鶴丸と一緒に店を出た。光忠は早く新しい包丁を使ってみたくてわくわくしている。
「嬉しそうだな、光坊」
「それはもちろん!早くこれを使って料理がしたいよ。今日から使おうかな」
すっかり浮かれた笑顔で返事をしてしまった。こういうとき、自分は料理が好きなのだな、と実感する。
光忠の様子をなんとも言えない表情で見つめていた鶴丸は、肩をすくめた。
「まぁ……、いいだろう、おかげさまできみの好みは分かったしな」
「えっ、なんの話?」
「切れ味がよくて、細身で、汎用性が高くて、刃文が美しく、しなやかな印象のものがいいんだろう?」
一つ、二つ、と指を折りながら鶴丸が要素を上げていくので、光忠はとりあえず頷いた。
「うん、そう言われればそうかも。さすが鶴さん、よく分かってるね」
「そりゃ光坊のことはよく見てるからな。で、だ。俺はきみのその好みにうってつけのやつがいると思うんだが……」
「……?でも、買ったこれが一番僕の好みに当てはまってたと思うけど、」
「違う違う!俺だ!よく切れる、刀身は細い、どんな戰場だって問題ない、刃文は三条の流れも汲んでいて申し分ない美しさだ、そのうえしなやかだろう!」
「……??ちょっと待って、鶴さん本体の話してる?」
光忠は思わず立ち止まってしまった。隣で同じく立ち止まった鶴丸は、む、と口を引きむすんで腕を組んでいる。ちら、と視線が光忠が提げている刃物屋の紙袋に向けられた。
「えっと、……、えっと、つまり、その……、鶴さんはこの子にやきもちやいてるってこと?」
この子、と言いながら紙袋を掲げると、鶴丸の視線はつい、とそっぽを向くように外された。そうしてこちらから視線を外したまま、しばらく何か言いたげな表情をしている。しばらくの沈黙があって、わざとらしいため息をついた彼は大きく肩をすくめた。
「色男を恋人にするとこれだから困るな、まったく……浮気相手を選ぶのに同行させるのはどうかと思うぜ?俺というものがありながら、この浮気者め」
ふざけてなじるようにその言葉を口にして、鶴丸はいたずらっぽく笑った。一方の光忠はといえば、慌てていた。
「えぇ!?違うよ、これはそんなのじゃなくて、鶴さんとなんか比べられないよ!もちろん刃物としても鶴さんが一番だよ?これはただ、よりよい料理を作るためによりよいものを使おうと思っただけで、!」
目の前の鶴丸と手に提げた包丁とを交互に見ながら、意味のない身振りをつけて慌てて弁解する光忠の様子を、鶴丸はそれはそれは面白そうに笑って見ている。
「分かってる分かってる。ちょっとからかっただけさ。きみが慌てるところが見たくてな」
相変わらずいい反応だな、と彼は光忠の慌てっぷりがお気に召した様子だ。まったく、この人はこういうところがある。
「人のことからかって面白がらないでよ、そういう鶴さんのことも好きだけどね」
先ほどまで時折見せていた微妙そうな表情から一転して上機嫌な鶴丸は、帰るか、とこちらの背を強めに叩いた。再び本丸へと歩き始める。どこかに寄り道して帰るか、尋ねようとした同じタイミングで、そういえば、と鶴丸が先に口を開いた。
「きみの指摘は当たらずとも遠からずだぜ」
「……?」
「なに、鶴は思われているよりも嫉妬深い鳥らしいってな」
「えっ、それって――」
鶴丸の言葉にびっくりして彼の表情を見ると、意味深なふうにウインクを飛ばされた。
「さて光坊!本丸まで競争だ!負けたほうは今日のデザートを献上だぞ!」
そう言うやいなや、鶴丸は急に本丸の方向へ駆け出していった。
「あっ、ちょっと、待ってよ、こんなの僕のほうが圧倒的に不利すぎるよ」
光忠は急いで彼の後ろ姿を追いかけはじめた。追いかけながら先ほどの鶴丸の言葉を思い返しながら、年上の恋人がやきもちやきというのは、なんてかわいいんだろうと思って頬が緩む。どれだけ彼のことを光忠が好きか、よく伝えなければと思う帰り道だった。
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