青色
2024-06-25 01:31:02
9464文字
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燭鶴

鶴丸が光忠にネイルをしながら二人のあいだで秘密を共有している話。光忠の手袋の下が焼けている状態でそれを本人が良くないものだと思っている設定になっています。

「ここにいたか光坊!探していたんだ、きみのところへ邪魔しようと思っていてな」
「あれ、鶴さん。ごめんね、何か用事だった?今ちょうど主との話が終わって」

 審神者の執務室を出て、自室に戻ろうとしていたところで鶴丸に背後から声をかけられたので光忠は振り返った。探していたとのことだったのでつい目的を聞いてしまったが、目的なんてものはなくても彼のことはいつでも歓迎だ。
「光坊に付き合ってもらいたいことがあってな。部屋に戻るところだろう?とりあえず行ってからでもいいかい?」
「うん、僕の部屋でいいんだね。じゃあ、とりあえず行こうか」

 鶴丸の用事は、何やら部屋に行かないと始まらないことらしかった。なるべく普段どおりの調子で返事をしたけれど、光忠の心は小さく踊っていた。彼が部屋にやってくることはよくあることなのだが、そのたびにいつも新鮮な嬉しさがある。というのは、光忠が鶴丸という人のことを好きだからなのだが。もちろんそのことを鶴丸は知らない。いわゆる片想いというやつだ。
 先ほども彼が発した「付き合って」という言葉に心が過敏に反応したことは秘密だ。鶴丸という人がそんなふうに告白するとは思わないのだが、なんとなく気にしてしまう。光忠の気持ちなどつゆ知らずの彼の言動にはこうして心を乱されているばかりなのだが、少なくとも、悪くは思われていないはずだ。こうして自分のもとへやってきてくれるわけだし。それはともかく。

「鶴さん、それ、何か持ってきたの?」
 部屋へ向かって廊下を歩きながら、光忠は鶴丸が肩にかけているトートバッグに目をやった。彼の私物にしては、少々かわいらしい、ような。
「おっ、気になるか?気になるだろう!これは部屋に着いてからのお楽しみだ」
「えぇ、そう言われると余計気になるよ」
「気になってわくわくするだろう?そういうのが大事なんだ、これもひとつの仕込みでな――

 鶴丸が分かるような分からないようなことを言っていることに笑いつつ、二人は光忠の部屋へと入った。あとから着いて入った鶴丸が戸を閉める。片付けておいてよかった、と光忠は内心思った。いや、普段から自分の部屋は片付いているほうだと思うのだが、好きな人が来るのであればきちんとした部屋にしておきたい。いいところを見せたいので。

「さ、光坊、座るといい」
 しょっちゅう部屋にやってくるあまり、すっかり勝手知った様子の鶴丸が机の傍に先に座って、隣にくるように畳を叩いた。そう、彼は光忠の部屋を本当によく訪ねてくるのだ。ひょっとすると好意を持たれているのか?とうっかり勘違いしそうになるくらいには。今この瞬間も、またその勘違いが光忠の頭に浮かんで消えた。あぐらをかいた彼の隣に膝をつく。そうして素直に促されたとおり鶴丸の隣に光忠が座ると、彼が両手を手の甲を上にしてこちらに示した。
「まずはこれを見ろ、光坊」
「あっ、えっ、!全然気づかなかった、加州くんにやってもらったの?」

 光忠に差し出された鶴丸の両手の爪は、濃紺に彩られていた。彼の装束と揃えたように、その濃紺には金のきらめきが散っていた。十中八九、加州清光にやってもらったのだろうと分かる。というのは、今日出陣から戻ってきた時に、広間で彼が短刀たちの爪を彩ってやっているのを二人で目撃していたからだ。

「ああ、あのあとやっぱりちょっと気になってな。俺もやってみてもらったってわけさ」
「そうだったんだ。うん、鶴さんの指先によく映えてる」
 無意識に相手の手を取ってしげしげと見入っていた。一瞬遅れて鶴丸に触れていることに気づいた光忠は慌ててその手を離した。逆に意識しているみたいに見えてよくなかったかもしれない。いや、でも、この人を意識しているのは間違いなくて、とはいえ意識しすぎているような格好の悪いところは見せたくないのだった。
「いいだろう!これ、指先に化粧をするっていうのは洒落てるよなぁ」
 鶴丸はネイルをしてもらったのを気に入っているらしく、自慢げで上機嫌だ。かわいい。彼の笑顔を微笑ましく見つめていると、ふと鶴丸は真剣な顔になった。
「で……、だ。持ってきたこれは加州から借りてきたものなんだが――
 なるほど、トートバッグは加州のものだったらしい。それならば可愛らしさに納得だ。

 鶴丸がそばに置いていたバッグを開いて、中身を机の上に並べていく。爪切りとやすり、おそらくは爪の形を整えるのに使うと思われる道具、なんだかよく分からない液体の入ったボトル、何色かのネイルポリッシュ、仕上げ用と思われるポリッシュ。
 それらが並べられるのを眺めながら光忠は、鶴丸がネイルをすることを気に入って、自分でもう一度やってみようとしているのかな、と考えていた。この彼はなんでも自分でやってみたがるところがあるから。おそらく、一人で作業をするのは退屈だと考えて、この部屋にやってきたのだろう。話し相手として自分が選ばれることは嬉しい。
 だから、この直後に鶴丸が発した言葉は予想外だった。

「光坊、きみの手を貸してくれないか」

 何か手伝うことが?と、一瞬考えて、否、彼が言おうとしていることが分かった。光忠の爪を塗る、と鶴丸は言っているのだ。
「えっ、僕の?いやいや、いいよ、僕は大丈夫」
 光忠は大きく首を振った。いや、本当は、本当のことを言えば興味はあった。光忠はお洒落をすることが好きだ。だから、指先を彩るというのはいいお洒落だと、爪を彩っている同僚たちを見るたびに思っている。ただ、自分はそれにふさわしくないと思っていて――

「俺がちゃんとできるか疑ってるのか?大丈夫だ、信じてくれ。加州にしっかりやりかたを教わってきた」
 鶴丸はそう言いながら胸を張っている。彼は器用な人なので、ちゃんとできないだろうとはまったく思ってはいない。遠慮する理由は、そこではないのだ。
「鶴さんのことは疑ってないんだけどね、ほら、僕いつも手袋してるし、見えないところを綺麗にするのってちょっともったいないかなって」
「見えないところこそお洒落をすべきだと言っていたのはきみじゃないか?」
 うっ、痛いところを突かれた。確かに、そういう持論をいつも語っているのは自分である。どうもそういうことを酒の席で語ってしまうのだ。鶴丸がそれを覚えているとは思わなかったが、それくらい光忠がしょっちゅう語っているのかもしれない。それは置いておいて。
「それはそうだけど、でも本当に大丈夫だから」
「いいじゃないか光坊、ものは試しというだろう」
「いや、でもね……

 どちらも意見を譲らず、しばらく押し問答となった。鶴丸は好意でやってくれようとしてくれているだろうに、それを断り続けるのは忍びなくなって、光忠は困ってしまった。
「鶴さんはどうしてそんなに僕の爪を塗りたいの?」
 練習台にしたいというなら、ほかにも進んでそれに協力してくれる男士はいるだろう。なぜ、自分なのか。困った末の問いだったので、少々非難するような言い方になってしまった。そのせいだろうか、鶴丸が少し小さくなった。慌てて弁解する。
「あ、いや、違くて、怒ってるとかじゃないんだけど、どうしてかなって……
「それは――、その、きみが、寂しそうだったからだ」
 小さくなって少し困った様子の鶴丸は、ぼつり、と呟いた。彼は一度、光忠の手に視線を落とし、再びこちらを見た。
「きみがその手を人に見せたくないのだろうというのは、俺は、分かっているつもりだ。ただ、あの時――加州が短刀たちの爪を塗ってやっているのを見ている時、光坊は本当は興味があったんじゃないのかい?」
 その時、寂しそうだった、と鶴丸は付け加えて肩を竦めた。

「興味があることを試せないというのは悲しいだろう?もし手を大勢の前で見せたくないんだったら、見るのが俺だけだったら、また違うんじゃないかと思ってこうして来てみたんだが……、すまん。余計な世話だったな、出過ぎた真似だった」
 俺にも見られたくないよな、勝手にそれが許されると思っていた、とやや自嘲的に鶴丸は呟いて力なく笑った。
「そんなことないよ!僕は鶴さんだったら、――
 鶴さんだったら、どうなのだというのだろう。彼の優しさを否定したくなくて、勢いで口にしてしまったけれど、分からない。

 確かに、光忠は手袋の下の肌を、人に見せたくないと思っている。コンプレックスとでも言うのだろうか。自分で良く思えないという以上に、それを見た相手に気遣わせてしまうのが嫌なのだ。申し訳なさがある。だから、見せたくはない。

…………俺だったら、?」
……鶴さんだったら、いいよ」

 きっと鶴丸にも、気を遣わせてしまうだろうとは思う。でも、それでもいいかな、と思った。気を遣わせてしまうことを許されたい。そして、自分のことをそうやって知ってほしいと感じた。それは、好きだという気持ちの、別の表れ方なのかもしれなかった。

 いいよ、という言葉に鶴丸の表情はぱっと明るくなって、彼は歯を見せた。
「きみの信頼に応えるぜ、光坊。ここで……、俺ときみだけの秘密を作ろう。きみだけのものにしていることを、俺にも教えてくれ。俺は、きみのことが知りたい」
 まるで、一種の告白みたいだ、と光忠はぼんやりと思って、そんなわけはない、この人が優しいだけだ、と思いなおした。とはいえ、優しさだとしても、彼の言葉は嬉しかった。
「うん、じゃあ、鶴さんにだけ。僕とあなただけの秘密ね。だから、気は遣わないで」
 優しい彼は、きっと気を遣うだろうと思うけれど、そして、気を遣わせてしまうことを許されたいとも思っているけれど、一応、気遣わないように念押しをする。ここまできて、ようやく光忠は右手を鶴丸に差し出した。

……?外さないのかい、それ」
 それ、と鶴丸が手袋をしたままの右手を見て首を傾げた。それに対して、微笑む。
「鶴さんが、外してくれる?」
 秘密を共有したい、と言ってくれた彼に、踏み込んできてほしかった。そうされたいと思った。先ほどの鶴丸の発言は、告白ではないかもしれないけれど、一方でこれはそれに対する返答として一種の告白みたいなものだった。それは伝わらなくてもいいのだけれども。
 目の前の彼は何かを察したかのように頷いて、ありがとうと言った。なんの礼だろう。何か伝わっただろうか。

 そうして鶴丸は両手を恭しく光忠の手に添えた。宝石を扱うような手つきがなんとなく照れくさくて、笑ってしまった。彼は視線を手元から上げてちらりとこちらを見ると軽やかにウインクをした。この人のこういうところが、ちょっと気障で、伊達男だなと思わせる。
「大丈夫だよ、壊れ物じゃないんだし」
「いや、これは俺の大事なものだから、丁寧に扱わないとな」
 「俺の」って、どういう意味?と尋ねたかったのだが、その瞬間に鶴丸が手袋をゆっくりと剥いたので、気が逸れて訊きそびれてしまった。

 手袋を外す彼の手つきは、まるで、繊細な仕立て服を解くような、まだ開いていない蕾から薄い花弁を剥くような、あるいは生まれたばかりの赤子の肌に触れるような、慎重で優しく、丁寧な手つきだった。

 そうして露わになった肌に、空気が涼しい。左手の手袋も大事に外されて、両手が剥き出しとなって彼の前に晒された。
 それを改めて見ながら、いつ見ても酷い手だ、と我ながら思う。焼け焦げていて、元の肌の色がもはや分からない。言い方は悪いが、そういう類の遺体の手のようだ。

 鶴丸は剥き出しになった光忠の両手を取って、しばらく黙っていた。言葉を飲んだような気配があった。そうして一呼吸あってから、彼は口を開いた。
「良い手だ」
「気を遣わなくていいって」
「いや、本当だ。大きくて力強い。戦うことに向いているし、戦い慣れた手だ」
 鶴丸の言葉は、少々意外なものだった。見た目の美醜についてではなく、その性質について触れられるとは思っていなかったので、拍子抜けする。でも、気を遣ったわけではなくて――たぶん、彼の本心なのだろうという確信があった――そのように賞してもらったことが嬉しかった。

「さ、本番はここからだぜ!まずは形を整えてからだな」
 神妙で思慮深い様子から一転、快活な笑みを浮かべた鶴丸が一度光忠の手をそっと離す。大事にしてくれているのだ、と思う。自分が一人で隠して抱えている部分を大切にされることは、心のどこかが、どうしてなのか、あたたかい。

「けっこう短く切りそろえてるんだな、光坊」
「うん、なんか、長いと手袋の中で不快でね」
 やすりをかけるくらいでいいか、と鶴丸は呟きながら、机上の道具の中から目的のそれを取り上げた。
「これからやっていくことで痛いことはないと思うんだが、もし痛かったら言ってくれ。俺も自分の手じゃないからどうも勝手が分からん」
 失礼、と言いながら彼は光忠の右手をまず取って、爪先にやすりをかけていく。指の先端、爪とその下の肌との隙間のような曖昧な部分がやすりに擦れて、それがなんとなくくすぐったかった。いや、くすぐったいのは、こうして鶴丸に指先を手入れされているという状況こそが、かもしれない。好きな人に身を委ねているという照れのような、でも、穏やかな幸せに近い感覚。

「きみは爪がでかいなぁ」
「そうかな?こんな手だし、あんまり気にしたことなかったかも」
「きっと色が映える。ま、任せてくれ」
 右手にやすりをかけ終えて、続いて左手に移った。鶴丸は集中している様子で、いつもより少し口数が少ない。それにつられて光忠も大人しく作業を眺めていた。部屋には爪先を削る音だけが聞こえている。
……、よし、形は整ったな。次は『甘皮』?というものを処理するらしいんだが……
 専用の除去液があるらしく、それが机上の上の謎のボトルに入っているものらしかった。この作業は、すんなりと終わった。というのは、光忠の指先には処理するほどの甘皮というものがあまりなかったらしいのだ。鶴丸はそのことに対してちょっとつまらなさそうにしていた。

「さて、これから色を塗っていくが、何か希望の色はあるかい?たくさん選択肢があるわけじゃないが」
 ここから選んでくれ、と彼は机上に並べてあるネイルポリッシュを指さした。全体的に落ち着いた色が多い。その中に一つだけ、金のラメのような色があった。それを見た時、光忠の脳裏に戦場できらめく金の光のイメージが浮かんだ。金のきらめきの中を舞う、白い鶴。
「僕、これがいいな」
 好きな人をイメージする色を選ぶのって正直ちょっとどうかと思ったのだが、まぁ、誰に見せるわけでもなし、このくらいは許されるだろう。
「おっ、光坊もそれがいいか!俺もその金がいいだろうと思っていたんだ。気が合うな」
 鶴丸が機嫌良さそうにそのネイルポリッシュの瓶を手に取って、蓋を開けた。瓶のふちで刷毛をしごく。手を差し出すように目で合図されたので、彼の方に指先を向けて机上に右手を乗せた。

 一本ずつ、指先が丁寧に彩られていく。きらめきを宿した指先を見ていると、なんだかこの手も悪いものではないような気がしてくるので不思議だ。
「乾くまで大人しくしておくんだぞ。そら、左手もだ」
 塗ったところがよれるからな、と念を押されたので光忠は余計なことをしないように、右手を中途半端なところに掲げたまま静止した。そのぎこちない様子に目の前の彼は笑っている。
「やっぱりこの色にしてよかったな。きみの手によく合っている。……なぁ、光坊、俺は骸のようだとは思わないぜ」
 この手を、と刷毛を手にしたまま空いている指先で光忠の左手の甲を撫でた。幼子を慈しむような手つきだった。
「黒に金が映えて綺麗だろう、ほら、こんなに」
「ふふ、……ありがとう」
「信じてないな?本気で言ってるぞ?」
 鶴丸はそれこそ冗談めかしてそう言って、肩をすくめた。そして再び、爪を彩る作業に戻る。左手を小指まで塗り終えると、もう一回塗り重ねるために今度は右手を取った。薄く、塗り重ねられていく金の箔。

 両手とも二度重ね塗りをしたあと、透明のネイルポリッシュ(どうやらトップコートというらしい)を仕上げに塗って金の爪先が完成した。

 最後に塗ったものは速乾性があるらしく、じっとしていなくてもいいとのことだったので、さっそく、きらめいている爪にそっと触れてみる。つやつやとしている。自分の指先にはふさわしくないくらい両の爪はきらめいていて新鮮だった。いや、ふさわしくないというのは間違っている。二人で選んだ色で、大事な人によって、丁寧に彩られたきらめきなのだ。きっと、ふさわしいと言っても許されるだろう。

 光忠が彩られた爪先をしげしげと興味深そうに観察しているのを、微笑ましげに眺めていた鶴丸が不意に口を開いた。
「ありがとうな、光坊」
……?僕のほうこそ、塗ってくれてありがとうだけど、……
 彼が何について礼を言っているのか分からなくて、光忠は首を傾げた。なんのお礼だろう。
「秘密を共有することを許されて俺は――嬉しかった。もしきみがこれを気に入ったのなら、いつでも俺が塗りなおそう。そしてきみがこれで……そうだな、自信みたいなものがついたなら、さっき言った二人だけの秘密ということにこだわらずほかの皆にもその美しさを見せてやるといい」
 鶴丸の礼は踏み込むことを許されたことへの礼だったらしい。とんでもない。むしろ踏み込んできてくれて嬉しかったのはこちらのほうだ。光忠は大きく首を振った。
「僕のほうがありがとうだよ……!僕も鶴さんと秘密を共有できて嬉しかった。だからこれはずっと僕たちだけの秘密。へへ、なんか秘密を共有してるって、なんだか鶴さんと距離が近くなったみたいで嬉しいな」
 礼を返すつもりがうっかり余計なことを言ってしまったような気がする。それに対して弁明しようとしたその前に、鶴丸の言葉が重なった。

「ああ、なら、俺達だけの秘密だ。そして、俺もきみのことが好きだ、光坊」
……、えっ?」

 頬杖をついた彼が、少し下から見上げてくるようにこちらをうかがいながら突然そんな告白をするものだから、光忠は慌ててしまった。えっ、どういうこと?
「おっと……その反応から見るとはっきり言ったのは間違いなかったようだな。一応、それっぽいことを言った時にきみも同じ気持ちのようなことを言ったと感じたから伝わったと思っていたんだが。やっぱりこういうのは直球が一番か」
「あっ、やっぱりあれってそういう意味だったんだ……
 告白みたい、と思ったのは間違いではなかったらしい。それはそうと、ならばこちらも答えを返さねば。
「ねぇ、鶴さん。返事ついでみたいになっちゃうけど、僕もあなたのことが好きだよ。だから今日、鶴さんが触れてくれて嬉しかった」
……そうか。そいつはよかった」
 鶴丸の声音は穏やかな安堵に満ちていた。自分がこの彼を好いていることに、気づかれていたのかもしれない。いつもの光忠であれば隠していることを知られることがちょっと格好悪いと思ったかもしれないが、今の光忠はそうは思わなかった。好きな人、いや、愛している人というのは、そういうところも――隠しているところにも、触れられることを許したい、いや、そうされたいと思う相手のことなのだと思う。

「あのさ、鶴さん。僕も、あなたに触れても?」

 光忠の言葉に彼は一瞬、驚いたように目を見開いて、そしてやわらかく笑った。

「奇遇だな、光坊。俺もちょうど、きみにそうされたいと思っていた」

 鶴丸と考えていたことが同じだったことを嬉しく思って、光忠は微笑んだ。少しだけ彼の方ににじりよって右手をその頬に伸ばす。一瞬、爪先の金と、鶴丸の瞳の金が並んで綺麗だった。彼の視線はこちらの指先を追っている。

 指先はとても長い時間をかけて鶴丸の白い頬にたどり着いた。いや、実際はそんなに時間がかかったわけではないだろう。でも、それくらい長く感じられた。指先に触れた彼の肌は絹のようにすべらかだ。輪郭をたどるようにその肌の上を指先でゆっくりとなぞる。光忠の指先に注がれていた彼の視線が上がって、こちらと瞳が合った。

 視線が交わった瞬間、その目は少し眩しそうに細められた。はじめ、光忠は確かにそれを眩しそうだ、と感じたのだが、次の瞬間にそれが彼のささやかなはにかみであることを直感した。それに気づいた時、自分はどんな表情をしていたのだろう。光忠自身では分からないけれど、こちらの表情を読み取った鶴丸は身を委ねるように目を閉じた。

 何をすべきかどうかはもう分かっていた。膝立ちに立ち上がって鶴丸の方へさらに近づく。空いている左手は彼の肩の上に置いて、頬に添えた指先を顎まですべらせて少し上を向かせた。目を閉じたままの彼はされるがままになっている。そこに覆いかぶさるように身をかがめる。

 ここまで一瞬。光忠は自分に託された鶴丸の薄い唇に自らの唇を重ねた。神経の鋭敏な部分で相手に触れると、肌と肌で触れるよりももっと深いところに触れられるような気がする。唇はやわらかく、それでいてあたたかく、しなやかだった。それはたぶん、彼の心もまた、同じだろう。

 どのくらい口づけていただろうか。その間、二人のあいだの時間は止まっているようだった。

 若干の名残惜しさもありながら唇を離し、光忠は再び腰を下ろした。その様子を横目で見ながら、鶴丸はそっぽを向いて頬杖をついている。
……きみは察しがいいのか悪いのか、どっちなんだ」
「ふふ、これでちょっと格好がついたかな」
 光忠が渾身の得意げな表情をしてみせたら、彼は視線だけでこちらを見て笑っているようだ。
「そうやって自信のあるようにしているほうが光坊らしいが……そうでなくても俺は好きだぜ。俺しか知らないきみを教えてくれ。二人だけの秘密を、もっとつくりたい」
 鶴丸からの改めての告白に、光忠は力強く頷いた。
「うん、鶴さんも、教えてね。もう一つ教えてもらったけど、さっき――、ううん、やっぱりなんでもない」
「おい、なんだ、気になるだろう!」
「これはまだ僕だけの秘密にしとく」

 そう、これはまだ光忠だけの秘密なのだ。口づけたその唇がしっとりとしていたこと、唇を話した瞬間に白い頬が淡く色づいていたことは。

 言いながらにっこり微笑んでいたら、呆れた様子の鶴丸に小突かれた。呆れてはいるが、同時に面白がってもいるようだった。
「ま、これからいくらでも秘密を共有しよう。この約束もまた、俺達だけの秘密だ」
「うん、約束で、秘密ね」

 なんとなしに小指を差し出してみたら、鶴丸が同じく小指を絡めてくれたので、子どものような指切りをした。絡んだ小指から目線を上げると彼はずっとこちらを見ていたようで、ようやく重なった視線に満足そうに笑った。それに呼応するように頬が緩む。

 これからは共有する秘密を増やしながら、日々を重ねていくのだろう。そうやって、ネイルを塗り重ねるように、二人の関係を塗り重ねていく。