光忠のほうが靴が大きくて、その大きい靴をサイズが合ってないのに鶴丸が履いてたらかわいいなと思ったので。なんかこう、ものを共有したり片方がもう一方のお下がりを使ってたりするのかわいいと思う。
燭台切光忠は厨で先ほど採ってきたばかりの野菜を洗っていた。一部をこのまま仕込んでしまおうと思っていたそのとき、こちらへ向かってくる足音があった。パカパカ、とも、ポクポク、とも聞こえるような、履物の踵が地面に当たるような音。この音は……というか、このリズムはたぶん、鶴丸国永だ。この音は彼の特徴的な下駄の音だろう。
きっとこのまま、厨を覗きに来るのではないだろうか。鶴丸は光忠がこうして一人で作業をしているときに覗きに来ることがあった。おそらくはつまみ食いできることを期待しているのだろうが、光忠は彼がこうして自分の作業を邪魔しに来てくれることがいつも嬉しかった。というのは、鶴丸のことが好きだからである。
いつから彼のことを好きなのかはよく分からないのだが、気づいたときには好きだった。好きな人との接触というのは、いつでも嬉しいものだ。今はまだ、気持ちを伝えられていないから秘めた恋なのだけれど、いつか伝えられたらと思っている。
「おっ、やっぱりいたか、光坊」
厨の暖簾をくぐって現れたのは予想通り鶴丸だった。
「鶴さん!……、あれ、」
現れたのはやっぱり鶴丸だったが、その恰好はいつもとは違っていた。
「今日の遠征って2000年代だったの?」
彼はいつもの白の戦装束ではなく、はたまた和装でもなく、スリーピースのスーツを着ていた。スーツの色と合わせたハットも被っている。確かに鶴丸は遠征部隊に今日は組み込まれていたはずだが、遠征先はそれよりも前の時代だった気がしたのだが。
「ああ、そうなんだ。急遽予定が変わってな」
鶴丸はこちらの隣にやってくると手元を覗きこみ、野菜が水洗いされていることを認識したようだった。それを見ながら心底ひもじそうな様子で、腹が減ったと嘆くので思わず光忠は笑ってしまった。調理されていないものを欲するほどのひもじさなのか。いや、確かに採れたての野菜はつやつやでおいしそうではあるものの。
「笑い事じゃないぜ、きみ。こっちは昼飯を食べそこねてるんだ」
本当にお腹が空いているのだ、と彼が主張するので、光忠は採れたてのきゅうりを切って和えてやることにした。厨の片隅の小さな机の席に着いて待っているように言って、きゅうりの中でも一番おいしそうなのを見繕う。
鶴丸は間食を作ってもらえることを喜んでいるようだ。椅子に腰掛けてネクタイを緩めている。光忠は、彼がそのように――喜んでいたり、気を緩めたり――している様子を作業しながらこっそり横目で眺めた。好きな人が気を許している様子を見せていたり、いつもと違う恰好をしていたりすれば、それを見たくなるものだと思う、たぶん。
「どうかしたか、光坊?」
不意に問いかけられて光忠は一瞬慌てた。盗み見ていたことに気づかれただろうか。
「あっ、いや、ううん。鶴さん、スーツも似合うね、と思って」
「急に初めて見たみたいなことを言うな、きみは。きみとこの恰好で遠征に一緒に行ったこともあるだろう」
それは確かにそうだ。とはいえ、その時は今とは感情が違ったというか……、その時は感情が恋ではなかったというか……、つまり、今の感情でその姿を見ると思うことが以前とは違うのだ。端的に言えば、普段とは違うときめきみたいなものがあるわけだ。
「それは、そうなんだけど……。似合ってるね、と思って。格好いいよ」
「光坊にそう言われるのは嬉しいことだなぁ」
「そう?」
「そうだろう。洋装……スーツと言えばまずはきみだ。上から下まできみはいつでもビシッと格好がいい」
「えぇ、そうかな?ありがとう」
さも謙遜しつつ慣れた様子で賛辞を受け取ったふりをしたが、内心では光忠はかなり嬉しかった。好きな人に格好いいと言われるのは、それはもちろん、かなり喜ばしい。
「はい、お待たせ」
簡単なものなので、和物はすぐにできあがった。新鮮なきゅうりは、シンプルな味付けとよく合うだろう。
「お、うまそうだ。いただきます」
鶴丸が手を合わせている。光忠は流しにもたれかかって彼が食べる様子をまた眺めた。食べながら頬が膨らんでいるのがかわいい。
「うまいな!採れたてで新鮮なのは当然だが、光坊の味付けが一等うまい」
一口やろう、と鶴丸が言うので、光忠は全部食べなよと返した。彼のために作ったのだし自分の分は全然いい。それはそうと、自分の味を鶴丸が気に入ってくれているのは嬉しかった。まずは胃袋を掴め、と言うが、餌付けをしている気分だ。
「ははぁ、さてはこっちに来るのを面倒がってるな?」
鶴丸はそんなことを言うと、立ち上がって流しのこちら側まで歩いてきた。そのまま箸で一口分、光忠の口元に運んできたのでうっかりそのまま、あーん、とされてしまった。なんか恋仲みたいだ、と思ったせいで内心の動揺があり味はよく分からなかった(そもそも手早く作ったので味見もしていないのだ)が、たぶんおいしくできているはずだ。うまいだろう、となぜか鶴丸が得意げに言ったので、それに曖昧に頷く。こちらが餌付けされている気分だ。
光忠に分け与えたことに満足したのか、鶴丸は再び先ほどまで腰掛けていた机の方へと戻っていった。パカパカ、というような、靴が鳴る音。
そうだ、この音だ。この音を鶴丸の下駄の音だと思ったのだが、こうして聞くと今日の足音はいつものそれとは少し違う。まぁ、どちらにせよ、足音の主は鶴丸だったわけではあるが。
「鶴さん、……靴が少し大きい?」
下駄の足音に似た足音は、もしかすると靴の踵がときどき抜けていることによって生じている音なのではないか、と思い当たった。
「おっと、分かるか?さすがは光坊だな」
きみは靴を大事にしているもんな、手入れをしているのを見かける、と鶴丸が呟いていて、自分のことを見てくれているのだなと光忠は思った。ときどき、光忠は縁側で革靴を手入れしているのだ。
「靴は大事にしなきゃねって思ってるからね。もし鶴さんがよかったら、一緒に合う靴を買いにいこうか?」
鶴丸は革靴を常用するわけではないから、すぐに必要ではないとしても、どうせなら合うサイズのものを持っているほうがいいだろう。
「あー……、その申し出はありがたいが、すまん。この靴が気に入ってるんだ」
「そうなんだ」
彼の足元を見るとその靴は、彼に想定される頻度よりも履きこまれている様子だった。あれ……?
「なんか、その靴、見たことあるような……」
「ああ、これはきみにもらった。ま、さすがに気づくか」
「僕にもらった、って、……え?」
ちょっと待って、どういうことだろう?自分が鶴丸にあげた?いや、そういえば、そういうことが確かにあったような……。
「傷んじゃったのを処分しようとしてた時のやつ……?」
捨てるか、と呟いていた時にちょうと鶴丸がやってきて、いらないなら譲ってくれと言われたことがあった。あの時は、鶴丸が何か――たとえば人を驚かせる小道具として――に使うのだと思って、実際光忠自身はもう履かないということもあって、何も考えずにあげたのだが。
「でもあれ、もう履ける状態じゃなかったよね?」
「修理屋に持ちこんだんだ。すると修理できるということだったんでな」
「えっ、でも、修理にお金を使うならそれで新しいものが買えるよ?」
何も履き潰したものを延命しなくてもいいのに、と思う。
「いや、俺はこれがよかったんだ。きみが大事に手入れしていたものを、俺も大事にしてみたい。それに――、好きな相手のお下がりを使ってみたいものじゃないか?」
そして、と鶴丸は流れるように続ける。
「この靴を履いていると、一人でもきみと歩いているみたいだろう」
ここまで、いつもと変わらない表情で飄々と言ってのけた鶴丸は、不意に感情が遅れてついてきたみたいに笑った。それは、照れた、という形容がふさわしかった。えっ、かわいい、と光忠は思って、たぶん、そのままそれを口にした。口にしたと分かったのは、その言葉を聞いて鶴丸がほんの一瞬びっくりしてから、また照れたように笑ったからだ。その直後、鶴丸は帽子を深く被りなおしたので、表情は見えにくくなった。
「僕と歩いてる気がするんだ……」
「自分の足音と光坊の足音が重なっている感じ、だな」
「っていうか、ちょっと待って?好きな相手のお下がりって言った?」
「言ったな」
「その靴は、僕があげた靴で、」
「ああ」
「そして、好きな相手からのお下がり」
鶴丸は軽く頷いた。
「つまり……、……好きな相手って、僕?」
光忠は答えを口にしたとはいえ、それを理解するのに少々、時間がかかった。そして意味を理解して、固まった。そうしてさらには、慌てた。
「待って待って待って、どういうこと?全然聞いてない。鶴さんは僕のことが好きってこと?」
「ありていに言えば、そうなるが」
「えっ?ちょっと待って!そういう大事なことをこんなにあっさり言わないで。シチュエーションとか、あるでしょ!」
「そうか?好意はいつ伝えてもいいもんだと思うが」
「いやいやいや、場面ってものがあるでしょ。ていうか、いつから?僕が言おうと思ってたのに、こんな」
どうなってるの?どういうこと?と混乱する光忠をよそに、鶴丸は微笑んでいるようだ。
「きみの発言から察するに、光坊、きみも俺のことが好きということでいいのか?」
「そうだよ!僕は鶴さんのことが好きで、僕からそれを言おうと思ってたのに、こんな……。ちゃんと場をセッティングして、とか考えてたのに」
「ロマンチストだな、きみは」
「いや、ロマンチストじゃなくてもそうなんじゃないのかな?いや、本当に、こんな、返事をするみたいな形での告白とか格好つかないよ。僕のほうが絶対先に好きだったのに」
鶴丸はどうやら光忠が動揺しているのを面白がっている様子だ。そりゃ動揺するだろう、と思う。両想いだった上に、あんなにさらっと相手が気持ちを打ち明けてきたのだ。自分はなかなか勇気が出ずにもたついていたというのに。いや、嬉しいのは嬉しいんだけれども。鶴丸が自分のことを好きでいてくれるのは。
「きみが先に好きだったっていうのは――、どうだろうな」
鶴丸は机の上に片肘をついて、顎を乗せた。
「俺は光坊のことが好きで、だからきみのお下がりをもらおうと思ったわけだ」
「うん」
そういえば、それってずいぶん前のことのような気がする。なぜなら、その時はまだ鶴丸のことを意識していなかったはずだから。
「な?つまり俺は光坊にもらった靴を履きながら……いや、それだけじゃないが……、そうしながらきみが振り向いてくれるのを待ってたんだ」
今日光忠が自分を好いてくれていると確信を持ったから、好きだと言ったのだ、と鶴丸は言った。光忠はひたすらにあっけにとられていた。
「ずっと好きだった、ってこと?」
「そういうことだ。ま、振り向かせる自信はあったがな」
なんで好きになったか分からないだろう、俺の術中にまんまとはまったんだ、かわいそうにな、と鶴丸はふざけた様子で、でも得意げにしている。光忠は首を振った。
「ううん、それは違うよ、鶴さん。術中にはまったとかじゃないよ。鶴さんがどうであっても、僕はあなたのことを好きになってた」
光忠はある確信を持って鶴丸に近づくと、目深に被られているハットを取り上げた。一瞬慌てたように彼の手がそれを追ったが、帽子はその指先をすり抜けた。
帽子の影がなくなって、鶴丸の顔色がはっきり分かるようになった。頬にいつもよりも紅がさしていて、それは、照れている、のか、あるいは恥ずかしがっているのか。やっぱり、と光忠は思った。先ほどの彼の言葉は、こういう様子をごまかすために軽口だったのだ。
「ほら、こんなふうに照れたり僕のお下がりをこっそり大事にしてたり、そんないじらしい人だから僕は好きになったんだよ」
本当はきっと、気持ちを伝える予定はなく、うっかり吐露してしまったんだろう、それをごまかしているんだろう、そういうことを指摘すると、鶴丸は観念したように目をつむり、肩をすくめた。
「きみなぁ、年上に格好をつけさせてくれよ」
「やだよ、僕のほうが格好よくありたいから」
思わず口を尖らせるようにして言ってしまったので、その口調に鶴丸が吹き出した。
「はは、光坊のそういう子供っぽいところは格好よくはないとは思うが……、そういうところも俺は好きだぜ」
さて、と言って鶴丸が立ち上がる。
「そろそろ夕飯の支度に厨当番が来るころだろう。その前に、光坊、一つ聞かせてくれ。俺と恋仲になってくれるか?」
あっ、いいところを持っていかれた、ずるい、と思ったものの、鶴丸のこういう大事なところで決められるところも好きなのだ。伊達者で、年上の、光忠が惚れた人。
「もちろん、それは僕がお願いしたいくらい。だから、よろしくお願いします」
鶴丸はこちらの手からハットを取り返して被ると、歯を見せて笑った。
「大団円だな、こりゃ。光坊、さっそくだが、今夜きみの部屋に行ってもいいかい?酒でも飲もう。きみとそういう仲になったら、そんなことをしたいと思ってたんだ」
他にもやりたいことがある、と続ける鶴丸がかわいらしくて、光忠は思わず彼を抱きしめた。恋仲となったならこういうことをしてもいいと思って。
そうして、かわいい、好きだよ、僕も鶴さんとしたいことがたくさんあるよ、と囁いた。光忠が鶴丸の体躯の薄さを感じている一方で、彼は固まっているらしい。
あれ、と思って離れると、鶴丸は頬から耳の先まで真っ赤になっていた。光忠がその様子に気づいたことが分かったのか、帽子をまた目深に被ってしまったので、どういう顔をしているのかは窺えなかったけれど。とはいえ、これは、思ったより……。
「……そういう、その、触れあい、は、追々で頼む、……」
湯気でも出るんじゃないかという様子で、へろへろの声音でそう言った鶴丸は、その直後にこの場から逃げ出してしまった。逃げ出したといっても、嫌だっというよりはひどく照れているにだろうということは、彼の様子からよく分かった。
思った以上に初心な人なんだな、とか、あんなに飄々と告白してきたのに、とか、いろいろ思うところはあったが、それらの考えすべてが、光忠の脳内において、かわいすぎる!に集約された。
「今夜はいいつまみを作らなくちゃ」
光忠はつまみに使う用の野菜を選びはじめた。腕が鳴る。まずは手ずから食べてもらうなど、そういうことから距離を縮めようと思うのあった。真っ赤なトマトに先ほどの鶴丸の様子を重ねながら、光忠はこれからのことを思い描いて微笑んだ。
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