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2024-02-28 22:53:36
5483文字
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燭鶴

光忠ってなんかいいにおいするな〜と思ってる鶴丸の話。

 鶴丸国永は考えていた。最近恋仲となった燭台切光忠は、なんだかいいにおいがするな、と。

 ほかの平安生まれの者たち同様、鶴丸も香を焚くタイプの刀剣男士なので、香りというものに関心がある。時代が下ると、香ではなく香水というものも登場するらしい、と若い者たちに教わった。香水というのは焚くものではなく自身に吹きかけるものなので、香よりもお手軽なはずだし、色々な種類があって面白いのだ、という。今度機会があれば自分も試してみよう、と鶴丸は思いつつ、現状、気になっているのは恋人がまとっている香りについてだった。
 そばにいるとき、本丸ですれ違うとき、床において、ふとしたときに光忠から感じるにおいが好きだ。いいにおいだ、と感じるのだが、それがなんのにおいなのか分からない。もともとその香りをまとっていたのかもしれないのだが、一緒にいることが増えたので気がつくようになったのだろう。鶴丸は自分は比較的鼻が利くと思っていたので、なんの香りなのか分からないことが不思議だった。それで、ほかの者に訊いてみることにしたのだ。

「みっちゃんのにおい?そうだなぁ、伽羅はどう思う?俺はその日の飯のにおいのような気がするぜ」
……、確かに厨から出てきたあいつとすれ違うとその日のメニューが分かる」
「いやいや、そんな日替わりのにおいじゃなくて毎日同じにおいのような気がするんだがなぁ」
 まずは光忠と親しい伊達の坊たち――太鼓鐘貞宗と大倶利伽羅に訊いてみたものの、この返答である。食いしん坊さんたちめ。確かに光忠は本丸において料理を担当しているので、食べ物のにおいをまとっているな、と感じることはある。甘い匂い、香辛料の香り、はたまた、採れたての野菜を使ったのだろうか、土のにおい。ただ、鶴丸はそれらの香りであればそうだと分かるので、鶴丸が特定したいと思っているものではなかった。

 次に、よく本丸内で一緒に作業をしていることが多い歌仙兼定と小夜左文字をつかまえて、尋ねてみた。
「燭台切の?意識したことはなかったな」
 はて、と歌仙が首をひねっている横で、小夜が遠慮がちに口を開いた。
「その……、清潔なにおいがする、と、思います。洗ったばかりの洗濯物みたいな」
「お小夜にそう言われるとそんな気もするね。まぁ、彼は働き者だから、よく洗濯仕事もしているためだろう」
「確かに光坊はどちらかと言えば綺麗好きではあるか……
 二人の答えに納得するところはあったものの、それであれば他にも働き者で綺麗好きな者たち、たとえば、この彼ら二人もそうだし堀川国広あたりも同じような香りをまとっているのではないか、と思うのだが光忠のそれは、彼らのものとはまた違う。
 まだ分からないか、と思いながら鶴丸は廊下を歩いていると、ちょうど当の本人に鉢合わせて、眉間にしわが寄っていることを指摘された。
「何か考え事?鶴さん、」
「あぁ、いや、ちょっとな。大したことじゃないぜ」
 そう?と首を傾げつつ、手合わせに誘われているから、と光忠は稽古場の方へと去っていった。やはり、どこかいいにおいがする気がするな、と改めて鶴丸は首をひねった。なんの香りなのか、香のような、あるいは、香水?彼は伊達者だから、何かお気に入りの香水があってもおかしくない。

 数刻して鶴丸が馬小屋から出てくると、ちょうど稽古を終えたらしい御手杵と同田貫正国と居合わせた。
「おっ、きみたちは手合わせ終わりか」
「あぁ、ちっとばかり気が立ちすぎたからよ、馬と触れ合っとくかと思ってな」
 自分はそれに付き合っている、と御手杵が隣でうなずいている。
「光坊が相手をするって言ってたのはきみたちだったか」
 いや、そういうわけではない、と二人は首を振ったものの、せっかく時間が重なったから、と光忠とも手合わせをしたらしい。この二人に訊いても分からないんじゃないか、と思いつつ、一応、尋ねてみる。
「燭台切のにおい?考えたことないぜ」
「よくわかんねぇが、俺たちは戦場のにおいしかしないんじゃないのか」
 完全に訊く相手を間違えたな、と鶴丸は苦笑して――とはいえこの彼らからは確かに戦のにおいがすると思う――、その場をあとにした。やはり、気になる光忠のにおいについては分からないままだ。

「あ!鶴さん、やっと見つけた」
 光忠のことをそれとなく本丸のいろいろな相手(審神者を含む)に訊いてまわって――いや、全部なんらかのついでにそれとなくである、光忠との関係はまだ公にしていないし――その夜遅く、鶴丸が自室へ戻ってくると、そこに彼が戻りを待っていた。
「おぉ、どうしたんだ」
 光忠は恋仲になっても、部屋にやってくるときは律儀に部屋に行ってもいいか、と尋ねてくるので、こうして待たれているのは大変めずらしい。
「どうしたも何も、鶴さん、隠れて何か僕のことみんなに訊いて回ってるでしょう」
「おっと、なんでばれた?」
 それとないつもりだったんだが……、と肩をすくめていると、やれやれ、とでも言いたげに光忠が首を振っている。
「何人かが急に僕の周りを無意味にうろつくようになったから訊いてみたら、なんか鶴さんが嗅ぎ回ってるみたいなこと言うから……。何か気になることがあるなら言ってほしいよ」
 嗅ぎ回っている、まぁ確かに、文字通りの「嗅ぎ回って」ではある。なるほど、鶴丸が訊いてまわっていることで他の者に光忠のにおいを意識させることになっていたらしい。とりあえず、部屋に入れと促して、鶴丸は自分も中に入って腰を下ろした。
「確かに光坊に直接訊けば早かったか……。うん、そうだな、端的に訊こう、きみ、なんの香を使ってるんだ?」
「お香?」
 光忠は突然の質問の意図が分からない様子で首を傾げた。
「僕は鶴さんみたいには何も使ってないけど……
「そんなことはないだろう、きみからはどこかいいにおいがするぜ」
 そうなのかな?と光忠はやはりなんの心当たりもない様子だ。すんすん、と彼が自分の腕を交互に嗅いで、首を傾げた。今、嗅いでみる?と光忠は両腕を広げる。
「お風呂にはもう入ってきたから、たぶん、汗臭くはないはず……
 鶴丸は膝立ちでにじりよって彼の胸元に顔をうずめた。抱きついた、のほうが近いかもしれない。湯浴みを済ませたという光忠の言葉通り、確かに彼からは風呂上がりの香りがした。しかし、それとは別にやはり、何かいいにおいがするように思う。なんの香りなのかは分からないが、好きだ。
 それをそのまま口にするとなんとなく妙な間があった。
「それって、えっと……、うーん、これ自惚れてもっていうか、恐れ多くも、“そう”思っても、いいのかな、」
 光忠の物言いははっきりせず、なんとなく言葉を濁しているようだ。
「なんだ、光坊、はっきりしないな。何か思うところでもあるのかい?」
 えっと、とまだ口ごもっている光忠はどうにも照れている、ようだ。照れている?何に?
……なんか、ほら、人の身体って、相性がいい人の体臭をいいにおいって感じるらしい、んだよ。だからこう……、鶴さんのそれはそういうこと、なのかなって」
 彼の発言の意味を飲みこむのに少々、時間がかかった。
 つまりどういうことだ?つまり、自分が光忠のことをすごく好きであって、相性が良い、ということではないか。つまり、彼が照れているのは、そんなに好かれていて嬉しいな、ということなのでは?
 羞恥が遅れてついてきて、鶴丸は抱きついた状態から軽く光忠のみぞおちに拳を決めた。
「うるさいぞ光坊」
「痛っ!?僕なにも言ってないよ?」
 照れ隠しが暴力的すぎるよ、と彼が言わなくていい一言を言うのでもう一発軽くみぞおちに叩きこんだ。いたた……、と言いながらも光忠はなんか嬉しそうにしている。
「僕と鶴さんの相性がいいなら嬉しいな!」
 あまりに彼がニコニコしているので鶴丸はそれ以上は何か言えなくなって、む……と黙っていた。まぁ、相性が良いなら嬉しい、というのは、それはそう。背中に両腕が回って抱きしめられた。抱きしめられたことで、恥ずかしさが曖昧になるような、ならないような。鶴丸はその胸元に額をぐいぐいと押しつけた。しばらくこのままこうさせていてほしい、やはり、照れがあるので。
 しばらくそうしていて、不意に鶴丸に思いつきがあり、顔を上げた。
「きみ、香水をつけるべきだ」
「えっ、この流れで?なんで?」
「いや……、その、きみの、におい、を、……ほかの誰かにあまり知ってほしくないからだ」
 これを独り占めしたい、と思った。「燭台切光忠がいいにおいです」、というのが知られてほしくない。いや、ほかの男士もそう感じるのかどうかは分からないのだが、鶴丸にとってはそうなので、つまり、そういうことなのだ。「燭台切光忠のつけている香水がいいにおいです」、なら、ほかの者に知られても、良い。
……、鶴さんって、もしかしてめちゃくちゃかわいい?」
「いちいち余計なことを言わなくていいんだ、きみは」
 恥ずかしいから。でもまぁ、この恋人にそのように思われるのは、悪くない……、と、思ったものの、それは素直には口にしないままにして、鶴丸はどういうタイプの香りが好きなのか、と代わりに尋ねた。香水を選ぶ参考にしたい。
「うーん、どんなの、か……、どうだろう。僕は鶴さんが選んでくれたものがいいな」
「よし、きみにとびきりの香りを鶴さんが選んでやろう」
 香水については興味を持って調べたことがあるし、自分は香を嗜むのでそこそこ知識はある。
 男性向けのものは、ちょっと男すぎるかもしれない、とか、あまり色気がありすぎるものは、たぶん刺激的すぎて自分の身が持たない、とか、それならいっそ女性的なもののほうが柔らかで良いかもしれない、とか、いろいろなことを考えつつ、何よりも自分が選んだ香りを彼がまとうことになるのは気分が良いな、と鶴丸は相好を崩した。次に二人で出かけるときは、香水選びになりそうだ。


□□□


「光忠のにおいについて訊いてまわってるんだって?」
 数日後、畑仕事に向かう途中、庭から戻ってきたところらしい実休光忠が声をかけてきたので鶴丸は立ち止まった。
「あぁ、それはそうなんだが、その件はもう解決したぜ」
 この実休のところまで話が行っているとなると、意外にもこの件は広まっているな、と鶴丸は苦笑しつつ肩をすくめた。いや、もしかすると光忠本人から聞いたのかもしれない。香水を鶴丸と選びに行くというのを彼はとても楽しみにしているようだったので。というかそういうことであってくれ。鶴丸が光忠のことを文字通り嗅ぎ回っているということが噂のように広まっているのは、少々恥ずかしい。
「そっか、分かったんだね。それはよかった。ちなみに、なんのにおいだったのかな?僕としてはあの子はほとんどにおいがしないと思っているから、少し気になってね」
「あー、なんだったのかっていうのは、すまん。秘密だ」
「おっと、」
 鶴丸が教えてくれなかったことにたいそう驚いた表情をした実休は――この男はそういうところがある、自分の要求が叶わないことは絶対にないと思っているというか、だから要求が叶わなかったときにとても驚くというか――、そのまま今度は小さく笑った。
「秘密なのは残念。……そういえばね、さっき、なんのにおいもしない、と言ったけれど。実は一つ、思い当たることがあるんだ」
 ちょいちょい、と実休は自分に近づくように手招きした。耳を寄せろ、ということらしい。なんだなんだ、と鶴丸がその口元に耳を寄せると、彼は続きを口にした。
「ときどき、光忠からはあなたの匂いがするよ、鶴丸さん。特に部屋を空けていた翌朝に、ね」
 囁き声には笑みが混じっていて、どうも興味深そうにしているというか、いや、たぶんどうも面白がっている。
「あー、きみ、光坊の隣の部屋だったか……
 まだ光忠との関係を公にはしていないが、すでにばれているのか、となんとも言えない気持ちである。
 いや、隠し通せるとも思っていないが、まだ恋仲になって日は浅いはずなのだ。とはいえ、まぁ、においが移るようなことがあるとするならば、そういうことは、すでにしている。関係を持って、いる。それを言外に指摘されたようで、少しばかりばつが悪いというか、照れのようなものがあるというか。
「大丈夫、僕は口が固いから安心して。弟をよろしくね」
 そんなことは言われずとも、だと鶴丸は頭を掻いた。牽制されているのだろうか、いや、純粋によろしくね、と思って、いる?兄として?
 鶴丸の言葉を聞いて、実休は微笑んだ。
「ありがとう。いつか正式に紹介してもらえると嬉しいよ」
 そう言い残し、彼は片手を上げて部屋の方へと去っていった。鶴丸はその背を見送りつつ、光忠から自分の香りをさせるという手が――彼本来の香りを自分だけが独占するという手段の一つとして――あったか、と思い、今度、自分の香を光忠のものに焚きしめてみるか、と思案した。
いや、いっそ揃いの香水を買ってみてもいいのでは?あからさますぎるだろうか、いや、それなら香を焚きしめるのもあからさますぎるだろう、とか、様々な考えが巡って、なんか照れのようなものが勝り、考えるのをやめた。
 この話を光忠にして、鶴さんって案外独占欲が強いんだね、と言われることになるのは後日である。