青色
2024-01-21 21:45:59
5580文字
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燭鶴

鶴丸に光忠がピアスを開けている話。人にピアスを開けてもらうの、その人へのかなりの信頼を感じるというか、えっちじゃないですか?という……それだけ……

「主からの返答はあったかい、光坊」
 背後から声をかけられて店の入口付近に立っていた光忠は振り返った。
「あ、鶴さん、意外と早かったね。もう満足?」
 光忠が尋ねると、鶴丸は親指を立てて見せた。満足らしい。この店に立ち寄ったのは鶴丸たっての希望で、一方の光忠はといえばここで彼の気が済むのを待っていたのだ。
「30分後にこの近くのAビルの非常階段にゲートが開くみたい。それで帰還するようにって」
 今日は令和の時代に視察遠征というかたちで訪れていた。今回の任務としては、時間遡行軍があらわれる足がかりになりそうな歴史の歪となる可能性のある場所の調査だった。あまり難しいものではなく、2時間ほど前にその任務は終了している。審神者からの帰還指示を待っていたところだ。
「そうか、ならもうちっとばかり店を見ててもよかったな」
 鶴丸の口ぶりがやや残念そうだったのでまた見てきてもいいよ、と光忠は提案したのだが、彼は首を振ったので、そう、とうなずいた。
「鶴さんはこのお店好きだねぇ」
「そうだな。この店は雑然としているが、そこがいい!いつも何かしら驚きがある」
 だがまぁ、きみの好みではないだろうな、と続いた鶴丸の言葉に、光忠は苦笑しつつまたうなずいた。それはそう。この店はある物語の騎士の名が冠されていて、店内はいつも所狭しと品物が積み上げられている。たくさんの商品、たくさんのポップがあふれている店内は、情報量が多すぎて光忠としてはちょっと苦手だ。
「帰還ゲートが開くまで時間があるなら、光坊にちょっと頼みたいことがあってな」
 鶴丸がパーカーのポケットから――令和遠征に際して刀剣男士は時代に即した服装をまとうこととなっているのだが、今回鶴丸はシンプルな白のパーカーにスキニーパンツという出で立ちだった――、何かを取り出してこちらに見せた。
「それ?」
「ピアッサー、というやつだ」
 鶴丸が光忠の右手を取って、ポケットから出したパッケージを握らせた。こうして手にするのは初めてだったが、確かにこれがレジ前に陳列されているのを見たことがある、気がする。
「あれっ、いつの間に……さっきのあいだに買ってたの?職権乱用じゃない?」
「まぁそう言うな。ここは一つ見逃してくれ、部隊長?」
 鶴丸はそう言いながら両手を合わせて光忠を上目でうかがった。こういうときは、だいたいぶりっ子をしている。自分の見目の良さを分かっている仕草だ。本来、任務に直接関係しないものは買わないように、とされているわけではあるが……
「えぇ……。もう、しょうがないな」
 本当は部隊長として諌めなければいけないのかもしれないが、あいにく相手が恋仲なので分が悪い。こういうかわいい顔をされるとなんとなく甘くなってしまう。多少の購買活動が歴史にほとんど影響を及ぼさないことは実際のところ分かっている(というかそうでなければ遠征先に長期滞在するのは難しいだろう)から、その事実と、この恋人のかわいさに免じて無駄遣いは見逃そう、という感じになってしまうというか。
 鶴丸と二人きりでの遠征、浮かれるなよとへし切長谷部に出発前に言われたが、うん、確かに少し浮かれているのかもしれない。令和への遠征は視察がメインであまり危機感を張り詰める必要性もないし。いや、名誉のために言っておくが、両者とも任務はきちんと真面目にこなしている。
「鶴さん、ピアス開けてみたかったんだ?」
 手にした器具は頼りないくらいに軽い。それを弄びながらパッケージに書いてある文章を眺めた。滅菌済、特許取得済、片耳用。
「あぁ、うちにいるものにはこれをしている奴もいるだろう?なかなかいいじゃないかと思っていてな」
 光忠は顕現時から耳に飾りを備えて現れた者たちの面々を思い浮かべた。自分の兄も、そういえばたくさん付けている。
「片耳だけでいいの?」
 渡されたピアッサーは一つだけ、それは片耳用と表記があったので光忠は尋ねた。基本的には、両耳で揃いのものを付けるのではなかろうか。
「実のところ、片方はもう開けてみたんだ」
 そう言って鶴丸は耳横の髪をかきあげて左耳をこちらに見せた。髪をかきあげる仕草が、なんとなく艶っぽくてよくなかった。余計な煩悩は脳から追い出しておくとして。
 あらわになった左耳の耳たぶには、確かにピアスが一つ、鎮座していた。黄色とオレンジの中間色のような石のデザインのものだ。
「わっ本当だ、痛くなかった?」
 ピアッサーをよく見たのは初めてだが、その仕組みはなんとなく分かる。小さな穴とはいえ、針でそこそこの厚みのある耳たぶを貫通させるのだから痛みがないわけではないだろう。
「このくらい、戦闘に比べりゃどうということもないな。かすり傷だ」
 鶴丸が肩をすくめている。とはいえ、と彼は続けた。
「痛みはどうってことないが自分で開けるにはちょっと問題があってな、それできみに頼もうと思ったんだが」
 鶴丸が言うには、耳たぶの良い位置に自分で開けるのが難しかったのだ、と言う。確かに、彼の左耳のピアスは、中心を外れて付いていた。
「せっかくならいい位置がいいだろう?」
「でもこれ、手入れしたらなくなっちゃうんじゃない?」
「主にばれなければしばらく付けたままでいれるんじゃないか」
「そうかなぁ」
 手入れについてはまぁ、そうかもしれないと思いつつ、光忠は再び手にした器具に目を落とした。自分が鶴丸に対して使うとなると、がぜん責任が重大になってくる気がする。
 ピアッサーをパッケージから取り出しているとだんだん人目が気になってきたので――確かに、ディスカウントストアの入口で至近距離で会話している大の男が二人いると目立つかもしれない――、帰還ゲートが出現する予定のビルの非常階段へと場所を移した。光忠が開けてやるのだから、鏡も必要ないし、ここでちょうどよかった。
「さくっとやってくれていいぜ」
 階段の手すりにもたれかかって立った鶴丸が、髪を耳にかけて耳たぶを露出させた。特に意味はないが、念のためその耳たぶをつまんで確認してからピアッサーの照準を定める。
「鶴さん、あっさり言うけどこれ、けっこう緊張するよ?」
「きみの言う通り、手入れですぐに消えるんだ、失敗したっていい」
「でもせっかくならちゃんとやりたいよ」
 それに、と思う。これはなんだろう。単なる緊張感ではない、興奮みたいなものがあった。この恋人の身体に傷をつけるということは、たったこれだけとはいえなんとなく畏れ多く、また同時に、なんというかこう、破瓜を思わせるような気がして――。光忠は余計な煩悩を一旦振り払った。
「このへん、かな」
「よし、ひと思いにやってくれ」
「うん、じゃあ、いくね……
 光忠がピアッサーを押し込めようとした瞬間、鶴丸が笑ったので照準がぶれた。
「あっ、ちょっと、鶴さん動かないで」
「いや、すまんすまん、きみのその感じがちょっと初めてのときに似ていてな」
「もう、なんの話?」
 光忠はしらばっくれたが、その「初めて」が何を指しているのかなんとなく理解して、自分のちょっとした興奮を言い当てられた気がして少しどきりとした。とはいえ、正直に興奮していますというのも格好つかない気がしたので、平静を取り繕う。
 気を取り直してもう一度彼の右耳に照準を合わせた。今度こそ鶴丸は大人しく息をひそめている。光忠は一瞬息を止めて、レバーを押しこんだ。ばちん、と器具が爆ぜる。レバーを押しこんだ指先に、ぷつりと肉を貫く感覚があったような気がした。真っ白な紙に一点、インクを垂らしたときのような後ろめたさと高揚みたいなものをうっすらと覚える。一瞬の余韻を持って、ピアッサーを耳から離すと、耳たぶの中心に橙の鈍いきらめきが埋まっていた。唾を飲みこむ。
……うん、悪くないんじゃないかな」
 ほら、と光忠は所持していた連絡端末の画面に反射させてピアスがついた様子を見せた。鶴丸は少しその部分に触れ、満足そうにうなずいている。光忠もなんとなくその耳に触れ、輪郭を指先でなぞると、彼はくすぐったそうに笑った。
「光坊につけてもらったっていうのが、いいな」
「そう?」
 そうだ、と鶴丸は意味深に笑っていたが、その意図はなんとなく分からなかった。彼の仕草に合わせて髪の隙間から付いたばかりのピアスがきらきらしている。
 ピピ、と連絡端末に信号が入り、帰還ゲートの準備ができたようだ。それを鶴丸に知らせ、光忠は彼と二人で本丸へと帰還した。

 本丸へと帰還すると、審神者と近侍の長谷部がゲートの前で二人を出迎えた。
「おかえりなさい、鶴丸さん、燭台切さん。……あれ?変ですね、鶴丸さんのほうに負傷反応があります。遠征先で戦闘を行ったという報告は来ていませんが」
 審神者が端末を見ながら首を傾げている。何か余計なことをしたんだろう、と長谷部が審神者に先回りして顔をしかめた。
「おっと、ばれるのが思ったよりも早いが……、ばれたなら仕方がないな」
 任務を終えたあとに、たわむれにピアスを開けてみていたのだ、と鶴丸が耳たぶを示して見せた。
「あっ、こら、また勝手にそんなことをして……手入資源は使わせませんよ」
「なに、大丈夫だ、手入れは必要ない。痛いわけでもないしな。自分の行動には責任を持つぜ」
「うん、そういうことだから、あんまり怒らないであげてほしいな。それに、片方は僕が開けたから共犯なんだ」
「燭台切さんは鶴丸さんに甘すぎです!資源は使わせないと言いましたけど、負傷反応が出続けているのもよくないので、手入れはします。今日の夕食後に手入れ部屋に来てくださいね」
「主、なんとお優しい……!」
 隣で大げさに感動している長谷部のことは無視しつつ、鶴丸は降参とばかりに両手を上げて手入れを了承した。それを確認した審神者が、二人を部屋へと促した。審神者と長谷部はまだ次に戻ってくる予定の帰還者を待つようだ。
「鶴さん、ピアスなくなっちゃったね」
 部屋へと戻りながら光忠は隣を歩いている鶴丸の髪に触れて耳たぶを覗いた。彼の耳たぶにはピアスホールだけが残されていて、ピアスをそのものはなくなってしまっている。
「やっぱり、遠征先で手に入れた申請してないものは帰ってくると消えちまうなぁ」
「次の手入れまでこっちでピアスを買ってつけておく?と思ったけど、今日手入れになっちゃうみたいだしね」
 そうだな、と鶴丸がうなずく。
「ちょっともったいない気もするが、こればっかりは仕方がないな。なに、また開けたらいいさ」
 そのときはまた開けてくれるか?と鶴丸が小首を傾げて言うので(これが無自覚なのか、かわいこぶっているのか分からない)、光忠はまた主に怒られるよ、と言いつつ、うなずいた。この役回りが、自分だけであってほしい、と思う。
 部屋に戻った鶴丸が着替えるために内番着を手にしながら、一方の手で穴だけが残っている耳たぶを触っている。その様子に、なんとなく煩悩が刺激されるものがあった。光忠は近づいて、同じように彼の耳たぶに触れる。指先に穴の部分が少しへこんで感じられた。
「痛い?」
 むにむにとやや無遠慮に光忠が耳に触れているのを、鶴丸は大人しく好きにさせていた。
「いや、強く押されたら鈍く痛む気がするくらいだ」
「そっか」
 念のため穴の部分を強く押さないようにしつつ、光忠はしばらく彼の耳をもてあそんだ。
「なんだ、光坊、気に入ったか?」
……うん、なんていうか、その」
 えっち、と思わず口にしてしまって、性的、と言い直した。いや、煩悩をさらけ出してしまったことには変わりない。格好悪い、と思って慌てた。
「あ、いや、えっとね、これは違くて」
「あっははは、きみがすけべな目で見てることくらい、気づいていたぜ」
「えっ」
 ばれていたことが格好悪い、最悪、と嘆く光忠を鶴丸は笑って眺めている。
「そう気にするな、ちょっとそういうことを考えていたのは俺も同じだ」
 鶴丸が自分の耳に触れながら、今度こそは単に意味深というだけでなく、色っぽく微笑んだ。
「穴が開いていない耳のことを処女耳というらしい。そこをきみに通してもらうのはなかなかいいんじゃないかと思ってな」
 二度目の初めて、だ、と少し声のトーンを落として囁いた鶴丸は非常に魅力的だった。
「俺はけっこう興奮したぜ、光坊はどうだ?」
「えっと、それは……、はい、興奮、しました」
 興奮したのは彼の耳を貫通させる行為そのものに対してでもあるが、今こうやって、その行為の意図と、それによって自分がどう思ったのかと教えてくれているということが余計にこちらをどきどきさせる、と思う。誘惑されている。
「そいつはいい!で、どうする」
 抱くか?と鶴丸は婀娜っぽく言った。それは、彼にピアスホールがあるうちに、ということだろう。これで初めて、あぁ、ここまでは鶴丸による前戯だったのだ、と分かった。あの瞬間から、始まっていた。いじらしいのか、男らしいのか、積極的なのか、遠回しな誘いなのか、分からない。でも、こういうところを魅力的だ、と思う。年上の恋人。
 光忠は答える代わりに、鶴丸の耳たぶに触れた。そこに貫通している傷を、なぞる。
 その仕草で是、と答えたのが伝わったのだろう、彼の口元が緩んだ。その唇に、口づけを。任務は無事完了、夕食までの時間、しけこむのは許されるだろう。


ピアッサーばちんと爆ぜてそこからの雨漏りの可能性を閉ざした
「エモーショナルきりん大全」上條翔、書肆侃侃房
↑直接関係しないけどこの短歌をなんとなく念頭においていました。