青色
2023-12-29 22:40:15
3861文字
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燭鶴

押入れとかクローゼットで隠れて二人だけになってキスするのなんかエモを感じます、という話。

「お待たせ、……って、あれ、まだ誰も来ていないのかな」
 目的の部屋についた光忠が声をかけながら中をのぞくと、まだ誰の人影も見当たらなかった。
 今日は本丸中の大掃除を行う日となっていた。この本丸の端に物置と化している広めの部屋があり、手が空いている者がそこを今日、片付けることになっていた。昼食後に集合とのことだったので、光忠は食後の片付けを終えて手伝いにやってきたのである。
 とりあえず、何がこの部屋に詰めこまれているのか確認しよう、と光忠は部屋に足を踏み入れた。所狭しと様々なものが積み上げられており、おおかたこの本丸の主の仕業だろう。床を塞いでいるダンボールを脇へどかしながら、部屋の中へと進入した光忠は、さて、どこから手をつけるか、と辺りを眺めた。
 まずは、廃棄するものを分けるために、使えないもの・不用品とそうでないものを別にしたほうがいいだろう。その前に、審神者の私物が混ざっているならそれは取り分けておいたほうが良さそうだ。それから――
 あまり動ける範囲は広くないが、部屋をうろつきながら積み上げられているものを確認していた(古そうなノートなどもあり、おそらくは主のものかと思われた。いわゆる“黒歴史”と呼ばれるものかもしれないので、そっとあとで審神者に渡しておこうなどと考える)光忠が、押入れを背にした瞬間、背中に衝撃があった。
「うわっ!」
 何かが勢いよくぶつかった、と思ったのは、背後から飛びついて抱きつかれたことによるものだったらしい。抱きついてきた本人は、ぴたりとこちらにくっついて光忠から隠れようとしている様子だったが、自分の身体に回された腕を見れば、それが誰であるかは明らかだった。
「鶴さんでしょう!びっくりしたよ、もう〜、どこに隠れてたの?」
 ぴったりとくっついて離れない彼を無理やり引き剥がして向かい合うと、目の前の男は楽しそうに笑っている。
「背中ががら空きだぜ、光坊。いつでも警戒を怠っちゃあいけないな」
「こんなことするの鶴さんくらいだよ」
 先ほど見た時には開いていなかった押入れの戸が開いていて、おそらく彼はそこに潜んでいたのだろう。
「これまた埃っぽいとこに隠れてたんだね」
 ぱんぱん、と無意味に鶴丸の両肩をはらう。特に埃被っている様子ではなかったものの。
「俺が一番乗りだったから、これが様式美だと思ってな。ま、次に来たのがきみだったのは、俺としてはラッキーだ」
「様式美なのかなぁ?まぁ、僕はサプライズは嫌いじゃないけど……、というか、僕でラッキーってどういうこと?」
 光忠の問いにこういうことだ、と言って鶴丸は強い力で腕を引いた。
「きみも来い、こっちに」
「あっ!僕を巻きこんでまた人を驚かせようとしてるでしょう!やらないよ、僕は」
「いいからいいから」
 無理やり押し切られて結局光忠は鶴丸によって押入れの中に引き入れられてしまった。大の男二人が入るには狭すぎるだろうと思ったのだが、意外にも、若干の余裕がある。鶴丸が戸を締めたが、立て付けが悪いのか綺麗には閉まらずに、少し隙間が空いている。
「しっ!誰か来てるみたいだ」
「あの声は歌仙くんじゃないかな、怒られるよ?」
 歌仙兼定と思わしき声が部屋の方へ近づいてきている。どうも誰かと一緒のようだ。
「なーに、ちょっと驚いてもらうだけだ、面白いだろう」
「それが怒られるよって言ってるんだけど……
 とは言いつつも、光忠は自分から勝手にここから出ていく気もないのだった。そういうところを、鶴丸に甘いというのかもしれない。
 こちらへ近づいてくる声が大きくなってくる。歌仙と一緒にいるのは小夜左文字のようだった。
「ほら、怒られるって。僕と一緒に出よう?鶴さん」
「まぁそう言うな、光坊。な、光坊?」
 とんとん、と肩を叩かれて、どうもこっちを向けということだったので光忠が鶴丸の方を向くと、彼は思いのほか密着した位置におり、そしてそのことに光忠がびっくりした瞬間、口づけられていた。
「っ、!?」
 驚いた面持ちのまま、光忠は唇を堪能されて、そして鶴丸が離れた。得意げな、それでいて嬉しそうな、そういう表情を彼はしている。
「び、っくりした。急にどうしたの?」
 なんとなく、急に秘密を共有しているような感覚になって、声を潜める。
「はは、いい顔だ、光坊。年末年始のきみは人気者だからな、こうでもしないときみとはなかなか二人きりになれないだろう」
 それが先ほどの「ラッキー」という発言につながるようだ。二人きりになれるきっかけができた、ということの。
 確かに年末年始の光忠は忙しい。イベントごとがあると料理の仕込みをすることは増えるし、それ以外にも大掃除や歳末の審神者の仕事の手伝いなど、頼りにされていることがたくさんある。それだけではなく、出陣のほうも連隊戦があり、慌ただしい。鶴丸のほうも出陣にずっと駆り出されているので、恋仲とはいえすれ違っていることのほうが多いだろう。
「僕と二人きりになりたかったって、それって、寂しかったってこと?」
「さてな」
 大げさに肩をすくめて――とはいえ押入れの中なのであまりオーバーなリアクションはできないのだが――鶴丸はしらばっくれたが、たぶん、そういうことなのだ。この刀は存外、寂しがりだから。
「鶴さんが寂しがってくれたのは嬉しいけど、こんな埃っぽいところで二人きりっていうのもロマンがないね」
「そうか?逆にノスタルジーがあるだろう、子供の秘密みたいで」
 おしいれのぼうけんって本を知ってるか?と鶴丸は続けた。あいにく光忠はそれを知らなかったのだが、なるほど、キスというのは一つの冒険なのかもしれない。いや、分からないけれど。
「おや、誰も来ていないのか?まったく皆、どこかで油を売っているな」
 二人が部屋に入ってきたようだ。先ほど光忠がつけそこねた明かりをどちらかがつけたので、押入れの外が明るくなった。
「さて、そろそろ驚かせてやるか」
 鶴丸が出ていくそぶりを見せた。狭い押入れの中で光忠の前に身を乗り出して、戸を開けようとしている。
「ちょっと待って」
……?どうした?」
 こっち向いて、と彼を引き止めて、こちらを向かせた。疑問符を浮かべている彼の後頭部に手を伸ばして引き寄せて、今度は光忠のほうから口づけを。唇が触れ合う瞬間こそ、鶴丸は少し驚いた様子だったが、すぐにこちらに自身を委ねた。ついばむようなキスが二度、三度。舌先で唇をつついたら、彼が少しだけ口を開いたので、一瞬だけ、舌を絡める。一瞬だけ。唇を離す。
「きみも気に入ってるじゃないか、これ。ノスタルジーでいいだろう?」
 これ、というのはたぶん、隠れてキスをすること、だろうか。それはそうかもしれない。
「うん、鶴さんがかわいくてね」
 ノスタルジーかどうかは分からないが、人を驚かせようとわくわくしている彼の横顔が子供っぽくてかわいかったのは本当だ。だからつい、引き止めて口づけてしまった。愛しかったので。
「光坊のかわいいポイントは分からん」
「鶴さんはいつでもかわいいよ?」
「まったく、きみなぁ」
 年上相手にどうかしてるぜ、と鶴丸は続けたが、それはなんとなく嬉しそうでもあった。
「さて、一緒に怒られるとするか!」
 そう言って鶴丸が勢いよく戸を開けると、その音に気がついたのかちょうど歌仙がこちらを向いた。
「おっ……と、光坊よりも察しがいいな。驚いたか?」
「歌仙くん、あのね、これには訳があって」
 鶴丸の発言と光忠の弁明に重ねるように、こら!という喝が飛んだ。
「いい大人が隠れて何をやってるんだ、このアベックめ!」
「アベックだとよ、光坊」
「それは否定できないかも……
 うっかり鶴丸の茶々に乗っかってしまったので、光忠は鶴丸と揃って歌仙のげんこつを食らうことになった。
「まったく……、このあとはしっかり働いてもらうよ」
「それは任せてくれ!」
 元気よく言いながら鶴丸が押入れから出ていくのに、光忠も続いた。一応、服をはたく。そんなに埃被っているわけではなかったが。鶴丸がさっそく片付けに取りかかろうとしている小夜の手伝いに向かおうとしている。その横顔はなんだか楽しそうだ。怒られる、というのも、驚かせることへの反応としてほしいものの一つなのだろう。彼は寂しがりだから。
「鶴さん」
 その背を引き止めて光忠は鶴丸の耳元に囁いた。
「さっきの続き、今度二人きりのときにいい?」
 こちらを振り返った彼の口元が、片方だけ上がった。
「そういうことを言われると、期待するぜ」
「うん、期待して」
「燭台切!いちゃいちゃするな!」
 なるべく気障ったらしく言ったつもりだったが、その直後に背後から歌仙の声が飛んでかき消された。怒られちゃった、と肩をすくめた光忠を見て、鶴丸がおかしそうに笑った。
「すまん、歌仙!ちゃんとこのアベックは仲良く働くから勘弁してくれ」
「そういうのをやめろと言っているんだ、鶴丸国永!まったく君たちは隙あらばいちゃいちゃするな……
 呆れている歌仙に手を合わせて頭を下げつつ、二人は片付けに取りかかった。小夜が、一連のやり取りを微笑ましそうに眺めている。
 慌ただしい時期は大変だが、自分の恋人が二人の時間がなくて寂しがってくれるのが分かるという点においては、悪くないと光忠は白い後頭部を見ながら思った。