青色
2023-02-24 02:16:09
3041文字
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燭鶴

【対になる話の片割れ・もう一方ができたらもう少し手を入れる】
二人は無自覚で両想いだが、たぶんまだ付き合っていない二人。光忠は就寝時はやわらかい医療用の眼帯を付けている。

 人が起きている気配がした。
 鶴丸が目を覚まして気配がする方を見ると、隣で寝ていただろう光忠が身体を起こしていた。
「光坊?眠れないのか?」
 鶴丸も身体を起こすと、少し彼の布団の方へ身を乗り出した。呼びかけで鶴丸が起きたことに気がついたのか、彼がこちらを向く。
「きみ、どうしたんだ」
 ひどい顔をしているぜ。鶴丸は完全に布団から出ると、その傍へにじり寄った。障子越しの月明かりに薄く照らされた光忠は、憔悴した表情を浮かべている。怯えている、子供のような。
「悪い夢でも見たのか?」
 それにしてもあんまりな様子で、鶴丸はいたわしく思った。
……うん、少し、ね」
 光忠の声音はどことなく掠れていた。鶴丸を見ている瞳が不安げに揺れたような気がする。
「何か飲むかい?茶でも持ってこよう」
 こちらの提案に彼が無言で頷いて、それを見て鶴丸は立ち上がった。すぐ戻る、と言って部屋を出た。厨にある冷蔵庫に何か冷茶があるだろう。

   □□□

 彼の分だけというのもなんなので、自分の分も含めてグラスを二つ、盆に乗せて鶴丸が部屋に戻ると、光忠にしてはめずらしく手袋を外していた(彼は基本的にどんな場面でも手袋を欠かさない)。どうやら、手の甲をさすっているようだ。
「どうかしたのか?」
 枕元に茶を置いて隣に腰を下ろした鶴丸が尋ねると、光忠が動きを止めた。そして小さく頷く。
「うん、……。じりじりするというか、ひりひりするというか、灼けるような、……痛くて」
「ちょっと見てみてもいいか」
 鶴丸は彼が手を差し出すように促した。光忠の手が、――これは好ましくない言い方であることは百も承知だが――綺麗な手ではないことを鶴丸は知っている。だから彼はあまりそれを皆に見せないようにしている(気を遣わせないためらしい)。それはともかく。それゆえに、その部分に何かあるのかもしれないと思ったのだ。
「冷たい」
「すまん」
 鶴丸が手を取ると光忠がそう言ったので、一度その手を離した。彼が首を振る。
「あ、ううん、そうじゃなくて。鶴さんの手、冷たくて気持ちいい」
「そうか」
 再びその両手を取って、手の甲、手のひら、と観察した。見たところも、触った感じも、特に異常はないようだ。それでも、彼は確かに痛がっているような様子なので、その手をさすった。
……ごめん、大丈夫。たぶん幻痛みたいなものなんだ。本当は気にしなければいいだけなんだけど」
 光忠が手を引っこめようとしたが、鶴丸は手を離さなかった。
「いや、でもきみ、痛いもんは痛いんだろう」
 鶴丸は再び手の甲を撫でた。右手、続いて左手。
「これに意味があるかと言われると微妙かもしれないが……
「ううん、ありがとう、少し気が紛れるよ」
 光忠が少し微笑んだ。ずっと張り詰めているような表情だったので、それがようやく少し緩んだといったところか。
「本当のことを言うと、右眼も痛いんだ」
 しばらく鶴丸にさすられるがままになっていた光忠がほとんど呟くように言う。
「一応、そっちも見てみてもいいか?」
 彼が頷いたので、後頭部に手を回して鶴丸は眼帯を外した。手袋と同様で、彼は眠るときでさえそれを――就寝時用のものに変えているようだが――付けている、のだ。
 こういうときに、許されている、と感じる。
 燭台切光忠の、見せないようにしている部分に触れることができること。それは何か特別で、そして繊細な、そんな立場だと思われた。
 彼の前髪をかきあげる。右眼は、両の手と同じように見たところ何か異常がある様子ではなかった。どうやら明暗しか分からないらしい右の瞳は、それでも、もう一方と同じく蝋燭の灯りが揺らぐような色をしている。幾度かの瞬き。鶴丸がそのまま身を乗り出したことの意図を理解してか、光忠は一瞬驚いたようだったが、両眼を閉じた。
 下ろされた右のまぶたに口づける。そこは、彼の両手と一緒で少し火照っているような気がした。
 口づけられた光忠にはやはり少し驚いているような気配があったが、驚いているのは鶴丸自身もそうで、どうして自分がそうしたのか分からない。でも、そうする必要がある、そうしたい、と思ったのだ。祈りのような。こういうのをおまじないと言うのかもしれない。本当に、他意はなくて。
――こんなまじないが効けばいいんだがな」
 上げた前髪を下ろして整えるかたわら、頭を撫でて鶴丸は呟いた。
「僕は気持ちだけで嬉しいよ」
 鶴丸は再び手をさすることに戻った。右手から左手、また右手に戻ってしばらくさする。交互に繰り返した。二人の間には無言が満ちていて、夜は静かだった。
「言いたくなかったら言わなくていいんだが、どんな夢だったんだ」
 無言の合間に鶴丸が問うと、光忠は少し考えて首を振った。
「あんまり分からないな……、ただ、熱い、という感じで、それがそのまま、現実でもじりじりしてる」
 いつも、と続けたので、鶴丸は思わず手を止めて彼を見つめた。
「いつも……、いつも、なのか」
 すまん、という言葉が口をついて出た。全然、気がついていなかった。鶴丸の考えを読んだように光忠は首を振った。
「気にしないで、僕が隠していただけ。……だってこんなの、格好良くないでしょう?」
「俺は別に、きみが少々格好良くなかろうと幻滅したりしないぜ」
 だからこう、もう少し頼ってくれてもいいんだが、という気持ちはうまく表現できなくて、そのまま夜に溶けてしまった。少しばかりでも、伝わっているといいのだけれど。
「うん、鶴さんなら、そう言ってくれるって分かってるんだけどね」
 光忠が困ったように微笑む。そうか、と鶴丸は頷いた。再びの無言。引き続き手をさすっている。鶴丸は手元を見ながら何度か光忠の様子をうかがったが、彼はじっとさすられているのを見ているようだった。少し、はじめよりは穏やかな表情になっただろうか。最初は冷たい手だったかもしれないが、さすっているうちに鶴丸の手もぬるくなってしまっただろう。
「少し、ましになったかも」
 起こしてごめんね、と続けて光忠は手を引いた。寝ようかな、という旨らしい。鶴丸の手から彼の手がすり抜けていく。
「それならいいんだが」
 眼帯を付け直している彼にまだ手つかずだった茶を勧めた。彼が頷いて、一口、口をつけている。
……光坊、俺と一緒に寝るか?」
 普段は布団を並べてはいるもののそれぞれ離れて布団で寝ているのだが――まぁ当然の状況ではある――、そうではなく、鶴丸の布団で、という意。くっついて寝るか、ということだった。なんとなくそうしてやりたいと思った。庇護欲、というものかもしれない。いや、もっと違う何か、なんというかこう、大事にしたい、みたいな感情。
「うん」
 彼は案外素直に頷いて鶴丸の布団に入ってきた。鶴丸はそれを少しだけ意外に思ったが、同時に嬉しく思った。大の男が二人というのは布団に対して少しばかり定員オーバーだが、くっついて眠るのだし、問題ないだろう。
 光忠は鶴丸の肩口に額を寄せるようにして小さくなった。こちらの右腕を抱きかかえている。幼子のようだ、と思う。
 安心したのか束の間、彼はすぐに眠りに落ちていった。今度の眠りは穏やかであるように、鶴丸はその頭を撫でた。

 鶴丸はいずれ、このときの、この感情が、確かに愛だったことを知る。それはまた、別の話。