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青色
2023-02-04 21:51:16
6509文字
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燭鶴
嘘をついている鶴丸とそれに流されかけている光忠がいます。一瞬すれ違っているけど最終的には両想いでハッピー。全然違うけど森博嗣さんの『ナ・バ・テア』のあるシーンを連想しつつ書いている。パン箱さんの解釈が一部輸入されています。
「きみ、万屋の通りの奥に何があるか知ってるか?」
食事の仕込みをしていたところに話しかけに来た鶴丸が急にそう言った。彼がこうして光忠の作業中にやってくることはよくあることだ。光忠としてはそれは喜ばしいことだった。なぜなら、この刀を
――
鶴丸国永を、想っているからだ。
だから、こうして話ができるのは嬉しい。ひょっとして鶴丸も、自分を、いや、自分との雑談を悪くないものだと思ってくれているのではないかと、光忠は希望的観測をしている。そう、だといいのだが。
「他から少し離れたところにある建物のことかな?僕は行ったことないけど、
……
」
「そう、それだ」
鶴丸が何か手伝うことはあるか、とついでに訊いたので、茹でた枝豆を剥いてもらうことにした。
「その様子だと光坊はあれがなんだか知らないみたいだな。まぁ、シンプルに言えば娼館だ。俺たち刀剣男士向けの」
「娼館」
「そうだ。主が言うところには性風俗店。あぁ、いやいや、違法じゃないぞ、認可はちゃんと下りてる」
人の身を得たからには刀剣男士にもそういった欲求があり、そういう発散も必要になることがあるから政府が運営しているのだ、と鶴丸は言った。きちんとしたシステムがあり、明朗な会計があり、そこで働く女性の待遇もきちんとしている、のだという。そういった詳細を、鶴丸は述べた。
「鶴さん、詳しいね、よく行ってるの?」
今日の鶴丸の話は光忠の思いもよらない方向に展開し、それは光忠にとってあまり良いとはいえない方向だった。光忠の鶴丸への好意は確かに欲求を含んでいて、それゆえに、想い人が
――
たとえその場限りのものであっても
――
他の誰かとそうした関係を持っているというのは、あまり気分のいい知らせではない。いや、こちらが勝手に想っているだけであり、相手を制限する権利はないのだが。とはいえ、まぁ、端的に言えば、女性を抱いている相手にとっては自分に可能性がないかもしれないとは思って、気落ちする自分がいる。
「いや、俺自身は利用したことはない。
……
一期が行くときに一回着いていったことはあるがその気にならなくてな」
「そうなんだ」
一期はよく行っているらしいんだが、と鶴丸が言っているのをよそに、光忠は少し安堵していた。どうしてだろう。少しだけ希望的観測を持ち続けられるような気がしたからか。
「それで、だ」
鶴丸は喋りながら手際よく枝豆を剥いていたので、いつの間にか作業が終わっている。
「君に提案というかサプライズだ。明日明後日、きみは非番だろう。光坊が好きそうなタイプの子を指名しておいたから明日、店にこの時間に行ってみるといい」
鶴丸が懐から小さめのメモを取り出して差し出した。予約票と書いてある。
「えっ」
まじまじと差し出されたものを見て、続いて鶴丸の方を見て、光忠は固まった。
「なんで?これどういう展開?」
「なんでも何も、きみはこういうところに行ったことがないんじゃないかと思ってな。実際、行ったことがないようだし、こういうのは、経験しておいたほうがいいぜ。せっかく人の身を得たわけだ」
「えぇ、
……
いや、僕はそういうのはちょっと、別に必要ないというか、
……
それにほら、その指名されてる子が好みとは限らないし、
……
だって、鶴さん、分からないでしょう?」
「ところがどっこい、いつもこうして話していればだいたいのことは分かるもんさ。ま、それに、もしちょっと違うと思ったときは最初に『チェンジ』と言えば交代になる仕組みがある。それを活用すればいい」
違うな、と思われながら相手をするのは店の子にとっても負担だろう、win-winだ、と鶴丸がなぜか得意げにしている。なるほどそういう仕組みがあるのか
……
、と光忠は少し感心し、そして、いやいや、と再び首を振った。
「いや、どっちにしても僕は大丈夫だから」
「そう言うな、もう指名もしているし、なんなら代金も先払いしてるぜ。鶴さんからのサプライズプレゼントってな」
「えぇ
……
、お金使うところおかしいよ
……
」
■■■
なんだかんだと店に足を運んでしまった。せっかく予約をしているのに行かないのは、お店に対してもよくない気がするし、鶴丸の申し出を無碍にするわけにもいかなかったからだ。いや、光忠としてはこういう欲求が向かう先の可能性があるとすれば、実のところこの状況を作り出した鶴丸自身に対してであって、それ以外に向かうほど持て余しているわけではないのだが。
ただまぁ、昨晩、一期一振にそれとなく聞いたところ、別に必ずしも行為に及ぶ必要はなさそうだったので(芸を見せてもらったり、談笑して終わったりすることもあるらしい)、とりあえずは行ってみることにしたのだ。
受付で鶴丸にもらった予約票を見せると、部屋の番号が告げられた。
示された部屋に到着して、扉を開けようとした瞬間、部屋の中から勢いよく扉が開かれたので、光忠は少し驚いて後ずさりした。
「わっ!俺だ!驚いたか?来ないんじゃあないかと思っていたが、仕込みが無駄にならなくてよかったぜ」
勢いよく扉を開けたのはこの男だったらしい。よく知っている、本当によく知っている、男だ。自分の所属する本丸の、鶴丸国永。光忠をこの店に向かわせた、張本人。今日はいつもの装束ではなく、着物を着ている。
「
……
、
……
チェンジで。というか僕帰るね」
冗談にしては少々たちが悪いのではないか?光忠はなんとも言えないため息をついて扉を閉めようとした。慌ててそれを鶴丸が抑える。
「待て待て待て待て!そう言うな」
気を悪くしないでくれ、と鶴丸が言って光忠の腕を引いた。
「サービスとしては俺でも問題はずだぜ。必要なら舞も舞えるし、音楽もできる。もちろん、『そういうこと』も込みで、だ」
「えぇ
……
」
ずるずると引きずられるように光忠は部屋の中へと入った。たちの悪い冗談だと思っているし、状況を全然飲みこめないのだが、好意を抱いている相手の手を振り払うこともできなかった。
部屋の中には楽器も置いてあり、先ほど鶴丸が言った、音楽もできる、というのは通常、演奏を見せてもらうこともできるということなのだろう。
鶴丸はそうした場所を通過して、部屋の奥へと光忠を連れて行く。衝立の向こう側にそういうことのための布団が敷かれている。先に何でもできるようなことを言っておきながら、これはもう、行為をする一択ということなのではないか?
「ちょっと待って、鶴さん、僕まだ何も言ってないけど」
「どうしたんだ、ここに来るってことは、やっぱりやることはほとんど一つだぜ」
「いやそうなのかな
……
、でもそれを鶴さんとするっておかしくない?鶴さんはそれでいいの?なんで?」
「あんまり色々訊くような態度じゃ店の子からの評判が下がるぞ。訊かれたくないこともあるだろう」
いや、鶴丸はまず店の子ではないじゃないか、と光忠は内心つっこんだ。この状況で訊かずにいられるか?
「ま、とにかくいろいろ考えなくていいから、やるぞ、光坊」
光忠は引き続き渋ったものの、鶴丸が抱けと言って妙に食い下がった。こんなに食い下がる人だっただろうか。わからない。そんなにそうしたいのだろうか。
結局のところ光忠は、わかった、と彼の勢いに押し切られるかたちでうなずいてしまった。いや、本当は納得したとは言いがたいのだけど、ここで断ると彼に対してそういう興味が一切ないということを表明してしまうことになるというか、そういうことを思ったのだ。ここで拒絶することが、鶴丸への好意への否定になってしまいそうだと感じたのだ。もちろん、こんなかたちでそうなってもいいだなんて、まったく思っていないのだが、断ることができなかった。
「あのさ、一つだけ訊いてもいいかな。鶴さんはどうして、そんなにそうしたいの?」
「それは、
……
。いや、そうだな、まぁ、なんというか、興味本位だ」
きみは付き合いがいいからな、なんというか都合がいいだろう、と鶴丸は肩をすくめた。なるほど、鶴丸としては好奇心というか、遊びの範疇というか、そういう感じなのかもしれない。それは、彼の性質から考えると当然の動機であって、だからそれを光忠はなんとなく察せていたのだけれども、こうもはっきりと本人の口から聞くと少し寂しさというか悲しさがある。光忠としては、本気の好意なのだけれど。
「
……
鶴さん。僕はね、僕が、あなたとすると言ったのは
――
」
了承するのは、あなたのことが好きだからなんだよ、という言葉は鶴丸の言葉に遮られた。
「準備はこっちで終わらせているから、すぐにでも突っこめるぜ」
彼が自らの胸元を緩め、光忠の腕を引いて背後に倒れこんだ。必然的に鶴丸を組み敷くかたちになって、光忠は右手を彼の顔の横について体勢を支えた。その状態で、鶴丸はこちらのネクタイを解いている。いや、やっぱりこういうのはよくないんじゃないか。
そこで不意に、光忠は鶴丸の表情がどことなく苦いような気がして、じっと見つめた。いや、これは今に始まったことではない、彼は先ほどからずっと、どこかそういう表情をしていなかったか。そうだった気がする。今、急に気がついた。
「鶴さん?どうしてそんな顔をしているの?」
「そんな顔?」
するりと首元からネクタイが抜き取られていった。怪訝そうに鶴丸が問う。そうしているときもやはり、彼はどこか、何かを隠しているような顔をしていた。
「そんなことより、続けてくれ」
中途半端なところにあった光忠の左手を鶴丸が取って、着物の合わせを開くように自分の胸元に這わせた。胸板に指先が触れる。あたたかい。この状態はよくない気がして、光忠はすぐに手を引いた。
「あのさ、ごめん、もう一度聞くけど鶴さんは
――
、どうしてそんなに僕に抱かれようとするの?」
光忠は呟くように尋ねた。彼の金の瞳を見つめる。答えを待って見つめていたら、鶴丸は顔をそむけながら表情を片腕で覆ってしまった。長い沈黙があった。光忠は彼の返答を、その無言を、黙って待っている。
「
……
それは、きみ、それは、」
絞り出すような声で鶴丸はそう言って、またしばらく黙った。続きを探しているようだった。
「その
……
、いや、俺は、
……
。きみの、重荷になりたくない、
……
」
彼は腕で顔を覆ってしまっていて、表情は分からない。でも、それはどこか泣いているようにも見えた。違う、と思うけれど。
「
……
重荷?」
「光坊、きみは誰にでも優しく、平等だ。そういうきみに、自分を特別にしてほしいなんて思うのは間違っているよなぁ。俺だって分かってるんだ。ただ
……
、どうしても
――
」
「ちょっと待って」
光忠は思わず遮ってしまった。えっ、そういうことだよね?と脳内で確認して合点しようとする自分と、まだわからない、早まるな、と思っている自分がいる。
「それは、えっと、
……
僕のことが好きってこと?」
鶴丸の身体がこわばった。浅い呼吸で胸が上下している。顔を覆っている彼の右腕を取ったら、それに力は入っていなかった。光忠の手によって彼の表情があらわになった。ひどく途方にくれた目をしている。二人の視線が合って、その瞳は困ったように揺れた。
「
……
、
……
そう、だな」
何か逃げ道を探すように左右に瞳が動いたあと、鶴丸は観念したように目を伏せてそう言った。
「それで、こんな仕込みをして、抱かれようと?」
鶴丸が力なくうなずいた。伏せた目元に、まつげの影が落ちている。
「どうして最初に言ってくれなかったの」
「
……
きみは優しいから、好意を伝えればそれに応えようとするだろう」
きっとほだされてくれるだろう、博愛のきみにそういうことをさせるのは間違っている、これを最初で最後にして懸想するのをやめようと思っていた、と彼は訥々と話した。
光忠は鶴丸のあまりなめらかではない告白を、驚きに満ちた気持ちで聞いている。
彼も自分のことを想っていたなんて、考えもしなかった。
「
……
鶴さんは少し勘違いをしているよ」
光忠は鶴丸を抱き起こして向かい合って座った。彼は膝を抱えて少し小さくなっている。
「僕はもちろん、みんなに優しくありたいと思っているよ。それがスマートだと思うからね」
背を屈めて少し下から彼の顔を覗きこんだ。いつも爛々としている金の眼が、今は少しだけ自信なさそうにかげっている。
「でも、だからといって特定の誰かを特別に思うことがないなんてことはないんだ。
――
さっき言いかけたんだけど、僕はね、鶴さんのことが好きなんだ」
光忠を見ていた瞳が、大きく丸くなった。ぱちぱち、と黙ったまま瞬きが数回。まだ、光忠の言ったことを完全には飲みこめていないような様子だ。
「だからあなたにこのお店に行くように提案されたとき、少し寂しかったし、さっき『興味本位だ』って言われたときも悲しかった。そしてだから、さっきも結局断れなかった」
鶴丸ははっとしたような表情をして、すまん、と言った。ひどく申し訳なさそうにしている。光忠としては、もうそれは過ぎたことで、そんなにならなくてもいいのだけれど。
「ううん、つまりね、それくらい好きってこと」
好き、と彼が繰り返した。それに光忠はうなずく。
「だからね、鶴さんは、どうしたい?どう、なりたいのかな」
「俺は、きみの
……
、特別になれたらいい、と、思っている」
「うん、僕もあなたのことが好きだから、あなたの特別になりたいって思うよ」
光忠は彼の顎に手を添えて少し俯いていた顔を上げさせた。そのまま軽く頬に口づけると、鶴丸はまた驚いた表情をしている。
「同じ気持ちっていうことは、僕たち両想いってことだよね」
口づけられた瞬間のまま鶴丸は少しぽかんとして、そしてようやく屈託のない笑顔になった。
「そうか、ずっとそうだったんだな」
鶴丸は立てていた膝を下ろして胡座をかいた。はだけたままの胸元が、あまり目によくない。
「すまん、こんなことをして」
あまりいい気持ちではなかっただろう、と鶴丸は言った。
「うん、まぁ
……
、正直ちょっと、さっきも言ったように悲しいというか寂しい気持ちではあったかな。でも、鶴さんの気持ちが分かったから結果オーライ、かもね」
光忠の言葉に、そうか、と鶴丸は困ったような笑みを見せた。格好のつかないところを見せた、と彼は言っているけれど、光忠としてはそんなことはない。人間味、というか
――
それが刀の付喪神である自分たちにふさわしい表現かどうかはともかく
――
、そういったものを知れたことは、光忠としては素直に嬉しい。
光忠ははだけていた鶴丸の胸元に手を伸ばして整えた。そのままではあまりよくないと思ったのだ。彼はその手元を大人しく見ている。襟元から手を離そうとしたところで、鶴丸に手首を掴まれた。
「なぁ、きみ、その
――
これはちょっと、性急だとは思うんだが」
鶴丸は一度こちらと視線を合わせて、そしてそらした。何かを言うべきかどうか少し逡巡して、再び口を開く。
「
……
準備を、しているときにきみにことを考えていた。だからこう
――
、この、この身体が頭が悪くて、はっきり言えばその、
……
もう勝手にその気になっているんだ」
だから光坊さえよけれはこのまま抱いてくれてもいい、いや、抱いてくれ、と鶴丸は言う。手首を掴んでいる手のひらが熱い。鼓動がそのまま伝わってきそうなくらいだ。
光忠は自由な方の手で、自分の手首から彼の手をはがして握った。やはり、熱い。
「うん、僕も、あなたがいいなら抱きたい、かな。たくさん鶴さんを」
愛させてね。光忠はゆっくりと鶴丸の肩を押して、後ろに倒れさせた。彼を再び組み敷くかたちになる。先ほどと違うのは、今度は気持ちが通じあっているということ。
「妙なことをして悪かった、光坊。俺はきみが好きだ」
「うん、僕もだよ」
まずはじめに、唇に触れるだけのキスをした。
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