青色
2023-01-25 22:38:56
3419文字
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燭鶴

雪の日の2人。光忠は鶴丸のこと儚いとは思ってないけどどこかへふらっといなくなってしまいそうだと思う時がある。鶴丸が内番着の下にインナー着てるの好き。

 早朝、目を覚ますと外がいつもより明るかった。起きるのがいつもより遅かったか、と思って時刻を確認したが、むしろいつもより早いくらいだ。室内には同室の鶴丸の姿がなく、少し肌寒さを感じるのはそのせいかもしれないと思う。手洗いにでも行っているのだろうか。
 特に用事はないが目が覚めてしまったので、光忠は起き上がって羽織を重ねた。今朝はいつもより冷えている。立ち上がったことで寝巻きの裾から冷えた空気が入ってくる。
 廊下に出るとガラス障子越しに、今朝の明るさのわけが分かった。庭に雪が積もっている。この白に光が反射していたのだろう。
「あれ、」
 池の向こう側にある橋に、人が立っているのが見えた。その姿はかなり雪景色に溶けこんでいたのだが、数歩動いたことでそこに人がいると分かったのだった。
 素足で廊下に出ると床があまりにも冷たかったので、少しばかり驚いた。その冷えが今朝の寒さを伝えている。庭に出るために履いた下駄も同じようにかなり冷えていた。
 一歩進むたびに、自分が雪に沈むささやかな音がする。足先にときどき雪が触れる。降りやんでいたらしい粉雪が、また少し舞い始めている。一瞬、強い風とともに雪の粒が光忠の方へ吹きつけたので目を細めた。
 ぎゅっと雪を踏みしめる音がひとけのない庭に反響している気がする。光忠の向かう方向にはすでに足跡がうっすらと残っていて、先に庭にいる人物と同じ道筋を歩いていることを示していた。その隣をあとから寄り添うように歩いていく。
「鶴さん、!」
 先ほど視界に捉えた相手に近づいたので――踏みしめるように歩いていたら普段よりもゆっくりとした歩みになってしまった――、声をかけた。名前を呼ばれた鶴丸がこちらを見て、片手を上げた。
「やっぱりきみは早起きだなあ」
「そういう鶴さんだって」
「確かにきみより早いってのは、かなり早いかもな」
 鶴丸がそう言って軽く肩をすくめた。どのくらいこの人は外にこうしていたのだろう、鼻の頭が寒さからか、少し赤くなっている。
「その格好、寒くない?」
 ここに来るときに一緒に鶴丸の羽織も持ってきてやればよかった、と光忠は思った。
「いや、そうでもないぜ。これを着ているしな」
 鶴丸が腕を見せる。内番着の下にインナーを着ているようだ。首も詰まっている、と鶴丸は得意げに言った。ハイネックの首元が襟から見えていた。
「このあいだ主に注文してもらったって言ってたの、届いたんだね」
「ああ、機能性インナーと言うらしい。機能性というだけあって、あったかいぜ、これは」
 だいたい、きみのほうが寒そうだが、と鶴丸が光忠の足元を見て呟いた。
「そうだね、素足はちょっと寒かったかもね。でも、長時間じゃなければ問題ないよ」
 そうか、と鶴丸は返事をしながら掌を握ったり開いたりしている。やっぱりちょっと寒いんじゃないかな、と光忠は思った。
「ところで鶴さんは何をしてるの?」
「見てるってところか。雪を」
 雪を、と光忠が繰り返したので鶴丸は頷いた。
「確かに、うちの本丸で雪が降るのはめずらしいよね」
 この本丸はどういう仕組みなのか知らないが、審神者が普段過ごしている現世の天気に本丸の天気が対応するようになっているのだ。
「俺が顕現してからは初めてだ。まあ、雪それ自体は人の身を得る前から知ってはいて、遠征先でも見かけたもんだが」
「そっか、鶴さんのタイミングだとそうだったっけ。でも、ちょっと意外かな。鶴さんが雪を楽しむとしたらもっとこう……、雪だるまを作ったりとか、雪合戦をしたりとか、そういう感じだと思っていたよ」
 鶴丸は光忠の言葉を聞いて、何か少し考えたようだった。腕を組み、少し首を傾げる。
「雪ってのは、なんというか、こう、静かだろう」
 一度言葉を切って、鶴丸は雪を被った庭を見渡した。 
「その静けさに、白さに、身を委ねたいような気がしたというか――、ま、俺にもよくわからん」
 きみが言うとおり雪で遊ぶのも乙なもんだな、と言って鶴丸は欄干に積もった雪を集めて雪玉を作り始めた。大きさに差があるものを二つ、大きいほうを下にして小さいシンプルな雪だるまを欄干の上にそのまま載せた。
 ちらちらと降っていた粉雪がいつの間にかやんでいる。とはいえ冷えこみは厳しい。寒さが、目に染みる。いや、白さが目に染みるのかもしれない。雪と、そしてこの雪と一つになってしまいそうなこの青年の白さが。白さが曖昧で、輪郭が溶けあっていくような。
 彼が大きく呼吸したので、煙のように白い呼気が吐き出された。こちらを向いたので、何?と首を傾げて返したのだが、特に意味はなかったらしい。何かを言う代わりに歯を見せて笑う。もうずいぶん冷えてしまっただろう。鶴丸の鼻は相変わらず赤みを帯びていて、頬もうっすらと赤くなっていた。それが妙に子供っぽく見えて、光忠は気持ちがあたたかくなるのを感じた。愛しさというものだと思う。
 指先に息を吐いて手先をあたためている様子の鶴丸の手を取った。先ほど雪に触れたからだろうか、その指先はひどく冷たくなっていた。
「さすがに冷えちゃったんじゃない?鶴さん、手もこんなに冷たくなって」
 光忠とて万全な防寒ではないが、羽織の袖に両手を収めていたので、鶴丸の指先よりは自分の掌のほうがずっとあたたかい。彼の両手を自分の手で包む。いつも思うが、彼の指先は光忠自身のものに比べて細身で長い。ぎゅっとその指先を握りこむ。
「光坊、……。光坊、」
 一度目の呼びかけがあまり耳に入っていなくて、二度目ではっと光忠は顔を上げた。
「そんなにしっかり握らなくても、別に雪に紛れていったりはしないさ」
 きみは心配性だな、と鶴丸は困ったような、でもどこか慈しんでいるような曖昧な表情で笑っている。
「あっ、いや、そういうつもりじゃ」
 いや、そういう気持ちが自分にあっただろうか。雪に鶴丸の輪郭が溶けていくような、そんな気がしたのは確かだった。そのまま紛れていってしまいそうな、そんな気が。銀世界に身を委ねたい、だなんて、彼が言うから。
……それに、きみが俺を見失わなければなんの問題もない。だろ?」
 曖昧な表情をしていた鶴丸は、不意にいたずらっぽく見える笑みを浮かべて、わざとこちらを見ずに呟くように言った。そのあと一瞬こちらを見て、軽く片目をつむる。
――うん」
「そうそう、その意気だ」
 そのまま急に鶴丸がしゃがんだ。両手から彼の手がすり抜けていく。すり抜けていった指先は、そのまま光忠の足先に触れた。
「さて、……いい加減きみも相当冷えてるぜ。こりゃお互いさっさと戻るのが吉だな」
 足先に触れる指のほうが相変わらず冷たく感じるが、確かにうっすらとした痛みのような冷えを素足に感じている。
「戻ろうか、鶴さん。そして朝餉の前に、何かあたたかいものを飲もう」
「布団の中まで戻るってのも、ありだな」
 やっぱり寒いんだね、と光忠が少し笑ったのに対して、当たり前だろう!という返答があった。
「さっきまで失念していたんだが、このインナー、動くと発熱するらしいんだが……つまり、」
「つまりじっとしてるとあたたかくないってことかい?」
「そういうことだ」
 要するに俺は今とても寒い、と言って鶴丸は両手を揉んでいる。来たときに付けた足跡に重ねるようにして、少しばかり急いで二人は部屋へと戻った。部屋に戻った瞬間、布団の中に飛びこむようにしてくるまった鶴丸の、一連の動作が愉快だ。ふふ、と光忠が笑っているのを布団の中から彼が見上げている。
「すぐあたたかいものを持ってくるよ、なんでもいいかな?」
「ああ、任せる。とにかく熱いものにしてもらえると助かるな」
「オーケー!」
 布団にくるまっている鶴丸を見るとなんとなくほっとする。
 雪の中にいる彼は、白くとけて美しかった。見失ってしまわないか心配になるくらいに。もちろん、見失うつもりもないのだけれど、そういうことを思ってしまうくらいには、どこか曖昧だった。
 今、こうしている彼の輪郭ははっきりしていて、それがたぶん、なんとなく安心するのだ。
 今度から雪の日に外に出るときは自分のことを必ず誘ってもらうようにしよう、と光忠は思いながら厨へ向かった。一緒ならきっと、見失ってしまうことはないはずだから。