青色
2023-01-15 18:03:44
3622文字
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渉英

渉くんが英智くんにネイルしてあげている話です。フィーチャーの渉くん、青のネイルをしているのがいいなと思ってる。

「先日のフィーチャーライブ、とってもよかったよ」
 紅茶の入ったティーカップを渉の前に差し出しながら、改めて、という様子で英智が言った。
 英智と二人きりで過ごすのは久しぶりだ。最近は英智が言ったようにフィーチャーライブがあり、それの準備があったのと並行して舞台も控えていたので、二人の時間を取ることは難しかったのだ。ユニットメンバーとして顔を合わせることは確かにあったのだが。恋人としての時間としては、ということだ。
「お褒めにあずかり光栄です!私としてもいいものにできたと思っていますっ」
 渉はお茶を淹れてくれた英智に礼を言ってカップに口を付けた。二人のこのお茶会の時間を、渉が準備しようと提案したのだが、英智自身が用意すると言ったので、今日はおまかせしていた。
「衣装もとてもよく君に似合っていて見惚れてしまったよ。あまりfineの衣装ではなかなか使われない配色だから、みんなも渉の格好良さを改めて新鮮に感じたんじゃないかな」
 英智はソファの隣に腰掛けて微笑んだ。ここは彼の自宅で、彼は二人になりたいときにはよくここに渉を招く。仕事の都合もあるのでそう頻繁にあることではないけれども。
「僕が印象的だったのはね、……
 英智が手にしていたカップを置いて渉に向き直った。あ、これは語りたい雰囲気だな、と渉は感じた。英智はよくこうして渉の良さを本人を前にして語り聞かせるところがあり、渉はそれを好ましく思っている。自惚れるとかでもなんでもなく、単純に、自分のことを大変好いてくれている英智のことをかわいいと思う。いや、普通に考えて、自分のことをめちゃくちゃ好きだと思ってくれている恋人は当然愛おしいだろう。
 衣装のこと、演出のこと、パフォーマンスのこと、ステージのこと、照明のこと、とあらゆる方面から渉のライブについて語り、時にスタッフやプロデューサーに労いを表明しながら、英智は目を輝かせている。渉はそういう彼の隣にいるのが楽しくて、微笑みながら英智を眺めていた。基本的に多くの人から渉はやかましいと思われがちだが、こうして黙って話を聞いていることも、ある。
「そう、それとネイルが渉の手にすごく映えていたね。君の美しい手先をいっそう綺麗にしていて」
「気に入っていただけましたか?」
「うん、それはもう、とってもね」
 英智の視線が渉の爪先をなぞっていったのがわかった。今はネイルをしているわけではないが、彼が記憶を呼び起こしているのだろう。
「Amazing!それは何よりです!実はですね」
 渉はジャケットの胸元から一輪薔薇を英智に差し出した。英智が首を傾げながらそれを受け取ろうと左手を伸ばす。その手が薔薇に触れる直前、渉がぱちん、と指を鳴らした。手元の花がネイルポリッシュの瓶に変わる。
「おっと、これは――
 英智が手を引っこめてぱちぱちと瞬きをした。手にした瓶を顔の横まで掲げて渉はウインクをした。
「そうです!先日のネイルです!」
 英智が興味深そうな目をしていたので一旦手渡した。こうして見ても綺麗な色だね、と眺めながら呟いている。
「そうでしょう!私もそう思ってどこのものか教えていただいたんです☆」
 そして同じものを買ったのだった。それには理由がある。
「英智、これは私のちょっとした提案、というかお願い、なのですが」
「お願い?渉のものならなんでも叶えてあげよう」
 渉は英智の手から再びネイルポリッシュを自分の元に戻しつつ、ポケットから小さなポーチを出して続けた。
「これをあなたの指先に塗らせてもらっても?」
 僕に、と英智が繰り返した。それに頷く。
「君が塗ってくれるのかな?僕は構わないよ。でも、どうして僕にこれを?」
 英智の許諾に、ありがとうございますと礼を言ってポーチの中をテーブルの上に広げた。小さな爪切りと、ネイルケアの細々した道具たち。
「この色が英智に似合うと思ったんです」
 失礼、と言いながら英智の右手を取る。彼はされるがままにされている。英智の爪はいつも清潔に綺麗に整えられているからあまり切る必要もないが、少し伸びている部分を切る。
「ふふ、確かに渉にはよく似合っていたけれど、僕にも似合うかな」
 右手の爪の長さを整え終えたので、続いて左手に移る。
「あなたを感じると思ったんですが――
 爪を整え終わったので爪切りを置いて英智を見ると、不思議そうな顔をしていた。
「僕?そうかな、自分ではあまりそういう色の印象はないけど……
「確かにこれは私しか知らないかもしれません」
……?」
 続いて甘皮の処理に移る。ネイルポリッシュについて教えてもらったときに、簡単にやり方を教えてもらっていた。英智は大人しく指先を渉に任せていて、その手際を興味深そうに眺めている。と同時に、渉の言ったことについて頭上に疑問符を浮かべていた。
「夜……、といいますか、月明かりの――いや、少し暗がりの中で見るときの深い色になったあなたの目を思わせます」
 英智が一瞬固まって、そしてそのあとまた一瞬、瞳が小さく揺れた。
「えぇと、それは、なんというか――……照れちゃうね」
 ポリッシュの蓋を回して開けていた渉は手を止めた。
「いや、待ってください英智、そういう意味ではなくてですね、」
 いや、そういう意味かも、と渉は自分で思い直し、言葉を切った。ごまかすように軽く咳払いする。
……渉が、僕のいないときに僕のことを思ってくれたのなら、嬉しいよ」
 英智は曖昧な表情をしていたが、なるほどそれは、照れてはいるものの嬉しい、という表情だったらしい。
「私はいつでもどこでも、あなたの日々樹渉ですよ☆」
「ふふ、それは嬉しいな」
 塗りますよ〜と渉は言って、英智の左手を取った。まずは親指から。
 英智の爪が一枚ずつ彩られていく。渉の手によって色づいていく自分の手先を、英智は熱心に観察していた。器用だね、魔法みたいだ、と呟かれる。
「もちろん、日々樹渉ですから!」
「そうだね、渉だもの」
 英智はうんうんと頷いて、また渉の手つきを観察している。英智の爪は薄くて貝殻のようだった。それに一枚ずつ色をつけていく。色づいた爪はつるりとしていて、七宝のような焼き物を思わせた。
――はい、おしまいです!」
 最後に右手の小指を――二度目である――塗り終えて、渉は瓶の蓋を閉めた。ありがとう、と英智が言う。
 乾いたらトップコートを塗るのかな?と尋ねた英智に渉は首を振った。
「このまま過ごして、今日の帰り際には落としましょう。除光液も持ってきていますから」
「おや、もう落としてしまうのかい?せっかくだし僕はしばらくこのままでも構わないけれど……。明日くらいまでだったら支障が出るような仕事もないし」
 ネイルくらいはしてても大丈夫じゃないかな、と英智が思案している。
「いえ、なんというか……、この状態のあなたを独り占めしたい、という気持ちがありまして……
 渉は言いよどんだ。手先が彩られた英智はどことなく特別な感じがあって、また、その色が特別なときの英智の瞳の色をしているものだから、自分だけのものにしていたい、そういう気持ちがあった。
 英智は渉の発言が思いもよらなかった様子で、しばしきょとんとしていた。そうして嬉しそうに笑い出す。
「じゃあ今日は君に落としてもらって、また渉と二人のときに塗ってもらったりするというのは」
 どうかな、と英智が問う。渉は大きく頷いた。
「ええ、そうしましょう!これは私と英智だけのときに、ということで」
「うふふ、君との秘密という感じで、特別な雰囲気がしていいね」
 とっても特別だ、と言いたげな表情で英智が言ったので、渉は少し首を傾げた。
「おやぁ、私とあなたではほかにも秘密を共有してはいませんか?」
 特別でしょうか?と続けた渉に、英智は微笑んだ。
「数の問題ではないよ、渉。君との秘密はいつでも特別だよ。うまくは言えないけれど、特別さに心躍る気がするんだ。子供っぽいかな」
 へへ、と英智がそれこそ子供っぽく笑ったので、渉はうっかり抱きしめてしまった。かわいかったのだ。
まだ完全に乾いていないネイルを気にしてか、英智は軽く両手を渉に当たらないように上げた。
「Amazing!それではこれからもたくさん特別を作りましょう!特別な驚きも、特別な喜びも、この日々樹渉にお任せあれ!」
 ぱっと渉が手を広げると同時に紙吹雪がどこからともなく舞ったので、あたりは二人だけのパーティー会場のようになった。英智が軽く拍手をする。
「そうだ、渉も塗ったらどうかな?僕も君に塗ってみていいかい?」
 おそろいですか、いいですね!と渉は破顔してネイルポリッシュを英智に渡した。両手を彼の前に差し出して、自分の爪に彼の魔法がかけられるのを待った。