【渉さんは英智くんのことを大切に思っていて失いたくないと思っているんだけど、その気持ちが自分で思っているよりもずっと大きな気持ちだったりしないかな、そしてそのことに気がついたときに、動揺したり驚いたりするといいな、となんとなく思っています(?)。そして気づいてからはさらに大切にするようになってほしい。】
【あと、曜日コースの英智くんかわいいよね。渉さんとお茶会できなくて残念そうだったのでお茶会をしてもらいました。この英智くんは渉さんと居れるだけでにこにこしていて、英智くん自身の中では好きのバランスが英智>渉だと思っています。本当はお互い同じくらいだけどね!】
「見てください、英智!先日こんなものを劇団関係者の方から譲ってもらいまして」
「家庭用ビデオカメラ……?少し前のもののようだね」
英智は渉の手にしているものをしげしげと眺めながら言った。
「そうですね〜おそらく二十年……、いや、まだ十年くらいでしょうか?そのくらい前のものでしょう!最近はスマートフォンでも十分な動画が撮れますからどうしてわざわざ古いものを、というところはありますが、まだ使えるということですし、せっかくなので頂きました!」
渉は英智と共にガーデンの方へ向かっていた。もともとは英智が茶会の準備をしてガーデンで待っているということだったが、渉が早く合流したのだ。
「ということで今日は英智を撮ろうと思っていますっ!」
どういうことかというのはともかくとして――単に撮りたい相手が英智だったのだ――、渉はカメラの電源を入れた。
「おや、僕を撮るのかい?君に撮られると思うとなんだか照れてしまうよ」
「なんと、ご冗談を!撮影なんて慣れたものでしょう、英智?」
「まぁ、確かに密着取材めいた案件は受けたことがあるけど……」
そう言っている英智をさっそく渉が撮影し始めたので彼は途中から苦笑している。
ビデオカメラの画面越しの視界は少しばかり古さを感じるような気がして、目の前の世界が急速に過去になっていくような不思議な感覚があった。
「今日はどういったお茶会です?英智」
「うん、今日は静かな気分での――」
「あっ、ちょっと待ってください」
質問をしたのは渉だが、話し始めた英智をそのまますぐに制止したのも渉だ。
「一旦ストップしましょう、英智。お仕事の顔になっています」
「そうだとしたら、それはきっとアイドルの性というやつかな」
「Amazing!それは私たちのあるべき姿であるかもしれません……、が、私が今日撮りたいのは私がいつも見ている英智でして」
うーん難しいな、と英智は曖昧な顔をした。
難しく感じるのは渉としてもよく理解できる。渉だってずっと舞台の上で生きているような在り方だ。だから当然理解できるのだが、渉はそういう英智ではない英智を撮りたいのだった。渉といるときにだけ見せる、彼の表情があると思っているから。いや、そんなものがあるというのは希望的観測であって、気のせいなのかもしれないけれど。
お茶会の準備をしているあいだに、英智の表情はいつも渉といるときのようなものになりつつあった。カメラの存在を気にしなくなってきたのか、状況に慣れたのか。
「おや、今日は新しいティーセットですね」
「そうなんだ。さすがだね、渉。気づいてくれて嬉しいよ」
英智は渉のほうを見て穏やかに微笑んだ。こういう表情だ、と思う。もともと彼は基本的に穏やかに笑みを浮かべるのだが――内面が穏やかなだけではないのはさておき――、渉といるときは花が風でゆるやかに揺れるような、そういった穏やかさのある表情をしている、……と思う。愛らしいというか。それが渉は好きだった。渉はそんな英智を画面に収めたあと、ティーセットを映す。
今日はティーポットの色に合わせて選んだハーブティーで綺麗な色だよ、と英智が説明している。そのまま少し彼の趣味の話が続いたので、渉はその様子に相変わらずカメラを回しながら相槌を打った。彼は普段から小難しい話をしていることが多いので(もちろんそれを渉は好ましく思っている)、こういった話をしているときは対比で年相応というか、やや幼くも感じる。
「ごめんね、あんまり面白くない話だったかも」
「そんなことはありません!あなたの話であればどんな話だって聞かせてもらいたいですよ」
「うふふ、そう、……渉がそう言ってくれるならすごく嬉しいな」
そう言って英智ははにかんだような、どこか照れたような、あまりに愛しい笑みを浮かべた。それがどうにも、ひどく美しいと感じて彼に深く見入る。
渉はその笑顔が同じように映されたカメラの画面にも目を落とした。彼が笑った瞬間、反射的に録画を停止したのでその場面が余韻のように画面上に残っている。ほんの直前の瞬間が過去のことになっているようで、優しい気持ちのような胸が締め付けられるような、不思議な感覚に渉は陥った。そのまま少し、画面の中の英智と目を合わせた。愛しい人だ、と思う。
「――」
「……、英智、?」
渉は顔を上げる。実際に英智から目を離したのはほんのわずかな時間だったはずだった。画面のほうに目を向けていた、時間にしてたぶん数秒。英智の気配が消えていた。
渉は呆けたようにビデオを撮っていた体勢のまま固まって視線だけで辺りを見た。少し風が強くなってきている。風が梢を揺らす音は遠くで鳴っているテレビの砂嵐の音に似ていた。
居る場所は確かに直前までと同じはずなのに、英智がいないかもしれない、いや、おそらくはきっといないであろう世界を垣間見ているような感覚に渉は襲われた。
ここはどこだろう。一瞬で立っている場所がわからなくなってしまった。渉の立っているべき舞台を見失って、足元が揺らぐ。おかしな話だ。自分はいつだって道化師だと思っているし、独りでも舞台で踊り続けられるはずだというのに、一瞬でもそんなことを考えるなんて。
この感覚は途方もない喪失感を伴っていて、渉は独り呆然と立ちすくんだ。ひどい喪失感。
周囲は木々が揺れる音以外は無音だった。
「……渉?どうしたんだい?」
背後からよく知った声がして渉は我に返った。勢いよく声がしたほうへ振り返ったので英智を驚かせてしまったらしい。
「わっ、びっくりした。待たせてしまったかな、ごめんね」
「あぁ、いえ……、どちらに行かれていたのかとは、思いました」
渉が言うと英智は不思議そうに数回瞬きを繰り返した。
「……?プロデューサーちゃんからもらったお菓子を取りに行くって言ったんだけど、伝わってなかったかな」
要冷蔵のものだから冷蔵庫に入れていて持ってきそこねていたのだ、と言う。彼は持っていた手提げを少し掲げて見せた。何か箱に入っているもののようだ。そういえば、確かに何か英智は言っていたかもしれない。
「急にいなくなったと思って驚かせたかい?」
君が驚くのは珍しい、と英智はどこかいたずらっぽく笑った。
「それは、そうですね、少々……驚きました。Amazingです」
驚いたのは、少々、ではない。驚いたというレベルの感情でもない。渉が感じたのはもっと大きな喪失感だ。英智のいない世界を垣間見ている感覚はどう考えても錯覚だったのだけれど、あの瞬間に渉の中にあったのは確かな喪失感だった。それも、渉が考えている以上の大きさの。
渉は英智のことを愛しく思っている。だから英智が存在しないということが自分自身に喪失感を覚えさせるであろうことはあまり驚くべきことではない。けれど、その喪失感は渉が思っていたよりもずっと大きかった。それは渉を戸惑わせた。決して悪い意味ではないのだけれども、かなり想定外だったのだ。
だから目の前の愛する人をじっと見つめた。いや、見つめたところで何かわかるわけでもないのだが。
渉の様子に引き続きやや不思議そうにしつつ、英智はお茶を淹れ始めた。
そうして、はい、どうぞ、とティーカップが渉の前へ差し出される。注がれたハーブティーから優しい香りが立ち上った。ありがとうございます、と言って口をつける。こちらを英智が機嫌よく眺めている。
ハーブティーは香りとともに渉の中へと染みわたっていった。
不意に、あぁ、と渉は納得する。英智もこうして渉の中に染みわたっているのだ。
渉の中になかった部分を、空いている部分を、英智が埋めているのだと思っていた。だから、もし英智がいなくなったとしたら、そこの部分が抜け落ちるのだと思っていた。それが渉が抱いていた喪失感の大きさのイメージだった。
でも実際は、英智は渉のなかった部分を埋めているのではない。渉のありとあらゆるところに、自分では自覚できていないような小さな小さな隙間にも、深く深く染み込んでいるのだ。だから思っていたよりもずっとずっと大きな喪失感をあのとき一瞬、感じたのだろう。
人を愛しく思う気持ちは渉が思っていたようなものとは異なっているのかもしれない。それは渉にとって喜びに満ちた驚きだった。
「Amazing……☆」
渉の突然の言葉に英智はポカンとして、気に入ったようなら何より、とすぐに微笑んだ。渉の言葉を、お茶に対するものだと受け取ったらしい。
「フフフ、英智。改めての告白です!私はあなたのことを愛しています。私自身が思っていた以上に、そしてあなたが思っている以上に」
渉のウインクと告白を受け取って英智はますます文脈がわからないといった様子で固まった。そうして、先ほどのようなやはりひどく愛しい笑みを浮かべた。渉はそんな彼の表情を今度は心の中に記憶した。
「ふふ、どうしたんだい、……ありがとう。きっと僕のほうが君のことを好きだよ」
もうビデオは必要ないのか、と彼が問うたので渉は頷いた。
「カメラ越しではなく直接英智とのお茶会を楽しみたいと思いましたので!」
本当の理由は、目の前の現実が急速に過去にされていく感覚が、いずれ来る喪失の可能性を感じさせるからだ。
英智という存在が自分に染みわたっている時間が少しでも長くあればいい。少しでも長く。渉は静かにそう思って微笑んだ。カップに口をつけかけていた彼がつられて笑う。やはりそれは、渉だけに見せる愛しい笑みだった。その笑顔を見つつ、再びハーブティーを頂く。愛しいという気持ちがまた深く染みわたっていく気がした。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.