syanpon
2025-09-24 01:13:16
2346文字
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痴話喧嘩、地竜も食わない

オトスバ
行商√

 郷に入っては郷に従えという言葉がある。
 よその土地に入ったのならばその土地の慣習に従えというものだ。だからスバルもリンゴに見える果実のことをリンガというし、文字だって頑張って勉強中。できる限り、できるペースでスバルは異世界の文化に馴染もうと努力していた。
 幸運なことにスバルは1人ではなく、一緒に商売をしている友人もいる。友達というものが少なかったスバルにとってこの世界でできたはじめての友人。ちょっと情けないところもあるが頭も切れて頼りになる年上の男。
 
 ――そんな、頼りにしているはずの男の最近の行動が今のスバルを悩ませる悩みの種となっていた。

「おはようございますナツキさん」
……はよ」
 朝起きて水辺に顔を洗いに行くと件の男、オットーが挨拶をよこす。隣に寝そべる温もりがなかったことから先に起きていたのは知っていたが。オットーはふわりと人好きのする笑みを浮かべて顔を洗ったばかりのスバルに乾布を手渡した。礼を言って顔を拭けばスバルの顔に影がさし、そのまま口と口がくっつく。
「んむ。……あのさぁ、オットーこれやっぱ」
「友達なら挨拶のちゅーくらいしますよ」
「んんん……
「どうしましたナツキさん。面白い顔が更に面白くなってますよ」
「おい悪口か!? 悪口だよな!?」
 ぎゃんと噛み付くスバルにオットーは楽しそうに歯を見せて笑い、もう一度悪戯にスバルの口を塞いでくる。
 
 これだ、これもというべきなのだがこれに困っている。

 ナツキスバルはオットーの語る「友達」の定義にずっと疑問符を浮かべていた。

***
 
「友達ならこのくらいしますよ」
 これが最近のスバルがオットーから聞く言葉だ。

 はじめは人混みの中手を引かれて歩き、照れ隠しで「子供扱いしないでよねっ」と文句を垂れた時だっただろうか。はじめてできた友人が嬉しくてスバルもなんでもほいほい飲み込んでしまったのが悪いといえばそうなのだが。

「よくよく考えたらそういうことって友達はしないんじゃあないの?」
 
「友達」は手は繋ぐかもしれないけど指は絡めないんじゃないか。
「友達」は頬にキスはしても日常的に唇にキスはしないんじゃないか。
「友達」はいくら狭くたって寒くたって男を腕の中に閉じ込めて眠ったりしないんじゃないか。

「なぁフルフー、オットーのあれって友達にやるやつで合ってんの?」
 
 いつのまにかよってきていた大きな地竜の首にもたれかかるようにしてそうこぼせば優しいオットーの相棒は困ったように鼻を鳴らす。生憎スバルはオットーと違い彼女の話す言葉はわからないがやれやれみたいなことは言われていそうだ。ずるずると青い体を滑り落ちながら目を閉じる。

 嫌ではないのだ。手を繋ぐのもキスも抱きしめられるのだって。

 ただ、そういうことをするのなら友達以外に言葉があるんじゃないかと思う訳で。
 お国柄によってはわざわざ言葉にしないで関係が変わるみたいなこともあるらしいがあの男は逐一「友達」という言葉を使ってくる。
 
 それはちょっと、かなりずるいんじゃないか?

「なぁフルフー、お前の相棒、もしかしてめちゃくちゃヘタレだったりする?」

 それに対して彼女は目を閉じて鼻を鳴らした。それが笑っているように思えたので、スバルは彼女に即興の思いつきの悪巧みを耳打ちすることにした。

 ***

 放っておけない人だなあと思った。
 親愛の情に恋慕も含むようになったのはいつからだったか覚えていない。ただ、この恋を実らせるのは長期戦でもいいか、なんて思っていたのだ。一回知らない男に初恋を奪われた過去もある。慎重に外堀を埋めてからでもいい。  
 素直すぎる男を丸め込むようで申し訳なさもあったがそのくらい実らせたかったし好きなのだ、と言い訳をさせて欲しい。

「ちょ、ちょちょちょっと! 何してるんですか!?」
「なにって友達のちゅー?」

 「あの子、他の子とキスしようとしてるわよ」なんて言葉が聞こえた瞬間オットーは飛び上がってスバルを探した。あと少しで唇がくっつくというところでオットーはスバルを不届きものから引き剥がす。当のスバルはケロリとした顔で「友達」と宣った。

「い、いつから友達になったんですか」
「んー、さっき?」
「さっき!?」
「目と目があったらもう友達という信仰もあってだな」
「いやいやいやいや」

 ズキズキと痛むこめかみを押さえてオットーが首を振るとスバルがムッとした顔で口を開く。
 
「なんだよ、いつもお前がしてることじゃねえか」
「う、ぐ……
「俺がダメでお前がオッケーな理由ってなによ」
「それはですね、ええと」
「お前、ずるい。全部友達だからって言葉にひっくるめてさ。オットーがそのままなら俺にだって考えがある」

 オットーが引き剥がした三毛猫を奪って地面に下ろす。にゃあと可愛らしく鳴いたその声にどんな意味が込められていたのかはわからないがオットーに青筋が浮かんだので可愛い内容ではなさそうだ。でもそれくらいでちょうどいいと思う。スバルの心を弄んだ悪い商人にお灸を据えてやるのだ。

「俺は今からこの町中の猫ちゃんにちゅーをしまくってきます!!!」
「は」

 いうなり地面を蹴飛ばして走り出す。足元にふわふわな感触がして見下ろせばスバルの言葉を知ってかオットーをからかいにきたのか猫たちが集まってスバルを取り囲む。もふもふパラダイスだ、撫で放題である。

「あ、あんたそれ浮気ですよー!?」

 オットーの情けない叫び声が聞こえてきたがスバルはべっと舌を出して叫び返してやった。

「じゃあさっさと告ってくれよ!」