桐子
2025-09-24 00:31:27
2075文字
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まわる世界⑫


水木の誕生日を祝う会は、ちょうど休日だったこともあり昼間からにぎやかに行われた。
皆から「おめでとう」と言われたり、かわるがわるプレゼントを渡されたりして、水木は照れたように「ありがとう」と返していた。だが、ゲゲ郎はなかなかプレゼントを渡す機会をつかめずにいた。話しかけようとするたび、水木に視線をそらされたり、他の者に話しかけられたりして、なかなかタイミングがつかめない。
そうこうしているうちに、とうとう夜になり宴会も終わってしまった。
よし、片づけが終わったら声をかけようと思っていたが、台所から出てきた砂かけ婆に「水木どのなら、もう自室へ戻られたぞ」と言われてしまい、ゲゲ郎はがっくりと肩を落とした。避けられていることは間違いない。
しかし、せっかく用意したのだし、どうせなら当日中に渡したい。こうなったら部屋を訪ねて、プレゼントを渡すしかないだろう。ゲゲ郎はしばし逡巡していたが、水木のためにせっかく用意したのだ。意を決して水木の部屋へ向かった。
「水木や、少しよいか?」
部屋の外から声をかけると、ややあってから襖が開いて水木が顔を出した。風呂に入った後らしい。石鹸の香りがして、思わずどきりとする。しかし、そんな動揺をおくびにも出さず、ゲゲ郎は「入ってもよいか」と聞いた。
「ああ」
少し戸惑ったような顔をしたものの、水木は頷いてゲゲ郎を迎え入れた。
「何か用か?」
ぶっきらぼうな態度に怯みかけたが、大きく深呼吸して、後ろ手に隠していたプレゼントをそっと前に持ってきた。
「実はな……わしも贈り物を用意しておったんじゃ。遅くなったが、誕生日おめでとう」
しかし、水木はプレゼントを手に取ろうとしなかった。彼は険しい表情をして、「いらねえ」と言った。
……え?」
何を言われたかわからず、ゲゲ郎は目を瞬かせた。水木はこちらを睨みつけ、吐き捨てるように言った。
「あんたの愛人が用意したものなんぞ、いらねえよ」
「あ、愛人?」
突然出てきた言葉に、ゲゲ郎は目を見開いた。誰のことを指しているのだろう、それは。ゲゲ郎は今までも、そしておそらくこれからも妻一筋だ。愛人などもとうと思ったこともない。
「わしには愛人なぞおらん。これは前におぬしが旨いと言ってくれた酒じゃ。また二人で飲もうと思って……
「だからいらんと言ってるだろう!」
水木はゲゲ郎を怒鳴りつけた。だが、怒っているはずなのに彼は悲しそうな目をしていた。どうしてこんな誤解が生まれてしまったのか、ゲゲ郎にはさっぱりわからなかった。
「水木、おぬしは何か勘違いしておるのではないか?」
そう尋ねると、水木はぎゅっと唇をかんで黙ってしまった。そして、突然浴衣の帯を解き始めた。ぎょっとしたゲゲ郎は慌てて視線をそらしたが、水木は浴衣をさっさと脱ぎ捨てると、もう寝るところだったというのに服を着始めた。
「水木、何をしておる」
「頭を冷やしてくる」
ジャケットを羽織った水木は、そう言ってバッグを肩にかけた。そうはいっても、もう夜中だ。今から寒い外へ行かせるわけにはいかない。ゲゲ郎は水木の腕を掴んだ。
「水木」
「離せよ」
水木は腕を振りほどこうと暴れたが、ゲゲ郎は離さなかった。
「落ち着け。どこへ行くというんじゃ」
「どこだっていいだろ。お前のいないところだよ!」
「落ち着いておる奴が、こんな時間に外へ出たりせんじゃろう」
「うるさいな!」
水木はゲゲ郎を怒鳴りつけた。
「どうせ、俺なんかおじいさまに押し付けられた厄介者としか思ってねえくせに……ッ、優しくなんて、しないでくれ……
荒げていた声は、話しているうちにどんどん小さくなっていった。
「何を言っておるんじゃ?」
ゲゲ郎は困惑した様子で首をかしげた。どうしてそういう話になるのかわからない。いつの間にか強く掴んでいた水木の腕からは、すっかり力が抜けている。彼は顔を上げた。その目にうっすらと涙が浮かんでいるのを見つけて、ゲゲ郎はぎょっとした。
「水木」
「俺は……ッ」
水木は何かを言いかけたが、ぐっと唇を引き結んだ。そして、ゲゲ郎の胸を押した。バランスを崩してよろめき、腕を離してしまった隙に、水木は部屋から飛び出した。追いかけようとしたが、水木はあっという間に外へ出て行ってしまった。
「一体どういうことじゃ」
見合いを押し付けられ、好きな女と結ばれなかったのは水木の方ではないのか。いつも不機嫌そうな顔をして、ゲゲ郎にだけ冷たい態度を取る。それは、望まぬ結婚を押し付けられた腹いせなのだと思っていた。だが、水木はそうは思っていないらしい。むしろ、ゲゲ郎の方が水木を押し付けられたとでも言いたげな態度だった。
……わからん」
ゲゲ郎は頭を抱えた。だが、このまま放っておくわけにもいかないだろう。きっと水木と自分は、もっと話をするべきなのだ。彼が帰ってきたら、酒でも飲みながら、ゆっくり話をしよう。ゲゲ郎はそう決めて、水木の帰りを待つことにした。
だが、結局朝になっても水木が戻ってくることはなかった。