ほしのねい
2025-09-23 23:13:07
3429文字
Public フベラファ
 

【フベラファ+コハ】仔犬のはつこい

※現パロ
コハンスキくん、フベラファを目撃する。

◆それでも地球はまわってる





いままで生きてきた中で、
コハンスキは自分のことを『ついてる』方だと思っている。

在籍しているのは国内最古と言われている大学。それも、どこでも潰しのきく情報学部だ。
受かるよりも進級が難しいと言われているものの、至って平凡な成績のコハンスキにあれこれ世話を焼いてくれる先輩や級友がいるおかげで、危なげなく卒業もできそうだ。

学生寮の入寮もスムーズだったし、同室もイイやつだ。
最初に日用品の買い出しに出たドラッグストアでも、
『もしかして、J大の新入生? いっしょいっしょ!』
などと和やかに声をかけられ、親切にしてもらった。
本当についていた。年の近いその店員と意気投合し、探していたバイト先がこのドラッグストアになるぐらい。
身体だけは丈夫なおかげでシフトに穴をあけることもなく、店でも重宝されている。
ちなみに試験対策など丁寧に教えてくれるのは、この先輩だ。

ついてるなぁ、と思う。
ついてるなぁ、と思っていた――

今まさに、この時までは。

――ら、ラファウくん……っ?」

思わず、まのぬけた声が出た。雑音まみれの店内のおかげで、彼以外でその声を拾うものはいなかったけれど。
「???」
目のまえで淡いブロンドがゆれる。
はじかれたように顔をあげた子は大きな瞳をぱちっと瞬かせ、少し固まってしまっている。
あたり前だ。急に話しかけたりなんかして。
「えっと……論文! 観測的宇宙論? の論文がすごくいい出来だったって天文のヤツらが褒めてて……ごめん。一方的にきみのこと知ってるんだ。つい声かけちゃった」
「あ、そうだったんですね。ありがとうございます」
そつない返事だ。この子にとったら、同じ大学の知らないヤツに声をかけられるなんて、それこそ嫌になるほどあるんだろう。
国内最年少で本校に入学した、金髪の少年のことを知らぬモノはいなかった。
天文学科だけじゃない。大学内ではそのくらい有名な子だ。だが困ったことに、コハンスキにとってはそれだけじゃない。

――いま、唐突にそうなってしまった。

「ほんと~~に急に声かけちゃってごめん、学科は違うけど僕もJ大でさ……
「そうなんですね」
やわっこい笑顔があの頃と重なる。
ツンっと鼻の奥が痛んだ。
話をするとき、じっとこっちを見てくる大きなひとみも。
少し困ったように下がった眉も――
(~~~じゃ、なくって……
だめだ。いまは仕事中だ。この子も困ってる。

この子を……ラファウを失った日のことを、当時コハンスキは忘れることができなかった。
うつくしく、正しかった子はただの灰になってしまった。
神さまのもとへも行けない。『まちがった子ども』にされてしまった。

どんな経緯があったのか。
どんな理由があったのか。

ただただ無邪気だった頃は、彼と親しい人間であることが、うれしくてうれしくて仕方がなかった。
異端を絵に描いたような真っ黒な大男と連れ立っているところを見ても、さすがポトツキ先生の息子だなとしか思わなかった。
コハンスキの周りでは怯えている子もいたけれど、傷のある男を見上げてひっしに何かを話しているラファウの横顔に、コハンスキはただ見惚れていた。
自分たちといるときと違うあどけない表情に、正直に言えば胸が高鳴っていた。

あの感情は、はじめての恋だった。
――だが。やさしくて賢い、自慢のきれいな少年は唐突に奪われてしまった。

『やっぱりあの大男は悪魔だったんだ……』と怯えてるヤツ。
『最初から裏切っていたんじゃないか?』とかいうヤツ。
『異端の男に手を出されてたんだろ』などとほざくヤツ。

(ふざけんな……っ)

馬鹿なことをいうヤツには、口だけでなく手が出てしまっていた時期もあった。許せなかった。
ラファウという天使の名を持つ、うつくしい友人を貶めるやつも。
そんな状況のきっかけとなったあの大男も――
憎んでも憎んでも、元凶の男はこの世にいない。苦しかった。

(ぼくは、ずっと苦しかった)

――この世界でもっとも残酷なことは、大切なものを失ったあとも、
じぶんは生きなきゃならないってことだ。

それをあのとき、コハンスキは知ってしまった。





「同室のやつが天文学科でさ。ぼくはキャンパスも違うんだけど、君のこと応援してるよ」
「あ、ありがとうございます……っ」
かしこそうな眉が、ますますへにょっと下がっちゃってる。
とにかく、ここはマズい。これ以上話しかけるのも、困るだろう。いや、すでにかなり困っている。
なぜならここは雑多なドラッグストアの中でいう、ちょっと大人のコーナーだからだ。
(ごめんね、ラファウくん……っ)
実をいうと、唐突に十二歳のラファウくんを思い出す直前までは、子どもが何の用だ~? などと警戒していた。
思い出した瞬間、かなりショックでもあった。
あわい初恋の子が、ゴムの棚の前でうんうん悩んでる。
なぜ声かけちゃったんだろう。本当に悪いことをした。

(ほんと、変わらないなぁ……

淡い金髪から見える耳のふちが、うっすらと赤い。
このドラッグストアは、郊外にあってめったに同じ大学のヤツとは会わない。それなのに。
よりによって前世すら思い出しちゃったコハンスキに呼び止められているのだ。
じぶんが言うのもなんだが、かわいそうに。
伏せられたまるっこい瞳が、性を扱う商品の上をうろっとさまよう。
この子のあどけない頬を、かわいい色にしてしまうヤツがいるのだ。うらやましい。
絶対に幸せになってほしい。ラファウくんが。

「ラファウ」

かみさまに祈った、その瞬間ときだ。
声もなく、息を吸い込んだ。
忘れるはずがない。忘れようもない。ラファウのうつくしい名を呼ぶ、低い声。
あいつだ。あの男だ。背筋にぞわっと鳥肌がたつ。品出しのために商品を抱えて手に、ぐうっと力が入った。
あの男がいる。またあの子を気やすく呼んで――
(ふざ、けんな……!)
また……また、この子をめちゃくちゃにするのか? って。
言いようのない怒りが、腹の底をザラつかせる。
立ち去ろうとしていた足をぐっと止めたコハンスキは、もう、自分が何をしてしまうか分からなかった。

――ラファウ。ここに私のサイズはない」
「っ!」

ちいさな子の間違いを、やさしく正すような声だ。
いっしゅん内容があたまに入ってこない。
(いや、いやいや――
白昼のドラッグストアで、何言ってんだ? このひと。
とまどう細い肩を、大きな手がうやうやしく隠してしまう。

「ぇ、なんっ、なんで、フベ」
――すまない。ふたりで必要なものなのに、君を困らせた」

いやほんと何言ってんだこのひと。
目の前のとまどう瞳が、泣き出してしまいそうだ……だが。助けなきゃ! と思ったのは、いっしゅんだけ。

(あ~~~~~)

ぎゅっと唇をむすんだ子が、これでもかと可愛いほっぺでこくこく頷く。
それをまんまと斜め横からコハンスキは、目撃してしまった。
かわいい子のかわいい顔は、すぐにでかい黒のシルエットにすっぽり隠されてしまったけれど。

(あ~~~~あ、)

――あの頃。
コハンスキは、この賢くて美しい子どもをよく見ていた。
だからナイショだけど、この子の作り笑いも知ってたし、コハンスキのちょっとした言動に無邪気にほころぶ顔だってちゃんと知っていた。自慢だった。
『あのひと、またラファウくんといる……
そう、他の友人がいくら青い顔で怯えても、ラファウのことをよく見ていたコハンスキは不安じゃなかった。

「あの……

ぐんっと、こっちに視線を向ける大男は、なかなかの威圧感だ。
すっぽり隠されちゃってるラファウの顔は、もう見ることができない。
――いや、見るまでもない。

「裏の棚に、サイズそろってますよ」

あの頃のコハンスキは、すきな子の幸せな未来をただただ祈る子どもだった。
そうしていま――少しだけ大人になった自分は、すきな子の幸せを願うよくできた店員でもあるのだ。

「ご来店、おめでとうございます!」

まちがえた。
いや、まちがえてないな?

ちらっとだけ見えたまろいほっぺは、
やっぱりしあわせそうな可愛い色になっていた。





(きみの幸せをずっとずっと祈ってるよ)