望月 鏡翠
2025-09-23 23:05:40
897文字
Public 日課
 

#1853 出発前

#毎日最低800文字のSSを書く


 蕎麦屋の主人から聞くことができた内容は、概ね噂話と変わらなかった。しかし、いくつか重要な情報が混ざっていた。
 まずは村の名前。そして近隣の里だけでなく街とも取引があったということ。
 当時取引があった店の帳簿や記録を調べれば、方角や近くの村、距離くらいはわかるかもしれない。名が明らかになれば、正体がわかる。
 妖怪と同じだ。
 そして彼はもう一つ重要なことも教えてくれた。
 敵の姿である。
 空を飛び鉤爪をもつ鱗の生えたもの。狩人を打ち倒す、圧倒的な力。
 もしや竜の類なのではないか。
 ザワリと肌が粟立ち、腹の底が冷えた。その姿を見た者はいない。少なくともこの世にはいない。
 伝承と真贋不明の体の一部でのみこの世に存在を匂わせる、化け物の親玉だ。
 その体から不老不死の妙薬が手に入るとと信じる者は多い。
 効果のほどは誰も知らない。この世に不老不死がいないのは、もしかしたらまだ竜に打ち勝った人間が一人もいないからかもしれないし、不死の効能が眉唾なのかもしれない。不老不死を銘打っているが実は寿命が百年伸びるだけなのかもしれない。
 いずれにせよ、もし本当に龍がいて狩ることができたのなら、自分の家を建て、一生遊んで暮らしても足りぬほどの金になるということだ。
 村の所在を調べるのは目端の聞くこういったことを生業としているとこに任せた。
 また金が減る。
 何をするにしてもまず金がかかる。金をたっぷりと搾り取られたあと、ようやく稼ぎが入ってくる。その繰り返しだ。
 萬木はその日より、酒を控えて鈍った体を鍛え直した。道場で若い徒弟の打ち合いの相手をしてやれば、宿を出ても寝場所と食事ぐらいはなんとでもなる。宿にいるとどうももてなされることに慣れてしまっていけなかった。
やがて村の場所を探らせていたものから連絡があった。常ならば、調査の後その目で場所を調べて戻ってくるところまでを仕事とするところ、今回だけは調査だけで済ませたらしい。
 噂を聞いたのだろう。
 それは彼自身が、その噂話を本当のことだと判断したということで、大物を狙う萬木にとっては嬉しい反応だった。