スサ
2025-09-23 20:13:11
1999文字
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【鬼水】からすのことば

「からす、なぜなくの♪」の童謡を小さい頃に歌ってもらったりしてた鬼太郎の鬼水です(最後は事後)

 鬼太郎は総じてあまり手のかからない子ではあったが、それでも水木は、できる限り風呂や食事、寝かしつけにと気を、目を配った。母に頼ることもあった多かったけれど、少なくとも寝かしつけだけはほとんど水木の仕事だった。宵っ張りでなかなか寝ない子だったから、水木の帰りが多少遅くてもまだ起きているなんてことがあったのもいくらか影響していた。
 とん、とん、と布団の端をたたきながら、時には昔話を、時には歌を歌って聞かせた。子守唄や童謡を、いくつも。
 鬼太郎はそうしているとぴたりと水木にくっついて、いつの間にか寝入っていたものだが、ある童謡の時に、あどけない様子で予想外の反応をしたことがあった。
……みじゅも、からすのことば、わかる?」
 目を期待に輝かせて尋ねられ、水木は折った肘の先、手で頭を支えて横になった体勢のまま驚いた。
 歌ってやったのは七つの子。
 かわい、かわいと烏はなくの、それを歌ったのは初めてではなかった気がするが、最近とみに鬼太郎の言葉が増えたから、かもしれない。
「おんなじね」
 鬼太郎は嬉しそうに笑って、水木にくっついてきた。うふふと笑う幼い声は、風に飛ぶ綿毛のようにふわふわしていとけない。
………
 同じ?と思いながらも、水木は抱きついてきた鬼太郎の茶色い頭を優しく、優しく撫でてやった。そのうちに鬼太郎は寝てしまった。
 後年、成長した鬼太郎が烏と話すのを見た時、やっと水木の中であの夜の他愛のない話の謎が解けることになる。
 幼い鬼太郎は、水木にも烏の声がわかるのかと思って喜んだのだ。

「──なんてことがあったの、覚えてるか?」
 艷やかな栗色の髪をくるくると指に絡めて、水木は夜のあわいにほどけるような声で聞いてくる。
 髪の毛は好きにさせたまま、鬼太郎は水木に顔を寄せる。
……からかうつもりですか?」
 少しだけ、むう、とした顔で聞いてくる。こればっかりは先に生まれた特権というやつで、水木は時々、それなりに頻繁に、小さな頃の思い出話の体で鬼太郎をからかってくる。正直に言えばずるいと思うのだ、鬼太郎は。生まれ順を逆にはできないのだから。
 しかし、いわゆる惚れた弱みというやつで。
 楽しそうなのが面白くないのに、楽しそうなのが可愛くて、結局ふくれっ面すらまともに作れない有様。
「そんなんじゃない」
 水木は目を細め、今度は鬼太郎の鼻をつまんできた。軽く、だけれど。
 まだ頬には熱の名残があり、額にはうっすらと汗を浮かべている。その姿に思わずつばを飲んだら案外大きな音になってしまい、鬼太郎は気恥ずかしく目を伏せた。
「おまえときたら可愛くて、みずも烏の言葉がわかる、って烏呼んで、でもあの時は少し烏の気持もわかったんだぜ?」
……しょうがないでしょ、まだ小さかったんだから」
 水木の胸に顔を埋めるように突っ伏した鬼太郎がぼそぼそ言うもので、水木は笑いながらその髪を撫でてやる。
「烏が、おまえを見て、それから俺を見て、あの時の烏はえらく困ってて、俺も同じく困ってて、だっておまえが鬼太郎がすごく期待のこもった目で見てるもんだから」
…………
 鬼太郎は顔を上げず、ぶぶ、と水木の肌を吹く。水木はくすぐったいと笑う。
「あの時ばかりは烏と気持ちが通じ合った!と思ったさ。どっちも鬼太郎をがっかりさせたくなかったからな」
 よしよし、と頭を撫でる手は堂にいっていた。伊達に長く養父をやっていなかった、と思わせる程度には。
「俺が適当に話したことに烏が合わせてくれて、おまえはパチパチ手を叩いてさ。かわいかったな、っと、こら」
 ちくりと皮膚に歯を立てられた感覚に、水木は眉をひそめた。痛みを覚える程ではないが、少し、期待してしまう。
………昔の僕の方が良かった?」
 目だけを水木の胸から上げて聞いてくる顔はわかりやすく拗ねていて、水木は思わず笑ってしまった。
 笑われたことでさらにむくれそうになった鬼太郎だったが、がばっとたくましい腕に抱きしめられ、つむじに口づけられては黙るしかない。
「おまえの焼きもちやきは昔とちっとも変わらないよ」
 たとえ、囁かれた言葉がそれであったとしても。
「それに、いくらなんでもあんな小さい子どもにこんなことさられないだろ。舌噛んで死ぬぞ」
っ!ごめんなさい」
 慌てて上半身を上げて水木をのぞきこむ。その目は実に真剣で、水木は背中が震えるような気がした。
「怒ってないよ。でも、なあ、おまえこそ、まだご機嫌斜めか?」
 す、と指で鬼太郎をつついてやれば、風呂にいれた犬もかくやの勢いでぶんぶんと頭を振る。
……いいですか?」
 うやうやしく水木の手を取り甲に唇で触れる、今や唯一となった男が真摯に問うもので。
 水木は目を細め、いいよ、と頷いたのだった。