騎士は木々を縫って、林に入り込んだ余所者を甚振るのが趣味だった。霧が濃く迷いやすいここで、錯乱しながら逃げ惑う侵入者をおもちゃにするのだ。
ある時入り込んだのは、調査隊か何かで、紙の束をいっぱい持ち込んでいた。それを騎士に追われながら撒き散らしたものだから、余所者を始末したあとも林の中は紙だらけだった。
それが林の終わり境近くまで広がっていたものだから、そこまでやって来た騎士を、林の外から猟師が撃った。
騎士の中身を弾丸が抉って、緑の体液が書類に飛び散った。その時風が吹いたから、余計に体液はばら撒かれ、ついでに紙自体も飛び上がった。
突風に猟師は諦め、その場を去った。代わりと言えば良いのか、飛んで行った緑の書類を、拾った男がいた。
男は、決して高くはない背丈で、飛んで来た林のほうを見ると、その中へ分け入って行った。
騎士は、林に入って来た新たな獲物に向かって行ったが、ぴたりと動きを止めた。
「綺麗な緑の色だな。」
小男は、心の芯からそう思ったとでも言うように、そう声に出して言った。その目はそう言った通り、紙に跳ねた緑の体液を、しげしげと見詰めている。
騎士は、自分の体液が滲んだ他の書類を、恐る恐る持って来た。
気付いた男はぱっと目を見張り、騎士を見上げた。
「くれるのか?」
騎士が頷くと、男は大事そうに頂いた。
「もっと大きなものを持って来たなら、また緑に染めてあげますよ。」
騎士はつい、男にそう言っていた。
男は期待の籠った目で騎士を見上げると、黙って大きく頷いた。
そして男は林を去って行った。
騎士は獲物を逃したと思った。そしてそんなことは今まで一度もないことであった。自分自身の行動に戸惑う騎士をよそに、騎士にとっては男の行動もまた不可解だった。
男はまた林にやって来た。
大きな画板を持って来ていた。
木々を縫うようにして、大きなそれを運び入れるのに苦労しながら、慎重に林の奥に進んでいた。
騎士は姿を現した。
男は嬉しそうな、期待の籠った目でやはり騎士を見た。
騎士は自分が言ったこととはいえ、信じられないような心地で、男から画板を受け取った。
「明日以降にまた来なさい。」
騎士は男にそう告げると、男は素直に林を立ち去った。
騎士は男もいなくなった林でひとり、真っ新な画板に向き合った。
そしてその前で自分自身を傷付けた。
白い画板に緑の色が落ちる。
騎士はそこに描くようにして、自分の体液をどんどん着けて行った。
翌日男はさっそく林に現れた。
騎士が自分の緑に染まった画板を差し出すと、男は嬉しそうにそれを受け取り、大事そうに持ってまた林受け取りまた林を去って行った。騎士はやはりそれを斬り裂かなかった。
そして男はまたやって来た。
また画板を持って来た。
騎士はまたそれを受け取り、また男に翌日以降に来るよう言った。
そんなことをずっと繰り返した。
騎士は段々、漏出を重ねるごとに、自分の体液が色褪せているのではないかと気を揉んだ。そのせいで、画板に浴びせる体液の量が、どんどん増えて仕舞っていた。そうすると、やはり体液の色が薄くなっているような気がして行った。
そんなことは知らない男はしかし、美しい緑色を不思議に思い、いったいどのようにして自分が貰える状態になるのだか気になっていた。
そうして、すっかりその緑色に魅せられた男は、騎士に翌日と言われたあとも、林を出るふりをして留まり、画板と向き合う騎士を見詰めていた。そして見てしまったのだ、自傷を行う騎士を。そしてその騎士から飛び出す、美しい色を。
傷に意識が向いているのか、騎士は男に気付かない。男は隠れていた場所から飛び出して、騎士のそれ以上の自称を止めた。
騎士は、帰った筈の男の存在に驚いた。
「知らなかった、おまえ自身を傷付けるのはやめてくれ。知らなかったんだ、おまえ自身が美しいのなら、おまえ自身をおれにくれ。」
騎士の体液を一身に浴びた男が、騎士を真っ直ぐ見上げてそう告げた。
騎士はやはり男のことが分からなかった。そして自分自身のことも分からなかった。そのせいで、首を横に振ることが出来なかった。
そしてもう、林で無惨に甚振られて、玩具にされる者はいなかった。
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