ortensia
2025-09-22 22:33:32
2531文字
Public 傭リ
 

気持ちしおえ海賊〜蒸気くらいの謎捏造時空よーり。リが人間っぽい。


 その冷たい航海士は海で生まれた。勿論船上で、と言う意味だ。船で出産されたのだ。その後も赤子はなんやかんやあってそのまま船で育ち、育ち続け、今日これまで一度も陸に上がることなく船上で生き続けている。随分背の高い紳士になった今この時まで。なんと言うことだろう。
 本人も引っ込みが付かないのか意地になっているのかなんなのか、頑なに船を降りようとせず、親も死んでしまって、今に至る。因みに両親共に陸で死んだ。
 海で生まれ海で育ち、陸に上がったこともないものだから、いつの頃からか海の鱏とまで揶揄されるくらいになった。
「陸が怖いってのか?海よりも?」
 ある時乗り合わせた少年にそう問われた。揶揄うつもりはなく、あどけない問い掛けだった。
……わたしが陸を怖がっているのではありません、陸がわたしを怖がっているのです。」
 少年は変な顔をした。
 それからまた暫く時が経ち、海での生活を続けていると、どうやらあの時の少年は港を自分の活動範囲内に定めたようだった。航海士が陸の近く、つまりは以前少年が船を降りた港に着くと、大人になった彼と再会した。
「相変わらずみたいだな。」
 あの時と変わらない、変な顔をされた。
 しかし。
「おまえ、その左目はどうしたのです」
「ん、薔薇の棘を取っている時に、棘が跳ねて来てしまってな。」
 不運さに呆れれば良いのか、とも思ったが、航海士はそれよりも気になる点を指摘した。
「薔薇。おまえには似合わない単語が聞こえた気がしましたが。」
「おまえが陸に上がらないように、おれも薔薇なんぞとは縁がないだろうってか?」
 そんなことはないさ。少年だった男は、今自分がやっていることを話した。
「確かに大抵の日々は、飛行機械を腕に使っての上空からのパトロールだ。けれど依頼があれば、空から花を降らせることだって、しても良い。」
 男は自分の日常の一つを語って聞かせた。
「なかなかの演出じゃありませんか。」
「海じゃ見れないだろう。」
 虚を疲れた心地だった。
……そんなことはないでしょう。」
「いいや。飛行機械は潮風に弱い。」
「ならどうしてパイロットのおまえが港にいると言うのです?」
「飛べないから歩いてるに決まってんだろ。」
 航海士は船上で黙り込んだ。
「見たいのか、薔薇が。」
 航海士は続けて黙り込んだ。
 蒸気飛行機械のパイロットは、手を差し出した。
「陸に来ないか、一緒に。」
 航海士はたじろいだ。
 パイロットはその様子から素直に腕を下ろし、口元には柔らかい笑みまで浮かべていた。
「本当は、前におまえと同じ船に乗り合わせた時にも言いたかったんだが。でも、今は言えただけでも良かった。」
 航海士は黙ったまま、男を見詰めているばかりだった。
「まだ陸はおまえを怖がっているか?」
……時の流れは関係ありません。」
 パイロットは笑った。
「まあ、おまえは筋金入りだからな!」
 しかしそう言ったあと、何か思い付いたかのように、思案に耽り出した。
「海に囲まれたままなら、おまえも陸に上がれるんじゃないか?」
 鱏が大海から水槽に移されるように。
「え?」
 航海士は戸惑いながらも、期待を覚えた。
 それから、一度船で待つようにパイロットに言われた航海士は、そこで暫く待っていた。すると一旦パイロットの塒に戻っていた彼が、何か持って来た。
「これはおまえと別れたあとにこの港で引き上げられたものだ。使えないジャンク品だと言われているが、おれはどうにも気になって、処分しないでおいたんだ。」
 それは透明な器のようでいて、こちらを見詰める人形の硝子の瞳のようでもあった。
「どうやら一先ず気に入りはしたみたいだな。」
 鱏の様子を見て男は頷いた。
「これを海水で満たして、あとはどうにか身に付けられるように、おまえの全身を海水が行き渡るようにするわけだが。」
……お願いします。」
 鱏が小さく言ったのは、どうやらパイロットに向けてだったので、男は航海士をちらと見た。
「おれは飛行機械しか分からんのだが……、まあ、機材を持ってここに通うとしよう。」
 こうして、パイロットは道具や材料を持って鱏の船に毎日通った。そして少しずつ、海水の瞳が航海士の体に沿うように、取り付けられる装置を作って行った。
 それで完成した装置を取り付けた、長身の紳士は、胸元を海水で光らせ、口まで機械で覆った姿になった。
 遂に陸に上がるのだ。
 こうなる始まりの時のように差し出された、男の機械油まみれの手を取って陸に上がった鱏は、それでも陸に喘ぐことはなかった。ゆっくりゆっくりと降りた船の海辺から離れ、港を歩いた。
 どんどん海が見えなくなるごとに、鱏の緊張を表わすように、その胸元の海水が、ぎょろぎょろ目玉が動くように揺れた。その手をパイロットはしっかりと握っていた。
 繋いだ反対の手で促されて目を向ければ、地面に土が、草が見えて来た。鱏には不思議な光景だった。これが自分の目で見ているものなのか、胸の邪眼で見ているものなのか、分からない心地すらした。
……ほら、ここが薔薇園だ。」
 男が一層強く手を握って案内した到着地点こそが、花園だった。
 海では決して見ることのない光景が、そこには広がっていた。
 強く握った手はそのままに、ゆっくりゆっくり庭園に入って行く二人。花咲く大地を、根を張らせるように踏み締めた。海には踏み締められる大地は無いのだ。
「見せたいものがある。」
 鱏が暫く堪能した頃に、パイロットが声を掛けた。手を引かれるので、そちらに続く。
「これの研究が完成発表されたから、それのお披露目パフォーマンスで、空から降らすってことだったんだ。」
 それは。
「海の色です。」
 青い薔薇を咲かせるのは無理だと誰もが言った時代もあった。その歴史の変化を見られるのは、やはりどうしても海より陸のほうが早いのだ。
「確かにおれの趣味じゃないが。おまえと一緒に、陸で花を見られて良かった。」
 青い空から青い薔薇を降らせることが出来るのだ。海色の薔薇が陸で咲けば、海の鱏も陸に上がるのかもしれない。


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いつもリアクション絵文字等ありがとうございます。